悪役を与えられた藤丸立香が聖杯戦争でオベロンを召喚する話   作:凛夏ナツ

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悪役を与えられた藤丸立香がオベロンと悪夢へ踏み込む話

 

「どうしたの、そんなに慌てて」

 

 がしりと肩を掴まれた立香は首をかしげた。

 焦燥を顔に出すなんて珍しい。あ、眉がつりあがってる。変顔してるオベロンなんてレアじゃない? 前世でも見たことないかも。

 

「三回目の『お願い』はオベロンに邪魔されちゃったからねえ。なら、絶対にアビーは私の前に現れるってことでしょ。……そっかぁ、また会えるのかあ。ところでオベロンもお茶いる?」

 

 呑気に呟くと、オベロンは脱力したようにベッドに沈みこんだ。黒いふわふわの外套も心なしかくたびれて見える。

 

「いらない。正気か? きみ、俺の言ったこと理解してる?」

 

 これは聖杯戦争で、相手はきみを殺しにきてるんだぞ、と突き刺さる視線は気にしない。マスターはこれくらい図太くないとやってられないのだ。

 

「分かってるってば。じゃ、ひねくれ者のオベロンにはこっちをあげるよ」

「何これ」

「シロツメクサの指輪。さっきアビーと一緒に作ったんだ」

「なおさらゴミ箱に捨ててくれないかな!」

「まあまあ」

 

 ポケットに入れっぱなしになっていたそれを、強引に握らせる。オベロンがぶつぶつ言いながらもしまう様子をみて、くすりと笑みがこぼれた。

 

 真っ暗な窓の外を見ながら思考にふける。

 

「んー……」

 

 立香には違和感があった。

 確かにアビーは危うい側面こそあるが、衝動的に人を殺してまわるような子ではなかった。何か理由があるはずなのだ。

 やはり、マスターに命令されているのだろうか。確かめるためにも、一人で会いに行くべきだろう。もう一度、立香を友だちだと言ってくれたアビーと話し合うのだ。

 

「さ、明日も頑張ろうかな!」

 

 立香はカップを二つ取り出してお茶の用意を始めた。その背をじっと見つめる、空色の瞳に気づかぬまま。

 

「オベロン、どうかした?」

「何でもないよ。……いや、そうだな」

 

 それでも露骨に見つめ続け、視線に気づいて振り返った立香に、オベロンは占領していたベッドから顔を上げた。

 

「マスター、きみに話しておかないといけないことがある」

 

 曇天の瞳が、真剣さを湛えて真っ直ぐに立香を捉えた。

 

「悪いけどしばらくの間、俺は全力で戦えない。宝具も使えないだろうね。何回も使える訳じゃないから、スキルも出来るだけ温存したい。だからきみは──」

 

「……他に、やることがあるんだね?」

 

 一瞬沈黙したオベロンは、すぐに王子様然とした微笑みを浮かべた。

 

「きみのこれまでの行いの素晴らしさに感心しただけだとも! 敵にも手を差しのべるご立派なマスター様には、僕の手助けなんていらないだろう?」

 

「……わかった、それでもやろう」

 

「……」

 

 気持ち悪いったらありゃしない。なぜ何も聞かない。なぜそうもあっさりと了承するのだ。真っ直ぐな信頼を伝えてくる夕焼けの瞳に、思わず舌打ちが漏れる。目の前の少女は、わかっているという風に微笑んだ。

 

「必要なんでしょ?」

 

「……うっさい。一生そこでくたばってろ」

 

 その笑顔を眺めていられなくて、ふいとオベロンは目をそらした。

 

 

 翌日の夜。立香の姿は冬木の路上にあった。ぽつんと一人夜道を歩く。会えるという予感がしていたのだ。ふと、冷たい夜風が立香に吹きつけた。

 

「リツカ、リツカ!!」

 

 ばふりと腹に柔らかな衝撃が走る。腕の中に飛び込んできたのは、予想通りの人物であった。黒いワンピースに、可愛らしいリボン。ぎゅっと彼女を抱きしめる。

 

「アビー! 昨日ぶりだね!」

 

「ええ、リツカ。会えて嬉しいわ」

 

「私も。聞きたいことがあったんだ」

 

 アビゲイルは花のように笑って小さな指先を差し出した。

 

「もちろん、『一緒に行きましょう』。リツカ」

「うん!」

 

 瞬間。

 躊躇いなく手をのばした立香のすぐ横に、轟音が落ちた。そろそろと目線だけずらせば、地面に巨大な槍が突き立っている。タイミングよく落とされたそれは、熱と怒りをまとって立香の歩みを阻んでいた。思わず伸ばした手を引っ込める。

 

「いやあ、うっかりうっかり。ほんとはきみの真上に落とすつもりだったんだけど、ごめんね?」

 

 視界の端に映る蝶の羽と王冠。声の主など聞かなくても分かる。

 

 一人で出てきたのに、なぜバレて……。しまった、妖精眼か。彼はにこにこ笑っているけど笑っていない。恐怖すら感じる笑顔だ。みすみす殺されに行くって聞こえたんだけど? と空色の瞳は雄弁に語っていた。

 

「……オベロン」

 

 腹に力を込めて言い返す。せっかくアビーに会えたのだから、ここで引くわけには行かなかった。

 

「何で着いてきたの。オベロンがいると来てくれないかも知れないでしょ」

 

「だから、ギリギリまで姿を隠していたんじゃないか。全身目玉だらけになりたいとか……いい趣味してるよ、ほんと」

 

 くすりと笑い声がした。アビゲイルがニコニコと微笑んでいる。

 

「リツカは、そちらの王子さまと仲が良いのね」

 

「「仲良しじゃない!!」」

 

「あら、マスターとサーヴァントの仲が良いのはいいことだわ」

 

 まあ、息ぴったり。隠さなくてもいいのよ、とアビゲイルははにかんだ。思い出すように視線を横へ流すと、物憂げに睫毛を震わせた。

 

「私のマスターは、とてもこわかったの。大きな声で怒鳴ったり、私がお友だちが欲しいといったらふざけるなと叩いたり。私がきっと悪いことをしたからなんでしょうね。いけないって分かっていたんだけれど、恐ろしくておそろしくて、」

 

「うっかり殺してしまったわ」

 

 ざわり、ざわり。夜の闇がうねる。

 少女をとりまく空気が重たくなった気がした。暗闇の中で、ひときわ暗くかがやく碧眼が立香を見つめている。

 

「ねえリツカ、私のわがままを聞いてくださる? 一緒に朝までいてくれるだけでいいの」

 

 奥歯を噛み締めると、立香はゆっくりと前を向いた。

 

「……アビー、ごめん。私は頷けない。『お願い』を聞いて殺されるわけにはいかないんだ」

 

「そう、なのね。残念だわ……」

 

 きゅっと袖を握りしめ、少女は悲しげに眉を下げた。

 

「ごめんね、アビー」

 

「本当に残念だわ。──私が連れていくしかないなんて」

 

「っ! 立香!!」

 

 とっさに槍を構えたオベロンの身体が、不可視の力で硬直するのが見えた。振り返った立香のすぐ後ろで、少女が小さく呟く声が聞こえた。

 

「わたしは、魔女じゃないけれど」

 

 いあ、いあ、はすたあ。

 Ph’nglui mglw’nafh Cthulhu R’lyeh wgah’nagl fhtagn(かみさまは、夢の中で待っている)

 

「邪魔しないで、王子さま。ここで貴方は幕引きよ──『我が手に(しろがね)の鍵あり』」

 

 少女を中心に膨大な魔力が膨れ上がる。

 我、その真髄を宿す写し身とならん。薔薇の眠りを超え、いざ究極の門へと至らん!

 

 現れた(たこ)の触手が、一斉にオベロンへと襲いかかる。

 しかし、茫洋とした空色の瞳は現実を映していなかった。がらりと取り落とされた槍が音を立てる。こころはとっくに、夢の中。深淵に魅入られたオベロンは動かない。動けない。深淵をのぞく者はまた、深淵からも覗かれているのだから。

 

「オベロン!!」

 

 なす術なく呑み込まれたオベロンへ駆け出そうとした立香の手を、小さな手が引き留める。アビゲイルだ。

 

「好きよ、リツカ。貴女なら、分かってくださるはずだもの」

 

 一瞬だった。白い光が舞い上がり、立香の視界を覆う。帳が晴れたとき、少女たちの姿は路上から忽然とかき消えていた。

 

 夢を、みていた。気色の悪い夢だ。

 

『一生のお願い。最初で最期だから、ね?』

 

 幾重にも時間がたったように思えるし、一瞬のような気もする。分かっていても抜け出せない。広がる光景から目を離せない。逃げられない。徐々に魔力を吸いとられ、霊基を削られていくのがわかった。

 

 腕の中で自分に手を伸ばすのは、壊死しかけた血塗れの指先。光の消えかけた夕焼けの瞳。潰える寸前の星の輝きは、美しいとさえ思わせる。ああ、生まれるその感情すらも気持ち悪い。

 

『オベロンは私のこと嫌いでしょう? あなたなら、絶対に私を殺してくれると思ったんだ』

 

「……」

 

 知らず、奥歯が軋んだ。

 そんなにぼろぼろの姿で笑うなよ。俺の方がもっと嫌いだ。見せ物になることすらかまわないとは、敬服するよ! 自由に死ねもせず、物語の結末に殺されるのか。

 ……いやいっそ、死んでしまえばそれで自由なのだから、腐るような夢の終わりを与えるのも悪くない。終末装置としての役目を再び果たすのも良いだろう。

 

『マスターとしての最期のお願いなんだ、私を助けて(殺して)よ、オベロン』

 

「……ああ、いいとも。俺が、殺してあげるよ」

 

 オベロンは。──夏の夜の夢の如き存在であるオベロンは、『あの時』と同じようにそう口にして。

 

 槍を逆手に構え、目の前の女を空間ごと斬り払った。

 景色が吹き飛び、崩れていく。

 

「気持ち悪い。再演なんて反吐が出る」

 

 嫌な場面ばかりみせてくるものだ。

 少女の物語は二度と消費されることはないと思ったからこそ、オベロンは願いを聞き入れたというのに。喚びだされてみれば聖杯戦争と来たものだ。再び物語の幕開けに加担した自分自身に腹が立つ。

 空色の瞳は、怒気に染まって暗く歪んでいた。

 

 

「クソ。もろに、宝具を食らった、じゃないか……厄介すぎるだろ……」

 

 目を開けば冷たいコンクリートと、星ひとつない夜空。

 そこには誰も居なかった。アビゲイルが連れ去ったのだろう。オベロン自身も自力で回復出来ないほど霊基の消耗が激しい。消滅していないだけ幸運だった。

 カルデアにいた頃から、同じ夢を介するサーヴァント同士、どうにも噛み合わないのは感じていたがここまでとは。

 

「ま、当然か……」

 

 魔力のパスは繋がっている。立香はまだ死んでない。ルールに則って殺人は行われているのだから。実行される前に、一刻も早く居場所を探し当てなければ。

 心を落ち着かせるように息を吸って、吐きだす。

 

「……」

 

 先日、シンジの死体を目の前にしたとき、立香には伝えなかったことが一つだけある。

 

『もう終わった。きみには関係のない話さ』

 

 あの日オベロンは、シンジの頬辺りにある眼を潰した。

 すると、立体的だった眼球がみるみる平たくなり、デフォルメされた目の刻印が肌に貼りつけられている状態になった。さらに周りを爪で引っ掻けば、べろりと剥がれる。

つまみ上げたそれは、見覚えのあるヒトガタの形を模していた。

 

『……式神か』

 

「っ、ゲホッ」

 

 もうろうとする頭で無理やり体を起こすと、喉の奥から込み上げるものがある。えずいて赤いものを吐き出した。ところどころ出血しており、あばらも何本か折れていた。

 

「……さて、状況を整理しよう」

 

 『さまよう眼』の噂。

 冬木の外側を囲うように発生している四件の殺人事件。殺されていたのは、いずれも全身に眼を生やした、異形と化した人間。調べてみれば、眼だと思っていたのはクソ野郎(キャスター)の呪符だった。加えて、アビゲイルが関与しているのは明らかだ。

 

 恍惚とのたまう幼い少女の姿が浮かぶ。

 

『──これで終わりじゃないわ。最後の審判を始めましょう』

 

「これで、終わりじゃ、ない……」

 

 噛んで含めるように、呟く。

 

 冬木の地図を取り出して広げる。

 カルデアにいた、いけ好かない探偵の真似事なんざしたくもなかったが、この際致し方ない。

 

「……」

 

 事件はどれも、冬木と隣町の境界ギリギリで起こっていた。四ヶ所の殺人現場に加えて一つ、不自然に空いた地点がある。北の方角だ。

 

 そこへ、今朝がた立香からもらったシロツメクサの指輪を置く。

 

 箱庭の魔女による狂気の殺人は終わらない。

 最後の生け贄が裁かれる。冬木で五つ目の事件が起こる。冬木市全体を囲むように配置された五つの楔。それらが線で結ばれて描き出す図形は、

 

「五芒星…………ッ!! まさか、」

 

 アビゲイルは言っていたはずだ。『私のマスターを殺してしまった』と。ならば、マスターを失ったサーヴァントが、なぜまだ消えていない? 

 

 答えは簡単、新しいマスターを得たからだ。では、そのマスターとは?

 

「ああもう、最悪だ! ほんと考えたくもない」

 

 しかし、オベロンは察しが悪い方ではない。ここまで答えが出てしまえば、結論は分かりきっている。

 

 五芒星。──又の名を、道満判とも。

 

 無垢なる少女が指し示す、最後の犠牲者は──

 

「クソ、そういうことかよ……あんのバカマスター!!」

 

 マスターを手元に取り戻した暁には、正座させて延々と説教してやる。ああもちろん、妖精眼で一つひとつ言い訳を潰しながらだとも。

 オベロンは内心毒づいて、よろけながらも立ち上がった。

 

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