狭い空が嫌いだというパイロットの事が、よく分からない。
ラキス・ラキソン少尉は子供の頃からそう思っていた。
物語の中だけでなく、現実のパイロットもそう言うのだ。
戦争などするものではない、平和な青空を飛びたい。
戦闘機に乗って敵機を撃ち落とすのではなく、プロペラ機に乗って世界各地を旅してみたい。
空を愛するパイロット達は一様にそう言う。
だがラキスは違った。
彼は空を飛ぶなら戦闘機に乗り、地獄の様に狭苦しい曇天でドッグファイトを繰り広げたいと思っている。
何故平和な空を飛ばねばならないのだろう。
空中に尾を引いてすれ違った敵戦闘機が、自分の叩き込んだ機銃を食らってきりもみしつつ砕け散るのが良いのではないか。
その考えを変えるつもりは無かったし、事実彼と彼の愛機はそうやって生き残って来た。
――時は宇宙世紀0079年10月。
宇宙植民地(スペースコロニー)であるジオン公国が地球連邦に対して宣戦布告し、
戦端が開かれてから9ヶ月以上の時が流れていた。
電波攪乱によりミサイルの誘導、レーダーと電子機器の大半を無効化するミノフスキー粒子と、
有視界戦闘での戦闘に適した人型ロボット、モビルスーツにより連邦軍宇宙艦隊は壊滅。
地上の大部分もジオン軍の手に落ちた。
だが連邦軍は数十億単位の命が失われた敗戦から僅か一年と経たずに立ち直りつつあり、
地球規模の工業力を駆使して反攻作戦の準備を整える事に成功していた。
そして、数ヶ月前に奪われたヨーロッパ地方を奪還するべく大部隊が組織される。
その中に、連邦製モビルスーツへの転科訓練を完了したラキス達の姿があった。
「――若造め、たった2、3ヶ月で兵科が変えられると思っていやがる」
上司であるゼイセック・マーリアン中尉はラキス少尉達に対してそう言った。
言葉ほどの怒りや煽りは無い。
ゼイセックは元々戦闘機パイロットであったが、開戦前には既に一線を退いてミデア輸送機のパイロットとなっていた。
そして彼は自分より30や40は年下の若者達が、
ジオンのモビルスーツ〈MS‐06ザク〉に撃墜されていくのを毎日のように見てきた。
緑色をした一つ目の巨人は、120ミリという戦車砲クラスの砲弾を1秒に4発は撃つ事が出来た。
その中には安価な徹甲弾だけでなく、炸裂式の対空砲弾も存在する。
MSは戦車や戦闘機より遥かに高価だが、手と足を使う事で人間と同じ動きと戦術を取る事が可能だ。
故に、人間が鳥を撃ち落とすかの如く、ジオンのMS部隊は地球連邦軍の戦闘機やその他兵器を圧倒していった。
当然ながら人間が鳥と空中戦を行えるわけでもないように、ジオンのMSも空からの攻撃には弱かった。
鳥が人間を殺せる程度の爆弾を人間の知能で投下していけば、人類は多数の死傷者を出すであろう。
しかし、宇宙から地球に降下してきたジオン軍を迎撃するのは鳥ではなく連邦軍の軍人、人間である。
人間には高い知能があったが、死にたくないという感情もあった。
命と人権を尊ぶまともな軍人は高高度からの爆撃という、レーダー無しには到底不可能な作戦を執らざるを得なかった。
もちろん、知能が低くまともでもない軍人は真っ先に部下を死なせたし、自らも死んでいった。
そういった点で見れば、ラキス少尉達にとってゼイセック中尉は非常にありがたい存在であった。
彼は精密爆撃が不可能であり、大量の爆撃機を動員した絨毯爆撃を計画出来る地位には居ない事を理解している。
彼がまず最初に行ったのは、空中における統制爆撃の戦法を広める事であった。
連邦軍の〈フライマンタ爆撃機〉を必ず複数運用させ、数機がかりで同時に爆撃を行うのだ。
戦場で全て上手く行く事も、予定通りに事が運ぶ事も無い。
しかし訓練せねばスタートラインにも立てないのだから、ゼイセックは各方面からの反感を承知で訓練を強行した。
部下には愚痴を吐かれ、自分より上の上司には机上の空論だと相手にされなかった。
しかしこの統制爆撃は、ヨーロッパ撤退戦にていくらかのザクを撃破する事に成功していた。
ラキスは数ヶ月前、自分達が投下した爆弾で敵のザクの頭部が吹き飛ぶのを見てから、
ゼイセックについていけば何とかなると信じるようにしている。
そしてヨーロッパからイギリス、アイルランドのベルファスト基地へ撤退してすぐにMSへの転科訓練を受けた。
航空機に弱いとはいえ、時代はもはや既存兵器のものではなかったのだ。
ラキスは空を飛んで戦闘機を撃ち落とし、地上を這いずる戦車を瓦礫に変えるのが好きであった。
しかし彼はこうも思っていた。
MSで空を飛べたらどんなに良かろうか、と。
人類がMSという存在を実戦投入してから、まだ一年と経っていない。
ラキスのMS小隊は、連邦軍上層部がたった数ヶ月前に卓上で生み出した存在の一つ。
すなわち、MSによる空挺部隊の一つであった。
ジオン軍は宇宙から大型の大気圏突入カプセルにて降下、多数のザクと陸戦歩兵を地上に降ろした。
そして彼らはザクという人間の十倍ほどの大きさを持つ兵器を空輸する為、輸送機〈ファットアンクル〉を地上で組み立てる。
ついにはビーム砲と大量の爆弾を積んだ空中攻撃空母〈ガウ〉を用いてザクによる空挺降下を行った。
ガウはザク3機の他に8機の戦闘機〈ドップ〉を搭載する事が出来た為、
十分な戦闘機に護衛された巨大爆撃機は都市を廃墟にした挙句、投下したザクでトドメを刺すという大戦果を挙げていた。
この戦法により、旧アメリカ合衆国の地域は大部分が町ごと滅びる事になった。
ならば連邦軍がMSを手に入れた今、同じ事が可能なのではないか?
何もガウをコピーする必要は無い。
既存のフライマンタ爆撃機と〈デプロッグ重爆撃機〉を使用して敵陣を爆撃しつつ、
空挺降下したMSで地上戦力を完全に掃討する。
そうでなくとも、機動力と踏破性に優れるMSは敵陣後方の補給拠点を破壊、遮断するのに十分な戦力を持っている。
戦車より速く、強く、継続戦闘能力も高いMSは敵の補給線に放り込むだけで周辺をズタズタにしてくれるだろう。
植民地の一つでしかないジオンにはそれが出来たのだ、地球全土を支配していた連邦が出来ぬはずがない。
こうしてラキス達空挺部隊、『ヴォルティジュール隊』が結成される。
ラキスは歴史に詳しくなかったが、この名前は自分が住んでいたフランスに存在した歩兵の一種であると説明された。
人類が単発式の銃を使っていた時代に、散兵(スカーミッシャー)や猟兵(イェーガー)という名で呼ばれたのと同様のものであると。
「精鋭軽装歩兵が先行して敵の戦列にぶっ放して、敵の隊列を乱すわけだな。
で、その間に本隊が整列して一斉射撃で敵を撃ち倒すわけだ」
ゼイセックはそう説明した。
旧世紀の単発銃の事など分からないラキスでも、何となく理解は出来た。
地球統一以降の地球人は混血化が進んでおり、ラキスも純粋なフランス人ではない。
だが純粋なフランス人とはなんだろうか?
人類の歴史に比べれば、百年や千年前の国家に産まれただけで純血を名乗れはしまい。
今現在でさえ、地球と宇宙に住む者の対立なのだ。
地球の一地方に長らく住んでいた自分と、百年の歴史すらないジオン貴族で血筋の上下関係を語るつもりはなかった。
ただ、ラキスは自分の地方の言語が部隊名に使われている事を知って少し気分が良くなった。
人間とは俗っぽいものなのだ、とも思う。
ヴォルティジュール隊は10月に入り、ベルファスト基地から出撃体制に入った。
連邦軍は大規模反攻作戦である『オデッサ作戦』の準備を終えており、
各方面からウクライナのオデッサ基地に向けて一斉に進撃する予定である。
だが、まずはその前にヨーロッパ方面の奪還をせねばならない。
ヴォルティジュール隊はミデア輸送機にてドーバー海峡を渡り、旧フランスの都市であるカレーを占領。
そのまま東側地域を縦断しつつ、イタリアのジェノヴァまで突破する作戦である。
そこからドイツ、ポーランドまで進撃、東ヨーロッパを奪還し、最後にオデッサ周辺のジオン鉱山基地を占領する。
これを僅か一ヶ月二ヶ月でやるのがオデッサ作戦であった。
部隊長のゼイセック中尉は作戦前に訓示を行うのだが、そこで出た言葉が先述の「若造め」である。
「ラキス、お前は今年で何歳になる?」
「はっ、25であります。
……お言葉ですが中尉。
前々から思っておりましたが、25歳を若造扱いするのは老人のやる事では?」
その場に集まった隊員、整備兵やミデアのクルーも含む大半がくつくつと笑う。
笑っていないのは中年かそれ以上の年齢の者だけだ。
ゼイセックは仏頂面でラキスの腹を小突いた後、それが無かったかの様に笑みを浮かべた。
「おれより若い連中は皆若造さ、お前達もな」
中年の兵士達が機嫌を取り戻し、それを見た若い兵士が笑いながら発言する。
「部隊長みたいな事を言ってくれるおっさんが居ないんだよね」
そう言われた中年の兵士達が若い兵の肩に腕を回し、軽く首を絞める。
そうすると隊員のほとんどが笑ったり煽り合ったりをして、ミデアの格納庫は冗談で溢れる。
作戦前の状態としてはベストと言って良いだろう。
緊張しているわけでも、絶望しているわけでもない。
ゼイセックのような人間が何故中尉止まりなのかラキスには理解出来なかったが、
この部隊は悪いものにはならないという確信が持てた。
「よし、お前達よく聞け。
ミデアは各航空隊の爆撃が済んだ後、カレーの後方に抜けてからジムを投下する。
テストでぶっ壊れたジェネレーターの修理と交換は済んでいるが、もし投下後に不具合が起きたら回収も覚悟しておけ。
最悪の場合、ジムは自爆させてパイロットだけでも回収に向かう。
ジム隊、通信が不能かつ回収が不可能な場合は、出来るだけ痕跡を残してから捕虜になってくれ。
フランスのどこかに捕まるぐらいだったら後続が助けに来てくれるだろう」
ラキスにとって、それはありがたい事であった。
ジム……〈RGM‐79ジム〉は連邦軍に正式採用された主力MSである。
ラキス達が乗るのはその初期ロット、42機の内3機編成の1個小隊である。
先行して量産された〈RGM‐79(G)陸戦型ジム〉より遥かに性能が高く、なおかつ低コスト化している機体だ。
ジオンのザクどころか、それ以降に生産された新型MSにも性能では勝ると予想されている。
問題は、この初期ロット品は不具合が多いという事だ。
大抵の機械がそうであろうが、特にこのジムの不具合は酷いものであった。
ジムにはビーム兵器が標準装備されている。
この〈ビームスプレーガン〉は150ミリ砲の直撃にも耐えるザクの正面装甲を容易く貫通する事が出来た。
宇宙戦艦ならまだしも、装甲を二倍三倍にしたザクが出て来ても一撃で撃破出来るであろう。
対ビームバリアの様なものでもない限り、いくら装甲を増してもビーム兵器の前では無力に近い。
しかしながら、このビームスプレーガンをラキス達が試射したところ、配備された3機全てのジェネレーターが不具合を起こした。
ビームが撃てなくなる程度ならまだマシな方で、ラキスの乗った機体は一歩間違えばジェネレーターが爆発してもおかしくはなかった。
MSのジェネレーターとは、ミノフスキー粒子の反応を利用した核融合炉である。
この型の核融合炉は簡単に核爆発を起こしたりはせず、中性子漏れもほとんど起きない。
ただ、異常が発生すると核爆発ではなく通常の大爆発が起きる事はある。
主に破損箇所からエンジン回りの推進剤に引火して、
大型輸送機一機ぐらいなら丸ごと爆発四散するほどの惨事を引き起こすところであった。
何とか作戦前にジェネレーターの修理と交換が間に合った為、ジム本体の作戦参加は可能だ。
しかしビーム兵器については調整の為、今回の使用は見送られた。
ラキスのジム小隊に配備されたのは〈YF‐MG100 100ミリマシンガン〉という、
先行量産された陸戦型ジムが使用している実体弾のマシンガンだ。
戦車砲より口径は小さいが、正面からザクの装甲を貫徹する事が出来る。
戦車砲は一度撃ったら装填に時間がかかるが、
MSのマシンガンは連射が可能なので何発もの砲弾を叩き込む事が出来るという理由もあった。
もちろん対MS用の自走砲や大口径バルカン砲を搭載した車両もあり、今回の作戦にも投入される。
「作戦目標は敵の後方かく乱、敵後方陣地の制圧と補給線の寸断だ。
爆撃後、ラキス達のジム隊が後方を遮断し、本隊が挟み撃ちにして包囲殲滅。
それが出来なくとも敵陣に浸透し、中央突破して穴を広げる。
とにかくお前らは手あたり次第に敵の兵器なり通信ケーブルなりを破壊しろ、いいな?」
「ミノフスキー粒子下で有線通信が主な手段なのは分かりますが、
ケーブルや送電施設を破壊してしまって良いんですか?
レーダーや無線通信施設も……戦いが終わったらミノフスキー粒子も晴れて、使えるようになると思いますけど」
「それは勝った後に考える事だ、勝てるかどうかも分からない段階から考える事じゃあない。
兵力差からして明らかにヨーロッパ奪還は成功するだろうが、死人を増やしたくはないだろう?
敵の通信網を破壊すれば被害が減る、被害が減れば次の作戦も安全になる。
工兵や民間の業者には苦労かけるが、あいつらはそれが仕事だ」
「了解しました。
目標地点に存在する陣地は、サントメールに新たに建造された物資集積所でしたね」
「そうだ、MSよりデカい高層ビルはほとんどない。
降下後は歩兵や戦車が迎撃してくるだろうが、上から撃ちおろしてやれ。
間違っても大聖堂を破壊するんじゃないぞ、立てこもられる前に歩兵は全部潰せ」
「100ミリと、60ミリバルカンで歩兵を潰すんですか……」
ラキスと部下のジムパイロットは明確に不快感を露わにする。
ジムには手持ちの100ミリマシンガンの他に、頭部に60ミリバルカン砲が固定で装備されている。
12.7ミリの歩兵用マシンガンでも人間の手足が吹き飛ぶのに、
戦車やMSを破壊出来る大きさの砲弾を歩兵に叩きこめと言われているのだ。
旧世紀の時代から、20ミリから30ミリの砲弾で人間をバラバラにするのは軍隊ではよくある事であった。
しかしMSを使った対歩兵戦闘というのは従来の戦いよりも凄惨なものだ。
「ジオンは120ミリでそれをやったぞ」
「大きさの問題では……いえ、大きさの問題でしょうけど」
「言いたい事は分かるが、じゃあ戦車砲弾を人間に直撃させれば人道違反で、
戦車が放つ散弾なら問題無いとしていたのが旧世紀の話だ。
後にそれらはある程度禁止されたが、実際に使われただろ。
少なくともジオン側に文句を言う権利は無いはずだ」
「文句を言う権利があるのは、実際に撃つ俺達の方ですよ。
相手が先に撃ったとはいえ、同じ事をやり返して気分よくなれるほど人として落ちぶれてないので」
「誰だってそうさ、だがその責任も元はと言えばジオンにあるんだ。
地球連邦の圧政がどうのこうの言ったって、億単位で人を殺したのはジオン側が最初だ。
おれは経済で人を殺すのも嫌いだが、だからといってジオン側が正しいとは思えんよ。
仮に連邦が間違っていたとしても、おれ達はただで殺されてやるわけにはいかんのだ。
それと――」
ゼイセックはラキスの肩を掴み、周囲の兵達全員に向けて視線を巡らせる。
「軍隊において、兵が引き金を引いた責任は指揮官が持つ。
それは何故か? お前らが成功しても、失敗しても、民間人や捕虜を誤射しようが意図的に虐殺しようが……
どっちにしろ、褒めるも叱るも処罰するのは指揮官の役割だからだ。
お前達は命令に従っている以上、戦場での行いで罰せられる事は無い。
だから安心して撃て、アクシデントがあって迷ったら……まぁ、常識的な範囲で何とかしろ。
戦後どうなるかなんて判らんが、少なくとも死んだら戦後も何も無いからな」
「はっ、了解致しました!」
ラキス達は見事な敬礼をして見せる。
連邦軍において、ゼイセック中尉のような指揮官はそれほど多くないだろう。
仮に居たとしても、彼らが将官になって兵達を良い方向へ導いてはくれない。
善人が将軍になるには、地球連邦という組織は余りにも肥大し過ぎた。
数十億の人間を纏める人間が、『たかが過半数の常識』に囚われては仕事にならないからだ。
無数の人種、国家、宗教を纏めた上での多様性は、
本来『一億二億の少数派』を切り捨てるようには出来ていない。
非道と罵られようとも、地球市民全体を救わねばならないのが連邦軍高官の役目だった。
その為に宇宙に住む者、スペースノイド達は犠牲になっていったが、ジオンが地球を支配しても同じ事が起きるであろう。
その現実を理解している者は多かったが、そうは思わない者が戦争を行っている。
戦争は良くないという常識でさえ、たかが過半数程度の常識でしかないのだ。
それに反対する人間は億単位で今を生きているのだから。
戦争とは、魅力的な兵器で戦いをしたがる一部の者が大衆を扇動するものだとラキスは思う。
望んでパイロットになった自分が他人の事を言える立場にないとも自覚はしていた。
ゼイセック中尉の訓示から2時間ほどが経過し、ミデアはドーバー海峡を渡った。
地上には揚陸艇や空母などの各艦船と、〈ビッグ・トレー〉と呼ばれる陸戦艇、いわば陸上戦艦が海峡をホバー走行で渡っていた。
ジオン側はドップ戦闘機を初めとした航空戦力を繰り出したが、空の無いスペースノイドが作った戦闘機は
連邦軍の〈FF‐6 TINコッド〉戦闘機によって次々と撃墜されていった。
ラキスはジムのコックピット内からでも聞こえる機外の空中戦、ミサイルと航空機の爆発音に胸を躍らせている。
彼の小隊、『スルト小隊』の二番機がラキスの興奮した声を聞きつけ、通信を送る。
「ラキス、戦争を楽しんでいるようだな」
「そうかな? 平和を叫びながら空中戦を行っている奴らよりはマシだと思うけどね」
「博愛主義者も軍服を着て先陣を切るような世の中だ、悪いとは言わんさ。
だがお前は空を飛びたかったはずなのに、モビルスーツに乗ってるんだぞ」
「飛ぶさ、このジムでね」
「パワーはあるけど、落ちるだけの機体で空に出ようとする楽しさは分からんよ、私は正直怖い。
空は飛ぶものであって、空挺降下なんて気取った名前で落下するのは嫌いだ」
「フランス戦線が落ち着いたら、タンク・タイプの支援モビルスーツ隊にでも転科するか?」
「そういうのを片っ端から爆撃してきたのが私達だろうに……ああ嫌だ、安全な空を飛びたい」
こいつも同じ事を言うのだなと、ラキスは落胆と安心を覚えた。
自分と趣味は合わないが、彼は……ヴィラール・ルブラン少尉は常識的な人物ではあるのだ。
どんな航空機に乗っても真っ当に飛び、それでいて他のパイロットよりも戦果を挙げる。
それは悪い事ではないだろう。
「ラキスの飛び方に付き合っていたら身が持たん。
今までもそうだっただろう、複座型に乗ったドニがいつも気分を悪くしていたな?」
そう言ってヴィラールは三番機のドニ・サン=サーンス少尉に話を振る。
思い出話にしてはつい数か月前の事であったが、ドニ・サンは遠い目をして呟いた。
「あれは死ぬわ、背面飛行」
「してないよ、せいぜい70度傾けて上下に振っただけで」
「いやもっとバンク角エグかったで。
ブラックアウトとレッドアウトが代わる代わる来そうになって、ウチの脳みそが破裂しなかったのが奇跡や」
「実際、そこまでしてなかっただろう」
「死ぬ可能性がある機動をした時点で、ウチは絶対コイツと同じ乗りモンには乗らんと決めたんや」
「空挺降下で同じ事をすれば落下死だからな、私は安全に降りるぞ」
「言ってろ」
スルト小隊の隊員が軽口を叩いている間にも、外の戦況は進んでゆく。
ミデアの格納庫クルーが慌ただしく走り回り、降下の準備を整える。
ゼイセック中尉からの通信が送られ、ミデアは既にカレーを通過している事が知らされた。
外から聞こえる音に対空砲弾らしき破裂音が多く混ざり始めている。
「スルト小隊のジムは全員準備出来ているな?
コース固定、このまま高空から進入しパラシュート降下だ、分かってんな!」
「こちらスルト1、了解してます」
「よーし、作業員は退避、ハッチ開け!」
格納庫のハッチが開かれ、猛烈な風がジムの装甲を殴りつける。
何だ、戦闘機と大して変わらないじゃないか、とラキスは喜びに打ち震えた。
ジムは固定ハンガーから外れ、3機とも足を踏みしめて並ぶ。
白と赤で彩られたチタン・セラミック装甲の巨人が、眼下の古き街並みを捉える。
「コース良し、スルト1の判断で小隊は降下せよ」
「了解、スルト1降下!」
ゼイセックが許可した次の瞬間には、ラキスは迷わず降下していた。
「やると思ったぞ! スルト2降下!」
「マジかいな……スルト3降下!」
一拍遅れて、ヴィラールとドニも降下する。
高空に放り出されたジムは、およそ58トン級の重さにもかかわらず風で激しく揺さぶられた。
それでも彼らは手足を振る事で機体の方向を調節する。
そして僅かにエンジンを噴かして目標地点へ向け一直線に降下せんとした。
「全機聞こえるか! パラシュートは早めに展開だ、俺と合わせろ!」
ラキスはジオンのザクによる、大気圏突入カプセルからの降下をその目で見ている。
連邦の戦闘機と対空砲によって高空で破壊されたカプセルから脱出したザクは、
パラシュート無しでエンジンを全力で噴かし、着地せんとした。
着地に成功した者も居たが、減速出来ずに地面に叩きつけられて木っ端微塵になったザクも居た。
パイロットだけが着地の衝撃で首の骨を折って死ぬ場合もあったと言われる。
噂ではそういったザクを鹵獲して戦線に投入しているという話もあったが、本当かどうかは分からなかった。
「建物にぶつかるなよ、パラシュート展開! 展開!」
MS用パラシュートを展開し、スルト小隊各機はメインエンジンにて微調整を行いつつ着地する。
ラキスとヴィラールは着地に成功したが、三番機のドニは民家を一つ二つ巻き込んで転倒した。
ラキスは慌てて機体のスピーカーをオンにして叫ぶ。
「死んでないか!?」
「あ、ああ、何とか生きとんで……」
「お前じゃない、民間人を巻き込んでないか!」
「心配してくれても……大丈夫や、人はおらへん」
「建物の中に退避している可能性がある、可能な限り民家への誤射はするなよ」
「居るんかね、ジオンにほとんどやられて……スルト1、8時の方向に大型砲台や!」
ラキスはパラシュートをパージすると、側面へスラスターを噴かす。
彼のジムが立っていた場所に大口径の砲弾が着弾し、破片を撒き散らした。
よく見れば、周囲一帯の民家は多数が破壊されている。
もちろん味方の爆撃もあろうが、それ以前の撤退戦で破壊されたのだろう。
大聖堂は残っていたが、すぐ傍には大型要塞とも言える砲台が4基ほど設置されていた。
その全てが北西……カレー方面へ向けて配置されており、その内の1基が砲塔を旋回させて攻撃してきたのだ。
「上陸部隊への砲撃……ここから届くのか? どっちにしろ潰さないといけないな」
「こちらスルト2、遮蔽物が無い、どうするんだ!」
「全機アローフォーメーションで敵砲台に肉薄する。
……俺達は元戦闘機乗りで、爆撃機乗りだったろう。
跳躍して大聖堂まで接近!」
ラキスのジムはメインエンジンを輝かせ、推進剤を背後に噴出させながらジャンプする。
58トン級の兵器が民家を軽々と飛び越え、大聖堂と砲台の近くに着地した。
多少足回りに嫌な音がしたが、モニターでは異常は見受けられない。
ついでに車か何かを一台踏みつぶしたようだが、その程度でジムの脚は止まらない。
100ミリマシンガンを砲台へ10発ほど叩き込む。
コックピット内に伝わる振動と炸裂音は、戦闘機の機銃とは比べ物にならないものであった。
訓練でもこのマシンガンを撃った事はあるが、MSに乗っての実戦は初めてだ。
しかし航空機パイロットとして戦っていたラキスにとって、射撃に躊躇いは無い。
砲弾は次々と命中し、要塞砲の一つは内部から破裂した。
弾薬は多少火をつけたぐらいで簡単に誘爆はせず、仮に誘爆したとしても砲身を通らないと威力は大幅に落ちる。
だがMSと同サイズの大型砲台の爆発だ、中で操作している砲兵は無事では済まないだろう。
「1基目を撃破、後3基だ!」
「いいや、後1基だ!」
スルト2のヴィラールは、ミノフスキー粒子が使われる前から教科書通りの戦闘で右に出る者は居なかった。
レーダーとミサイルの誘導が使えなくなってからは、多くのパイロットが今までと違う戦い方に慣れずに死んでいった。
それでもヴィラールは戦い方を変え、今まで戦果を挙げ続けている。
彼は教科書通りの戦い方が好きなのではない、目の前の現実に適応する能力が高いのだ。
戦闘機とMSでは弾薬の消費量や威力が違う。
それを理解した上で、ヴィラールが放ったマシンガンは2基の要塞砲の急所を的確に破壊していた。
「ウチは援護やな」
スルト3のドニは、砲台を援護するべく起動したジオンの装甲車や戦車を撃ち抜いていく。
MSの正面装甲は生半可な戦車砲では貫徹出来ないが、
背面や頭部メインカメラ、足首などの弱点に受ければ一撃で破壊される事もある。
だからこそ人型兵器であるMSは脚とスラスターを使って即座に回り込み、
敵の砲撃を回避しつつ手に持った銃で車両を破壊していくのだ。
戦場で後ろを取られる事が死を意味するのはMSでも戦闘機乗りでも同じ。
二人が要塞砲を狙うのなら自分はその背中を守るべきなのだと、ドニは理解している。
100ミリマシンガンの単発射撃で、装甲車は一撃で破壊される。
続いて出てきた〈マゼラ・アタック〉戦車の175ミリ砲がスルト3のジムに向けられる。
ただでさえジムの正面装甲を貫徹出来る口径だ。
ましてや背面に受ければジムとてパイロットごと即死する可能性が高い。
即座にドニはマシンガンを三発ほど撃ち込み、マゼラアタックの砲塔を吹き飛ばした。
このジオン製戦車は砲塔と車体が分離可能という、特異的形状をしている。
砲塔そのものがVTOL戦闘機として飛び上がり、空中から大口径戦車砲を放って来るのだ。
飛行可能時間がわずか5分しかないとはいえ、現場レベルのパイロットとしては脅威だった。
ドニはマゼラアタックの車体を破壊して油断した連邦軍の爆撃機が、そのまま飛行砲塔……マゼラトップにより撃墜されるのを見た。
彼にとって友人でもあったパイロット仲間は、戦車の飛行砲塔にやられたのだ。
航空機乗りにとって、地を這う戦車に撃ち落とされるというのは屈辱以上の問題であった。
残った車体のマゼラベースが35ミリ三連装機関砲を乱射してくるが、その程度でジムの正面装甲は貫けない。
冷静にマゼラベースを撃ち抜くと、ドニは頭部の60ミリバルカンを起動させて周辺を薙ぎ払った。
ジオンの歩兵やトラックが次々と破片となって吹き飛ぶ。
高高度からでは目視出来ない光景だが、ドニは躊躇しなかった。
元々航空機パイロットというのは視力が高くないとなれない職業だ。
初期の低空爆撃や機銃掃射を行っていたドニは、
自分が放つ弾丸が人間を潰れたトマトへ変えるのをその視力で見届けてきた。
それはきっとこれからも変わらないのだろう。
「歩兵の掃討を確認……いや待て、スルト1の後ろにバズーカ歩兵!」
バズーカ、とは旧世紀における対戦車用のロケットランチャーであるが、
現在においても対戦車ランチャーがそう呼ばれる事は多かった。
ジムにもハイパーバズーカというオプション装備は存在する。
歩兵のロケットランチャーや対戦車ミサイルでジムの装甲は抜けないはずだが、背面やエンジンを狙われれば分からない。
ドニはラキスを巻き込まないよう、そのメインエンジンを噴かして一気に突き進んだ。
ジオン歩兵達は高速で迫るMSの足に轢き殺される。
何とか逃れた者も居たが、ドニはそれを躊躇なく踏み潰した。
「堪忍してくれや、命がけをウチらに強いたのはアンタらやからな」
「助かったスルト3……モビルスーツに乗るっていうのは、こういう気分なんだな」
ラキスは自分の事を兵士だと思っているし、戦いを楽しんでいるというのも否定はしていない。
しかし戦争で敵を殺す事と、殺人罪という意味での人殺しは違うとも思っていた。
地球が滅茶苦茶にされた復讐の為、好き好んでジオン兵を悪の宇宙人扱いして虐殺を行うのはただのサイコパスだ。
だがそれはそれとして、今までは踏み潰される側だった連邦兵がMSを使い、
今度はジオン兵を苦しめる側に立っている。
外交の失敗でしかない戦争という概念に、因果応報や正義の復讐を持ち込むほどラキスは愚かではない。
だが、今の彼は確かに戦争を楽しみ、ジムというMSの力に打ち震えていた。
「俺達は、お前達と対等に戦う力を手に入れた……それを見せつける為に!」
ラキスは盾の裏に取り付けられたハンドグレネードを、最後の砲台に投擲する。
このグレネードに関しては腰部に取りつける者が多かったが、ラキスは整備兵に頼んで盾に取りつけさせていた。
防御する為の盾に爆発物を取り付けるのは危険に見えるかもしれないが、
そもそもこのジム・シールドは裏面に銃火器を取り付ける事が出来る。
正規の仕様かどうかは聞き忘れたが、100ミリマシンガンの弾薬を取り付けるにしても戦車並みの砲弾だ。
そこにグレネード一つ二つ増えたからといって対して変わらぬし、
第一誘爆したとしても信管を作動させていない状態では威力が激減するであろう。
そのグレネードが正しく爆発したらどうなるか。
ジオンのザクは〈クラッカー〉と呼ばれる複数弾頭を撒き散らす手榴弾を装備しているが、
連邦のグレネードにもいくつか種類が存在する。
爆風や破片で対象を吹き飛ばす物、焼夷弾として炎上させる物。
当てるだけで味方の装甲を修理(リペア)するゲームチックな物は存在しないが、
MSサイズの気化爆弾は実在していた。
ラキスが投げたのは通常のハンドグレネードで、放り込まれたそれは爆風と破片で砲台の弾薬庫を誘爆させる。
周囲の歩兵は倒せたであろうが、念の為にラキスはコックピットの精密照準スコープを取り出し、
100ミリマシンガンで砲身そのものを狙った。
一発二発は外したが、三発目はその砲身を抉り取る。
これで本隊が砲撃される恐れはなくなった。
「スルト2より隊長機へ、この後はどうするんだ?」
「目的は敵通信網と補給線の破壊だ、空挺モビルスーツだけで拠点の占拠は出来ない。
兵器を破壊したらここは放置して、敵通信施設か何かを破壊するぞ」
「せやかて、事前情報では詳しい位置は分からへんかったで?」
「砲台の周辺にあるのは観測所と、前線との通信施設だな。
各機、辺りにあるケープルは命令通り片っ端から斬れ。
そしてこれだけの大型砲なら、近くに発電機があってもいいはずだが……」
果たして、砲台のケーブルを辿ると、ザクの核融合炉を再利用したと思われる物が一つだけ繋がれていた。
ジオン軍の砲台にはビーム兵器であるメガ粒子砲も存在するはずだが、先程のは実弾砲だ。
ビームほどのエネルギーは必要なかったようで、一基の融合炉でこの辺りの発電を賄っているらしい。
ラキスはジムの手で繋がれたケーブルを全て引きちぎり、核融合炉を手で持ち上げた。
ザクの胴体に入るほど小型化されているのだから、ジムの手で持てない道理はない。
もっとも、木を一本圧し折るだけで整備班から関節回りの文句は言われるのだが。
「こちらスルト1、敵発電用融合炉を確保。
……これはどうしたらいいんだ?」
「はぁ……融合炉ったって、かついで持ってくわけにはいかへんやろ。
爆発しなくても、稼働中の物に銃弾ぶち込むのも怖いしなぁ」
「住民には悪いが、出来るだけ高い建物の上にでも置いておけ。
重機やモビルスーツを使わず人力で家屋の上から降ろせはしないだろう」
「頭良いなスルト2、じゃあそうしておこう」
適当な建物の上に融合炉を置きつつ、ラキスは周辺を探索する。
敵車両はあらかた片付き、歩兵は建物の中に逃げ込んだ。
MSで建物一つ一つを銃撃していくのは賢いやり方ではないだろう。
歩兵は後続に任せ、ラキス達スルト小隊は敵援軍の足止めと補給線の寸断にかかる。
有線通信用のケーブルを辿って行くと、南東部の市街地に出る。
ジオン軍はこの辺りから生活物資を調達していたようだ。
「スルト2、敵モビルスーツを確認、ザクだ!」
ヴィラールが叫ぶ。
市街地に停まっていたMSトレーラーの〈サムソン〉から、一機のザクが立ち上がった。
既に120ミリのザクマシンガンを構え、ラキスに向けている。
次の瞬間には自分のコックピットへ砲弾が飛び込んでくる事を想像し、
各員は戦闘機乗りであった時の恐怖を思い出す。
だが今は違う。
自分達が乗っているのは戦闘機ではなく、MSであると。
「各機、盾を構えろ!」
新型のRGM‐79ジムは、それまでの先行量産型と違って身体を隠せるほどの大盾を装備している。
スルト小隊がシールドを構えると、ザクマシンガンの砲弾がラキスの機に向かって放たれた。
120ミリ弾はシールドに直撃したが、装甲を貫徹する事なく弾かれる。
連射された砲弾が次々と命中するが、ジムのシールドはそれらをことごとく跳ね返した。
一方で、ラキスは気が気でなかった。
戦闘機なら一発で死んでいるという癖が抜けないのもあるが、
いくら新型の盾でも、同じ箇所に何発も喰らえば貫通されると整備兵から散々言われてきたからだ。
「2、3、援護頼む!」
左右に分かれた二機はザクへの射線をXの字に捉え、交叉銃撃を行う。
ザクの肩にもシールドはついているが、右肩に装備されたそれは右手で射撃している時に構えられない。
ジムの100ミリマシンガンを受け続けたザクは各部動力パイプが吹き飛び、
ザクマシンガンを破壊され、腰部から爆発を起こして倒れ込んだ。
パイロットはまだ生きていたようで、コックピットハッチを開けて転がり落ちる。
ドニが近づいてマシンガンを向けると、両手を挙げて降伏の体勢を取った。
「やったで、モビルスーツ一機撃破や」
「私と共同だぞスルト3……隊長、こいつはどうするんだ?」
「どうすると言ってもな……俺達は戦闘機乗りで、捕虜の取り方なんて知らんぞ」
スピーカーで言うものだから、ザクのパイロットは顔を青くした。
ジオンのコロニー落としや虐殺が原因で、連邦兵や地球市民の対ジオン感情は酷く悪い。
捕虜を人道的に扱う南極条約は制定されたものの、条約は破る為にある。
連邦もジオンも捕虜は現場の判断で銃殺される事は多々あった。
つまり、ジオンのパイロットは今自分に突きつけられているMS用マシンガンでバラバラ死体にされてもおかしくはないのだ。
それを分かっているからこそ、命乞いもする。
「複数でかかってきておいて、条約破りをするのが連邦パイロットのやる事なのだな!」
ラキスは一瞬、敵パイロットが何を言っているのか分からなかった。
しかし数秒後には納得もする。
連邦軍人としてはジオンを悪魔のような存在だと教えられてきたし、コロニー落としも見た。
ジオンを評する論説として、元々民族主義や選民思想が強い為、
ジオンに存在するのは集団と法を尊ぶ軍人ではなく、個人主義と名誉こそを至高とする武人だという説も聞いていた。
半分は正解なのだろうとラキスは思う。
だが、実際はジオン軍人の全員が旧世紀のサムライや騎士のような人物ではない。
正確に言えば、彼らにとっての武勇というのは戦闘民族として正々堂々の殺し合いを望む保守的な部分と、
地球の圧制に対抗する為の革命主義的な部分が歪な形で合体してしまったのであろう。
彼らは当たり前のように民間人を巻き込みながら、外交の一環ではなく国家と民族の存亡をかけて生存競争を行っている。
つまり自分達が奴隷として死ぬか、戦って死ぬかしかない。
それは武人と呼べるものではあろうが、戦争において話の通じない敵などあってはならない。
例え敵国でも交渉の余地はあるべきで、そうでなければどちらかが絶滅するまで殺し合う事になる。
それはもはや戦争ではない、世界が破綻しているのだ。
ジオン軍は戦闘は得意でも、戦争も外交も、負けた時の命乞いすらとんでもなく下手なのだ。
「俺は政治の事は分からない、だけどお前に対しては一つだけ言える。
お前にも守るものはあったのかもしれないが、このフランスは俺の故郷だ。
それを奪ったのなら、こちらもお前達のサイド3を奪ってやるのが筋だろう。
でも俺は、連邦がお前達の本土まで進出したとしても無法を働くつもりはない。
仮に連邦軍がそれをやったとしても、俺個人はそれをしない。
俺は戦争を楽しんでいると言われる……でも混沌(カオス)を楽しんではいない。
ルールに則って戦う俺に、お前がケチをつけられる理由がどこにあるんだ!」
ラキスはスピーカーでジオンパイロットへ語り掛ける。
それはただの文句でも、敵対民族への罵倒でもない。
筋を通す為の発言、自分自身への言い聞かせであった。
「ただで空気を吸えるのが特権だと思わんフランス貴族め……」
「俺はただの平民だよ。
悪いが政治に対する文句は政治家に言ってくれ、連邦軍は政治家の私兵じゃないんだ。
仮にそうなっても、そこに俺は居ない」
「それこそお貴族様ではないか! 我々は地球に居なかったんだ!
100億以上の人間が居て、そのほとんどが宇宙に追いやられ、参政権すら与えられない事実から話をそらしている!」
「俺はただの平民だと言った。
旧世紀から言われている事だが、先進国の一般庶民は毎日飯が食えるのが当たり前だ。
その当たり前を持たざる者から嫉妬され、毎日飯が食えるという常識を既得権益や利権扱いされても困る。
何故ならそれは当たり前の事だからだ。
そして、旧世紀の先進国でも貧乏人は居たさ。
だからお前達が勝っても、今度はジオンが地球に住むようになって他のスペースノイド同士と争うんだろう。
政治は分からんが、戦争はイスを取り合うゲームであってイスを増やしてくれるわけじゃないからな」
「では……一体、我々は何の為に……」
「戦争に感情を持ち込むのは楽しいよ。
それをお互いにやり続けてきたから、こんな事になってるんだろう」
ジオンパイロットは、その場で膝をつく。
そして拳銃を取り出すと、彼は自分の頭を撃ち抜いた。
ラキス達が止める暇も無く、彼はどうやっても自分達が幸せにならないという現実を突きつけられたのだ。
ただ撃ち殺されるより残酷な事であったが、ラキスはそれも彼が彼の責任で選んだ未来にしか過ぎないと思っていた。
「ラキス……」
「ええんや、言うなやヴィラール、ウチらもこいつもやる事やって死ぬだけの話や」
「しかし……私は、人間の戦争は思想家による政治的対立が引き起こすものだと思っていた……
こんな、参政権や利権……空気代が原因で、動物が餌を取らなければ死ぬというレベルの生存圏の話になるなどと……」
「旧世紀の戦争からそうだよヴィラール。
主義主張で戦っているように見えて、その実は自分達が食べていく為に戦っているんだ。
むしろこのジオン兵は、言葉に反して思想家であったのかもしれないな。
捕虜になって、死刑だの私刑だのに怯えながら不味い飯を食って生きるよりも死ぬ事を選んだ」
「そうなのだろうか、私は否定したい。
剣を並べ、神々の名を唱えながら戦う時代に戻れと言っているわけではないが……
どちらかが生き残る為の絶滅戦争ではなく、未来の政治方針に関しての対立に留めておくべきだったと」
ヴィラールの言う事も正解ではあった。
世界が西と東に、国家が与党と野党に分かれて争っている時代はシンプルであった。
しかしあらゆる主義主張が混在していくと、それは億単位の少数派というコントロール不能な化物を生み出す。
それはジオンの事でもあり、地球に住まうアースノイドの事でもあった。
ジオンは抑圧された辺境の宇宙都市として、多数派である地球連邦を討とうとする。
対して、大部分の人類が宇宙に住むこの時代では、地球市民は地球に住んでいるというだけで少数派のエリートであった。
自分達がマイノリティ同士の争いをしていると気づかず、認めずやってきたこの戦争はもはや着地点を見失い、
例えどちらが勝っても根本的な部分が解決する事は無いのであろう。
もしそれが達成されるとすれば、宇宙世紀時代という文明が滅んだ時だけではないのだろうか。
事実、地球連邦とジオン公国は後に滅亡する事となる。
その未来を知らぬラキス達を、例え宇宙世紀以後の文明人が歴史書で見たとしても、
彼らを無駄な争いをする愚民だと笑う権利などどこにもないであろう。
この時代は地球連邦とジオン公国による、紛れもない絶滅戦争であった。
だが彼らはこの時代において、それ以上の選択権を持たなかったのである。
「行こう、ヴォルティジュールの役割を果たす」
時に宇宙世紀0079年、10月11日。
地球連邦はジオンへの大反攻作戦、オデッサ作戦の前段階としてヨーロッパ方面への進撃を開始。
露払いを担う一つの部隊に、連邦製新型MSで構成された空挺部隊があった。