超法規的組織シャーレ で 仕事をしたくない サトウカズマ先生 作:奈音
カズマが連邦捜査部シャーレに着任してから、散々便利扱いしてきた生徒は沢山いるが、その中でも最も雑な扱いに耐えてきた生徒が誰かと問われれば、まず一人目は阿慈谷ヒフミだと答えるだろう。
あんまりにも一生懸命に頑張ってくれるので、ついついそれに甘えて頼り過ぎ、よりかかり過ぎになってしまうことが日常と化していた。そして、まぁこのくらいならヒフミが何とかしてくれるだろうという、無形の信頼が積み重なった結果、このままだと留年の危機に陥ってしまうほどの出席日数にしてしまっていた…。
いくら生徒による自治がキヴォトスの基本とはいえ、ヒフミはトリニティ総合学園の一生徒でしかなく、生徒会としての責務も持っていない、所属しているのも帰宅部で、なんら特異性のない平穏な学生生活を送っていたのにも関らず、ヒフミは、連邦捜査部シャーレの先生からの信頼に応えようと、一生懸命に頑張った。
だからこそ、カズマもその労苦に応えるため、ヒフミの後進となる人間を迅速に選出し、態勢を整えることに躊躇なく段取りを進め、友好的で有能な生徒をその穴埋めとしたのだ。……そもそも報酬として、ペロロ様系列の限定グッズを定期的に贈呈するだけでは、その働きに報いるのに少なくないかと疑問に思っていたのだが、当のヒフミ本人は飛んで喜んでいた。カズマにはイマイチその良さが理解できなかったが、カズマが思う物よりも、ヒフミ本人が欲しいと思う物を優先した。それもあってか、ヒフミの士気状態は常に高めに維持されていたと言っていいだろう…。
しかし問題は二人目である。
カズマが、連邦捜査部シャーレに着任以降、最も人同士の矢面に立ち、業務面で貢献してきたのがヒフミなら、最も戦闘面で暗躍してきたのは狐坂ワカモである、とカズマは思っている。
……実に残念なことに、言葉の通じない相手というのは一定数存在し、そういった界隈を制圧するためには、ワカモの破壊と略奪の技能は必須だったと言ってよかった。
ただ、大問題なのが一番その言葉が通じないのがワカモだということなのだが…、いや制御というか、方向性を与えることはカズマなら容易だった…。なぜなのかはさっぱりカズマにも理解できないが、ワカモは偏執的なまでにカズマ先生から嫌われるということを忌避し、まるで大好きな娘から大嫌いと言われて泣いて引篭もってしまうような、フィクション的感情表現をする父母のような反応をするのである。しかも泣く。ウソ泣きではなく、ガチ泣きで泣きに泣いて言うことを聞こうとするのだ。
じゃあこの制御方法が有効なのかというとまったくそうではない。ワカモはどんな方向性であろうとも、カズマ先生に関することで感情が昂ってしまえば、事後のことを全く何も考えず、ワカモ自身の欲望のため、カズマ先生のためにはどうすれば最速最短で走り抜けることが出来るかを基準に、最も得意な手段である破壊と略奪に走り、しかもたちの悪いことに、カズマの幸運補正の助けもあってか、滅茶苦茶になりながらも、目的を達成できてしまうのである…。
だから、カズマが、連邦捜査部シャーレの先生として、裏路地の覇者などという恥ずかしい二つ名で呼ばれ始めたのは、ワカモのお陰であると言っても過言ではない。まぁ、巡り合わせと、運が良かっただけだと言われてしまえば、何も言えないのだが。
――その、ワカモをまったく制御できていなかった、一夜目の夜。
飛び交う銃弾と爆炎の渦の中で、カズマとヒフミは走り回り逃げ回り、時には抱き合って震え、最終的にヤケクソになったカズマが、鉄骨とガレキに包まれた高台の上で、争いの終わりを告げるため、また命の危機から一刻も早く逃れるために、大勢の不良生徒たちの前で大見得を切ってしまう羽目に陥った、ハジマリの夜。
……それほどの事態であっても、ワカモにとってはデートの範疇のついでだったらしいが…、そこまで豪気なことを語る割には、その後も手が少し触れあっただけで飛び上がったり、照れ隠しで建造物を跳躍だけで破壊するなどの奇行を繰り返していた…。とはいうものの、業務上の距離感の近さもあり、時間が経つにつれ、少しずつではあるが、カズマはワカモのことを理解してきたように思う。
――――キヴォトスで、一番重く、
先生を慕っている、生徒であるということを……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――裏路地 カズマとヒフミのハジマリの日
ヒフミは今でも思い出す。
「先生先生ッ――!
どうして行くところ行くところでケンカ売っちゃうんですかぁ…?!!!」
「ばっかやろう…! お前もさっき見てたろーが!!!
俺が行く先行く先で、因縁付けられた瞬間に相手が吹っ飛ぶんだよ!!!」
裏路地で逃げ回ってる先生を助けたら一緒に逃げ回る羽目になって。
「もう駄目ですぅ…、いろんな勢力に喧嘩売り過ぎて人狩りが始まっちゃってますよぉ。
圧縮ペロロ様ももう、手持ちが少ないですし…。
このままだとタコ殴りにされてしまいます……」
「……うーん。なぁ、ヒフミ。
こっちと比べてあそこはやたらと綺麗なんだが…
あいつらはどういう勢力なんだ…?」
「――え? あぁ、あそこはブラックマーケットって言って………」
お願いされたりすると、ついつい応えてしまうヒフミは流れに流れていって。
「バカバカバカバカ!!! せんせぇのバカァ…!!!!
いまの分かっててやりましたよね! 絶対分かっててやりましたよね!!
もう私だっていい加減ごまかされませんよ!!
なぜか遭う人遭う人が、ことごとくポンポン倒れていくのはあの人のせいだって!!
もうなんか隠そうともしてないじゃないですかあの人!!
どーーするんですかっ…!
マーケットガードが来たらもうおしまいですよぉ…!!」
「――だからこうして逃げてるだろっ…?!!
それにこうでもしなきゃ、
あいつらの包囲網抜けられなかったんだからしょうがねーだろうが!!」
「それはそうですけどっ…!! もっと穏便にっ! 平和的解決で!
出来るだけ目立たないように逃げられる方法はなかったんですかっ…?!!」
「――奇遇だなヒフミ!!
おれもそんな最高に冴えた手段があったら、そうしていただろうよっ…!!
お、ヒフミヒフミ! 鍵が刺さったままのバイクがあるぞ!」
「――緊急事態です! 借りていきましょう!! 後で返せばOKです!!
先生は運転免許持ってますか…?!!」
「持ってないが自転車みたいなもんだろ…?!
……って重っ――! ヒフミそっち側頼む!」
「――はい!! よい、しょっと…。
なら私が運転します、私も運転したことはありませんが…、
この先も先生の手が空いてないと、捕まって終わってしまうかもしれません!!」
「――よし、エンジンが掛かる、燃料もあるみたいだ…
頼むぞ、ヒフミ!!」
「行きますっ…!」
だから、この日が、ヒフミにとっての、運命の分岐点だった。
……学生として学び舎に通いながら、ヒフミは、自身の趣味が高じてブラックマーケットや裏路地に入り浸り、そうしていくうちに、いろいろなものから、ヒフミは眼を逸らすようになった…。だから、そこに友達はいなかった。顔見知りは何人も出来ても、ヒフミから踏み込むようなことは出来なかった…。いいや、違う。何もしないことを選んだのだ…。それをヒフミは心無い行為だと胸を痛めたが、だからといってどうすることもできなかった。
だから、ヒフミは常に自分自身に言い聞かせた。
――私は、平凡で、地味で、普通なんだ、と。平凡だから、私がどう思おうとも、こんな世界に関わって、彼女たちをどうこうしてあげられる筈もないと言い聞かせた。こんな地味な私だから、きっと何を言っても誰も聞いてくれないに違いないから、わたしはこうやって楽しんでいるだけでいいんだと言い聞かせた。私は、どこにでもいるような普通の女の子だから、そんな大それたことをたとえ思い描いたとしても、できるわけがないと、なんどもなんども、言い聞かせた…。
それは、まるで呪いのような、自縄自縛の鎖だった。そうやって、ヒフミは、自分が関わる裏側の世界に対して、今一歩踏み越えられないことに関して、常に鬱屈した気持ちを抱えていた。だからだろうか、その反動が全て学校生活で出てしまい、少しでも関わったことのある人には、誰であっても助けてあげたいと思うようになった。
そんな余りにも善良で、地味で、普通で、平凡な行動は、そういったものから遠ざかっていく他なかった地位の人間には、どれほどにまぶしく映っただろうか…。それに、そういう事に関して余りにも無自覚であるヒフミ本人の態度がさらに拍車を掛け、とある「ティーパーティの淑女」からの厚く強い信頼と、庇護をますます熱く強める一因ともなった。
「協力します…!」
だから、二人乗りでバイクでの逃避行をしながら、ようやく詳しい事情を話すことが出来たカズマに対して、ヒフミは即答した。
「――ヒフミ?」
「なんて無茶苦茶な人で、バカなんだろうって思ってましたけど、
そういうことなら協力しますっ…!」
「いままさに危ない目に遭ってるが、大分危ないぞ…?」
「……それこそ今更です!!
わたしは、わたしはっ…! 見て見ぬ振りが出来るほど器用じゃないんですっ…!
本当は、本当は私だって…、
どうにもならないことに対して、憤りを感じることしか出来ないなんてことが…、
――――嫌で嫌でしょうがなかったんです…!!」
「………………そうかよ。
じゃあ、そんなヒフミに悪い知らせなんだが――」
「――――こ、今度は何ですかぁ…?!!」
「俺の見間違いじゃなければいいんだが、いま後ろのあいつらが撃ったあれ。
あれ、ロケットランチャーじゃないかなぁ……」
言っているそばから、バイクを掠めるように幾つもの弾頭が追い抜かしていって、建造物や車両等に着弾し、漏れた燃料に着火して爆発し、建造物等に燃え移って大きな火災が次々と発生していく。
「先生先生ッ――!!
やっぱり、さっきの前言撤回していいですかぁっ…!!!」
「安全にここから脱出出来たら、いくらでも検討してやるよっ…!!
ヒフミもっと飛ばせっ…! 当たりそうなやつは、俺が何とかするっ!!」
「――もうアクセル全開ですよぉ…!!!!!」
この時の、逃げるのに必死なカズマとヒフミにとっては、あずかり知らぬことだが、一連の騒動に温泉開発部と美食研究会も巻き込まれており、裏社会は更なる被害の一途を辿っていた。しかし、それが分かっていたとしても、ヒフミは連邦捜査部シャーレの先生に対し、当然のように協力を申し出ていただろう。
それこそが、阿慈谷ヒフミの思い描きたい世界への無意識なのだと、ヒフミ自身がはっきり意識するようになるのは、まだ先の事なのだが…。だから、そんな騒乱の一夜を、カズマとヒフミはひたすら駆け抜けていく。
そして、それはもう一人にとっても、当然のことだった。カズマとヒフミの行き先に現われては、何度も何度も援護射撃(妨害行為)を繰り返す、ワカモという存在がいたことにより、状況は指数関数的に悪化していき、とうとう事態は最終局面を迎える。
「――くっ、油断した! 申し訳ありませんプレジデント!!
テロリスト共をそちらに通してしまいました…!!」
『なに…?
温泉開発部でも美食研究会でもない、新興の第三勢力がか…?
ならば、正面から戦うのは得策ではないな、一時撤退を――
(――ドォォォォォォォォォォォン……)
――なんだ、報告しろ!
………ヘリと屋上への階段を潰されただと…?』
「――お、お逃げください、お逃げください、プレジデント!」
『(――ガチャンコ)
………ふっ、どうやらその忠告は遅きに失したようだな。
どうした、私はこの通り両手を上げている…、その物騒なものを仕舞ってほしいが…、
――その前に、廊下で警備させていた部下はどうした』
『――主様の許可なく発言を行うことは許しません…、ですが。
寛大な我が主は、あなたが自身よりも、自身を護った部下を気にされていることを、
大変嬉しく思っておられるので、代わりにわたくしがお応えしますわ…
可哀想なあなたの配下の方々は、明日には眠りから起きられるでしょう…』
「――プレジデント! プレジデント!! くそっ…!
電波ジャミングだとっ…!! お前ら何をしてるさっさと起きろっ…!!
テロリスト共に屈するわけにはいかん…!!」
……だから、裏社会をカズマと共に駆け抜け、運悪く、いや運良く、温泉開発部と美食研究会をも巻き込んで、次々と廃墟を量産していった二人(+1)は、カイザージェネラルが率いるPMCすら蹴散らして、とうとうカイザープレジデントの首先に銃口を突き付けるまでの状況となってしまった。
「ふん、そうか……。
これほどの事態を引き起こした主とやらの面を拝んでみたいものだ…。
だが…、貴様らがどれだけの勢力かは知らないが、迂闊としか言いようがないな。
この先、この裏社会で生きていくための、作法も知らないのか…?」
「――三人です」
「………………なんだと?」
「耳が遠いのですか? 我々は、三人です。」
「――正気か、貴様ら……」
ここまでの事態をたったの三人で引き起こすなど前代未聞だと、自分自身の頭を疑い始めたカイザープレジデントを置き去りにして、破壊され尽くした一室の中に、見るからに学生然とした女生徒が悠々と入ってくる。正体を隠すつもりがあるのか、それともふざけているのかは知らないが、藁で出来た紙袋を頭から被り、目の部分だけは見えるようにしているようだ。
その姿を認めた、プレジデントに銃口を突き付けたままのテロリストの女は、プレジデントの服を掠めるように次々と銃弾を放ち、壁に追い込んだ後、動けないように、全ての関節を刃物で縫い留めるようにして、壁に張り付けにした。その間に、主とみられる少女は、先程までプレジデントが座っていた豪奢な椅子に腰かける。
「――ふん。もう一人が、いないようだが」
「【………随分と肝の座ったお人形さんですね】
(先生先生ッ…!穏便に済ませるって話は?平和的解決はっ…!)
(――というか私の声使わないでくださぁい!!)」
「………なんだ、貴様、二重人格者かなにかか?」
「【あはは……、それってあなたが知る必要のあることですか?】
(あぁぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁあああああぁああ……)」
裏社会の頭を務める者の一人として、それに相対するに相応しい声色を使う割には、ひどく情緒不安定だ。まるで腹話術の様に強く響く声がするのと同時に、その当人は頭を振り乱してひどく狂乱している…。
くそっ、とプレジデントは歯噛みする。たまにこういう手合いはいるのだ。誰にも制御できず、そこが他人の庭先だとも弁えない、愚か者が。普段ならこの手合いは暴れに暴れた後、だれかしらからタコ殴りになって大人しくなるものなのだが、例外はある。
キヴォトス二大テロリストとも呼ばれる、温泉開発部と美食研究会がその最たる例だろう。表も裏も誰にも何にも構わず、関わりを持たれた瞬間にもう諦めるしかない。もちろん、彼女たちが所属するゲヘナ学園に対しては、嫌がらせのような賠償請求や鎮圧要請として通報はするが、通報する頃には、もうだいたいが廃墟と化している。
こいつらは、どこのどいつだ…。
「――あらあら、まだ眼が死んでないのは流石としか言いようがありませんわね…
………主様、よろしいでしょうか…?」
「【――はい、どうぞ?】
(え…? 先生待ってください、なんだかよく分からない許可を
ワカモさんにあたえるのはさっきやめようって――)」
そのヒフミの声は、もはやだれにも届いていなかった…。
そして、カイザープレジデントはその光景を、しばらくの間、夢に見ることとなる…。ヒフミが、背にするように腰かけている、窓の外の全ての光景が、文字通り、一瞬にして全て爆散していく様子を。
それは全て、カイザーコーポレーションが、あの手この手のあくどい手段を使って、キヴォトスの学生が自治する地区を奪い取っていた場所だった…。そこに建てられた、いくつものビルが崩れ落ち、今プレジデントがいる建物に繋がっていた陸橋や、水路の上を通る跳ね橋さえ全て火の海の中に呑まれていく…。その中には、密かにこの事態を打破するための援軍を要請していたPMCのものもあって…、ここまでのことをされて、ようやくプレジデントは観念した。
こいつらは、話し合いを望んでなどいない。ただ、奴隷のように、唯々諾々と命令を聞かせるためだけに、私をそのままにし、見せつけたのだと。確かにこうまでされては、格付けは決まったと言ってもいいだろう。
「――この気狂いどもが、貴様らの要求は何だ…?」
「【あはは……、では、このままで申し訳ありませんが…、我々の要求を、お伝えします――】
(衝撃で、腰かけたまま気絶している…)」
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――シャーレオフィス カズマの執務室 ヒフミ
そうして、この日から、阿慈谷ヒフミが裏社会に君臨する受難の日々が始まったのだ。ただし、初対面の一日目から、これほどのことをやらかしたカズマとワカモを、ヒフミはそれはもう責めに責めた。泣いて喚いてポカポカ叩いてなじりになじった。
ワカモは怒っている様子のヒフミに対し、付き合う義理もないのでさっさと喋れなくしてしまおうとしたのだが、ヒフミはカズマ越しに言葉を伝えさせることによって制御を可能とさせた。外付け良心回路誕生の瞬間である。
まぁ仕方ないと言える部分もあったとカズマは主張したが、それはヒフミには認められなかった。それはそうだろう。連邦捜査部シャーレ着任初日から、殺されかけて、なりふり構わなかったこの時のカズマは、完全に壊れていた上に、最悪だったと言っていい。途中から気付いていたはずのワカモの狂気の所業を利用し始め、どういう結果をもたらすのか予想もできない裏社会の破壊状況を高笑いしながら、どうせこれに勝てなかったら死ぬんだ行くところまで行ってやる!!と多種多様な不思議な能力を使って援護までしていたのだ。その恩恵をヒフミも得ていたとはいえ、さすがにこれはひどすぎる。
そもそもあんな事態まで発展したのは、どういった理由かは分からないが、カズマ先生の行く先を防ぐ慮外者は問答無用だと言わんばかりの姿勢を崩さず、時々現れては狂気的な思想を語って迫ってくるワカモを、カズマ先生がとにかく肯定したからでもある。その結果がこれなのだから怒らないわけがない。
「――とにかく! カズマ先生は、その不思議能力は濫用禁止です!
裏社会に初日から、あそこまで馴染める能力は危険すぎます…!」
「………うーん、まぁそれはそうか。
ヒフミとワカモと一緒に行動して見て、キヴォトスの生徒…というか住人が、
どういう存在なのかも身に沁みてわかったし、考えることが滅茶苦茶増えたな…」
「まったくまったくもう! 先生はもう…!
結果的にうまく収まったからよかったですけれど、
下手をしたら、先生は死んでいたんですよ?!!
私がどれだけ肝を冷やしたか、先生は分かっているんですかっ…!!!」
「――だから、悪かったって…。
でもな、ヒフミの言ってたシスターフッドがやってるようなスピードじゃあ、
俺が思う状況に間に合わない…。俺の顔がいくら周知されてるからって言っても…、
あれだけさんざん因縁付けられてタカられそうになったんだ。
流れ弾だの誰かの手が滑ってだので、即死とかしたくないんだよ…」
「……でも最後はマッチポンプでしたよね…?」
「――でも、協力してくれるんだろ…?」
「……う、それは、まぁ、はい。
こんな地味な私でもお役に立てるのでしたら、頑張ります!」
「地味? 地味ねぇ…」
「――?? なんですか…?」
「いいや、頼りにしてるぜ…、ヒフミ」
「――はいっ…!!!」
そうやって満面の笑みを浮かべるヒフミは、裏社会に出入りし始めてから、心にのしかかっていた、その重しから、解放されたように感じていた…。
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――シャーレオフィス近郊 カズマの執務室が良く見えるビル ワカモ
「――うふっ、うふふふふふふ…!!!
お任せください、このワカモ、必ずお役に立って見せますわ…」
なお、ワカモとの距離を詰め過ぎたカズマが原因で、ワカモは脳を焼き尽くされ、気付かれない距離から見守ろうとするのだが、全てカズマに気付かれてしまい「まぁ、先生は、こんなに遠くからでもわたくしの愛に気付いてくださるのですね…! そうまで熱烈に応えて下さるなんて感激です…! そうですか…? 分かりました、このワカモ、先生のおそばに仕えさせていただきますね…?」という感じで、くそでか激重感情ワカモに更なる肯定感を供給してしまい、ワカモの狂信化を進めることとなるのだった…。
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――現在。トリニティ総合学園 ヒフミの私室
……ヒフミは、今でも思い出す。
『……これからは、ここがお前たちの土地だ!
お前たちが今後学校に行くための、明日のご飯に困らないようになるための土地だ!
だから、お前たちが、お前たちの為に働かないといけないんだ!
――安心しろ!
連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの名において、お前たちの今後は、俺が保証してやる!
だから今日からは、明日という希望の為に生きていいんだ!!』
耳に当てたイヤホンの中から聞こえるカズマ先生の声。……これが、一番最初の、カズマ先生が立ち上がった日の、連邦捜査部シャーレの基本理念だ。今日という保証すらなかった彼女たちの為に、カズマ先生が先頭を立って示した、明日への希望。
たまに、この時の話題になるとカズマ先生は「――思い出のジャージ、たき火…」とぶつぶつ呟きながら意識をどこかにやってしまうが…、私たちが歩くこの薄暗い道の、この先が繋がっているのかも、袋小路になっているのかも分からなくなっていた、私たちの前に立って、明確な答えを示して、先導してくれる光となってくれたのは、まぎれもなく、カズマ先生なのだ。
その光が当てられた裏社会は、もう裏社会ではなくなった。そこに住む彼女たち自身が、先生から貰った光を持って暮らしているのだから、それは同じようでいて、異なるものだ。そのために、頑張るのだ。連邦捜査部シャーレに所属する私たちが。
――だって、だって私たちは――――
そうやってもの思いに耽っていると、机の端に置いた携帯電話がチカチカと点滅していることに気が付く。あぶないあぶない、授業に出た時のまま、静音モードにしていたから、いまふと視線を向けなかったら気が付かなかっただろう…。慌てて画面を見ると、そこには「リオさん」と表示されていた。
「――はい、ヒフミです」
『………私よ』
「はい、リオさん。お疲れ様ですっ…!
すいません、ほんとに、いろいろお任せしてしまって…」
『――構わないわ。急にやることがなくなって、暇でもあったし…。
それに貴方は私たちの上役なのだから、
私たちが働いた成果を報告するのも、当然のことよ』
「あ、あはは……、なんだかいまだに慣れなくって…」
『まぁ、貴方の場合は、貴方がそういう人だからこそ回っているのでしょうから…、
別段気を張って、態度を変える必要もないでしょう…。』
「そ、そうでしょうか……?」
『――えぇ。それよりも、明日も学校なのでしょう…?
手早く報告を済ませるわ…、ヒフミさん、宿題がまだ終わっていないのではなくて?』
「――うっ、はい、よろしくおねがいしますぅぅぅぅ…」
机の上に山積みになっている宿題の山に、ヒフミはそろそろ心が折れそうなので、その話題はとても辛かった…。一生懸命頑張ってはいるが、このままのペースでは、進級が危ういかもしれないのだ。そのことをたびたび勉強の相談をされているリオも分かっているのか、ささっと本題に入る。
『――カズマ先生からもう聞いているかもしれないけれど、
アリウス分校の生徒が出現する箇所の特定が、すべて終わったわ』
「………………そうですか」
『とはいっても、緊急用の脱出経路や隠し通路の存在まで網羅したとは言い切れないけれど…、
だから、便利屋68に、
判明している全ての通路をダンジョンアタックしてもらって、分かったことがあります』
「………………」
『GPS情報を見た時に、私も眼を疑ったのだけれど…、
通路は全て、通功の古聖堂、その地下に繋がっていたわ…』
「そ、それって――」
『――貴方達トリニティにとっては馴染み深いものでしょう…?
かつて、第一回公会議が行われた建物であり、
エデン条約調印式の会場に決まったことで大々的な修理が行われた場所。
そしてその地下には…、
数十キロに及ぶカタコンベ(地下墓地)が存在するという噂がある――』
「………………」
『カズマ先生は、まだ潰す気はないが、今ならまだ潰せると言っていたわ…。
ただ、貴女が――、ヒフミさんが、
未然にこれを防ぎたいなら、潰してもいいと』
……ヒフミは、固く目を瞑る。カズマ先生が言っていたことを考える。今日の事だけではなく、明日を夢見ることのできる生活を、広く与えたカズマ先生のことを考える。そう、これは私たちだけの物じゃない、本来ならば、等しく与えられるものであるべきもの。それは、アリウス分校も例外ではないのだ…。ヒフミは知らず知らずのうちに拳を固く握りしめ、脅かされる現在のことではなく、輝かしくしていく未来に思いを馳せる。…そうして開いた瞳は、夕暮れの明かりに照らされて、その髪と同じく、黄金色に輝いていた。
「………いいえ、計画は、計画通りに行います」
『――そう…、聞いていた通りね』
「えっ、な、なにを聞いたんですか…?」
『いいえ、なんでもありません。
引き続き、調査の方は継続して、期日までに間に合うようにするわ…。
――以上、報告終わり』
「リッ、リオさん? リオさん、あっ、ちょっ――」
切られてしまった…。カズマ先生は一体何を言っていたんでしょうと怪訝に思うヒフミだが、あの感じだとリオは取り合ってくれないだろう。仕方ないか、とヒフミは諦めて…、諦めて、出席してなかった日数分の宿題を、ふたたび片付けにかかった。
……おっと、その前に窓を開けておかなくては、ワカモさんは猫みたいに窓から入ってくるし、入れないと分かると断りをいれてから銃撃してこようとするのだ。非常に危ない…、これでよし、と。
そうして、ヒフミが一生懸命机に向かって宿題をしているうちに夜も更け、今日はこのぐらいにしようかなと思い始めた辺りで、窓際で少し物音がしたので目を向けると、ワカモが器用に窓の桟に着地して、コロコロと転がって部屋の中に入ってきたところだった。
「――もう、ワカモさん。また、ですか…?」
「わたくしは悪くありません…、わたくしの情動を受け止めきれない、
この音楽プレイヤーが脆弱過ぎるだけなのです……」
「新しいのはありますか…?」
「先程ごうだ――親切な方から譲っていただきましたわ」
「もう…! ワカモさんはお面を外していれば、七囚人だって分からないんですから…、
ちゃんとお店で買ってください…!」
「………ええっと、その、急なことで動転してしまって――」
「それにデータは転送しますけれども、迷惑をかけた人をちゃんと探して
謝って、新しいものを買ってあげないとだめですよ…!
はい、これで前のデータ通りのものが入っている筈です…」
「感謝します…、その、このことは先生には――」
「言いませんよ…、言いませんけど、ちゃんとしてくださいね…?」
「えぇ、このワカモ、心得ておりますわ――」
途端に上機嫌になったワカモは、もう用は済んだとばかりに、新しい音楽プレイヤーを再生し、イヤホンを耳に当てると、その類まれなる身体能力を活かして窓から飛び立ち、あっという間に見えなくなってしまった…。
「――もう、勝手なんですから…」
そうは言いながらも、ヒフミの顔は微笑んでおり、まぁあのデータが入った音楽プレイヤーが壊れてしまったのなら仕方ないのかもしれませんと呟くと、ヒフミもワカモと同じように、上機嫌な様子で音楽プレイヤーを再生するとイヤホンを耳に当て、自分自身の、連邦捜査部シャーレでの立脚点について思いを馳せながら、ベッドに寝転んで目をつぶる――
『――俺には、嫌いなものがある』
『――築いてきた友情を打ち壊されて、努力が全く報われず』
『――辛いことがあっても泣き寝入ることしかできなくて、慰めてもどうにもならなくて』
『――どう足掻いても笑顔になんてなれずに、下を向いて俯いて生きていくしかない』
『――そんなバッドエンドを、消し飛ばしに行くぞ、お前ら!!!』
私たちは、その為に、いるのだから――。
そういえばカズマ先生の薫陶を受けたかっこいいヒフミが見たいという要望があった気がしたので、最大限そう見えるヒフミを書ければいいなと思った、そんな話でした。
最近は7千字前後くらいで物語を締めるようにしていたのですが、さすが第三章の主人公…、書くことがどんどん増えていって大変でした。という感じで、後半戦はそういう感じの導入です。
…日間ランキングの端にも棒にもかからなくて、落ち込んでいましたが、21位になってるのが確認できて筆が乗りました。それ以外だと四半期ランキング12位しか確認できてなかったので、ほっとしましたわよ…。