悪役を与えられた藤丸立香が聖杯戦争でオベロンを召喚する話 作:凛夏ナツ
「ラヴィはね、私の一番のお友だちなの! ずうっとずうっと一緒にいるのよ!」
そう言って、少女は大事そうにクマのぬいぐるみを撫でた。教会のベンチに腰かける身体は小さすぎて、楽しげに宙に浮いた足を揺らしている。癒された立香はへにゃりと笑った。
「そっか、あなたはラヴィを大切に思ってるんだね」
冬木の教会。夜の冷えたベンチに並んで座り、談笑する。
夜道で声をかけてきたのは、金髪に碧眼の幼い少女だった。とてもとても、立香には見覚えのある人物で。もちろん警戒だってしていたけれど、彼女が本当は寂しがりで、ただの少女であることを知っていたから。だから一も二もなく了承し、町外れまでやってきたのだ。
「二つもお願いを聞いて下さって本当にありがとう、リツカ」
「ううん、全然! アビ……あなたのお願いならいくつでも叶えちゃうよ!」
一緒にお祈りをするくらいなんてことなかった。その後一緒に話したいという小さな願いも。
何より、彼女と共に笑って過ごす時間はカルデアでのことを思い出すのだ。セイレムでの出会いに、魔神柱の黒猫パンケーキ事件、子どもサーヴァント達とのお茶会。立香にとって、どれも大切な思い出だった。
「ね、リツカだから特別よ。ほんとは、名前を教えてはダメって言われているのだけど……私、アビゲイル。アビゲイル・ウィリアムズ。アビーと呼んで下さいな。ふふっ、私たち、もうお友達ね!」
無邪気に微笑んだアビゲイルの顔がすぐに曇る。
「それとも、名前をこっそり教えてしまった私とは、お友だちになってもらえないかしら……言いつけを破ってしまったから」
立香は弱々しく目線をさまよわせるアビゲイルの手をとった。澄んだ瞳を見据えてゆっくりと告げる。
「ううん、教えてくれてありがとう。ちっとも悪くない。おしゃべりできて嬉しいよ、アビー」
とたんに瞳がきらきらと輝きだす。ぱあっと笑顔がこぼれた。
「ええ、ええ! 私も嬉しいわ! なんだか初めてお話しした気がしなくって!」
碧眼が、怪しく光った。
「……ねえリツカ。もうひとつ、私のお願いを聞いてくださる?」
「うん! もちろ……、っ!?」
「──ダメだよ」
言葉が続かなかったのは、背後から大きな手で口を塞がれたから。目を見開いたアビゲイルが心配そうに立香に手をのばす。
「り、リツカ……いたっ!」
虫の羽音がした。
涙目のアビゲイルの手は赤く腫れ始めている。虫に刺されたのだ。犯人を瞬時に察した立香は背後に首を傾け、眉をつり上げた。
「謝ってオベロン! ダメでしょう!? ……って、ちょ、わ!?」
強い力で引き寄せられる。気づけば黒い外套に包まれ、腰に力強い腕が回っていた。隣に座っていたはずのアビゲイルと、距離がずいぶん開いている。ずしりと立香の首もとに重みが加わった。
「……ふん」
後ろから立香を抱きしめたオベロンは、つまらなそうに鼻を鳴らす。
「ちょっと、オベロン! アビーが痛がってるでしょう!?」
「……きみ、ほんとにそう思ってるわけ?」
少女へ駆け寄ろうと身をよじるが、背後の腕が立香を離さない。オベロンは静かに歯噛みした。
「……」
教えてなどやるものか。
あの魔女の指先に灯っていたのは禍々しい呪詛だ。全身に纏う、じわじわと精神を蝕む狂気がきみには見えないのか。喜んで受け入れるなど気が狂っている。
ああ、きみは前世でもそうやって死んだんだっけ。最後までマスターであるために? ……はは、笑っちゃうなあ。
「あー、心底気持ち悪い」
距離を取ったまま、オベロンは目の前のソレに笑いかけた。
「お嬢さん。悪いけど、最後までマスターの死に様を笑ってこき下ろすのは僕の役目なんだ。邪魔しないでよ」
「……そう」
少女はしばらく不安げな顔で立ち尽くしていたかと思うと、すうっと顔から表情が抜け落ちた。だらりと両手が垂れる。子どもらしいあどけなさが消え、代わりにその瞳に宿ったのは、得体の知れないナニカ。こちらを眺める瞳は冷めていて、傍観者としてのものだろう。
「あなた、怖いお顔をしているわ。リツカを怖がらせてしまうから、また今度にしましょう。けれど、これで終わりだと思わないで下さいな。さあ、最後の審判を始めましょう? ……またね、リツカ」
どこからか鍵を開けるような音がして、アビゲイルの姿は黒い靄に溶けていった。腕を緩めたので、立香が振り返って見上げてくる。
「……あの、オベロン?」
「…………」
すっかり日は落ちている。アビゲイルの居なくなった教会の中は薄暗くて静かだった。
ぺたり。確めるように手のひらで頬に触れた。
「きみ、出会った時点でアレがサーヴァントなのは気づいていただろう? なぜ尻尾を巻いて逃げなかった? まさかと思うけど、懐かしくなったからとか言わないよな?」
「それは、」
言いかけた立香を遮るように、耳元でささやく。ゆっくりと、少女の傷の治りきっていない脇腹をなぞった。自分のためでもないくせに。
昨日のエウリュアレの襲撃にしてもそうだ。けったいでつまらない物語を棄てきれ無いばかりに負傷する。家で大人しくしていればいいのに、痛みもかまわずまた飛び出していくじゃないか。
「配役が違うんだよ。ここはカルデアじゃない。アレもきみのサーヴァントじゃない。聖杯戦争で殺しあう仲なわけ。いい加減、前世ボケしてんの何とかしたら?」
前回と同じ、つまらない物語を再演してくれるなよ。
上から立香をのぞきこめば、夕陽色の髪にくすんだ銀髪が混ざった。その中で、一筋の光を見つける。こちらを見据える瞳がひときわ強い意思を湛えていた。
「私は、今まで通り接したい」
「は?」
「たしかに、今ここに召喚されているのはカルデアのアビーとは違うよ。だけど、友だち思いなのも、ちょっとシャイで寂しがりなのも、パンケーキが好きなのも……。話して分かったの。アビーはアビーだった。私には、今さらよそよそしくなるなんて出来ない」
「私があの子のことを覚えているから。忘れていたとしても、もう一度会って話して友だちになる。一から知っていくの」
全てを背負って立つ背中が。滅びの運命を分かっていてなお、歩みを止めない足が。
──『どれほど遠く汚れても、私は星を探すのです』
ああ、また重なる。
「……きみのそういうとこ、本っ当に大嫌いだ」
「ごめんね」
吐き捨てれば、少女は眉を下げる。それでも少しだけ口元は上がっていた。心配してくれたんだね、ありがとうオベロン。
……そんな心の声、虫なんかが気付くわけないだろ。
「わ、ちょっと!?」
無言で立香の手をあくまで乱暴に、優しく引くと、教会の扉へ向かって歩き出した。
◇
オベロンに手を引かれて帰り道を歩く。煌々と月が二人を照らしていた。
ふと、前方から足音がした。街灯に照らされて、ふらふらと向こうから歩いてくる人影がある。あのワカメ頭には見覚えがあった。名前は確か……
「シンジくん!」
呼び掛けにも反応せず、人影はどしゃりと仰向けに倒れた。慌てて駆け寄ろうとする立香を横から黒い異形の手が止める。
「よく見ろ」
「何で……、っ!」
所々服の汚れが目立つものの、シンジの身体に大きな外傷はない。顔に目をやった立香は思わず息をのんだ。
「目が……」
目が、顔中についている。
額、こめかみ、頬、首、よく見れば服の下にもあるようだ。電灯を反射して光っている。ぎろりと全ての目玉が立香たちを睨んだ。次いで、血涙が身体中から流れだす。同時にシンジの身体が干からび出した。肌が青白くなり、爪が黄ばみ、身体全体が痩せていく。
「シンジくんは……」
「こいつはもう死んでる。きみに出来ることなんか何もないさ」
オベロンの妖精眼は、目玉がシンジの魔力を吸収している様子を捉えていた。呟きに従って黒い虫が群がると、干からびた死体は消えていた。
「オベロン?」
ずいぶん前からマスターの視界を塞いでいた手を退ける。少女が不安げに顔を上げた。
「さっきのは」
「もう終わった。きみには関係ない」
立香の手がオベロンの外套をぎゅっと握りしめる。夕焼けの瞳が力強く輝いていた。
「関係なくない。どういうことか説明して。私は、自分で未来を切り開く」
「……はぁ。これだからきみってやつは」
◇
「魔術師の変死体?」
「そ、きみもさっき見ただろ。街で発見されて噂になってるらしい」
立香宅にて、ベッドに我が物顔で寝そべりながらオベロンは言った。
深夜、歩いていると向こうから人影がやってくる。ずるり、ずるり。引きずるような音。かすかに聴こえるうめき声。相手をよく見ようと顔を上げれば、いくつもの瞳がこちらを見つめている。
『さまよう眼』の噂。そう呼ばれているのだとオベロンは言った。ごろりと寝返りをうって、つまらなそうに黒銀の髪がシーツに散らばる。
「一週間程前から立て続けに三件。俺たちが帰りに見たので四件目だろうな。明らかに魔術が絡んでいる」
「なるほど。誰の仕業だろう?」
「知るかよ。で、僕が健気に働いてやってる間、きみは何してたわけ?」
「あのね……」
セイバーのマスターと同盟が結べそうなこと。アビゲイルに会ったこと。立香は今日一日の出来事を語った。
「凛ちゃんと友達になったの。連絡先の交換もほら、この通り」
「ふうん」
立香が得意気に成果を見せびらかすと、オベロンがすかさず携帯端末を取り上げた。そして、器用にメッセージを打ち込み始める。立香のふりをして、凛に何か訊ねているようだった。
「あ、こら! 返せ!」
「嫌だね」
「バカオベロン!」
「バカはきみのほうだバーカ!」
ピロリン、と音がして二人の攻防が途切れる。これ幸いと立香はオベロンの肩越しに画面を覗き込んだ。
『ねえ凛ちゃん、さまよう眼の噂について、何か知らないかな? あと、シンジ君についても』
『立香、無事に帰ったようね。噂について、立香が言っている以上のことは私も知らないわ。シンジの事は私も知っているけれど、最近は楽しそうにしていたわよ。何でも、小さな女の子が僕を頼ってくるんだ、とか言ってたかしら。ボランティア活動なんて珍しいと思ったわね』
「……」
「……小さな女の子」
嫌な予感がした。
オベロンの指が続きを打ち込む。
『シンジくん、その子に関して他に何も言ってなかった?』
『そうねえ。今朝見かけたけど、僕がアビーの願いを叶えてやらなくちゃ、とか。三回目のお願いを叶えてやるんだ、とか言ってたかしら。よく意味がわからなかったけれど、何かあった?』
「……アビー、ね」
予感は確信に近づく。アビゲイルと噂は関係があるのだ。
この情報を真に受けるなら、死んだやつらは皆アビゲイルの『お願い』を聞いているだろう。それも複数回。
恐らく、魔術師を狙ったこの噂には、ルールがあるのだ。アビゲイルが魔術師に会いに行く。そして、『お願い』を三回叶えてもらう。三回目の願いが聞き入れられたとき、対象者は……。と、いうことは。
オベロンは、はたと身体を強張らせる。立香は、アビゲイルと一緒に過ごしていたのではなかったか。だとすれば最悪、既に噂の『ルール』に取り込まれて──
「おい、」
曇天の瞳が見開かれる。
珍しく焦った表情のオベロンは立香の肩を掴んだ。
「きみ、アレの『お願い』をいくつ聞いた?」
◇
高層オフィスビルの最上階。直方体が整然と並べられた巨大な演算機器が設置されており、フロアには低く唸る稼働音のみが響いていた。
その中央に、ふわりと光が灯る。ホログラムの儚い光が作り上げたのは、幼い少女の姿だった。アクアマリンを思わせる、フリルたっぷりのロリータドレス。宙に揺蕩う銀の三つ編み。夢と現実の狭間の肉体を持つ彼女は、ほおを可愛らしく膨らませていた。
その姿は子供たちを愛する、とある絵本の英霊に酷似している。
「ひどいわ、ひどいわひどいわ!」
ピンク色のリボンを結んだお下げがぶんぶん揺れる。フロアに据え置かれた御簾を、上から大胆に覗き込んだ。甘く透き通る桃色の瞳には恐れなどない。
「道満おじさまのいじわる!」
ちりん。ちりりん。
「ンンン……」
そこにいたのは、破壊僧であった。
僧侶でありながら道化じみた衣と、伸びて毛先の丸まった白黒の長髪。愉悦に歪んだ唇は、見るものに異様な恐怖を植え付ける。
うつくしき獣の名を、蘆屋道満。キャスターを名乗る、クラス:■■■■■■のサーヴァントである。悪辣な思考と姿は混沌として、内心はうかがえない。
「せっかくお客様がいらしていたのに、お茶会の一つもできないなんてひどいわ!」
「おじさま、なぜあの虫の王子さまに合わせてくれなかったの? ありすもご挨拶したかったのに!」
文机に向かっていた道満は筆を置くと、宙に浮かぶ少女へ目を向ける。
「ありす殿、落ち着きなされ。あなたの電子と霊体の入り交じる身体は彼を驚かせてしまいまする」
「いいえ、いいえ! そんなの詭弁だわ! ありすを会わせたくなかっただけよ! なのに、おじさまはいっつも遊んでくれないじゃない! ……ねえ、おじさま。『一緒に遊びましょう?』」
小さな手の甲が禍々しく光る。柔らかな肌に刻まれていたのは、髑髏を象ったおぞましい令呪。
「鬼ごっこがいいわ」
ふわり、ふわり。
歌うように、呪うように、戒めるように。
「アリスはありすの中にいるけれど、ありすはアリスに会うため、ワタシはわたしに出会うためにいるの。いつまでだって待ち続ける。それが私の願い。とてもつらくて悲しいけれど、最後にはきっと、ハッピーエンドがまっているわ! すべての物語はお友達よ」
分かるようでわからない。道満にとっても、なぞなぞのような少女の言葉の真理を解くのは難しかった。
「……ンンンンンン、承知致しました。ではまた後程、お相手願いましょう」
「ダメよ! 今から遊ぶの。おままごとしましょう!」
美しき獣の、毒々しい紅をひいた唇が歪められる。聖杯戦争において、英霊に対する絶対の命令権をもつ令呪。それをこうも易々と、安易に使用するとは。いやはや、なんと愉快! なんと甘露!
「……ンン。そうですか、そうですか。ええ、昂っておりますとも。それでは拙僧、舅役を希望致しますぞ」
「あらダメよ。おじさまはお母さん役ね! 私は反抗期の息子役よ!」
「ンン!? ありす殿、」
「ほら早く、『ありすお帰りなさい』は?」
「ンンンン! おやめなされ! 拙僧の髪を引っ張るのはおやめなされ、ありす殿!」
「いやよ! わたしいま、反抗期だもの!! ふふ、柔らかくてくるくるの髪、ありすは好きだわ! そうだわ、ありすとお揃いにしましょう!」
容赦なく幼女は男のくるくるの髪をひっぱり、床に座って編み始める。その様子を眺めながら、道満は一人呟いた。
「ンン、鬼ごっこでしたな。ええ、ええ、よろしいですとも! ありす殿には最高の舞台を用意させて頂きまする。──きっと、無様に足掻いて苦しむ顔を見せて頂けるのでしょうなァ。マイマスタァ?」
その光景を愉しむ為に、拙僧は喚ばれたといっても過言ではないのですから、ねぇ?