悪役を与えられた藤丸立香が聖杯戦争でオベロンを召喚する話 作:凛夏ナツ
「よっこらせ、っと!」
夕焼けの少女の手に提がっているのは、大きめの黒いアタッシュケース。重たいのか、ケースに引きずられるように階段を上っている。少女のうんざりした内心を表すように、金属製の階段が足をかける度に甲高い音を鳴らした。
本物の──オベロンが演じているのではない方の立香の姿は、深夜の高層ビル、非常階段の上にあった。
「最上階、遠っ! どこまで続くんだこの階段」
このビルの最上階にあるのは、とある道化染みた陰陽師の魔術工房だ。エレベーターを使わないのは、万が一閉じ込められたら脱出できないから。
用心するに越したことはないが、その分少女の運動量は増えていた。『あぁあ"もうウンザリだ!!』なんて頭の中のオベロンが叫ぶ。
「今のうちにリンボの本拠地潰してやる! って言ったのは私だけどさあ……」
もちろん単独行動のリスクは理解している。
それでもやりたかったのは、立香の最期を看取った彼への後悔ゆえだ。きみを、わたしという存在に縛り付けた。殺させてしまった。
マスターらしく。マスターであるために。そればかり考えていたから、最後の最後で自分のことしか考えられなかったのかもしれない。
「オベロンに言ったら怒られそうな気もするけど」
ふ、と思わず笑いがこぼれた。
今頃オベロン達は、リンボが指定した駅に向かってるんだろうなあ。藤丸立香のふりをするオベロンとか、ちょっと……いやかなり見てみたかった。絶対からかってやったのに。
少女は己の姿を見下ろす。
「それにしても、服まで作っちゃうとか。オベロン器用だよねえ……」
作戦会議で思いつきを提案した後、立香の顔を覆うように衣類を投げつけてきたオベロンを思い出す。お忍び用だというオフホワイトの外套に出で立ちを変えた彼は、良い笑顔でのたまっていた。
『きみ、礼装もついてない、その薄っぺらい布一枚で相手の根城に乗り込むつもりなの? 死に急ぐのもここまで来ると滑稽だなあ!』
そう。今の少女は制服ではなく、黒い魔術礼装を着用していた。カルデア極地礼装を模した、黒い上衣とスカートだ。
『えっ! ウソ、オベロンが作ったの!? もしかしてお前が心から心配だからやるよ的なツンデレ?』
『そうそう。頭のデキという意味で、とってもきみのことが心配でさー』
勘違いも甚だしいけど、とアイアンクローが飛んでくる。ご丁寧に腕だけ黒いとんがったものに変えて。
『痛たたた爪ェ! 刺さってる! 刺さってますから!』
『えー? 聞こえなーい』
『ホントめんどくさいなこの大嘘つき!』
「……前世を思い出すな」
ありがたいやら、懐かしいやら。決意を新たに。ケースの持ち手を握りなおす。
皮肉にも。オベロンの渡した礼装が立香の意識を過去に引き戻しているなど、彼は知るよしも無いだろうが。
ついでに言えば、アタッシュケースを用意したのもオベロンだ。
『本拠地を潰すとか言いながら、中身は何も考えてない、なんてあるわけないよな?』
『…………申し訳ゴザイマセン』
オベロンはため息をついて、物騒な笑みを浮かべた。
『僕もきみも、肉体戦と魔術戦、共に向かないタイプだからね。正面からってのは難しい。やることは決まってるさ』
取り出したケースを開ける。置かれていたのは、三つの黒い装置だった。それぞれカラフルな導線が幾つかと、タイマーだろうか、パネルがついている。それから、如何にも押してくださいと言わんばかりの、親指サイズの赤いボタン。
『ば、爆弾……』
『やだなあ。ただの、魔術的に改良した小型軽量ダイナマイトさ! 普通にやって敵わないなら、物理的に破壊するしかないだろう?』
『なお悪いわ』
優雅な王子様ムーヴはどこへ行った。
一体どこからそんなもん拾ってきたんだという、立香の内心を読んだのだろうか。オベロンは人差し指を唇にあてて、妖しく微笑んだ。金の髪がふわりと揺らぐ様は妖精王らしく、実に優雅だ。
『コレの出どころ、聞きたいかい?』
……言ってること、ただのテロリストだよね?
少女が全力で首を横に振ったのは言うまでもない。
「地下には設置したから、次は真ん中だよね……」
目標は道満の魔術工房の破壊。
高層ビルの上部、中程、地下に爆発物を設置し、ビルから離れた後に爆破する。それが今回の策だった。
『別に、最上階にまで踏み込まなくとも良い。その下の階とか近くに設置して、ビル全体が崩れればそれで良いんだ』
中程のフロアに足を踏み入れ、装置を柱に取りつける。
「よし、これであと一ヶ所──」
何気なく振り向いた先に、彼はいた。
トゲの生えた尻尾と黒いフード。禍々しい闇を研いだ槍。腕を組んで入り口の壁に寄りかかり、目を閉じている。
「用事は終いか?」
ああ、不味ったな、なんて頭の片隅で声がする。
凛なら『相談しなさいよこのバカ!』と声を荒げたかもしれないし、オベロンなら『ほら、言わんこっちゃないだろう』と半目でにらみつけたかもしれない。しかし現在、二人はここにいない訳で。
単独行動のリスクは理解していた。分かっていた。誰だって、マスターが一人になったこの瞬間を狙うだろう。
反転した光の御子。その紅玉の瞳が開き、立香を刺すように射抜いた。
「さて、殺すか」
◇
「ちょっと! なーんで振り返ったら野郎が二人も立ってんのよ!? 立香は!? グレイって子は!? どうなってんのよー!?」
凛は激怒した。
必ず目の前の、摩訶不思議でクソみたいな真実を暴かねばならぬと決意した。
道満に招かれたのは、秘密裏に行われたオークション。しかし潜入してみれば、サーヴァントが突然召喚されて暴れだすわ、いつの間にやら立香が消えてるわ、ついでに胡散臭い探偵まで増えてるわ。
「やあお嬢さん、お邪魔しているよ。僕のマスターは野暮用でね」
「ほう、マドモアゼル直々の歓迎とは。嬉しさのあまり、宇宙が見えるとも。……はて、今日はまだ服用していないはずなんだが」
片やめんどくさいからと薄っぺらいキラキラの笑顔で誤魔化し、片や自分で推理したまえとばかりに白々しく惚ける。普段ならお互いに相容れないだろう彼らは、こんな時だけウマが合った。
「あんたたちねぇ……!」
あらぬ方向を向いた二人に、もはや怒る以外にやりようが無いのだった。
「セイバーのマスターさん……?」
騒がしさに、村正の援護をしていたアルトリアが振り返る。湖面を思わせる碧い瞳と、背後に立っていた奈落の虫の視線がかち合った。
「「あ、」」
見つめ合うこと数秒。互いに微笑んで口を開いた。
「久しぶりですねマーリン」
「やあ、嬉しいなあ。久しぶりー。全部分かった上で言ってんのは、煽ってるのかな?」
「ええ、煽っているのです。マーリン」
「あっはっは、きみなあ!」
笑顔のオベロンが片手で飛んできた銃弾を掴みとって潰せば、微笑んだアルトリアが杖でグールを殴り飛ばす。
「それにしても、立香は覚えているのですね」
「あぁ、そっちのお嬢さんは忘れてるんだろ? ある意味喜ばしいことさ」
妖精眼同士の会話は簡潔で分かりにくい。
瞬く間に状況を整理して、知りたいことだけを交換したようだった。
『Arrrthurrrrrr!!』
魔力が収束する。
騎士の咆哮に応えて現れたのは、黒い流線型のフォルム。空中を自在に飛び回る大型の現代兵器。
ランスロットは戦闘機に飛び乗り、ホールの天井を突き破った。隙間から見えた夜空へ飛び立って行く。宙返りして、そのままこちらに突っ込むつもりなのだ。吊るされたシャンデリアがグラグラと揺れた。
ブレーキをかける甲高い音がする。空間魔術がとけた会場は、ただの細長い車両に戻っていた。窓の外には緩やかに流れる夜の景色。この分なら、じきに走行は止まるだろう。
窓から顔をのぞかせた村正が、苦々しげに顔を歪めた。
「おいおい、なんだありゃ!? 俺の宝具でも相殺出来るか分からねぇぞ。……って、おい!?」
目を見開く村正の前を、小柄な人影が横切る。
「……マスター、聞こえてますよね。令呪を」
一歩。
踏み出したのは、小さな背中だった。そのまま器用に列車の屋根の上に飛びのる。
濃紺のマントが風にはためき、麦帆のようなツインテールが空高く舞い上がった。
「……村正。あなたにも、お世話になりましたね」
かつての妖精國で。
私は、多くの人々の期待を背負って歩いてきました。たくさんの幸運と人々に助けられて、繋がった縁に導かれて、今この場に立っているのです。どんなに理不尽な災いが降りかかろうと。絶望的な運命を迎えようと。何度だって、護ってみせる。
どれほど遠い時を経ようと、私は進み続けるでしょう。空の彼方──輝く、
「──『それはいつかくる兆しの星』」
選ばれた予言の子。その可憐な唇が、静かに星の祈りを紡いでいた。掲げた杖が、光を放つ。
希望の地、楽園の跡、誰に呼ばれるまでもなく、貴方は星をかざすでしょう。運命は、誰のために──
遠き過去に想いを馳せて。楽園の妖精は、未来を拓く光明を告げる。
「『
どこまでも広がる蒼い空と花の丘。
視界を塞がんばかりの澄んだ桜色。
誰もが舞い散る花弁と、一面の花畑の幻想を見た。
直後、轟音。
展開した守護の盾と、騎士の操る戦闘機が衝突する。次いで、爆炎と突風が渦巻く。
列車の窓ガラスが割れ、列車を構成する側壁や鉄の外骨格が剥がれ落ち、車体が横向きに回転してひっくり返る。衝撃波であらゆるものが吹き飛んでいった。中にいた人々も、車体の外へ投げ出される。
それでも少女の背中に護られた者たちは、傷ひとつ無い。破滅の波すらも凌ぐ最強の護りは、その役目を遺憾なく発揮していた。
『Ahrrrr……Ohrrrrr……』
焔のなかで、金の粒が立ち上る。
列車自体を依代として現界したランスロットは、列車が破壊されたことで存在を維持できなくなったのだ。
「やった、か……?」
あとには、ぽっかり開けた夜空と燃え尽きた列車の残骸。未だに残る硝煙の匂い。地面にへたりこむ人々。戦闘の終わりを告げるように、冷えた空気がオベロンの肌を刺した。
一息ついた静かな夜に、ノイズが混じる。
「Ring a Ring o Roses……」
聴こえてきたのは、古い童謡だった。
調子っ外れにハミングする、幼い少女の歌声。凄惨な夜に響くわらべ歌は、どこか奇妙な恐ろしさと違和感をくっきりと浮かび上がらせていた。
オベロンの正面に白い光の粒が集まる。宙にたゆたう銀の三つ編みと、甘い桃色の瞳。手の甲には禍々しい髑髏の令呪。ホログラムの儚い光が造り上げたのは、空中を漂う幼い少女の姿だった。
「はじめまして、虫の王子様! それから探偵さんと他の皆さんも! ありすはありすよ!」
「……あまりはしゃぎ過ぎてはなりませぬぞ、ありす殿」
「ええ。分かっているわ道満おじさま! 約束、守ってくださったのね!」
背後の森の影から見守るように現れた道化に、幼女はキラキラ輝く瞳を向けた。それから、オベロンへと視線を戻す。
「おにごっこしましょう! ありすが鬼ね! 逃げ切れたらあなたの勝ち。捕まったら、ありすの勝ちよ!」
夜空が、不自然に明るくなった。光は白い繭のように、みるみる辺りを覆い隠してゆく。
小さな扉、くるくるお茶会、白黒マス目の虹色草原、お喋り双子の禅問答。でもでも、お気に入りはやっぱり一つ。全てを忘れる、名無しの森にご招待!
「大丈夫、今回のありすはちゃんと分かっているもの!」
ムーンセルの時は知らなかったけれど、とありすは呟く。アクアマリンのドレスが期待に膨らみ、桃色の無邪気な瞳が輝いた。楽しげに、ふわりと空中で回ってみせる。
ありすはアリスで、アリスのことならなんだって真似できるわ!
「せいはいせんそう、に、参加していること! 道満おじさまのおかげでもう一度、マスターになれたこと!」
あわれで可愛いトミーサム、いろいろここまでご苦労さま、でも、ぼうけんはおしまいよ。
だってもうじき夢の中。夜のとばりは落ちきった。アナタの首も、ポトンと落ちる。
「他のサーヴァントとマスターは、ころすこと!」
月の聖杯戦争の記憶を宿す、電子の海から蘇った
「そうすれば、ありすはアリスに会えること!」
さあ──嘘みたいに殺してあげる。ページを閉じて、さよならね!
「……」
黙って様子を観察していたホームズが口を開く。
「ふむ。どうやらあのお嬢さんは、何があっても我々を招待したいようだね」
「……そうかよ」
虫のこめかみを、静かに冷たい汗が流れた。様子をみてとった幼女は首をかしげる。眉をハの字に下げた。
「あら、お気に召さない? いけないわ、いけないわ。みんなが喜ぶおはなしじゃなくっちゃ!」
それは、残酷な善意だった。
「そうだわ! 皆さまお揃いなのだから……」
ありすが愛した読者を愛する絵本の英霊は、他者の記憶を読み取って、物語を描いていた。だからありすもアリスの真似をして虫の記憶を読み取り、一番良いと思えるハッピーエンドをつくりだす。
嬉しいわ嬉しいわ! ああ、本当にたのしみだわ! みんなが笑顔になる、最高のおはなしよ!
「な──!」
風が再び巻き起こり、ごうごうと世界が揺れる。とっさに顔を腕でかばった。風が鳴り止み目の前に広がる光景に、オベロンの瞳が見開かれる。
「──風と土と生命、歌と雨に愛された理想郷はいかがかしら!」
立香とオベロン。
陰陽師が工房を構える高層ビルと、黒い騎士により横転した列車。
奇しくも同時刻。二つの場所で、命がけの鬼ごっこが火蓋を切った。