終わりなき行進。楽園の未知証明。お前のその、貪欲な眼。 作:らもくら
別ゲー映画などからの設定輸入あり
四月は最も残酷な月
死んだ土からライラックを目覚めさせ
記憶と欲望をないまぜにし
春の雨で
生気のない根を奮い立たせる
終わりなき行進。楽園の未知証明。お前のその、貪欲な眼。
目的地であるザバン市最寄りの港、ドーレ港まで約二週間の地点に俺は…、"俺たち"はいる。帆ばかりが真新しく船体の塗装は剥げているこの船に乗るのは、船長、数名の乗組員、そして僅かな客のみ。
俺は時折ハンモックに揺られ、時折潮風を浴びながら"色々"することによって、今までの退屈な船旅をどうにか凌いできた。具体的には、本や釣竿を使用するあれこれで。
「帆を新しいものに替えたいという気持ちは分かる。分かりやすく印象が良くなるからな。だが、一緒に船の塗装も直さないのは何故なんだ?アンタ、何でか分かるか?」
ハンモックに横たわりながら本を読んでいると、唐突にそう問いかけてくる男がいた。確か、二回目の寄港地点で乗船してきた男だ。
彼は、俺が横たわるハンモックの隣にある椅子に座り、しげしげとこちらを眺めた。
「…」
面倒に感じた俺は無視を選択する。
「無視か?まあ、"俺に話しかけたら殺す"って感じの雰囲気してるもんな、アンタ」
「じゃあお前を殺すか?」
「なんだよ!冗談だろ!」
男は大仰に驚き、体を浮かせた。
「フードまで被っちまってよ、そんなんじゃ知り合いの一人もできないぜ?」
「余計なお世話だ」
「へぇそうかい。でも良かったな、今この瞬間から俺が知り合いだ」
ギシッと、比較的大きな音がした。男が身を乗り出したから、椅子が軋んだのだ。彼は俺に握手を求めていた。
差し出された手を握る。面倒だが、目くじらを立てるようなことでも、過剰に拒絶するようなことでもない。
男は満足そうに手を上下に数回振り、離す。
「で、話は戻るが、この船の塗装がボロボロなのは何故か分かるか?見栄えを気にするなら帆と一緒に塗り直しそうなもんだが」
少しばかり、被っているフードをずらして男の表情を見る。真剣に悩んでいるというより、単に好奇心から来る疑問のようだ。
「…お前、この辺りの海域を進む船に乗るのは初めてか」
「ああ…初めてだ」
「そうか。前提として、船の塗装は船底に貝などが付着して推進力を損なわないようにするという効果がある。だがこの船に塗装は無い。つまり、そもそも船底に余計なものが付かないから塗装など必要ないと言う訳だ」
「なぜ付かない?」
「それは…」
俺が答えを口にしようとしたその瞬間、船全体に響き渡るほど大きな甲高い鐘の音が聞こえてきた。
『これから例の海域に入る!皆準備しろ!』
声の聞こえてきた方向から目線を戻すと、男は呆気に取られたように固まっていた。下調べもしなかったのか?
「例の海域?」
「それが答えだ。弾丸の海域、船底に貝が付いていられないほどの嵐が吹き荒ぶ。あまりの大時化に海底の石が浮いて、海中を飛び回っているらしい。それで弾丸という名前がついたんだな。塗装が剥げているのはそのせいもあるだろう」
「あまりの…大時化?」
「ああ。覚悟しておいた方がいいな」
陽気で押しの強かった男の表情は、今や見る影もない。
哀れだが、ここは大海原の上。逃げ場などあるはずもなく、これから来る大嵐には立ち向かうしかない。
「もし…万が一落ちたらどうなる?」
「死ぬだろうな、落ちたのがお前なら」
「弾丸みたいな石に貫かれて死ぬってか…」
「その前に溺れるだろう。実際のところ、弾丸という表現は誇張だ。水の抵抗もある。まあ当たったら相当痛むだろうが」
男の額を一滴の汗が伝う。怖がらせすぎたようだ。
しかし恐ろしい海域とは言っても、この船は定期便で、何度もここを通過した実績がある。甲板に出なければなんの心配もいらない。
「散々脅しをかけたが、大荒れの海の様子を見てやろうとか、そんな愚かさを示そうとでもしない限り平気だ」
「そうだよな!この船定期便だもんな?!」
男は何とか自分を奮い立たせようとしているが、ほぼ無駄に終わっている。震えた手がその証拠だ。
俺に話しかけてきたり、下調べもせずに船に乗り込んだり、全く、怖いもの知らずな男だ。いや、深く考えていないだけとも言うか。
「このくらい乗り越えられなきゃ、ハンターになんかなれないよな」
「…ハンター試験を受けるのか」
「ああ、もしかしてアンタも?」
「その予定だ」
この時期にドーレ港へ向かう人間の大半はハンター試験が目当てだろう。だが男は本気で驚いている様子だ。
俺は呆れて、肩をすくめる。
「お互い頑張ろうぜ。まあ、目下最大の問題はこれから始まる大航海だけどな!」
▢▢▢
「今年は見込みのあるヤツがいるようだ」
弾丸の海域を抜け、ドーレ港まで後少しという所まで来た時。まるで今までの大嵐が嘘だったかのように凪いだ海の上で、船長がそう言った。
まず、ハンモックに我関せずと座り込んだ俺を見、それから船室のあちこちで散らばる死屍累々を睨めつける。
船長は呆れた様子で、ひとつ大きなため息をつく。
「まあ例年、転がってる愚図どもの中に一人でも話せる奴が居りゃあ上々ってもんだったんだ。今年は比較的出来が良い」
「あ、あんな嵐で…平気な方がおかしいぜ!ハンモックに寝そべってても、天井にぶち当たるような…大嵐だ!」
「おお、話せるのか。良かったじゃねえか」
「この…クソ船乗り野郎…」
船長と、弾丸の海域に入る前に話していた男の問答を横目で見ながらも、俺の頭はもうすぐで長い船旅が終わるという開放感でいっぱいだった。
しかし実際のところ、これまでの船旅は全て幻想で、誰か他人が体験した記憶を植え付けられているような気もした。
長い船旅も、終わってしまえばきっとそういうふうに感じるものなのだろう。
「アンタもだよ!おい、聞いてんのか?」
「…」
開いた膝を抱えるようにして座りながら思考に耽っていたところ、俺に話しかけてくる男がいた。
まあ、誰かなんて顔を見なくても分かる。船長との問答は一旦の終結を迎えたらしい。
「あの海域にいる間何してたんだ?一体どうやって耐えてた?」
「大抵はハンモックで寝ていた」
「さっき言ったの聞いてなかったのか?ハンモックも使い物にならなかった!バカみたいに天井にぶつかりまくってただろ!」
「ぶつかりそうになったら天井を蹴ればいい」
「……」
振り返って男の顔を見れば、まさに唖然とした表情で俺を見ていた。数秒後、何を言っても無駄だと思ったのか、眉をグッと下げて一歩下がる。
「最初から普通じゃない奴だなとは思ってたんだ。フード被ってて怪しいし、寝てても背はデカいし。…2mはありそうだが、身長どれくらいなんだ?」
「正確に測ったことはないな」
「はあ、そうかい」
男はついに何も言わなくなった。ただ呆れたのか、諦めたのか、苛立ったのかは分からなかった。俺ももう男の表情は見なかったから。
踵を返して歩いていった彼の「ハンター試験はまだ俺には早いかもな」という独り言ばかりはっきり聞こえた。
数時間後、俺の乗っていた船は無事に港に着いた。
俺の他の乗客は、天国から地獄へ蜘蛛の糸でも垂れてきたのを掴んだかのように喜色を浮かべ、船を降りていった。
その後に続こうと、少ない荷物を纏めて甲板へ上がる。
甲板には、まるで俺を待ち構えていたように仁王立ちする船長の姿があった。
「お前さん、ハンター試験受けるんだろ」
「その予定だ」
俺は、あの男の問い掛けへの返答と全く同じ言葉を返す。
「んなら、あの一本杉に向かいな」
船長はそう言った。低く、嗄れた声だった。
「あの海域を渡って平気だった奴にゃ言うことにしてんだ。軽率に試験を受けようとするバカも多い…分かんだろ」
「…定期便の航路から外れて…わざと危険な海域を通ってみたりもしたか?」
「ハハハ!そりゃしたかもな!」
船長は、欠けた歯を見せながら豪快に笑う。そして、その勢いのまま俺の背中を強く叩いた。
「ほら行きな。あの一本杉までは距離がある」
俺は微かに頷き、汚れたタラップを踏んだ。きしんだ音がする。
港から細い路地を抜け、大通りに出ると、屈強な男達でたいそう賑わっていた。
どうやらバス停に群がっているようだ。案内板が出ている。"ザバン市直通バス"だそうだが、わざと危険な海域を通るような船の船長をしている人間が協力する試験だ。目的地が本当に目的地かどうかは疑わしい。
先程船長も口にしていたが"軽率に試験を受けようとするバカ"全員に構っていたら時間が足りない。ハンターであるというだけで老い先困らないのだから、夢や虚勢に追われて試験を受けようとする者もいるだろう。それも数え切れないほど。
以上を鑑みると「一本杉まで自力で行ってみる」というのが一番無難な選択肢と言える。
俺はバス停に群がる人々に背を向け、歩き出した。
▢▢▢
長い道のりだった。目的地である一本杉はハッキリと見えているのに、果てしなく遠い場所に存在するように感じられる。
勿論、走ればすぐだろう。しかしそういった単純な物差しで測れるものではなかった。
石畳の亀裂から小さな葉が覗いている。
遠くで鳥が鳴く。
日は徐々に傾いていく。
靴底が地面を擦る音を聞くうちに、今眺めている世界全てが巨大な夢であるかのように思えてくる。まるで紐を括りつけたコインを目の前で揺らされているように。
そしてふと我に返る。
自分を含む世界全体を包み込む夢に"亀裂"が走ってくる。
甲高い音を立て、隙間から清々しい水を溢れさせながら、"三本の亀裂"が、走ってくる。
夢の中心に位置する俺へと向かって。
………
少し前のこと。"彼"がドーレ港に到着してすぐ、ある3人組が同地に降り立った。
奇しくも、彼らもまたハンター試験の協力者から"一本杉へ向かえ"という助言を受けた者たちだった。
「なあ、どう考えてもおかしいぜ。目的地の逆方向へ向かえなんて!ただあの船長が適当についた嘘を、俺たちゃ深読みしちまってんじゃないのか?」
「そんなことないよ!船長、嘘ついてるカンジなかったもんね」
「同感だ。そもそも、気に入ったと言い放った私達に向かって、誰でも見破れるような嘘をつく利益は無い」
「…んーまあ、そう…いうもんか?」
クラピカがオレの言葉に付け加えるように口を開くと、レオリオは、少し不満そうな顔をしながらも認めることにしたみたいだった。嘘をつく"利益"、そういうのはよく分からないけど、船長は絶対に嘘なんかついてなかった。オレに分かるのはこれだけだ。
「確かに、一筋縄じゃいかねえハンター試験だけどよ、まさかそんな簡単な…」
レオリオは未だに納得できないみたいだ。そして、二人で言い争いをする姿を眺めていた視線を、ふと前の方に向けた時、気づいた。離れたところを歩く小さなシルエットに。
「ねえ!あそこ見てよ!」
「ん?」
レオリオとクラピカも口論をやめて、前を見つめる。
「んー…誰かいる…か?」
「誰かいるんだよ!ハンター試験を受ける人かな!」
「ああ、タイミング的に、私達と同じ助言を受けた誰かと見てほぼ間違いないだろうが…」
「じゃあ、行こう!話しかけてみようよ!」
「オイ、お前な、もし万が一アイツが他人を踏みにじってまでハンター試験を受けようとするような性根の悪い奴だったら…」
「大丈夫。良い人だよ!」
オレは走った。「なにを根拠に!」と、後ろに着いてくるレオリオが言った。
そう、レオリオとクラピカには悪いけど、根拠なんてないよ。
でもずっと前にいるあの"誰か"が人で、話ができるなら、悪い人だったとしても仲良くなれるよ。きっと。
オレたちは少しの間全力で走った。レオリオは相変わらず文句を言ってたけれど、一本杉までの長い道のりをたどる間にこういうちょっとした"出来事"がある方が、多分ちょうど良かった。オレはオレで、石畳の亀裂から顔を出す葉や、遠くを飛ぶ鳥たちの鳥言語や、ゆっくり沈みつつある太陽を見てても良かったけど。
でもオレだって、未知の出会いにワクワクしているのは確かだった。クラピカもレオリオも、一応は走ってるみたいだし。
いよいよ遠くで見たあのシルエットの近くに来た。
遠くから見ただけじゃ分からなかったけど、凄く大きなヒトだ。そして頭からすっぽりフードを被ってる。
ほんの少しだけ乱れた息を整えてから声をかけようとした時、前を歩く人が後ろに、オレたちの方に首を傾けた。
「…俺に用があるのか?…それとも道を尋ねるつもりか?一本道だが」
低くて、落ち着いた声だった。
そのヒトの、フードに隠れて口元しか見えない顔を目にした時。二人には内緒だけど、少し怖かった。
背中を一滴の汗が伝い、服の隙間から冷たい空気が入り込んで僅かに震えを感じた。オレは背中を後ろ手に抱きしめるようにして、気を取り直す。
「あ…ううん。オレたち、ハンター試験会場に向かってるんだけど、あの一本杉に向かうようにってアドバイスを貰ったんだ。それで…」
「ああ、なるほど。擦り合わせというわけか。俺の方も同じだ。ただ一本杉に向かってみろと」
「やっぱりそうなんだ!」
そのヒトと話しているうち、オレよりゆっくりとしたペースで走ってきていたクラピカとレオリオが到着した。
「ア、アンタデカイな…」
レオリオは、驚いたような表情で目の前のヒトを見つめる。レオリオも背が高いから、人を見上げるようなこと、滅多にないんだろう。オレなんかは見上げすぎて首が折れそうだ。
「ああ。シルエットの時点で気づいてはいたが、ここまで背が高いとは」
クラピカも目を見開いている。
そこで、まだお互いに名乗っていないことに気がついた。
「あ、ねえ。まだ名前を言ってなかったよね!オレ、ゴン!」
「なんだよ、まだ自己紹介してなかったのか?悪いなアンタ。俺はレオリオだ。よろしく」
「私はクラピカという」
「…ああ……俺はネブラだ」