heroes   作:黒糖煎餅

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ばいばい

喫茶店から出て行くぼっちにひらひらと手を振り、退店したのを確認したところで、わたしはゆっくりと息を吐いた。手元に伏せて置いていたスマートフォンを持ち上げ、マイクに向かって

「…今から、そっち向かうよ。」

そう言った。わかった、の一言の後にぶつっと電話の切れる音がして、ツー、ツー、と耳に障る電子音が響く。

私は重い足取りで斜向かいの小洒落た喫茶店へと向かった。

 

 

 

 

煌びやかな店内に入り、店員の接客に

「中に友人がいるので」

と返し、不機嫌そうな顔をした幼馴染のいる席に向かう。

荷物を置いて向かいの席に座ると、

「どうして、引き止めなかったんですか。」

と赤い髪を揺らしながら郁代は言う。俯き加減で表情は窺えない。言葉から伝わる怒気だけがわたしの鼓膜を揺らした。わたしの向かいに佇む幼馴染は不機嫌さを隠そうともしない。言外になぜ引き止めなかったんだ、と言われているようで居心地が悪い。わたしは通りかかった店員にカフェラテを頼み、お茶を濁すようにお冷を呷る。乾きかけていた喉が潤ったのを確認して、わたしは口を開く。

「引き止められないよ。2人には悪いけど。」

視線をテーブルに落とす。居心地の悪さで、息が詰まる。

「ぼっちにはぼっちの人生がある。それに、ぼっちは自分が音楽以外で生きていける展望があるわけでもない。わたしも似たようなもんだけど...」

少なくとも、ぼっちにはそれしかない。音楽以外に道がない。だから、まともに練習に集まれない現状に、苛立ちがあったんだよ。

ともすれば2人を悪者にしかねない発言をお冷で流し込み、わたしはゆっくりと息を吐いた。

「少なくとも、このまままともに活動できないバンドに、ぼっちがいる意味はない。」

「なにさ…その言い方…」

押し黙っていた幼馴染が声を発す。苛立ちが篭った声に威圧感を感じながらも、わたしはつとめて冷静に言葉を選ぶ。

「ちゃんと練習して、満足できる演奏ができるように努力すればよかっただけ。そもそもさ、虹夏。」

あぁ、だめだ。そう思った。言葉を選ぼう、傷つけない表現をしよう、そう思っていた。けれど、無理だった。

「ぼっちと同等の努力もしないで、それで虹夏の夢と心中しろ、なんて馬鹿げた話だと思わないの?…郁代も。練習の頻度が減った時、自主練の時、なんで一番最初に帰ってたの。暇な時、ギター弾いてたの?違うでしょ。友達とカフェに行ったり、買い物に行ったり…否定はしないけど、音楽と真剣に向き合ってたの?」

「…っ」

「それ、は…」

2人して押し黙る。俯く2人。

「わたしとぼっちは、時間が合えば練習してたよ。新曲も作った。バイトが毎日入ってたから、それこそ隙間の時間を縫ってね。たまの休みの日も、ずっと部屋に篭って練習してた。新曲作りに難航して、出来上がるまで何度も。わたしたちが外に出かける時なんて、基本は食事か弦を買いに行く時くらい。もちろんそれぞれ趣味の時間はあったけど、それでも音楽に…わたしたちが目指すべき場所はそこだと思ってたから、その為に時間を費やし続けてた。それは当然、虹夏と郁代もそうだと思ってた。」

わたしはそう言って、話の間に届いたカフェラテをちびりと飲む。一息吐いて、

「郁代さ、ギターだいぶ弾いてないでしょ。」

そう言うと、郁代の肩がびくりと跳ねた。ばつが悪そうに顔を背けながら、

「そんなこと、ないですよ」

と言う。

「じゃあ、左手。見せて。」

数秒迷って、そしておずおずと左手を差し出した。自分でも何を言われるのかわかっているのだろうか、まるで宿題をやっていなかった幼子のような不安げな表情を見せる。

「…やっぱり。」

指先が柔らかい。傷がない。そして何より…

「ネイル…」

郁代の爪には立派なネイルアートが施されていた。

「いつからしてたの。嘘はつかないで。」

「…ひと月、前からです…」

「…呆れた。」

ひと月。つまり、あのいざこざの直後から付けていた、と言うことだ。変わらなかった。ぼっちの、わたしの熱意は、伝わっていなかったのだ。

「…これつけて、ギターは上手くなった?新曲は弾けるようになった?ならないよね。ギターを弾く上で邪魔でしかない。上手くなるわけがない。」

こちらも語気を強めて詰問する。郁代は俯いたまま。どんよりとした空気が煌びやかな席に満ちる。

「…わたし、帰るよ。先月の件もあって、それでもギターを触ってなかったんだね。ほとほと呆れた。…いや、失望した。」

所詮、2人にとってのバンドなんてその程度のものだったんだね。そう言い残して、わたしはカフェラテ分の金額を置いて席を立った。

2人が引き止めるような声を漏らしたけど、わたしはそれを無視して喫茶店の外へ出た。夜の喧騒に足を踏み入れ、自宅までの道のりを歩く。

 

「もう全部、おしまいだな…」

 

これで、全部おしまい。ベースを触ることがあっても、他のバンドと組むことがあっても、きっとわたしは進めない。きっとわたしは、忘れられない。

ぼっちのかっこいいギターを、忘れられないのだろう。

だから…

「ばいばい、ぼっち。」

 

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