悪役を与えられた藤丸立香が聖杯戦争でオベロンを召喚する話   作:凛夏ナツ

8 / 19
悪役を与えられた藤丸立香がオベロンとオークションに飛び込む話

 

『ンンンンン。それでは皆さま、ご笑覧! これより始まりますのは、世にも奇妙なオークション! 冬木の地にて、今こそ貴重で珍しい品々をお目にかけましょうぞ!』

 

 会場いっぱいの人、人、人。

 静かな興奮が漂うなか、聞き覚えのある愉悦を含んだ声だけが会場に響く。グレイと四人で並んで座る。目立たない場所を、と選んだ後ろの席まで、しっかり耳障りな開幕宣言は聞こえてきた。スポットライトに照らされた無人の舞台には、いつの間にか商品が並べられている。

 

『なお、オークションの終わりには目玉商品を用意してございまする。ぜひ奮って最後までご参加下さいますよう。ではまず最初の商品は……』

 

「始まったねえ」

 

 商品リストに目を落とせば、隣でグレイが悲しげな声をあげた。

 

「この中には、師匠の探し物は無さそうです。それらしき名称がありません」

 

「でもほら、面白そうな物は結構あると思わない? 見てこれ、シェイクスピアの没原稿だって。触媒に使えないかなあ」

 

「立香さんは、シェイクスピアがお好きなんですか?」

 

「んー、どっちかといえば嫌いだけどね。作品は素晴らしいと思うけど」

 

 我輩、何か悪いことでもしましたかな!? 悲痛な叫びが聞こえた気がする。前世では面白ければどうだって良いとばかりにあちこち首を突っ込んで余計なことを仕出かすので、悩みのタネは尽きなかったが。

 

「まあ、これに限らず私は何でも好きだよ。グレイは何が好きなの? 探しているのは師匠のものなんだから、自分が好むものでは無いんでしょ?」

 

 グレイは考え込むように胸の前で手のひらを合わせる。プラチナの髪がフードの中でさらりと揺れた。

 

「そうですね……静かな部屋、葉巻の香り、古い本の匂い。そんなものが好きです。……で、でも! こういうにぎやかな場所に、調査に来ること自体が苦手な訳ではありませんから! むしろ好ましいです!」

 

「そっかそっか。グレイは、師匠のことが大好きなんだね?」

 

「ひゃ!? な、いえ、拙はっ、その!!」

 

 からかいの態勢を整え口の端をあげて問えば、グレイは真っ赤な顔をフードで隠してしまった。

 

「ふふ、隠さなくたっていいんですよう?」

 

 師匠とは、ロード・エルメロイⅡ世を指すのだろう。スーツと葉巻を携えた長髪の姿を思い浮かべる。時計塔の魔術師たる彼は、諸葛孔明の霊基を得てカルデアに現界した。

 前世では、過労死寸前になるまで戦場に連れ回した孔明のお世話をグレイがしていたっけ。ボサボサの髪をよくすかしていた。

 あとは、ライネスに可愛がられて買い物に連れ回され、着せかえ人形にもされていたよね。何だかんだ、愛されている少女だと思うのだ。

 

 話しているうちに落札は進む。謎の埴輪、ひつじのぬいぐるみ、黄金の派手なピアス、怪しい目玉がついた御札、怨念がこもっていそうな弓矢。高値がついては飛ぶように売れる。

 

「それでは最後の落札の前に。主催者の拙僧より、一言御礼申し上げまする」

 

 舞台袖をライトが照らす。道化師を模した派手な袈裟。長い爪。長身の巨躯。そこには、薄く微笑んだ道化が佇んでいた。

 

「本日はお集まり頂き……」

 

「ちょっと、まったぁー!!」

 

 口を開いてすぐに、道満の口上は遮られた。

 我慢出来ないとばかりに舞台の上に飛び出してきたのは、一人の少女だった。湖面を思わせる瞳を怒らせ、麦帆のような金髪が荒ぶったように跳ねる。ぷんすかとバカでかい杖を振り回した。

 

「その人、嘘ついてます! そもそもクラスもキャスターじゃないし! 私がキャスターだし! あと皆さんに商品を売るつもりも無いです! ふーんだ、私の妖精眼を誤魔化せると思ったか! 覚悟しろぉー!!」

 

「……あれは。そんな、」

 

 見間違えるはずがない。

 遠目にも良く分かる独特な杖。真っ直ぐで素直な、悪くいえば決めたら曲げられない強情な性格。選定の杖に選ばれた、予言の子。楽園の妖精。一度きりだとカルデアからの召喚に応えてくれた、輝く星。なぜ、あなたが。

 

「アルトリア……!」

 

 ちりん。ちりりん。

 少女の動揺をよそに、道化は袈裟の袖で口元を覆い隠すと目を細めた。

 

「おや、いけませぬ。いけませぬぞ幼き魔術師殿。折角の秘密の会合に水を差すのは興醒めというもの」

 

「ンンンンン、皆さまオークションをお楽しみ頂けているようで何より。それでは本日最後の商品、一番の目玉にございまする!」

 

 視線を群衆へと逸らす。

 アルトリアの怒りに油を注いだのは言うまでもなく。すぐに目をつり上げて罵声が上がった。

 

「こらあ! そういうとこだぞ、聞いてるのか陰陽師ィ!!」

 

 道満が指を鳴らす。

 舞台の中央に現れたのは、立方体の檻。人ひとりが入れそうなサイズのそれには、錆び付いた鉄格子が狭い間隔で並んでいる。

 

「何も、入ってませんね……?」

 

 グレイが隣で不思議そうに首をかしげる。

 

 そう、全くの無人。檻は空だった。

 どうなってるんだ。騙したんじゃないのか。まあ待て、まだ分からないじゃないか。不審がった群衆がざわめく。

 

「ンン、皆さま不思議に思っておいででしょう。ええ、ええ、そうでしょうとも! しばしお待ちくだされ」

 

 檻の中に、黒い影が満ちる。床には幾何学模様が走り、複雑な図形を描き出した。

 

「──これより、召喚致しますゆえ」

 

 遠く離れた舞台の上、愉悦をこらえて道化が嗤った気がした。

 檻から黒い炎が暴れ出る。魔力に当てられ、舞台近くにいた数人が倒れた。どよめく群衆を横目に檻が乱暴に揺れ、軋み、頑丈な金属が内からの力に耐えきれず歪む。

 

『Shrrrrrrrr……』

 

 その召喚は、今この時のためだけに行われた。

 力と霊基と令呪を使い潰し、命令を完遂するために。狂化された存在は、主人が誰かなど分かるはずもなく。ただ与えられた言葉に従うのみ。狂暴で狂った存在が今、現界する。

 

「『令呪をもって命ず』!」

 

 道化の手に刻まれた令呪が、三画まとめて消しとんだ。

 

「依り代にはこの列車そのものを。命ずるは、この場にいる全ての者の殲滅。そして必要な魔力は──」

 

 ぎしり、ぴきり。ピシリ、ばきん!

 

「皆さまの生命力を以て、賄って頂きましょうぞ!」

 

『Gaaaaaaaaaa!』

 

 おどろおどろしい咆哮が天を衝く。

 使い魔を閉じ込めていた鉄格子が易々と弾け飛んだ。一面に漂う靄の中に、アカイロの視線が灯る。踏み出す重たげな金属音がした。現れたのは黒剣を携えた黒塗りの甲冑。まばゆいスポットライトが、狂える湖の騎士を煌々と照らしていた。

 

「……きみが、喚ばれたんだね」

 

 ランスロット。バーサーカー、ランスロット。

 物憂げに、口のなかで彼の名前を呟いた。パワフルに兵器を使いこなす、絶技を備えた頼れる騎士。

 

『……』

 

 ランスロットはゆるりと辺りを見回して、ある一点で動きを止める。とたんに体から魔力が噴き出した。体をのけ反らせ絶叫する。

 

『Arrrthurrrrrr!!』

 

「へ、」

 

 騎士の視線の先には、杖持つ少女が。

 もはや音速。目視の暇などない。

 猛然と切っ先が迫り、あっという間にその心臓に届いて──

 

 甲高い金属音に、黒剣は弾き飛ばされた。

 

「おいおい、おっかないもんだなァありゃ。攻撃は儂が防ぐ。援護頼むぜ、嬢ちゃん」

 

 アルトリアを庇った赤髪の刀鍛冶は、己の得物を正眼に構え直した。

 

 逃げろ、助けてくれ! 殺される!!

 一瞬にして悲鳴と恐怖に支配された会場。混乱に駆られた人々が逃げ惑うが、走行中の列車からは逃げられない。閉じ込められた狭い檻のなかで。ぷちり、ぷちりと一匹ずつ、いずれは羽虫のように潰されていくのだろう。

 

 中でも商品が展示されていた中央の舞台では、戦いが熾烈を極めていた。刀鍛冶と黒い騎士がぶつかり合い、激しい火花と金属音が上がる。村正の背後からは、アルトリアが支援魔術を行使していた。

 

「っ、セイバー!」

「凛ちゃん!」

 

 駆け出した凛を追って、少女は立ち上がる。

 身を守る術を持たない、魔術師としても未熟。いくら己のサーヴァントが居なかろうが、戦場に飛び込んで行くのが藤丸立香という少女だった。

 

「……立香さん」

 

 ──後ろから、墓守りの少女がその姿を観察していることなど知らずに。

 

 

『Aaaaaaaaa!!』

 

 黒い騎士が取り出したのは、巨大な銃。

 撃鉄を起こしてトリガーに手をかけた。自動装填 (オートリロード)、弾切れ無しの頑強なライフル。銃口が唸りをあげる。空の薬莢が零れ落ちて、甲高い音をたてた。逃げ場のない弾幕の雨が、無秩序に人々を襲う。発砲音が絶え間なく会場を支配していた。

 

「ちぃっ!」

 

 迫り来る弾丸。

 いくら村正でも、アルトリアを守りながら全ての弾は避けきれない。硝煙が立ち上ぼり、脇腹を銃弾が貫いた。ゆっくりと口のはしを拭い、刀鍛冶は呟いた。

 

「……ほぉ。お前さん、良い鉛を使ってんじゃねェか」

 

「セイバー!」

 

「来るな凛、危ねェだろうが!」

 

 たどり着いた凛へ一喝。だるそうにがりがりと首の裏をかいた。

 

「全く、儂は刀鍛冶なんだがな。戦場に連れてきてどうしやがる。火縄銃に刀は分が悪いってもんだ……なんてまあ、目新しい武器には興味があるだけなんだが。……見せてやんよ」

 

 ぼやいて片手を正面にかざす。羽織った着物と腰ひもが風にあおられ、不敵にはためいた。青白い光が走る。腕に刻むは幾何学模様。瞳に宿すは不屈の意思。

 

「凛、魔力を回せ。ちょいと反則的な使い方だが仕方ねぇ。あちらさんには悪ィが、大盤振る舞いと行こうじゃねぇか。ここ一番の見得の張りどころってモンだ──惚れんなよ?」

 

 村正の背後。

 いつかの英雄王のように、無数の波紋が展開する。イタズラっぽく微笑んだ赤髪の刀鍛冶は、高らかにキーワードを呼ばわった。

 

 

「────投影 (トレース)開始(オン)

 

 

 数多の波紋から顔を覗かせたのは、無数の銃口だった。重火器の投影。弾幕の雨には、弾幕を。

 魔力で練り上げられた弾丸が、黒の騎士へと放たれる。辺りに轟音と衝撃が轟いた。

 

「嘘でしょ、この数を投影したっていうの!?」

 

 驚愕する凛に構わず、村正は続ける。

 

「本来の使い方じゃねぇんだ。そう長くは保たねぇよ。それに、こいつらを守りながらだからな。早く次の手を考えなけりゃ死んじまう」

 

 凛に続いて駆けてきた少女を顎で示す。

 

「っ立香、あなたまで!」

 

「……」

 

 藤丸立香は思案していた。

 考えろ、考えろ。

 元人類最後のマスター、多くのサーヴァントと縁を結んだ、藤丸立香だからこそ出来ることは。

 息を吸い込んで、ありったけの声で叫んだ。

 

「ランスロット!」

 

『……?』

 

 一瞬、騎士の動きがとまる。しかしすぐに攻撃態勢に戻ってしまった。

 

「いま、止まった……?」

 

 少しでも、彼の意識をこちらに向けることが出来れば。自分のことを、思い出して貰えないだろうか。

 

「立香」

 

 考えていた少女の前に、凛が腕組みをして立った。言い辛そうに眉間にシワが寄っている。

 

「……ハッキリ言って、サーヴァントのいない今のあなたは邪魔よ。即刻退避なさい」

 

 気遣うがゆえに出てきた言葉だと言うことは、手に取るように分かった。それでも。どんなに無謀でも、あがき続けなければならない。それが、少女に与えられた役目なのだから。

 夕焼けの瞳は、どこまでも澄んでいる。

 

「ごめん凛ちゃん、私は逃げない。こっちは気にしないで良いからさ。声が届くなら、私は呼びかけ続けなきゃ──聴こえる、ランスロット!!」

 

 銃弾が飛びかう騒音の中、必死に騎士へと呼びかけ続ける。

 

「!」

 

 ふいに後ろから、死の匂いがした。腐っておぞましい、死者の叫び。振り返るとあったのは、痩けた頬と土気色の顔。現れたのは、地獄からの呼び声だった。

 

「っ、食人屍 (グール)か! しまった、避けられな──!」

 

 周囲を探るが、彼らを操っているであろう道化の姿は舞台袖から消えていた。何一つ身を守る術を持たない藤丸立香に、腐りかけの腕が伸ばされる。

 

「『Gray (暗くて)……Rave (浮かれて)……』」

 

 ずるり。

 迫ってきたグールは、目と鼻の先で真っ二つに割れて地面に屑折れた。

 

「『Crave(望んで)……Deprave(堕落させて)……』」

 

 閃いたのは、精緻な装飾が施された蒼金の大鎌。

 返す刃先で集まって来たグールたちを横薙ぎに振り払う。べしゃりと舞台に赤い飛沫が飛び散った。

 

「『Grave (刻んで)……me(私に)……』」

 

 トン、と高く飛び上がると、黒衣の人影は黒い騎士の背後に迫る。首を刈りとるが如く振るった得物は、黒剣とぶつかって耳障りな音を立てた。力任せに弾き飛ばされ、回転して着地する。

 

「『Grave ( 墓を掘ろう)……、for you(あなたに)……』」

 

 死神が、死者を迎えに来るように。

 ふわりと目の前に膝をついたのは、灰のローブを纏った少女だった。ブルーグリーンの瞳が、涼やかに見上げる。

 

「サーヴァントには遠く及びませんが。立香さんを守る役目は、拙が請け負います」

 

「!……ありがとう、グレイ。凛ちゃん、これなら!」

 

「……なら、勝手にしなさい」

 

 ふい、とそっぽを向いた凛の顔は、どこか安堵したように見えた。

 

 死んだ人の魂は天国へ行って妖精になる、という言い伝えがある。妖精を死者の生まれ変わりだと定義すれば、生前多くの人々を統べたアーサー王は、妖精と亡霊の王様でもあるのかもしれない。

 

「妖精……拙の力と理解の及ぶものではありませんが」

 

 村正と共に奮闘するアルトリアに目をやって、少女は鎌を捧げ持った。

 

「特に死霊に対してなら、拙の力は有効でしょう」

 

 そういって、墓守りは少女を護るため、倒しても倒しても湧いてくる怪物達を健気に狩り続ける。

 

「こんな時ですが聞かせて下さい、立香さん。もし何か一つだけ願いが叶うなら、貴女は何を望みますか?」

 

 夕焼けはへらりと笑ってこぼした。

 

「んー、そうだなあ。とりあえず生きて帰って、おじいちゃんのご飯でも食べたいかな!」

 

 グレイはそうですか、と頷くとまた一匹グールを屠った。両方の手のひらを合わせ、ブルーグリーンの瞳が考えるようにこちらを見やった。

 

「……いつの日か、貴女は完成された人物となるでしょう。平凡ならざる存在と言ってもいい。いえ、今ではありません。今は、一歩ずつ進んでいくといいでしょう……焦らずに」

 

「……」

 

 頭のなかに、小さな引っかかりを覚えた。

 潜り抜けてきた勘が、何かがおかしいと告げていた。記憶の中の彼女と、目の前にいるグレイがぶれる。引っかかったトゲを抜くように墓守りへと問う。

 

「私からもひとつ、いいかな。──グレイは、自分の顔をどう思う ( ・・・・・・・・・)?」

 

「……興味深い観察対象、だと。拙の顔そのものというよりは、それにまつわる事象の数々が……ですが」

 

 その答えが、藤丸立香の中で決定的な違和感になった。だってグレイは、自分の顔を嫌っている (・・・・・・・・・・)

 

『嫌いなもの……えっと、死んでるはずなのに地上を歩いている、そういうのは苦手です。それと……あの、昔はこの顔が、ほんの少しだけ』

 

 己のものではない、別人 (アーサー王)の顔をもつ少女。一族の悲願によって塗り潰された本来の肉体と、自身の意思と記憶。かつてのマイルームでは苦手だと話し、『拙の顔のことは、嫌っていて下さい』とも告げた。

 

 写し身に苦しむグレイの姿を被り、あまつさえ興味があると呼ばわるのか。

 

「立香さん?」

 

 不思議そうにグレイが振り返る。拳を握りしめ、ゆっくりと息を細く吐く。

 今こそ、あの過労気味な軍師の言葉を借りようじゃないか。さあ、偏屈でお人好しな教師をその身に降ろせ。

 

「こんな時だけど講義をしよう、グレイ。物事には必ず理由があるんだ」

 

「講義、ですか?」

 

 グレイはコトリと首をかしげる。また一匹、グールが大鎌の餌食になった。思い違いならそれで良い。しかし、目の前にいる人物は、本当に現代に生きる魔術師なのか。はたまたサーヴァントなのか。

 藤丸立香は片目をパチリと閉じてみせる。

 

「いつも言ってるでしょう、レディ。ホワイダニット。大切なのは、なぜそうしたかだと」

 

 どうやってやったのかは分からないけれど、何がしたかったのか、は何となく予想がついた。

 

 魔術とは、根源の影にすぎないこの世界を、変質させる技術とも言えるだろう。魔術師とは、サーヴァントとは、予測もつかない超常現象を引き起こす存在だ。その頻度と歪曲度は、聖杯戦争であれば、なおさら。

 

「グレイは、師匠の失くし物を探しに来たと言ったよね」

 

 けれど、少女は序盤に商品リストを見て以降、探す素振りを全く見せていなかった。

 普通なら、紙面の情報だけでなく、実際に舞台にのせられた商品まで確認して、判別しようとするのではないだろうか。それなのにグレイの興味は舞台にはなかった。墓守りの少女が片時も離さず視線を向けていたのは、

 

「私、だよね」

 

「……」

 

「あなたの目的は失せ物探しじゃない。最初から私に会うことが目的だった」

 

 では、会って何を確かめたかったのか? これは当てずっぽう何だけど、と前置きして口を開く。

 

「知りたかったんじゃないかな。私のこと」

 

 今の少女の特殊な事情といえば、聖杯戦争に参加していること、ただひとつ。その戦争に関連していて、藤丸立香の正体を探りたい。となれば、関係者だと考えるのが自然だろう。

 

「あなたはグレイじゃない。どうやってその姿をとっているのかとか、なんでグレイを装ったのかとか、難しいことは分からないけど。──グレイを、あの子を馬鹿にするような事だけはしないで」

 

 一瞬。

 銃弾の飛び交う音と人々の悲鳴でうるさい筈なのに。墓守りと夕焼けの少女の間に、静寂が満ちた気がした。覚悟を以て、少女は問う。

 

「あなたは、誰?」

 

 

「参ったな」

 

 灰のローブを被った可憐な少女の唇から零れたのは、低い艶のある声。細い華奢な指が、くたびれたフードにかかると一気に取り払う。

 

「自己紹介が必要かな? 私は、探偵だ。本物のグレイと彼女の師匠は、今頃ロンドン行きの便に乗っているはずさ」

 

 変装を解いて現れたのは、一人の男だった。黒い革靴、揺れる外套、理知的な瞳の美男子。ステッキとパイプは必需品だ。煙を吐き出すと、男は肩をすくめてみせた。

 

「っ、ホームズ……!」

 

「人間であるただのマスターが私の変装を見破るとは、驚いたよ。どこで気づいたのか、後学のためにお聞かせ願っても?」

 

「ふふ、初歩的なことだよ(エレメンタリィ)、」

 

 夕焼けは日だまりのような笑みを浮かべた。前世のカルデアで、きみが言ったんじゃないか。

 

『マスター、君は観察をしているかね? ただ見ているだけではダメだ』

 

「私の信頼する探偵なら、そう言うような気がしたんだ」

 

 ホームズはまなじりを僅かにゆるめる。

 

「ほう。これは一本とられたものだ。変装のために、貴重な礼装もいくつか使い潰したのだがね。ぜひともその人物に会ってみたいものだ。……では、私からも返礼をひとつ、良いかね?」

 

 探偵は息をつくと、人差し指を顔の前で伸ばしてみせた。

 

「君は、誰だ?」

 

「……はえ?」

 

 どういうこと? と言わんばかりに、ぱかりと少女の口が開く。

 

「言葉の通りさ。ずっと観察していて、昨日、教会跡地にいた人物ではないんじゃないかと思ってね。君は、きみではない。一体どうやったのだね?」

 

「ンンン?」

 

 藤丸立香は藤丸立香なんだけども。かしげた首の角度がどんどん大きくなる。心当たりがかけらもない。そもそも前世を除けば、今回が初対面な気が?

 某、晴明大好き陰陽師ではないが、もしかして私はどこかで自分を落っことしでもして来たのだろうか。知らないうちに、別の自分に生まれかわる的な? 

 

「あのー、根拠をお伺いしても?」

 

「………………無い」

 

「へ?」

 

 長い沈黙の末に、探偵は苦虫を噛み潰したように口を開いた。

 

「非常に癪だが、勘だとも」

 

「勘んん?」

 

 藤丸立香は首をかしげた。ぱちくりと目をしばたかせる。不思議で仕方ないと分かるように、困惑してみせるのも忘れない。

 

「ホームズがそんなこというのは珍しいね?」

 

「だって、仮にもシャーロック・ホームズだよ? 世界的に超有名な探偵だよ? 私でも名前くらい知ってるすごい人で。そんな人がただの勘で結論を出すなんて、ホームズらしくないというか」

 

 探偵はその通りだと頷く。戦場の最中、紫煙をゆらりと燻らせた。改めて、目の前に立つ夕焼け色の少女を観察する。『真実の探求者』たる勘が、全身に違和感を訴えかけた。

 

「ああ、そうだろうね。私としてもそう思うとも。だが逆に、表の部分が完璧だからこそ、裏の影はハッキリと際立つものさ」

 

「君はどこまでも自然で、普通だ。容姿も言動も、視線の動かし方も。呼吸の仕方や体温さえ、何もおかしな点はない。それでも私は、君があの時出会ったマスターではないと思うのだよ」

 

「違和感が拭えないんだ。あの時と寸分違わず、一ミリも、何もおかしくない事こそが不自然過ぎると言ってもいい。そしてこれは後付けの理由になるんだが──」

 

 ひゅ、と空を切る音。

 探偵の振り上げたステッキが、凡庸以外の何者でもない少女へと迫る。

 今度こそ、避けきれない。凛も村正も、防戦に手一杯で少女には気づいていない。

 

 硬い物同士がぶつかり、衝撃音がした。

 

「ああ、これで確信した。証明完了だとも。決定的なピースが揃った」

 

「……」

 

「ふむ、まだしらばっくれるつもりのようだ。ならば問おう。ただの人間が ( ・・・・・・)、サーヴァントの突然の攻撃に耐えられるのかね?」

 

 探偵は夕焼け色の頭を見下ろす。

 藤丸立香はうつむいたまま、肩を震わせた。足元は力が抜けたようにぐらついている。それでも、ホームズの杖を受けとめる片手だけは、頑として揺らがない。

 

 

「っくく……」

 

 こらえきれずに漏れたのは笑い声。怯えているのではない。この状況を、楽しんでいたのだ。

 

「ふふっ、あははっ。笑うー、笑っちゃうよホームズぅ。公平に裁定者としての役割を果たすって言ってたじゃない。なのに、蓋を開けて見たら酷いと思わない? 私、か弱いマスターなんだけどなー?」

 

 探偵を見上げた黄昏の瞳は、世界の全てがどうでも良くて、馬鹿らしくて、それでいて完璧な弱き庇護者を装って潤んでいる。

 

「私は真実の探求者だからね。疑いがあるのなら、それを晴らすためにいくらでも事件に踏み込むさ。……いきなり攻撃を仕掛けたことについては謝罪しよう。しかし、これで裏付けがとれた」

 

 ホームズは片眉を上げると、ステッキを離して一歩下がる。

 

 藤丸立香がするりと外した手袋の内側に、鮮紅色の令呪は無い。結わえたシュシュを解いたソイツは、本来の少女とは似つかぬ悪どい笑みを浮かべた。

 

「──いいだろう。汎人類史にしては、ギリギリ及第点をやるよ」

 

 低い羽音が『藤丸立香』の姿を覆う。

 魔力が収束し、意図的に歪ませていた霊基の皮を剥ぎ取った。陽が沈むようにオレンジが闇に染まり、背中に翅が生えそろう。鈍色の髪と、曇天の瞳。翅を連ねた黒い外套。現れたのは、奈落を背負った一匹の虫だった。

 

「完璧過ぎてもダメ、か。千両役者ってのも考えものだなあ。まさかマスターの言う通り、本当にきみが釣れるなんて思わなかったな」

 

 オベロンは、終末装置ヴォーティガーンが『妖精王オベロン』のガワを羽織った混ざりものだ。何年もブリテンを騙し続けた、演じることが本懐のサーヴァント。

 

「『藤丸立香』は良くできていただろう?」

 

 彼女とは、前世からの腐れ縁。

 つまり、二重に役を羽織っていたのだ。心さえも偽って。『オベロン』の上から、知り尽くした己のマスターの役を演じる程度、何の困難があろうか。

 

「オベロン……シェイクスピアの戯曲、『夏の夜の夢』の妖精王。冬木の教会にいた、彼女のサーヴァントか。それにしては、随分と禍々しい霊基をしているようだが……」

 

 本性を現した虫を警戒しつつ、探偵は問う。

 

「本物のマスターはどこに行ったのかね? この場には見当たらないが。はぐれるのは懸命ではないと思うがね」

 

 列車に乗り込んで来たのが最初からこのサーヴァントと、もう一組のマスター達だけなら、肝心の藤丸立香はどこに行った?

 

「さあ、知らないなあ! 何せ僕は嘘つきだからね!」

 

 虫は大袈裟に両手を広げ、異形の左手を胸に当てる。暗い瞳が、誠実そうに歪む。全てがあべこべで、何かを言ったところでねじ曲がるのなら、それすら利用してやれば良い。

 

 最後まで立香が聖杯戦争に参加するためには、時間を稼いで混乱させて、ホームズの意識を立香の秘密から逸らすことが不可欠。派手に引っかき回せれば、オベロンはそれでよかった。

 だからこそオベロンは自分に注意が向くように、憎らしい悪役を演じてみせる。

 

「どこだと思う? 探偵サマご自慢の頭脳が探り当てるのを、楽しみにしているよ。ひとつ言わせてもらうなら、俺のマスターは生き汚いんでね。多少の別行動じゃ死んだりしないのさ」

 

 そう告げると奈落の虫は、うっそりと嗤ってみせた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。