魔法の森を歩む一人の少女が居た。白い和服に袴を着込み刀を四本差した姿は奇妙であり、しかし後で束ねたその透き通る白髪と類まれなる容姿からどこか神々しさすら覚える。
そんな少女はある方向を目指して一直線に進んでいた。その方向には一軒の店があった。霧雨魔法店と看板を掲げるその店は、あまり店という風体には見えなかった。
まるで飾りなのではないかと思える看板であったが、しかし少女はこの店には用がなかった。正確にはこの店の店主に用があった。外観を眺めていた少女はしばらく眺めていると、その場を立ち去った。
「運のいいやつだ。」
少女は背中でそう呟いた。
森の中に、道が有った。左右に伸びる整備された道は、しかし人の足により分けられたと言うより、力尽で不自然に整えられていた。 少女は茂みを分けて辿り着いたその道を、迷うことなく右に進んだ。
少し空けた天井から降ってくる日差しが彼女を焼くものの、それでも彼女は一層輝くだけで決して陰りはしなかった。 しばらく進むと、左手側に長い石階段が現れた。その階段より先は道は存在せず、ここに繋げるためだけに作られた道の様だった。
長い長い階段を登れば、少女を迎えるのは朱色に染まった鳥居でここが神社であることが分かる。境内に辿り着いた少女は、その左斜め前にある神社の縁側に座り寛ぐ二人の少女を見つけた。
恐らく巫女服と思われる奇天烈な服を纏う少女は、湯呑みを傾けていた。その隣では、この暑い中、黒い服に黒い帽子を着込んだ少女が箒を手に弄んでいた。まず箒の少女が来客に気が付いた。全身真っ白な珍妙な少女に彼女は不用心に近付いてくる。
「よう。私は普通の魔法使いの霧雨魔理沙だ。あんたは新入りか?」
どうやらこの神社に不思議な少女が現れるのは、日常茶飯事らしかった。少女は好都合だと思った。
パン、という乾いた音が響くと、少女に向けて差し出された魔理沙の右腕が、前腕中ほどからぼとりと落ちた。遅れて血飛沫が辺りに舞う。魔理沙は呆然自失とした様子でその場にへたりこんだ。
そして今しがた魔理沙の腕を落とした、右手の刀を少女は狙いを魔理沙の首に定め。振り下ろした刀が巫女の結界に弾かれた。
「れ、霊夢......。」
そう虚ろに呟く魔理沙に、霊夢は今の彼女を正気に戻すのはよした方がいいと悟った。かし目の前には弾かれた刀を戻して霊夢の首を狙う少女が居た。とりあえず霊夢は仕切り直しを図った。瞬間少女に向かって霊夢から激しい光弾が放たれた。
少女はそれを余裕を持って回避する。そして視界が空けると、そこには御札により止血を終え、出血のショックで地面に倒れる魔理沙と、御札でグルグル巻きになった魔理沙の腕を持った霊夢が居た。
およそ3mの遠間に居る少女は一足飛びにその距離を詰めようとする。霊夢は魔理沙の腕を放ると、御札を投げて魔理沙に貼り付ける。そして遠間を詰めた少女により放たれる袈裟斬りを、霊力を纏わせた大幣により防ぐ。まるで金属が衝突した様な嫌な音が周囲に響く。
「存外に硬い。」
少女はそう呟くと、霊夢の後ろに現れた。それは全く予備動作のない瞬間移動だった。放たれた唐竹割りを霊夢は既のところで避けるも、右腕の独立した袖を持っていかれた。今のは一重に彼女の優れた身体能力と、直感に寄るところが大きい。
もしそのどちらかが欠けていれば、彼女の右腕は肩から切断されていただろう。それを悟って霊夢の背中に冷たい汗が流れる。
「存外に早くもある、か。」
そしてもう一度仕掛けようと少女が重心を前に移動させようとしたところで、二人の間の空間に亀裂が走った。常軌を逸した現象にしかし二人は動揺しない。
その亀裂から現れたのは、煌びやかな紫色のドレスを纏った金髪の女性で、歳の頃はおよそ十代後半か。少女から女性へと向かうさなかに思える容姿に、しかしそのプロポーションはとても少女と思えぬものであった。
「紫。」
霊夢のその呟きには、期待や不安がないまぜになった感情が現れていた。そしてその存在の登場に、少女は今までの無表情を崩し穏やかに笑った。
「ッッ!」
そのあまりに麗しい様に二人はつい見とれてしまった。それがあだとなり、紫の背中から二本の刀が生えた。紫の後ろに立つ霊夢にはそう見えたのだ。
自らの腹を貫く二本の刀に、紫は顔を歪めながらしかしその能力によりスキマを創り武器の破壊を成した。腹のスキマが消失すると腹の傷は跡形もなく消え去っていた。 そうしてただ武器を失った少女は不利を悟ったのか、瞬間移動にて姿を消した。
「惜しかったか。」
そう小さく吐露して。少女が去ったことを理解した霊夢はその場にヘタリ込み、紫は詰まっていた息を吐き出した。
「博麗の巫女とあろう貴方が情けないわよ。」
それは戦闘に関してなのか、それとも現状についてなのか。おそらくはそのどちらもだろう。
「......悪かったわね。」
霊夢はバツが悪そうにそう返して、膝の間に顔を埋めた。彼女はあくまでも少女だったのだ。
境内には二人しか居ない。魔理沙は既に紫がスキマで移送したのだろう。境内には立ち尽くす紫と、膝を抱え蹲る霊夢しか居なかった。
空は異様に高く思えた。
翌日の夕方に幻想郷某所にて緊急会議が開かれていた。そこに集まる面々は幻想郷においてのパワーバランスを担う大妖怪や各勢力の代表が集っていた。その面子は八雲紫が信頼に足る人物と判断した魑魅魍魎達であった。それは錚々たる顔ぶれで、幻想郷に深く関わるもの達であった。
「全員が揃いましたので、これより緊急会議を開かせていただきます。」
紫はそう畏まって言う。その発言により、この場の空気は今までにないほど引き締まった。
「昨日、博麗神社においてある事件が起きました。」
「博麗神社にて発見された、出生・種族・目的ともに不明の人物による神社への襲撃です。」
その発言に、場に動揺の波が広がる。
「下手人はどうなった。」
そう落ち着いた様子で尋ねるのは、妖怪の山の頂点に君臨する天魔その人だった。既に数千年は生きているであろうその姿は、若い女性であったがしかしその胴に行った様は正しく大妖怪のそれである。
「取り逃しましたわ。」
瞬間紫に非難の目が向くが、しかし同時に博麗の巫女と妖怪の賢者のツートップと対峙してなお逃げおおせることの出来たという事実に場に戦慄が走る。
「でも分からないわ。高々そんな事のために私たちを集めたの?」
紅魔館の主、レミリア・スカーレットはそう疑問を呈した。
「正直、身内でどうにか出来る問題なら既にどうとでもしていますわ。」
紫は言外に身内ではどうしようもないと言った。
「相手は未知の能力と博麗大結界を無視出来る力を持ち、そして全力を出さずに霊夢と互角以上。」
「そんな相手を甘く見ることなど到底できませんわ。」
その発言に面々は押し黙ってしまう。
「皆様方には是非とも協力をお願いしたく「紫様大変です!」」
紫の発言の途中で、八雲藍が乱入する。
「奴が現れました。」
全員が視線を鋭くし、藍の報告を聞いた。
「場所は紅魔館。私が発見した時には既に戦闘が終了し、奴は逃走していました。」
レミリアが目を細める。
「被害は?」
「門前にて紅美鈴が八つ裂きに、館内で応戦した十六夜咲夜は四肢を切り落とされていました。」
「他に目立った被害はなく、図書館にてパチュリー・ノーレッジとフランドール・スカーレットと交戦し奴は敗走したそうです。」
藍の言葉が重ねられる度に、レミリアは強い怒気と妖力を発する。
「八雲紫。」
「分かっておりますわ。永琳、着いてきて頂戴。」
永琳は無言で頷き立ち上がる。
「緊急事態につき会議は閉幕とします。打診の件については、後ほど私からお伺い申し上げます。」
そういうが早いか、紫はスキマを作り潜り込んだ。それに続くようにレミリアが全速力で飛び込み、少し遅れて永琳が続いた。その場に取り残された者達は、そそくさと帰るものとその場で考え込む者に別れた。
「私は山に帰らせて貰うよ。仕事は山積みだからな。」
天魔はそう言って部屋を出て行った。
「それでは私も。」
それに続いて西行寺幽々子と星熊勇儀勇儀・伊吹萃香が立ち上がった。
「私等も帰ろう。売られた喧嘩は買う主義だが、他人の喧嘩に横入りする趣味はないからな。」
「右に同じく。」
そう言って二人に続き洩矢神社の祭神の二人もその場を去った。そしてその場に残ったのは、聖白蓮と豊聡耳神子、古明地さとりと四季映姫・ヤマザナドゥの四人だった。
聖はどうやら紫の帰りを持つつもりらしかった。彼女はそれほど慈善に満ちていたのだ。しかしさとりと神子は四季映姫の心の声を聞いたためにこの場に残ることを決めたのだ。
「さて、残ったのはこれだけか。」
室内が一瞬暖かい光に包まれたかと思うと、いつの間にか映姫の背後に出現した長方形の光の中から車椅子に座った女性が現れた。その光景に聖は驚いた様子を見せるが、彼女の登場を予見していた三人は特に何を思うところもなく平然としていた。
「天魔はどうやら気づいていた様だけど。面倒くさかったんだろう。あいつ結構面倒くさがりだからね。」
長い金髪を流した女性は、そう言いながら映姫の背後を抜けて先程まで紫が居た場所を陣取る。
「八雲紫の対応から貴方が来ることは予想していましたが。やはり相当な一大事の様ですね、摩多羅隠岐奈。」
映姫は隠岐奈に鋭い視線を向ける。
「まぁ、実際私が直接動くほどのことでもないんだけどね。ちょっと人手不足的な?」
「ご冗談を。絶対秘神の貴方が公の場に現れる行動自体が事の大きさを象徴しています。」
適当にそう言った隠岐奈に、しかし映姫は理路整然とそう諭す。隠岐奈はその様に片眉を上げて口を緩める。
「実際半々だよ。どちらかと言えばまだ判断しかねるって言うのが本音かな。それに正直彼女の存在が幻想郷の存亡を左右する程のものとも思えないしね。だからこれはポーズだよ。君たちに対してのね。」
最後に深刻そうに言って隠岐奈は自らの背後に光の扉を作って沈んでいく。
「全く。」
彼女が完全に姿を消すと、映姫は呆れた様に呟き立ち上がってこの場を去ってしまった。
「置いていかれてしまいましたね。」
さとりは誰に言うでもなくそう囁き立ち上がる。それにつられて神子が、そして少し遅れて聖が立ち上がり室内には誰も居なくなった。