私に専門的な医療の知識はない。けれど、皮肉なことに、何かと荒事の絶えないこの街に来てからというもの、基本的な応急処置程度ならとっくに身について慣れたものだった。
既に意識のない少女のコートを脱がせてベッドに寝かせ、出血箇所を検める。パーカーとタンクトップを捲り上げると、脇腹に銃創が一箇所。幸い銃弾は貫通しているようで、背部にも同様の創傷を確認した。
――だったら私ができるのは、とりあえず止血と消毒くらいか。
この少女が銃撃を受けてからどれほどの時間が経っているかは分からないが、現在こうして意識を失っている以上、少なくとも私が彼女に気付く直前というわけではないだろう。だとしたら、既に相当量の血が流出していることになる。銃創に対する処置として、どれほど早く止血をするかが成否の境だというのは聞いたことがあったし、これが今できうる最大の処置だろう。凝固した血をタオルで拭き取り、消毒液を染み込ませたガーゼを当て、備えつけていた包帯を腰囲全体にきつく巻いていく。
――まぁ、こんなところかな。
他にも腕や脚にも細かい切り傷や擦り傷があったので、そちらにも手当てを施していく。予め巻かれていた包帯も新しいものに取り替え、めぼしい箇所は処置し終えたようだった。
――あとは服をどうにかしないと。
安静にさせておくには、少女が身に纏っている衣服は窮屈に見えた。ズボンには太腿のところに大きな穴が空いているし、パーカーやタンクトップには血液も付着しており、衛生面で理想的だとは到底言えない状態だった。私は暫し黙考して、彼女には申し訳ないが、清潔で汚れてもよい自分の衣服に着替えさせることにした。身体を冷やさないよう保温性の高いもので、ゆったりとしたシルエットのものといえば、以前予備の寝間着として買い置きしていたスウェットがあったのを思い出す。寝室のクローゼットの奥から引っ張り出してきたそれは、まだビニールに包まれたままだった。これなら問題ないだろう。
――さて。
これで私にできることは概ねやり遂げたわけだが、彼女が目を覚ました時や何かあった時の為に、目を離すわけにはいかなかった。かといって、ただ傍でまんじりともせず見守っているわけにもいかなかった。何故なら、彼女の手当ですっかり忘れてしまっていたが、持ち帰ってきた仕事の続きをやらなければならなかったし、何よりまだ夕食も摂っていなかったからだ。しかし夕食を作るにしても、この寝室から厨房へは扉と壁が隔てており、長く留守にすることは避けたかった。
手軽に食べられるもので何か備えはあっただろうか、と思案しつつ、寝室からベランダに出て懐をまさぐる。取り出した煙草に火を点けてアウトドアチェアに腰を下ろした。
ふー、と大きく息を吐くと、白煙が舞い踊って掻き消える。
私以外に喫煙者がいないこの街では、煙草を手に入れるのも一苦労だ。普段は生徒の手前、煙草を吸うことはないが、こうして独りでいる時、落ち着きたい時にはたまに吸っていた。
煙草を買い求める人間が
――ん?
煙草を
「……動かないで」
首筋に伝わるその感覚と同じ温度で、フラットな声色が耳を撫でた。夜のような声だった。
首を動かす途中の状態で静止した私の視界には、いつの間にか目を覚ましていた先程の少女が映っていた。暗中で彼女の瞳が鈍く光る。
首に押し当てられたそれが、その少女のカランビットナイフであることに気付くのとほぼ同時に、ぽろりと銜えていた煙草が自らの手の甲に落下した。
――ぅ
煙草の火種が軽く触れただけでは火傷などまずしないのだが、驚いた私は思わず大きく仰け反り、腰掛けていたアウトドアチェアごと後ろに倒れ込んだ。その時、丁度寝室とベランダを隔てる窓のアルミサッシで頭を強かに打ちつけ、大きな音を立てると共に視界が白んだ。
――
堪らず頭を抱えてのたうち回る。
幸いなことに、首の前面に押し当てられていたナイフは、私が後退するように倒れ込んだことで空を切り、危害を及ぼすことはなかった。その代わりというかなんというか、自分自身の迂闊でしかないのだが、私は後頭部の激しい痛みに襲われることになった。
そんな愚かな私の光景を黙して眺めていたであろう少女は、私が打ち上げられた魚のように跳ねたり転がったりする様を、冷ややかに嘲った。
「……何してんの」
目尻の涙を拭いながら、滑稽な自らを笑うしかできない私であった。