悪役を与えられた藤丸立香が聖杯戦争でオベロンを召喚する話   作:凛夏ナツ

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悪役を与えられた藤丸立香がオベロンと墓守の案内を受ける話

「ねえマスター、虫除けスプレー持ってないかなあ? こいつらの視線、鬱陶しいんだけど」

 

 凛の自宅にて、立香たちは作戦会議のために集まっていた。

 ソファに座る立香はオベロンが後ろからくっつき、あごをのせて固定されていた。膝の上にのせられていると言っても良い。起きてからずっとだ。人を抱き枕かなにかだと勘違いしてるんじゃないだろうか。さらさらの黒銀の髪が首筋をくすぐり、思わず身をよじる。

 

「私はオベロンの腕が鬱陶しいカナー」

 

「は? 貴重な令呪二つも使ったあげく魔力すっからかんの考え無しが何か言った?」

 

「……いえ、ナニモ」

 

「そうだよねえ、フラフラでろくに動けもしないんだから文句なんて無いよね! うん!」

 

 きらきらの笑顔で辛辣な言葉が降ってきた。もはや皮肉ですらない。暴言だ。いつもの王子さまムーヴはどうしたのだ。ひどい、ひどすぎる。

 

「ずいぶんと仲良しなのね。立香、彼とケンカしたんじゃ無かったの?」

「の、はずだったんだけどね」

 

 向かいに座る凛の言葉に苦笑する。

 なんだかんだオベロンは優しい。今だって立香から離れないのは、少しでも接触により魔力を供給して循環させる為だろう。

 

「まあ仲は悪いよ」

 

 口もとをゆるめ、後ろに手を伸ばしてさらさらの髪を撫でると、手首ごと掴まれてリップ音が響く。パチリと素敵なウィンク付きで。

 

「そんなことないだろう? 好きなものはもちろんマスターさ!」

「……」

 

 嘘つけ。棒読みすんな。などと呟いた日には太陽を拝めそうにないので、笑顔のまま大人しく黙ることにする。

 

「ていうか、コレ本当に行くべきかしら? 絶対に罠よね」

 

 凛は天井の明かりに紙を透かして眺める。道満から渡された招待状には宣言通り、何も細工はされていなかった。

 

「誘いを蹴って下手に背後をとられるよりは、正面から突破した方がいいと思うがなァ」

 

 キッチンから出てきた村正が皿をテーブルに並べる。

 宝石のように輝く黄色いベールには、香ばしいチキンライスが包まれている。ケチャップとバターの食欲をそそる匂いがふわりと鼻腔をくすぐり、立香の腹を鳴らした。既に後ろのオベロンは、無言でスプーンを動かしている。

 

「おむらいす、とか言うんだったか。隣の奥さんから良い卵をもらってなァ」

 

 果たして、家事一通りからご近所付き合いまでお手のものなサーヴァントとは。細かいことは気にしてはいけない。いけないのだ。

 

「さっすがおじいちゃん。いただきます!」

 

 ぷるんとした黄色い表面にスプーンを入れると、ゆるゆる湯気が立ち上る。赤く色づいたライスと一緒に噛みしめると、じゅわりと肉の旨みが広がった。

 

「んー、やっぱりおじいちゃんの料理は最高すぎる! ……凛ちゃん。私もその招待、行った方がいいと思う。時間と場所が分かっているなら、なおさらかな」

 

 リンボの性格を考えれば、この機会を逃そうがまた何かしらの形で干渉してくるだろう。

 

「そう。あいつのことを良く知ってそうな立香が言うなら、間違い無いでしょうね。……セイバー」

「応よ。じゃ、突っ込むとするかねェ」

 

 『さまよう眼』の噂をばらまき、魔術師を殺していたサーヴァントの正体はアビゲイルだった。立香たちは苦戦しながらあと一歩までアビーを追い詰めたが、その前にマスターであるリンボに自害を命じられて殺されてしまった。

 

「で、あなたたちは私とセイバーのお陰で撤退出来たけど負傷したと」

 

「うん。アビーと戦ったときの傷が大半だけどね」

 

 凛には事情を説明せざるを得なかった。

 助けられた上に部屋まで借りているのだから、当然といえば当然だが。加えて、凛の話を聞いて新しい事実が判明した。

 

「ホームズも居たの?」

 

 村正お手製のオムライスに食いつきながら、青い瞳の少女は憤る。

 

「名前は知らないけど、パイプをふかしたヤク中のいけ好かないクソ男ならいたわ」

 

「うん、ホームズだね」

 

 はぁ!? あの胡散臭い男がシャーロック・ホームズですって!? と喚く凛。うんうん、分かる。信じられないよねえ。でも、ヤク中探偵なんて当てはまるのは彼くらいしか思いつかない。

 カルデアではルーラーで召喚されていたが、今回も裁定者として喚ばれたのだろうか。それともキャスターなのかな?

 

「となると、ホームズと道満を相手にするのかあ」

 

「仲間って訳でもなさそうだったがなァ」

 

 茶をすすりながら村正が言う。

 

「んー、そのうちどこかで遭遇しそうではあるよね」

 

 他人をトラブルに陥れては愉悦にひたる道満と、鋭い観察眼を持つホームズ。厄介なので出来れば一緒に相手はしたくない。対策を考えなければならなかった。

 あれこれと皆で話したが、流れで後は解散になる。

 

 

「ね、思いついちゃった」

 

 作戦会議という名の夕食が済んだ後。

 客室に戻ってきた立香はふと洩らした。オベロンの外套をひっぱり彼の耳に口を寄せる。立香が何かをささやくと、オベロンは分かりやすく顔をしかめた。

 

「はあ? きみ、正気かい?」

 

「うん、本気。相手がホームズなら、目を欺く良い切り札になると思うんだよね。私の秘密から少しでも意識を逸らせるかもしれない。それに、上手くいけばリンボにも打撃を与えることが出来る」

 

 秘密とは、立香に巣食う聖杯の欠片と前世の記憶のことだ。これがあるかぎり聖杯とゲームの攻略本を持っていながら戦争に参加するようなもので、ルール違反も甚だしい。

 じとりと暗い色の瞳が少女を射抜いた。

 

「失敗したらきみは死ぬんだけど。分かってんの?」

 

「うん、知ってる。それでもひっくり返せる可能性があるなら、私はやりたい」

 

「きみさぁ……」

 

 今世では家族がいて、帰る場所があるんだろう?

 無茶して、切り傷をいくつもつくって。何で自分から手放そうとするんだよ。折角ただの少女に戻れたのに。前世のことなんか、忘れてしまえば良かったのに。

 

「僕らのことなんか、思い出さなければ良かったんだ」

 

 急に告げられた少女はきょとんと目を丸くしながら、柔らかく微笑む。

 

「忘れないよ。君たちとの記憶は、私をカタチづくるかけがえのないモノだから」

 

「……あっそ。俺が行かせるとでも?」

 

 今度も助かるかなんて分からないんだぞ? おとがいを持ち上げてオベロンが問う。ぞわりと部屋に虫の羽音が満ちた。立香は臆せず、へにゃりと笑ってみせる。

 

「私は簡単に死んだりしない。それに用意周到なオベロンなら、私を何の考えも無しに送り出したりしないでしょ? 言われた時点で、実はもう計画を考え始めてるんじゃない?」

 

 しばらく黙っていたオベロンは、ため息をついて、ふいと目線をそらした。

 

「……気持ち悪。吐き気がするよ」

 

 

 

「あなた、サーヴァントはどうしたの? あんなにベッタリだったじゃない」

 

「オベロン? 『用事があるから僕は失礼するよ、きみ一人でも生き残るのは得意だろ』だってさ。ひどいよねえ」

 

 凛の問いに藤丸立香はぼやいた。その場にいるのは三人だけ。凛と、村正と、藤丸立香ひとり。制服のリボンが頼りなげに風に揺れる。

 

 深夜。指定されたのは駅のホームだった。

 案内放送が響き、電光掲示板が点滅する。次々に列車が到着しては、次の駅へと去って行く。指定時刻までは20分ほど時間があった。招待状を確認する。

 

「三番線の……午前0時14分発の列車」

 

 終電も過ぎ去って人気が無くなったホームに、一台の列車が到着する。古風な装飾が特徴的な列車が、きしんだ音を立てた。ぎい、と音をたてて扉が開く。

 

「これに乗れってことかな」

 

 踏み込んだ瞬間、周囲の景色がぐにゃりと歪んだ。そこは広いホールのような空間で、中央の舞台に向かってくぼんだ形になっている。天鵞絨の幕がそこかしこを覆っていた。

 中にはローブの人々がひしめき合っていた。深くフードを被り、その顔は分からない。しかし、彼らには幕開け直前の興奮のような、どこか期待に満ちた雰囲気が漂っていた。

 

「空間魔術……座標と認知機能をいじってあるのね。こんなところに呼んで、何をするつもりなのかしら」

 

「おいおい。ここの連中、皆魔術師だぞ。どうなってやがる」

 

 眉を寄せて分析を始める凛と、目を丸くして集まった人々に驚きを隠せない村正。ひとまず情報を集めるため、人でごった返す通路を歩く。誰かに声をかけようと立ち止まり、

 

「きゃ、」

「わ、」

 

 お互いよく見ていなかったのだろう。後ろから小走りにかけてきた軽い足音とぶつかった。

 

「あの、す、すみません! 大丈夫ですか?」

 

 若干頼りなさげな、細い声。

 振り返ると尻もちをついていたのは、同い年くらいの少女だった。他の魔術師たちと同様、灰色のローブに深く被ったフードで顔は隠れている。

 

「うん、私は大丈夫。あなたは?」

 

 手をとって引き上げれば、オドオドとフードの下から少女はこちらをうかがう。

 

「は、はい。拙の不注意で……申し訳ありません」

 

「……」

 

 思考の隅で、チカリと何かが光る。

 はて。以前にも、似たような雰囲気の人物と話したことが無かっただろうか。何かヒントをつかめないかと、話を広げる。

 

「ねえ。ここにいる人たちは何で集まってるのか、知ってる?」

 

 少女はローブの下で、カラリと手に提げた籠を揺らした。中に何か入っているようだが、影になって見えない。

 

「はい。今宵開かれるのは、魔術品や優秀な使い魔を召喚するための触媒などを取り扱うオークションです。そして一番の目玉商品は、生きた本物の ( ・・・・・・)サーヴァント (・・・・・・)。中でも、アーサー王に関連した使い魔が用意されているようです」

 

「オークション……」

 

 それに、アーサー王と来たか。言われてみればこの空間、何故か既視感がある。例えばそう、妖精国ブリテン。グロスターで開かれたオークション会場のような。

 

「気のせいかも知れねェが……なーんか寒気がするんだが?」

 

 辺りを見回した村正がぶるりと身を震わせた。

 確かにおじいちゃん、売り飛ばされてたよなあ。モルガンの城に正面から攻め込んで返り討ちにあったんだっけ?

 

「制御のための令呪も一緒に譲渡されるそうです。こんな機会、滅多にありませんから……皆さん、張り切っていらっしゃる方も多いかと」

「……」

 

 だから、聖杯戦争が行われているにも関わらず、危険を侵して多くの魔術師が集っているのか? こんな、極東の冬木に? ……うーん、反吐が出そう。

 

「あなたも、その使い魔が目当てでオークションに来たの?」

 

「い、いえ! 拙は、師匠のために。師匠は、大切な品を探しているのです。それが、こちらに無いかと思いまして」

 

 少女はあわあわと手を振って否定する。

 

「そっかあ……」

 

 素早く思考を巡らす。彼女へニコリと人懐こい笑みを向けた。

 

「ね、良ければ一緒に座らない? 私たち、オークションとか全然分からなくて」

「良いんですか! ぜ、ぜひお願いします」

「こちらこそありがとう! えーと、」

 

 名を問うように首をかしげると、喜んでいた少女が固まる。

 

「す、すいません。申し遅れました」

 

 フードをずらした少女を見て、息を飲む。

 結い上げたプラチナの髪と、色素の薄いブルーグリーンの瞳。ロード・エルメロイ二世の一番弟子にして、幽玄さを纏う一族最後の墓守。彼の騎士王に瓜二つの彼女は、うっすらと微笑んでみせた。

 

「拙のことは、グレイとお呼び下さい」

 

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