heroes   作:黒糖煎餅

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再始動

「…気まずい。」

結束バンドの再起にあたり、バンド内での指標を決めようということになった。虹夏たちとの関係が切れた後、顔を出すことすら無かったSTARRYの看板の下で、わたしはぼうっと立ち尽くしていた。

半ばバックれたようにやめたバイト先だ。しかも、経営は星歌さん…つまりは、虹夏の実姉な訳で。一度棄てたバンドに出戻りするだけでも胃が痛いというのに、とわたしは嘆息をつく。虹夏と郁代は既に来ているらしい。こちらが赴きやすい様に迎えに来てほしかった。切実に。無理やり連行された、という形であれば、幾分か気がマシだったというのに。

扉の前で一呼吸置いて、ノブに手を置こうとした、その瞬間。

「いつまでウジウジしてんの?さっさと入んなよ。」

ガチャリ、と扉が開かれた。聞き慣れた声。嗅ぎ慣れた煙草の匂い。久方ぶりに見た顔は少し隈があって。

「…お、お久しぶりです、店長。」

「おう。虹夏たち待ってるぞ。」

そう言って、咥え煙草のままわたしを招き入れる店長。

「目の下の隈、どうしたんですか。」

「あ?虹夏のせいだよ。…ったく、ここ何ヶ月か、練習に付き合わされ続けてな…単位取っちまって暇なのか、最近はひたすらドラムばっか叩いてるよ。最近はリナも付き合ってくれてるから、多少はマシになったけど…」

そう言いながら、店長はスタジオの扉を開ける。

「ようやく虹夏から解放されるよ。あ、リョウ。寝不足になる覚悟だけしとけよ。」

それじゃあな、と言い残した店長は、煙草を吸いながら事務室へと姿を消す。

 

「…久しぶり。郁代。」

「お久しぶりです。リョウ先輩。」

久しぶりに聞く郁代の声。キャピついていた一年前とは違い、幾分か落ち着いた様相を見せている。

「それじゃ、早速…」

「まず、私と喜多ちゃんの演奏を見てもらいたいの。リョウの求める…ぼっちちゃんと肩を並べるために必要なレベルが、どこにあるのか。それが知りたい。」

虹夏が椅子から立ち上がり、スローンへと座る。郁代もそれに倣って、ギターを構えた。

「…やる気じゃん。」

わたしも、担いでいたベースを構える。

「下手になってたら、それでこの話はお終いだからね。」

「…リョウこそ。」

減らず口を、と内心で思いつつ、胸が躍った。甘さの抜けた瞳が、覚悟を持った眼差しが、一心にわたしを射止めている。

手に汗を握る。心沸き立つ。心臓が沸騰した様に五月蝿くて、けど、それが心地よい。

曲は言わずとも伝わる。あの時、挫折したあの曲。

彼女らが弾けず、わたし達の進退を決定的なものした、あの曲。

 

光りの中へ。

 

ドラムスティックがカウントを刻む。

虹夏の刻むビートに、自然とベースが馴染む。郁代のギターが重なり、求めていたメロディが響いて…

 

 

 

 

 

 

 

 

「…良かった。」

演奏が終わって、一息ついた。そして、自然と言葉が溢れた。一度諦めた。けど、その光が、もう一度。手の届くところまで来たのだと、そう確信した。

じんわりと熱を持つ指先が、高揚した頬が。脈動治らぬ心の臓が、確かに夢の再来を告げていた。

それは、虹夏も。郁代も。同じ様に感じていたらしい。二人とも拳を握り締めて、喜びに打ち震えていた。

 

「次!次の曲!」

「やりましょう、先輩!」

 

まるで、初めてギターを握った子供の様に。かき鳴らすだけで、楽しかったあの頃の、わたしと同じ目。

「いいよ。やろう。とことん。」

そして、再びカウントが刻まれた。

 

 

 

 

 

 

 

…疲れた。

あれからかれこれ、1時間。

小休憩すらなしで、ぶっ通しだ。二人との体力差を舐めていた。バイタリティの塊の郁代と演奏中常に全身運動の虹夏と、わたしの基礎体力が違いすぎた。

まぁ、ちょうどよかったのだと思う。当初の予定だった今後の方針を決めようと、わたしは店長から渡されたブラックコーヒーを啜りながら話を切り替える。

「…で、この先どうするつもりなの?」

知名度はそこそこ。それこそぼっちの在籍時は下北沢でも上から数えて20番くらいにはいた。けどそれは、遺憾無く発揮される様になったぼっちの実力目当ての客層が多かったからで、ぼっちの知名度が無ければ、わたしたちは良くも悪くも中堅バンドだ。

「…えっと、それなんだけど…」

虹夏は持ってきていたノートPCを開いて、一つのタブを開く。

「…ドラムヒーロー?」

「えっと…」

郁代も続いて持ってきていたノートPCを開いて、虹夏に倣って一つのタブを開いた。

「…ボーカル…ヒーロー…」

ダサい。いや、うん、ダサい。フォローの言葉が見つからない程度にはダサい。というかぼっちの後追い。

「…ダッサ…」

「ダサいって言わないで!?」

「これはリョウ先輩に同意です…」

「喜多ちゃん!?」

「…まぁ、虹夏の名付けセンスが終わってるのはいつものことだから置いといて…」

「山田ァ!」

まじまじと開かれたページを見つめる。

ヘッダやチャンネルアイコンはシンプルで、物珍しさで登録する、というよりかは動画を見て気に入ってくれた人が登録しやすい…様な気がする。過去動画のサムネを眺めながら、再生回数と登録者数を比較していくと、最新動画になるにつれて再生数やチャンネル登録者数の曲線が右肩上がりになっている様で、思わず感心してしまった。

「…えっと、その…ぼっちちゃんと私たちの距離を可視化しようと思って、同じ形式での動画投稿を始めたの。」

確かに、目標を据えるにあたって、数値として可視化されているのといないのではモチベーション維持が雲泥の差なのは事実だ。

「…ちょっと待って、この流れって…」

「もちろん!リョウも…やるよね?」

イヤだ。いや、ベース演奏を動画にするのはまだしも、ベースヒーローとかいう終わってる名前にするのはイヤだ。

ブンブンと首を振るわたしに、虹夏は肩をガシッと掴みながら、ゆっくりと微笑む。

「やるよね?」

「はい…」

結局幼馴染の圧に押し切られ、わたしの趣味用だったO-tubeアカウントは『ベースヒーロー』と名を変えてしまった。

「一人一人のチャンネル登録者が、かつてのぼっちちゃんと並んで…それで、ちゃんと対等だって言える様になったら、ぼっちちゃんを迎えに行く。良いよね?」

「はい!」

「はい…」

 

 

 

このダサいチャンネル名とは対照的に、およそ一年未満でこの3人のチャンネルが台頭するなど、この時のわたしたちは知る由もなかった。

 

青く、昏く。けれど、確かに輝く春が、始まる。

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