超法規的組織シャーレ で 仕事をしたくない サトウカズマ先生 作:奈音
――トリニティ総合学園 ティーパーティー
――これは、連邦生徒会長がエデン条約を提言する前の話。
だから、時を超えるような手段でも持ち合わせていない限り、カズマには介入しようもない、少女たちの話だ。
桐藤ナギサが、キヴォトスに在住してから出会った生徒の中で、最も無垢であった生徒が誰かと聞かれたら、間違いなく、聖園ミカと答えるだろう(※阿慈谷ヒフミは天使枠である)。――とは言っても、無垢というのは、いいように聞こえるように表現しただけで、その辺りにオブラートを全く被せずにその人間性を例えるならば、聖園ミカは、考えなしの衝動ロケットのような存在だ。
幼い、夢見がちな少女が描くような、いや少年少女というべきか、絵物語の主人公のようなことを、文字通り夢見て生きてるような生態が、聖園ミカと言ってもいいのかもしれない。夢の中で生きてるような発言ばかりしていれば、それは聞かされる側にとっては耳心地が良く、耳目と注目を集め、周りに人が集まることだろう。それを押し通すだけの武力も持ち合わせているのだから、無茶を通して、道理を蹴飛ばすこともできてしまう。しかし、それをされた側はたまらない。
幼少期の頃、そんなあまりにも破天荒な聖園ミカに助けられたことによって、桐藤ナギサと聖園ミカの友情は始まった。以来、ナギサは何もかもを思いつきで滅茶苦茶にしようとするミカのやらかしの後片付けと、そのフォロー、そして周囲からの、あの暴走機関車を何とかしてくれという声に応え、長い、とても長い時間をかけて、聖園ミカの隣を歩むことになる。
そして、仲良く入学したトリニティ総合学園で、聖園ミカが、ゲヘナが憎いからという理由だけで、守護を意味するパテル派をまとめ上げて、ティーパーティーにまで上り詰めたのを見て、これはまずいと感じた。どうせいつも通りに後先考えずに、突如の思いつきを最高の考えと信じて、なにもかもを巻き込んで滅茶苦茶にしかねない。あの暴走機関車をある程度制御できるのは自分しかいないという責任感を持っていた桐藤ナギサは、継承を意味するフィリウス派を急いでまとめ上げて、同じところまでステージを上げた。それに対抗するように、百合園セイアはその豊富な知見と予知能力を以て、啓示を意味するサンクトゥス派のトップに成り上がった。
桐藤ナギサにとって幸いだったのは、百合園セイアが今まで会ったことのある誰よりも、聡明であったことだった。しかし、セイアはその性格と体が弱いという点から、ミカを筆頭とするパテル派からは受け入れられにくく、常に反感を買っていた。それはそうだろう。桐藤ナギサと聖園ミカは、もはや十年来の仲であるので、双方ともに、いまさら対抗意識を持ったりすることはないが、聖園ミカと百合園セイアの間では、それは成り立たなかったのである…。
フィジカルでなんでもゴリ押しできてしまう、理論よりも実践派のミカは、それを補ってくれるナギサを頼りとし、今まで生きてきた。だからこそ、ナギサがティーパーティーに選ばれた時は喜んだし、今までと同じようにやっていけると思っただろう。だから、桐藤ナギサからの言葉ならば、アイスブレイクをしながらおちょくりつつ、その結果、我慢の限界を迎えたナギサからカミナリを落とされたとしても、不平不満を漏らしながらも聞き入れることは出来る。まぁ、その後に結局、聖園ミカが巻き起こす結果からは目を背けるとしても、ナギサとミカの間には、生まれてからずっと一緒だったと言っていいほどの絆があり、軽挙をたしなめるための言葉や、妄動への説教の言葉にも、思いやりや、愛を感じることが出来るのだから、とくだん、わだかまりが生まれるようなこともなかった。
「――君は、本当に後先考えないね、ミカ」
「言葉を発する前に、6秒ほど考えることをお勧めするよ。
君がパテル派の代表として持つ、発言の重みを考える時間をね」
「分かった、分かったよ、ミカ。
それで、君はそれが出来たとして…。
その後に起こるであろう、政治的混乱に関しては、どう考えているんだい?」
当たり前だが、百合園セイアにはそんなものはない。加えて、セイアはナギサも認めるほどの智慧の持ち主であることから、この二人は急速に仲を深めていき、自然とティーパーティーの構図は二分化していくこととなる…。ナギサが柔らかくミカに問いかけ、ミカが故意なのか素なのか不明な頓珍漢な回答をし、その態度に業を煮やしたセイアが解説を入れながら再度問いかける…。そうするとどうなるか。
「――大丈夫! 全部蹴散らせばオーケーだよ!」
「もちろん、代表者として、私が一番前に出てもいいよ?」
「どうせゲヘナの土地でしょ? 向こうが文句言ってきても無視すればいいよ。
なんなら、その場で吹っ飛ばしちゃおうか?」
百合園セイアにバカにされたと思った(実際バカにされてる)聖園ミカが、セイアからの問答に対して意固地になった回答をし、それを聞いたセイアが、もはや言葉を交わす価値もないと言わんばかりの冷たい視線で応える。この繰り返しが、ティーパーティーの日常的な光景であり、そのままなら崩壊は不可避であったのだが、桐藤ナギサがバランサーとなり、また、聖園ミカが持つ善性と、その驚異の身体能力によって、百合園セイアが危うい場面で何度も助けることもあり、嫌いあっていながらも仲良くなるという、奇妙なバランスを保つことになる。
そうして、ティーパーティーという特殊な性質の生徒会は、ある意味で順調に回っていたと言っていいだろう。ミカとセイアがいがみ合い、それをナギサが仲介する、そういう形を取ることで。しかし、時間が経つにつれ、その溝は、深く、深く…、深まっていった…。それはそうだろう。百合園セイアが、今後のトリニティの未来、政治的勝利、もしくは利益を得ていくための計画について真面目に考えているところに、何の計画性もない突飛な計画を聖園ミカが持ち込んでくるのだ。だから、百合園セイア暗殺計画へのカウントダウンは、既にこの時点で始まっていたと言っていい。
――このような一つの国家と言っていい集まりが崩壊するはじまりは一体何だったのか…。その答えは実に簡単である、人は歴史に学ばず、歴史は幾度も繰り返す。たとえ授業で歴史を学んでいたとしても、その歴史の原因に関して、誰もが余りにも無関心だ。せいぜいが年号と、偉人の名前を憶えてしまえば、それ以上に興味のない人間にとっては無用の長物でしかない…。ただし、ティーパーティーはトリニティの生徒会であり、行政の中枢を担う集団であるので、その辺りの履修も必須なのだが…、聖園ミカは、たいていの女学生の感覚とそれを同じくして、そんなものには興味などなかったと言っていいだろう。
しかし皮肉なことに、事の発端は、トリニティで行われた歴史の授業で、その成り立ちについて、より詳しい情報を聖園ミカが得たことによって始まった。
「――アリウスと、和解しよう!」
計画性もその経過も無視した、まぁそう来るだろうなという感じの、いつも通りのミカらしい提案内容だと言えた。またか、またなのかミカと思いつつ、いつも通り頭を痛めたナギサとセイアは、その実現性に関して検討するため、また余人の耳に入れないようにするために、時と場所を改め、なんでもないお茶会を開催した上で、おそらくミカ本人にも分かっていないであろう、その計画の具体性と、目指すべき終着点について、一つずつ丁寧に丁寧に聴取することにした。
「……ミカさん、そろそろ聞かせていただけませんか?
「アリウスと和解する」……そこにある意図を」
「――え、意図?」
そんなことを聞かれるとは思ってもみなかった、と言わんばかりの表情で、ミカは首を傾げる。
「……どういった政治的な利益があるのか……と、ナギサは聞いているんだよ」
仕方なしに、セイアはいつも通りに解説を入れる。
「――別に政治的な利益って言うか……だって元々は、同じトリニティでしょ?
直接自治区に行ってさ、「仲良くしよ!」って言ってみようよ!
ほら、みんなでお茶会でも開いてさ!」
「………」
「………」
ニコニコと笑顔を振りまきながら、聖園ミカは、今みたいにね!とでも言わんばかりであり…、話にならないとはこのことだ。お願いだから質問に答えて欲しい。というかその理論がまかり通ってしまうなら、ゲヘナも同じように学び舎に通う生徒だから大丈夫!といった感情論で友好を結べることになってしまう。加えて言うならば、まだゲヘナは外交チャンネルは存在する方なのだ。それを無視してまで、その代わりに、いままで交流も持ったこともなければ、正体さえ不明で、どんな厄介な戦力を持ってるのかも把握できていない、なにもかもが不明なアリウス分校と、何の事前交渉もなく、同盟を結ぶ…?
一生徒の立場として、どこそこの誰彼と仲良くなりたいから相談に乗って欲しいというなら、まだ分かるのだ。それがゲヘナにせよ、アリウスにせよ、過去の遺恨を流すために、まずは個人同士から始めるためのとっかかりを探しに行こうという、今後の外交交渉の奇貨としての話なら分かる。あるいは交換留学生でもいいだろう。過去と現在は違うのだということが、お互い違う環境で生活することで見えてくるものもある。
外交とは、人間関係と同じで、間合いの取り方が重要なのだ。下手に過ぎれば舐められるし、上から過ぎれば友好にひびが入る。その一挙手一投足が国体としての態度として捉えられるのだから、ミカが持つ考えと態度で、気軽に相手方に向かえば、最悪、利用されるだけ利用されてゴミクズのように捨てられかねない…などなどと、言ってやりたいことが多すぎて、その枚挙に暇がなく、セイアとナギサは以前にも増してひどく頭が痛くなってきた…。
そうやって、考えるのも辛くなってきた二人は、それでもと、もう何から言っていいのか分からない、穴だらけのミカの外交理論に閉口し、どうにかミカにも理解できるような言葉を脳内で探していた。
「……え、何この空気。私何か変なこと言った?
良いと思わない…?
――あーあ。私がホストだったら、すぐにでも動いたのに」
聖園ミカが、今期のホストじゃなくて本当に良かったと、桐藤ナギサと百合園セイアは、いつも祈りをささげている神に、心の底から感謝した。
ただ、ナギサもセイアも分かってはいるのだ。ミカがトリニティの歴史に心を痛め、追放されてしまったアリウスと再び交流を持ち、その溝を解消したい、と言った衝動に関して。おそらくだが、連邦生徒会にも、その位置を把握できていないアリウス分校は、きっと現在も物資等が枯渇していて苦しい生活をしているかもしれないから、助けられるならそれを支援したいとか、そういうことを言いたいんだろうが、それを指摘したところで「――そう!それが言いたかったの! もう、分かってるんなら早く言ってよ。そうやって出し惜しみするから、セイアちゃんはダメなんだよ?」とか言い出すに決まっている。………よし、余計なことは言わないでおこうとセイアは深く目を瞑って心に決めた。ナギサも概ね同じことを思ったのか、チラッとセイアの方を横目にしつつ、ミカさんはとてもいい子なんです仕方ないでしょうと、小学生が玩具を買ってほしいと強請る様子を微笑ましく思うような瞳をしつつ、口火を切り始めた。
「ミカさん、あなたは本当に…、まあそれは一先ず良いとして…、
あちらが応じるかは、分からないでしょう…。
自治区の場所も判明していないことですし」
「――それにミカ、君は、もしそれが達成できたとしてどうするつもりだい?
アリウスを吸収して、より強大になったトリニティ…、
何か大きな戦いを起こそうとでも?」
「んー、まぁどうするも何もなかったけど…、それも良いかもね?
そういう声もたくさんあるし?
それにそうなったら、ゲヘナをどうにかできちゃうかもしれないし…?」
ミカさんミカさんお願いですから本当に思っていてもそんな挑発するように言わないでくださいとナギサは内心で悲鳴を上げるが、もう手遅れだった…。桐藤ナギサにもいい加減、聖園ミカが百合園セイアに対する、意固地な意地で、こういう返し方をしているんだと理解し始めてはいたが、どうする事もできない。いうなれば、これは人と人の相性のような話であり、ミカとセイアは、とことんウマが合わないのだ。
豊富な知識と知見によって裏打ちされ、政治的未来を計算し、理路整然と筋道立てて会話を組み立てていく百合園セイアと、個人の感性とその日の気分から発せられる感情的な感想から計画性なく、難しいことは後から考えればいいからとにかく実行の聖園ミカでは、噛み合うはずもない…。
この会議の後の恒例行事のことを考えると、ナギサはなんだか悲しくなってきた。おそらく腹を立てたミカが、まっさきに会議室から出ていくだろうから、そのままセイアからの愚痴大会が始まるのは間違いない。「流石トリニティの急先鋒、最も血の気が多いパテル派のトップは言うことが一味違う。これだからパテル派は頭パテルと言われるんだ。このまま放っておけば、そのうち戦争の切っ掛けでも作り出しかねない。どうしてミカはああも考えなしに口から言葉が出るのか、理解に苦しむよ。出来るものなら、あの空っぽの頭に知識と教養をねじ込んでやりたいくらいさ…」と、憤懣やるかたない様子で、ぷりぷり怒り始めるだろうから、セイアの好みの御茶と御茶菓子を用意することが必要になるだろう。
一方、発言した内容の困難さを全く分かっていなさそうなミカは、ナギサとセイアの顔を見ながら、いい考えでしょ!と言わんばかりに再び笑顔を振りまいているが、どうせこの後すぐ機嫌を悪くして、自室に引篭もった後、明日の朝一番にでも押しかけて来て「ナギちゃーん!聞いて聞いて!あのね!一晩考えたんだけどさ…、セイアちゃん酷いと思わない?血も涙もないよ!今も酷い目に遭ってるかもしれないアリウスを、見捨てるって言ってるのと同じだと思わない…?そんなのダメだよ!だからさ――」とマシンガンのようにまくし立ててくるだろうから、今から心の準備とお説教の内容を考えつつ武装の確認をしておいた方がいいかもしれない…。
そうやってナギサが、虚空に視線を彷徨わせつつ、現実逃避をしていると、予想通り、セイアとミカの間に発せられる空気は、完全に死んでいた…。
「………」
「……なぁに、セイアちゃん。そのお顔は」
こうして、いつも通り……。
百合園セイアにバカにされたと思った(実際バカにされてる)聖園ミカが、セイアからの問答に対して意固地になった回答をし、それを聞いたセイアが、もはや言葉を交わす価値もないと言わんばかりの冷たい視線で応える。この繰り返しが、ティーパーティーの日常的な光景であり、そのままなら崩壊は不可避であったのだが、桐藤ナギサがバランサーとなり、また、聖園ミカが持つ善性と、その驚異の身体能力によって、百合園セイアが危うい場面で何度も助けることもあり、嫌いあっていながらも仲良くなるという、奇妙なバランスを保つことになる。
――――ただし、それは、この日までだった。
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――アリウス自治区 バシリカの至聖所 ミカ、サオリ
そして、聖園ミカは、桐藤ナギサと百合園セイア、そしてトリニティに属する全ての生徒に思惑を隠し通したまま、文献に残る僅かな記述を頼りに、単独でアリウス自治区を探し出し、その代表者の一人と言える人物にまで辿り着いた。事実だけを並べると、とてつもなく凄いようなことに聞こえるが、実際凄いことなのである。ここまでの事が出来た要因の一つとしては、聖園ミカのフィジカルが飛び抜けていたからだと言っていいだろう。
本来、アリウス自治区へ行く最短の道は、通功の古聖堂の地下にあるカタコンベダンジョンのギミックを理解した上で正しい道順で抜け、山間に囲まれたアリウス自治区に辿り着いてからも、旧校舎内の地下通路を、これまたギミックを理解した上で正しい道順で通って行かなければならない。そんなことを知るはずもないミカは、地図を見て大体の方向にあたりをつけた後、全て陸路で踏破したのである。……余りにも力業過ぎる、とんでもない所業だ。
最短の道がすべて地下通路であることからも分かる通り、アリウスの所在地はとにかく山、谷、山、谷と非常に急峻な場所となっていて、とてもじゃないが人の住めるような土地ではない…。そんなところまで逃げ延びる羽目になった上に、そこに人の営みを築いたアリウスも凄いが、そこに辿り着くための労苦を、全て物理で何とかしたミカは、ちょっと頭がおかしいとか言うレベルではない。
だから、錠前サオリは、その道のりを踏破してきたとはとても思えない、埃ひとつついていない綺麗なトリニティの制服を着たままの聖園ミカを見た時、思考が停止した。トリニティの校章を付けた生徒がアリウスにいるという事もそうだが、急ぎサオリに通信を送ってきた生徒から、その女子生徒が、ここまで辿り着くために全て陸路で来たと、呟いていたと聞いたからだ。サオリは天を仰ぎ、未だ高く上がる陽の光を見つめ、今は夜ではなく、昼であることを確認し、夜の闇に魍魎の類を見たのでもなく、白昼夢が始まっていないことを、確認しなければならなかった。
「――はじめまして☆
誰だか知らないけれど、あなたがアリウスの生徒だよね…?
……今日、とてもいい天気だね? すごくのどかで…」
そんな相手が、旧校舎も、カタコンベも、その仕掛けをどちらも分からないはずの、知らないはずの相手が、目の前にいた。
「――要件を言え、トリニティ」
「うわぁ…、アイスブレイクとか嫌いなんだね。
……うん、じゃあ仕方なく本題から。
――私は、あなた達アリウスと和解したい」
「………和解?」
そして、錠前サオリは、聖園ミカから受けたその提案を、独断で受諾した。”和平の象徴”などというふざけた言葉に関して、完全に納得したわけではなかったが、アリウス分校に在住していても、その思想に完全に馴染み切っていない白洲アズサならば、あるいはそういった存在になれるのではないかという、淡い期待を託して、その日のうちに送り出した。
なぜサオリが、ミカの言葉を信じたのか、その考えに同調し、信じてみたくなったのか。それはサオリがベアトリーチェの洗脳を受けながらも、失っていなかった、人としての善性の部分が訴えかけているというのもあったのだが、なによりも和平の使者のように振舞う聖園ミカの、本気を垣間見たというのが、一番大きな理由だった。
「――回答は、指定した日に行う。
だから、今日は帰れ、トリニティ」
「待って待って、ここまで来るの凄く大変だったんだよ?
幸い明日は休日だし、せめて一晩くらい、宿泊できるところを紹介して欲しいな?」
「そういえば、いくつも山を越えて来たとか言っていたな。
あれは、本当だったのか…?」
「あ、信用してない感じ?
帰るのも大変なんだから、後日とか言われてもさぁ。
せめて連絡先と、簡単に帰れる道とか、教えてほしいな?」
「――いいだろう…、連絡先はこれだ。
帰りの道も、私の仲間、スクワッドに見送りをさせよう。
だから今日は帰れ、私一人で決められる問題ではない」
「じゃあ、よろしくね☆」
「………」
「ありゃりゃ…」
差し出されたその手を、サオリは取ることなく、背を向けて歩き出した。決して、にこやかに笑う聖園ミカが、眩しかったからではない。同じ生徒会長である、桐藤ナギサと百合園セイアの反対を振り切り、それでもここにやってきたという、その言葉が、嬉しかったからでもなかった。
あぁ、そう、そうだ……。
こうなると分かっていたから。私はその光に、背を向けたのかもしれないと、サオリは思う。
「――――和解…?
呆れるほど、純真無垢な発想ですね…。罠でなければおかしいくらいです。
ふむ…まぁ、急ぐことはないでしょう。
無垢なのか、それとも腹黒い蛇なのか、ひとまず見守ることにしましょうか…。
一旦断ってください。
そして適度に言いくるめて、トリニティの情報を得なさい」
「――断るかですって…? 勿論です。和平の象徴…? 何を寝ぼけているのでしょう。
彼女はトリニティの情報を得る道具として、利用して差し上げましょう。
………? サオリ、何か問題でもありますか…?
まさか、私の許可を得ず、なにか準備でも…?」
「…えぇ、そうでしょうとも。
まさか、忘れてはいませんよね…? あなたたちが苦しんでいる理由を。
――寒さに震え、飢え続ける理由の根源を?」
「そう、すべてはトリニティのせい。 仇と和解なんて未来永劫あり得ません。
――ゆめゆめ、その憎悪を忘れぬように。
……よろしい、では、行きなさい」
――――だから、サオリは嗤った。
「――――ハッ。 そう、そうだ。いまさら…、いまさらなんだよ。
………忘れるな、錠前サオリ。私は、私たちはもう、手遅れだ」
マダムへの報告を終え、夜闇の中を独り、与えられたあばら家に足を向けるサオリは、ただただ嗤うほかなかった…。恐怖と暴力によって、心を縛られた私には、私たちには、ベアトリーチェ…マダムの思想と違った考えを持つことはあっても、それを明確に示すことは許されていない…。だから従うしかない、信じるしかない。それ以外を、それ以外を考えるのは、もう、疲れた…。
サオリは、固く、固く目を瞑り、なにもかもを忘れ、揺らいでいた心を元に戻す作業に入る…。まっさらになった心の中に、必要なものだけを思い浮かべていく。アリウススクワッドのことを。仲間のことを考える…。秤アツコのことを、戒野ミサキのことを、槌永ヒヨリのことを、白洲アズサのことを考える。私の手は余りにも小さく、私が持つ力は、世界に、マダムに対抗するには、余りにも儚く、虚しい。だから、サオリは知らず知らずのうちに握りしめていた拳から力を抜き、全身から力を抜き、夢と希望ではなく、変わらぬ現実と、恐怖に縛り付けられた絶望によって、自己を取り戻す。…そうして開いた瞳は、夜闇に溶け込むその髪と同じく、漆黒に輝いていた。
「――全ては虚しい。どこまで行こうとも、全てはただ虚しいものだ。
………vanitas vanitatum. et omnia vanitas.
そうでなくてはならない、そうしなくてはならない。
………あぁ、そうだった…、アズサに、連絡しなければ――」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――アリウス自治区 アクシズ教大聖堂前広場の記憶 ミカ、サオリ
「――アクシズ教! 教義!!!」
闇に、光が差すように、それは顕れた。
「――――――――ギリッ……」
それを見た、錠前サオリは、目を細めて歯を食いしばり――。
「――あははははははははははっ…!!!
なっ、なにあれなにあれ馬鹿じゃないの…?! バッカじゃないの…?!
お腹痛いっ…! わっ、笑いが止まらなくて息が苦しっ…!!!」
聖園ミカは、いくらかの憤りがあるものの、なんてバカバカしいんだろうと、楽しそうに、楽しそうに、笑い声をあげていた――。
という感じで、主要キャラを雑に扱えないのでひたすら掘り下げる話でした…。普通の女子生徒としての感性だった頃のミカの事ばっかりを考える他なくて辛い…。
そして、人間関係の表裏を考えると、錠前サオリも出ることになりました…なんでかなぁ、おかしいなぁ。そんな感じで、タイトルが2人になってます(悲しみ