heroes   作:黒糖煎餅

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これから。

今日はバイトも、バンドの練習も無い。暇を持て余した私は、朝食をとって、歯を磨いて…ただただ、ギターをかき鳴らしていた。

あの一件からひと月ほど。2人からのloinの通知は無く、外は怠いくらいの快晴だというのに、心は曇天だった。

「…気分転換に、散歩でもするかな…」

私は暇つぶし用に昨年購入したアコースティックギターを持って、財布とスマホをポケットに入れて、外へ出た。

昼前にもなると、明け方のやけに冷えた空気は無くなっていて。ジャージで過ごすのが心地いいくらいの気温になっていた。家からほどほどに離れた公園。住宅地が少なく、閑散としている。

「…ここなら、いいかな。」

気分転換、と題しているものの、今回の目的は別にあった。作り続けてきた曲たちの供養。リョウさんにも見せていない、私が作詞作曲を行った曲たち。見せよう、見せようと機を伺ううちに、ついに見せることすらできなかった曲たち。私が、結束バンドのために作った、愛し子たち。産まれてきたのに、陽の目を浴びないなんてあんまりだ、なんて、私のエゴ。

「一回きりになっちゃうかも。ごめんね。」

小さく呟いて、私は人も疎な公園のベンチで、音をかき鳴らす。

 

通しで、5曲ほど。

小さく口ずさみながら弾いていた。

まぁ、誰も聞いてなんていないんだろうけど。それでも、私の部屋の中で燻らせるよりは、きっと良かったのだと思う。きっとこれ以降日の目を浴びることはない愛し子たちに想いを馳せながら顔を上げると、そこにはたくさんの人がいて。

「…え?」

遠かった喧騒が、やけに近くに聞こえた。ぱちぱち、ぱちぱち。それが、拍手の音だということに気がつくのに、数秒。驚きを隠せぬまま、周りからの賞賛を受ける。

凄かった、聴き入っちゃった。

惜しみのない賛美が私に向けられている。

「バンドとか、組んでるんですか?」

不意に、群衆の中の1人が声を掛けてくる。

その声に「い、いちおう…」

とだけ返して、お騒がせしてすみませんでした、と謝罪を告げた後、私は逃げるように公園を去った。

 

 

 

てぃろん、と間抜けな音が鳴る。お昼過ぎて、夕方。

昼ごろに帰ってきてから、疲れで眠っていたらしい。私は私の微睡を邪魔したスマホを睨みつけ、画面に表示されたメッセージを眺める。

『いつもの喫茶店ね。財布持ってきてないから、よろしく。』

「…」

是非無銭飲食で捕まりやがれください、

とLOINを返し、もう一度布団を被ろうとしたその時、もう一度通知音が鳴る。

『大事な話だから、来て。』

だったら別に、どちらかの家でいいだろうに。その旨をLOINに送っても、

『だめ。もう注文したから。』

と追加でメッセージが返ってくるだけだ。

「はぁ…」

まぁ、この前奢ってもらった分と思えばいいか。それはそうとお金は返してほしいけど。もう二桁万円近く貸しているのだから。

半ば呆れながら、「今向かいます」とメッセージを送り、私は着の身着のまま家を出た。

 

 

がやがやと騒ぐ雑踏の合間を縫って道を歩くと、目的地の喫茶店まで到着する。モダンな扉を開けると、店員さんが笑顔で接客してくれた。

「知人がいるそうなので」

と言うと、ごゆっくりお過ごしください、と店員さんは頭を下げ、他の客の注文を取りに行った。

「…どうも。」

いつもの定位置にいたリョウさんに声をかける。

「よっす。」

こちらを一瞥して手を上げたリョウさんに半ば呆れながら、私も席に着いた。彼女の手元にはすでにカレーライスがある。私が来なかったら支払いどうしてたんだ、なんて心の中で悪態を吐きながら、隣のカウンター席に座った。

店員さんから渡されたお冷を呷る。歩いて僅かに熱った体が冷えた。私が待っているにも関わらず、自由人はもぐもぐとカレーを咀嚼している。この調子だと、食べ終わるまで話をしてくれることはなさそうだ、と私は店員さんを呼んで、オムライスとカフェオレを頼んだ。

 

2人並んで、無言で食事をする。

いつもの光景ではあるが、なぜか今日は雰囲気が重い。

いつもだったらペロリと皿を平らげるリョウさんも、スプーンを運ぶ速度が遅いようだった。

 

「ごちそうさまでした。」

「…ごちそうさまでした。」

結局、食べ切るのは殆ど同時だった。

 

「…で、今日は何の用だったんですか?」

お冷を流し込むリョウさんを横目で見ながら、私はすっかり温くなったカフェオレを口に運ぶ。柔らかなミルクの甘みと、冷えたせいか際立つコーヒーの酸味、渋味。思わず顔を顰めながら、私は言った。

彼女はこちらをちらりと一瞥して、少し黙り込む。

…まさか、ただ奢って欲しかっただけなのだろうか。

そう考えていると、彼女は重たげな口を開いた。

「ぼっちはこれからさ、どうするの?」

これから。

それは、このまま結束バンドが無くなったら、と言う話なのだろうと察しがついた。

「…これから、ですか。」

カフェオレのカップを置きながら、私は言葉を濁した。正直、考えなかったわけではない。むしろ、考える時間ばかりがあった。どれだけがむしゃらにギターを弾こうと、無心になったつもりで動画サイトを眺めていようと、心にはバンドの進退が常にちらついていた。高校生の頃は、何も考えず…いや、売れたいとかチヤホヤされたいとか、漠然とした考えはあったんだけど。高校を卒業して、フリーターになって。私は動画の広告収入のおかげで一人暮らしが出来ているけど、それが無かったら到底無理だ。働いても、働いても、恐らく、確保できるのは慎ましやかに暮らしていける程度で。バンドの方も、順調とは決して言えない。虹夏ちゃんがいなければリズムが成り立たないし、喜多ちゃんがいなければフロントマンがいなくなる。バンドとして成立するのが、難しくなる。

「正直、このままだとやって行けないかな、って思ってます。」

「…そっか。」

リョウさんはお冷を注ぎながら、小さく呟いた。

「ずっと、子供のままなら良かったんですけどね。夢だけを追って、辛い現実なんかには目もくれずに走れてました。走って、走って、走って。行き止まりでも、少しずつ遠回りしながら進んで、レーベルとの契約まで漕ぎ着けて。きっと、このままどこまでも行ける、どこまでだって羽ばたけるって、そう思ってました。」

あぁ、懐かしいなぁ。今から…もう4年くらい前になるのか。演奏は拙くても、きっと、今の私たちよりずっと輝いていたような気がする。

「…ぼっち」

「知ってます?リョウさん。箒星、解散したんですって。」

箒星。STARRYに時折出入りしていたバンド。私たちよりずっと上手で、インディーズの中では上位に近い位置にいた人たちだった。去年くらいに、サポートギターを依頼されたハコで、生の演奏を聴いたことがあった。あの頃の私たちより、数段うまいバンド。

「解散理由、練習に集まれなくなったから、なんですよ。」

私たちと同じですね。

そう告げると、リョウさんはお冷のグラスを置いて、

「そっか。」

と呟いた。

「私は、今から何件か、昔スカウトしてくれた事務所さんの方に連絡を入れてみます。」

どのツラ下げて、って思われるかもしれませんけどね。

そう言いながらカフェオレを飲み干し、私はリョウさんの伝票と重ねて席を立った。

「今まで、お世話になりました。」

頭を下げると、リョウさんはこちらに向き直る。

「ぼっち。また、連絡してよ。いつでもいいからさ。セッションでも、作曲でも。寂しい時でも。」

「…はい。それじゃ、私はこれで。」

「2人には、わたしが言っておく。顔、合わせづらいでしょ。」

「ありがとうございます。」

再び頭を下げ、それでは、とレジへ向かう。お金を払って、扉に手を掛ける。ひらひらと振られる細長い手にもう一度会釈をして、私は独り、下北の夜へと踏み出した。




箒星はただの創作ですね。
原作内のバンドを勝手に解散させるのもなぁ...ってことで適当にでっち上げました。
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