結束バンドが事実上の解散となって、4ヶ月ほど経っただろうか。特に大学の講義に行く訳でもなく、あたしはテレビの録画を眺めていた。必要な単位をあらかた取ってしまった大学生は暇なのである。
「…あ、Mスタ…」
そう言えば、録画したのを見ていなかったな、と思う。いつも録画だけは欠かさないくせに、ドラマやドキュメンタリーに気が行ってしまって、結局は見ることなく、少ない記憶媒体の容量だけを我が物顔で占領している。最近の新曲が知りたくて、日付けの新しい録画を再生していく。慣れ親しんだロゴ。席に座る錚々たる面々。日本国内で大人気の音楽アーティスト達が座る中に、ひとり、見慣れた顔が並んでいる。遅れて席に着いた彼女は、所在なさげに足元を見つめていた。
「…あ。」
長い、桃色の髪。側頭部でぴょこんと跳ねる髪と、見慣れたヘアゴム。テレビ出演故にいつも着ていたピンクのジャージではないものの、そこに映っているのは彼女だった。
ソロデビュー半年未満。けど、彼女の作った曲は徐々に人気を博していた。だからこその、異例の速さでのMスタ出演なのだろう。褒めるべきで、あたしはきっと喜ぶべきことで。…でも。
ぶつっ。
テレビの電源を落として、ソファに背を預ける。柔らかなソファはあたしを受け止めて、ずぶずぶと沈んだ。
「…もう、手の届かないところまで行っちゃったなぁ。」
あれから、大学の軽音サークルに所属したりもした。新しくバンドを始めようと、ドラムが足りていないバンドに飛び込んだりもしてみた。けど、物足りなかった。音が。熱が。そして何より、狂気的なまでのカリスマを持つ人なんて、そうそう居ない。あたしにとってのヒーローの代わりなんて、見つかる訳がなかったんだ。
思考が沈む。
いつか来る別れだったのかもしれない、と現状を肯定しようとする自分と、そんな未来はなくて、努力を続けていたら彼女の後ろでドラムを叩けていた未来があったのかもしれない。けど、今更。後の祭りだ。彼女が居なくなったあたしたちは、どこに飛べるわけもなく。リョウに見限られた時点で、あたしの夢は完膚なきまでに潰えたんだ、と思う。
夢。ぼっちちゃんにだけ話した、あたしの、あたし達だけの、青い夢。もう叶うことはない。あたしがどんなに今やる気を感じていても、時が戻ることはない。
カコン、と写真立てが倒れる音がした。体を起こして拾い上げ、元いた位置に置き直す。
…初めて撮ったアー写。あの時のあたしは、夢に向かってまっすぐ突き進めていたんだろう。楽しげに見える4人の写真が眩しくて、輝いているように見えて、思わず目を逸らした。過去のあたしが、今のあたしを見たら、どんな顔をするんだろうか。きっと、呆れているんだろうなぁと思いながら、あたしはソファへと身を投げ出した。
ピンポン。電子音が響いた事で、あたしの意識は覚醒した。
「…やば、寝てた…」
インターホンを確認すると、そこには喜多ちゃんがいて。
「伊地知先輩!上がっていいですか!?」
息を切らした彼女を部屋に上げる。上気した頬、整わない呼吸。彼女が走って来たであろうことが容易に想像出来た。
「喜多ちゃん。どうしたの?急に。」
買い置きのミルクティーをコップに注ぐ。
なみなみに注いだコップを喜多ちゃんに渡しながらそう問うと、喜多ちゃんは奪うようにコップを取り、一気に飲み干した。荒い息を整えながら、数秒の逡巡。
「もう一度、バンドを組んでほしいんです!」
唐突な誘い。結束バンドが事実上の解散をしてから、4ヶ月。音沙汰も無かった彼女からの勧誘に困惑した。
「ちょっ…ちょっと待って。なんで、今更…!」
「私…あの後、ギターを弾いたんです。大好きな、あの曲を。」
あの曲。どれも大切な曲たちだけど、彼女が言わんとする事が、なんとなくわかった。
「学校のみんなに…私たちの、結束バンドのいいところを知って欲しくて、毎日、何時間も練習して。あんなに大切だったのに、あんなに練習したのに、まともに弾けなくて。」
「私、ひとりちゃんと約束したんです。きっといつか、ひとりちゃんを支えられるような、そんなギタリストになる、って。その約束を破って、また逃げた。そんな私が、今更バンドを組みたいなんて、烏滸がましいって言うのもわかってます。」
「喜多ちゃん…」
尻すぼみになって、震えていく言葉尻。歯をぎゅっと食いしばりながら、目尻に大きな滴を溜めながら、それでも喜多ちゃんは言葉を紡ぐ。
「自分勝手だってわかってます。独りよがりで、他人の迷惑も考えない行為だって、誹りを受けるのも当然のことです。逃げて、逃げて、逃げて、叶えられないと勝手に決めつけて、目標から目を逸らして。でも…でも…!」
このまま、あの時間を思い出にしたくありません。
そう、きっぱりと告げる。その目には、数ヶ月前の逃げてばかりだった彼女の、弱々しい瞳じゃなくて。
「…あたしも、さ。」
まだ、諦められないよ。諦めたく、ないよ。
情けないほどに言葉は震えていて、視界が歪んだ。
後悔ばかりだ。大切で、大切で、無くしたくなくて、ずっとそこにあると思っていた幸せは、あたしの手の届く場所から、いつの間にか消えてしまう。
「もう、遅いかもしれないよ?」
「絶対に追いつきます!」
「ぼっちちゃんに追いついても、戻って来てくれるとは限らないよ?」
「その時はその時です!」
「途中で、諦めたくなることだってきっとあるよ?」
「…もう、逃げません。ひとりちゃんと肩を並べるギタリストになるんです。弱音なんか、吐いてる暇ありません!」
瞳の奥には、確かに、決意が溢れていた。
「私は、リョウ先輩が好きです。ひとりちゃんが好きです。伊地知先輩が好きです。結束バンドのみんなが、大好きなんです!」
だから、絶対追いつきます。絶対に、追いついて見せます。だから、伊地知先輩。
「先輩の夢に、私の夢も乗せてもらって良いですか?」
真っ直ぐにこちらを見据える喜多ちゃん。
「そっか…そうだね。分かった。じゃあさ、喜多ちゃん。」
「あたしの夢も、一緒に背負ってくれる?」
あたしの問いに、喜多ちゃんはにっこりと笑う。
「もちろんです!家族、ですから!」