…なんて事が、俺に素直に言える訳もなく。
深夜、ナイグラートの自室にて。
ソファに腰掛け、机を挟んで向かい合い、書類をチェックしてもらいながら。
理性を失わない程度に、しかし口は多少軽くなるように。強めの酒をちびりちびりと口にしながら、ちびりちびりと回りくどく大量の時間をかけて思っていた事を伝えてみたら、
「あっははははははははははははは!?なにヴィレム、わたしの事も心配してくれてるの!?子供達だけじゃ飽き足らず、年上のお姉さんであるわたしまで娘扱いしてくれるの!?思った以上に愛情を持て余した、筋金入りのお父さん体質なのね〜あはははははははははははははははははははははは!!」
盛大に笑われた。机に突っ伏して、腹を抱えて涙目になるくらい笑われた。
トロールの怪力で机をバンバン叩かない程度の理性は残っていたみたいだが、部屋の隅にぶら下げられたそのボロボロのサンドバックは何だ。目の前で殴るな、豪快に揺れて怖い。怖い怖い怖い肩を抱くんじゃねえよこの酔っぱらい!勢いでうっかり耳でも食いちぎられそうでマジで怖いんだよそれから何か柔らかいものが背中に当たってるんだよマジで勘弁してくれネフレンはいいのにわたしはダメなのじゃねえよアレとお前じゃ比較にもならねえから!!
未だ15番島で戦いを続けている筈のネフレンに心中で土下座する。すまん今のは暴言だった。
「あなたってほんとに可愛いわね〜。素面じゃ言えないからお酒の力に頼るのはいいけれど、それならこうやって男らしくグイッといかなきゃ〜」
強い酒の筈なのだが、ナイグラートはスポーツで汗を流した後みたいに、宣言通りに気持ちよくグイッと飲み干す。
そんなんじゃねえよ明日の仕事に差し支えねえよう調整して飲んでただけだってえの。悔しいので、言い訳しつつも対抗して一気に飲み干す。
くそ、悪くない酒だな。最初からこうしてればよかった。
ようやくテンションが落ち着いて、また机を挟んで向かい合う。
書類を捲る音。酒のつまみを咀嚼する音。虫の鳴き声が、子供達が寝静まった、夜の静寂の中に重なり合う。
「でもね?本当に、あなたが思うような、嫌われ役がどうとかいう心配はいらないのよ?」
やがてナイグラートが、その沈黙をぽつりと破った。
「ストレスが溜まったら、山で熊狩りをして解消してるし。現地直送の新鮮なお肉を、トロール族伝統の最高の味付けで振る舞ってご機嫌を取ってるし」
まあそいつは単純だがいい手だな。俺自身ここに来たばかりの頃は、甘いお菓子で餌付けしてちび達の警戒を解いた訳だし。
…しかしこいつがここに就任して以来、一体どれだけの熊やら猪やらがストレス解消とご機嫌取りの犠牲になったんだろうな。
一度町の神父さんと山の中に入って、鎮魂の儀を執り行うべきかもしれない。
「それよりあなたの方こそ、子供達に嫌われたり怯えられたりするかもしれないって不安にならないの?あの子達への愛着が深まるたびに、殺気を放つ回数も増えている気がするんだけど」
は?何を言ってるんだこのトロールは。いつ俺がそんな物騒な真似をしたよ?
「…………………ラキシュがアルバイトに行くたびに、毎回毎回森の街道へ向けて『変質者出たら殺す』って感じのオーラを放ってるんだけど」
いやそれは当然だろ?あの町の連中はお前の恐ろしさを知ってるから妙な真似はしないにしても、外部からやってきた事情を知らないクズ野郎がちび達に手を出す可能性はあるからな。
「町から物資を届けに来てくれた獣人族のおじさんに、子供達がもふもふしはじめた時とか」
おいおい、わざわざこんな森の奥まで重い荷物を運んで仕事を果たしに来てくれてるんだぞ?俺がそんな失礼な事をする訳ないだろうが。
「子供達が好きな、絵本の中のヒーローにとか」
ははは、本の中の架空の存在に向けてガチに喧嘩を売るのか?そんなバカな大人がいるんなら、是非一度お目にかかってみてえもんだな。
「サルベージャーはロマン!大人になったらサルベージャーになりたい!って話題で盛り上がってる子達がいたら、地上の何処にいるとも知れないグリックに向けても」
いやいやいや、あいつは確かに人情味がありすぎてちょっと面倒くせえ時もあるけどよ。捻くれてた時期の俺相手でも借金を急かすわけでもなく度々遊びにも連れ回してくれた、何だかんだで恩人と言ってもいいくらいの存在だぞ。まさか俺がそんな道義にもとる行いをする筈が
…………………何なんだよその哀れみの目は。
いつもみたいに年上のお姉さんぶってからかえよ。何で首を左右に振ってるんだよ、何なんだよそのホントにこれっぽっちも自覚がなかったのかよどうしようもねえなこの過激親バカはみたいな表情とリアクションは!?
え、待って?俺って本当にそんな誰彼構わず無差別に殺気ばっかり放ってたの!?
い、嫌だ!俺は知らない内に愛しい娘達を怯えさせり、呆れられたり怖がられたり避けられたりなんかしたくない!そんな事になったら、この壊れかけの身体よりも、精神の方が先に死ぬ!!
ソファからガターンと勢いよく立ち上がる。
ナイグラート、突然で悪いが一日休暇をくれ!
俺はこれから山に籠もって自身と向き合い、不安定極まりないこの心を鎮める為の精神統一の修行に入る!
「はいはい好きにして。ランプと防寒着と水と食料と、念の為護身用の道具は忘れないようにねー」
ため息混じりではあったがすんなり許可をもらえた。
サンキューナイグラート。一日最低十回は食べさせてって言ってくる辺りは玉に瑕だが、お前みたいに理解がある女は嫌いじゃないぜ。
「はいはいお世辞はいいから気をつけて行ってきてねー。わたしよりも先にその辺の熊に食べられちゃったら嫌だからね?」
分かってるっつーの、んなドジは踏まねえよ。
「どうだかねー」
そんじゃあちょっくら行ってくるわ。ちび達によろしくな。
呆れた風な見送りを受けて、危機感よりも娘達に嫌われたくない感情に支配されたヴィレムは、闇に支配された山へずんずんと踏み込んで行くのであった。