嫌われ役が嫌じゃないか?
心が折れてしまいそうにならないか?
そんなの決まってるでしょうに。
過去何回だってあったわ。ヴィレム、あなたの問いかけ方があまりに回りくどくてへにゃへにゃで、情けなくて可愛らしかったから、上手く笑って誤魔化せたっていうだけで。
もう考えたくなんてないっていうのに、心が勝手に何度も何度も問いかけてきた。何度も何度も夢想してきた。
もしあの子達が、半分死んでいて半分生きているなんていう異質な存在でなくて、もう少し普通の子供だったなら。
日々の生活の中で、当たり前のように痛みを学んで。
生あるものの本能として死を恐れて、危険な事にはそうそう足を突っ込まない。やんちゃでおバカでちょっぴり制御が難しいだけの、ごく普通の子供達であったのなら。
この小さな島の中限定ではあるけれど。
倉庫の周りで遊ぶだけじゃなく、山や森や川の中。大人や先輩達の目から離れて、この島の豊かな自然の中を、もっと自由に駆け回る事を許してあげてもよかった筈なのだ。
短い生であっても。いずれ戦いに散る運命であってでも。
自分達はこの世界に歓迎されてきたのだと。
今際の際であってでも、自分達は誰かに強く愛されていたのだと。生まれてきた事は悪い事ではなかったと、強く実感できるように、もっともっと甘やかしてあげたかった。
泣き虫な自分では、折れそうな心を殺して娘達の涙を受け止める、そんな機械仕掛けの強い女にはなれそうにない。
この世界を守る為に、心を凍らせて嫌われ役に徹する事も出来そうにない。
これ以上ここに居続けても辛いだけ。自分の存在がこんなにも無意味なら、もうこんな場所、これまでの全てを投げ出して逃げ去ってしまいたい。
自分以上にあの子達を可愛いと思える人なんて、あの子達に自分以上に愛情を注いであげられる人材なんて、例え地上が健在だろうとこの世の何処にもいやしない。だから逃げずに頑張らなくちゃいけない。
そんな相反する思いに幾度も引き裂かれそうになりながら、今日まで妖精倉庫の管理者を勤め上げてきた。
この心に決定的な変化が起きたのは、本当につい最近。
クールで退廃的なキャラに見えて、子供を前にするとデレデレ甘々のお父さんになっちゃう徴無しの青年ヴィレム・クメシュ。
ここで共に働く同僚としての、彼との再会こそがきっかけだった。
クトリがヴィレムと遺跡兵装で本気でぶつかり合ってコテンパンにされたというその日の夜。クトリが自らの口で、あのライムスキン一位武官に
『死ぬのが怖い』と。
『本当は、戦士になんてなりたくなかった』と告げたのだという。
そしてそれを、一位武官は受け入れてくれたのだという。
クトリが妖精郷の門を開いて自爆すれば、最強の獣に最小の犠牲で確実に勝てるという戦略を捨てて。
クトリの伸び代を信じて、この土壇場で、誰も死なず、誰も犠牲にしない不確実な戦いに賭けてくれたのだという。
その報告を聞いて。
ずっと悲しみに暮れ、迷い揺れ続けてきた心が、綺麗さっぱり青く晴れた。
わたしはこれからも、あの命知らずで危なっかしい子供達を相手に『食べちゃうわよ?』と、おっかない嫌われ役を演じ続けるだろう。
その度に、腕によりをかけた伝統の肉料理で、ご機嫌を取り続けるだろう。
そして、何度間違いを犯そうとも、何度だってその子達を許し続けるだろう。
獣に立ち向かえるのは、浮遊大陸全土を見渡しても、遺跡兵装を携えた妖精兵のみ。
その責務を放棄し、戦いを拒否する事は、きっとこの小さな世界全てが堕ちる日まで許されないでしょうけど。
怖いものは怖いと。死にたくないのだから死にたくないと。
世界を破滅に導くであろうその感情は、誰にも許されない、兵器としてあってはならない間違いなのだとしても。
その当たり前の本心を、素直に口に出せたのなら。
こんな過酷でろくでもない世界でも、手を差し伸べてくれる優しい大人はきっといる。
それを身体に教え込む為に、間違いを犯す度に幾度も怒り、それを幾度だって許し続ける、厳しくも優しい母親で在り続ける。
それこそが、このナイグラート・アスタルトスが、妖精倉庫の管理者という天職に導かれた意義なんだ。
…ありがとうね、ヴィレム。
わたしにその事を気付かせてくれて、本当に感謝してる。
でも、それはそれこれはこれ。
あなたが妖精倉庫で一番愛されるお父さんになりたがってるのと同じように、わたしもここで一番愛されるお母さんになりたい。この願いばかりは、誰が相手だろうと譲れない。
そんな訳で、あなたが娘絡みの嫉妬や殺意を抑えるなんて、百年生きても無駄に終わるんだろうけど。
帰ってくるのを楽しみに待ってるわよ。わたしのライバルにして、誰より頼れるもう一人の管理者さん。