超法規的組織シャーレ で 仕事をしたくない サトウカズマ先生 作:奈音
A.リアルが忙しくて…
――アリウス分校 バシリカの至聖所 サオリ、アズサ
「――『ヘイローを破壊する銃弾』でセイアを殺す任務が、私たちに下った」
「………………………」
「………アズサ、すまない」
「――このことは…」
「あぁ」
「――このことは、カズマ先生も知っているのか…?」
「知っている」
「先生は、止めなかったのか…?」
「止めなかった…、『分かった、協力する』とだけ言っていたな」
「そうか…、分かった。
帰ってきたばかりだが…、私は、任務のためトリニティに戻る」
表情を微塵も動かさず、淡々と応答を終えたアズサは、サオリに背を向けて歩き去ろうとする。そんないつも通りのアズサの様子を見て、サオリは安心する。しかしその足の向かう先が、トリニティへ向かう旧校舎の方向ではなく、あの聖堂の方向だったため、思わず引き留めてしまった。
「――おい待て、アズサ」
「なんだ?」
「どこへ行く」
「聖堂だが?」
「………カズマ先生なら、
準備があると言って、一足先にトリニティに向かったぞ」
「――問題ない」
言うが早いがアズサはスタスタと歩き去ってしまう。いやなにが問題ないんだおいアズサ、とサオリは続けようとしたが、その間もなかった。サオリは、そのままアズサを見送り、アズサに指令を下したことの報告をするかどうかを迷ったが、迷いのない足取りで聖堂に向かったアズサが気にかかり、優先順位を変更した。
アズサはいつも通り、荒れ果てて、碌に手も入れられていない、廃墟のような街並みを抜けて行く。その姿は堂々としたもので、感情の起伏を感じさせるようなものもなく、やがてそこに辿り着く。
――――アクシズ教 大聖堂前広場
そこには、アツコが植えたという色彩豊かな花が、同心円状に咲き乱れ、大気が澄んだ水の神気に満ちていて、世界から浮き上がった大きな異界を思わせる。広場の中央には、神殿で祀られる神であるところのアクア神像が、噴水と共に配置されている。
ここは、アリウス分校に所属する、アクシズ教を信仰していない女子生徒たちの間でも、清潔な水がいつでも飲める!と評判であり、なんならサオリも常飲しているくらいだ。いやいやここ神様の象徴というか、見るからに神聖な場所なのにそんなことしていいのかという疑問はあるが、アクシズ教の教義曰く「――汝、欲望のままに行動しなさい。ただしご近所さんに迷惑を掛けない範囲で」だそうで、あっという間にアリウス自治区内での水汲み場になってしまった。
………連邦捜査部シャーレの先生が、口先だけの存在ではないという事が、この景色を見るだけでも分かるような場所だ。かの先生が、怪しげな宗教を始めた切っ掛けは把握していないサオリだが、生活水準を著しく向上させたという点において、信者が増加するのは止められないと感じていた…。
しかしそこに危機感を覚えない筈もなく、サオリは、当然この件に関してマダムに報告はした。したのだが、あのマダムが見たこともないような顔して「――捨ておきなさい。あれらが有用であり、私の手元から離れることはないと分かっています。えぇ、無駄な足掻きというもの…」と吐き捨て、それ以降、先生と宗教の事は報告事項として挙げるのを禁じられてしまった。
……その先生が、噴水を眺めながら立っていた
サオリからの視点では、そこに駆け寄ったアズサとなにかしら言葉を交わしているように見える。――……おかしい。カズマ先生は、確かにアリウスから発ったはずだ。スクワッドに案内を任せて、カタコンベの出口まで送り届けたという報告も受けている。なぜ、ここに居る…?いや、どうやって、我々に気付かれずにここまで戻って来れたのだ…?
サオリがそうこう考えているうちに、アズサはカズマ先生への要件が終わったのか、タタタッと、聖堂の方へと駆けていく。聖堂の扉が重厚な音をたてながら、開き、そして閉まるまでの音を聞き終えたサオリは、事の仔細を確かめるために、噴水を眺めながら座り込み始めたカズマ先生の背後に忍び寄った…。
「――なんか用か?」
いつも通り、サオリが完璧な隠形をしているにもかかわらず、声が届く距離まで来たところで、こちらに視線を向けないまま声を掛けられる。………この先生には、こういった計り知れないところがある。戦闘は素人同然だと言いながら、スクワッドでも追いきれない動きを突然行ったり、市街地戦闘の模擬戦を行っても、たちまちにこちらの居所を当てられて、建物ごと圧し潰しそうとする手段を平然ととってくる。普段からの飄々とした態度も相まって、気を抜けない相手だとサオリは警戒しているが、サオリ以外のスクワッドのメンバーは、既に絆されていた…。
「――なぜここに居る」
「………その声は、サオリか」
「質問に答えろ」
「もうすぐ作戦開始の日取りだろ…?
だからその前に、神様を拝みに来たんだよ…、お供え物を持ってな」
そう答えを返すカズマ先生の片手にはビニール袋がぶら下げられており、その中から”あたりめ!!”と書かれた商品が出てくる。お供え物であたりめ?と疑問に思う間もなく、その次には、成人や料理関係者しか手に入れられないと評判の”BEER!”の缶が出てくる…。おまけにカズマ先生がごくごく真面目な顔をしているものだから、もうなんだか、サオリは声を掛けたこと自体を後悔し始めていた。いいやそうではない、そこを聞きたいのではないのだ。サオリにとって、連邦捜査部シャーレのカズマ先生は、アリウス自治区に来た最初のころから変わらず、用心すべき警戒対象だ。聞かなければならないことは終わっていない。
「………どうやってここに来たのか、と聞いている。
報告では、スクワッドにカタコンベの出口まで送り届けさせたはずだ」
「アツコとヒヨリなら向こうで遊ばせてるぞ。
俺は…、あー、ミサキに無理言って戻ってきたんだよ」
「じゃあ、そのミサキはどこにいる?」
「――聖堂の風呂に入って寝るって言ってたぞ」
「………そういえばある日突然、
あのミサキが、温泉について熱く語りだしたことがあったが、
温泉はここにあったのか…」
サオリは、いよいよアズサを追いかけるという判断をした自分自身を呪い始めたが、だからといって時計の針が戻るはずもなく、もうなんだかマダムに報告に行くことすら億劫になってきた。そんな表情の変化を、カズマ先生に読み取られたからか「――まぁ丁度いいからこっち来いよ、ほれあたりめもあるぞ」と手招きされ、言われるがままに、サオリも噴水の前で座りこむ。
「――言っておくが、私は未成年だ」
「ジンジャーエールもあるぞ」
「………いただこう」
そうやってしばらくの間、サオリとカズマは特に言葉も交わさないまま、なんとなしにアクア神像を見上げつつ、あたりめに手を付け、エールをのどに流し込んだ。
「――――………先生は」
平和な光景だった。水はさらさらと流れ、大気は澄み、周囲には瓦礫一つない。だから、これは空気に当てられたからだとサオリは自己弁護しつつ、口火を切った。
「――どうしてアリウスに来た、どうして我々に協力する…。
どうして、そうも、平然としていられる」
「今日はやけに質問が多いな…」
「――答えてくれ」
「あー…、自分のためだよ自分のな。
平然とは、別にしてないが…、これはな、世の無常を儚んでるって言うんだよ」
「ここまでのことを、しておいてか?」
「俺もここまでの事をするつもりはなかったんだよ…。
まぁ、なんていうか、宗教ってこういうもんだよなっていうか…」
「その割には、前も今も、態度が変わらないが」
「――違う違う、これはな、諦観してるだけだって。
もうなんか考えるのも疲れたから、流れに身を任せてるだけなんだよ…。
何もしたくないし考えたくもなくなったから、
流れ続けてる噴水でも眺めるかと、ここに来たってわけだ…、ついでに神頼みもな。
――――まぁ言うなれば、何もしない、をしに来たんだよ」
「意味が分からない、なんだそれは…、結局何をしに来たんだ…?」
「何もしない、をしに来たって言ったろ?
なんの因果か知らんが、俺がキヴォトスに来てからこっち、
まとまった休みが取れた試しがない…心が休まらないって言うかな…。
あーそうか、心を癒しに来たのか俺は…、大分参ってるな…」
よりにもよってここかよと言いながら、カズマ先生は頭をガリガリとかきつつも、その場を動こうとはしなかった。
「………vanitas vanitatum. et omnia vanitas.」
「――全ては虚しい。どこまで行こうとも、全てはただ虚しいものだ」
「知っていたか」
「そりゃ、あんな呪文みたいに唱えてりゃなぁ…」
「――――………外から来た先生から見て、どう思う、私たちのことを」
「――こんな怪しい宗教にほいほい引っ掛かる将来が心配な連中」
「………そういうことではない。
――というか広めた本人がそれを言うのか」
「そういうことなんだよ…。お前含めて少数なんじゃないか?
アクシズ教に染まってないやつは」
「………………………」
否定できない事実だった。アリウス自治区でアクシズ教が広まり始めてからというものの、その勧誘と入信に抗えた生徒は少ない。宣教師のような振る舞いをする、ピンク色のシスターが言葉巧みに勧誘するというのもあるが、アクシズ教と一定の距離を取っているサオリでさえ、その特殊な恩恵に与っているのだ。スクワッドのまとめ役、アリウス分校のリーダーとしての務めを持っていなければ、スクワッドのメンバーと同じく、入信していた可能性は高い。
「――ふぅ、さて、と。
俺はもう行くわ、サオリはどうするんだ?」
「………私は、私も。いましばらくの間はここに居る。
先生が見ていたものを、もう少し見ていようと思う」
「そうか…?
ま、じゃあ、あたりめと残ってる飲み物はやるよ、ほれ」
「………あぁ」
そう言うと、カズマ先生は持っていたビニール袋をサオリに手渡し、未開封の”BEER!”の缶をアクア神像の手前に置くと、聖堂の方に向けて、去っていった。サオリは、先生の背が遠ざかり、聖堂の中へその姿が消えていくのを、ただただ見送った。そして、しばらくの間、噴水から流れる清流を、じっと眺めていた…。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――アリウス分校 アクシズ教大聖堂 ミカ
「………………………」
そして、カズマは、あーどうしたもんかなぁと現実逃避をしつつ、アクシズ教大聖堂内で、ミカと対面していた。キヴォトスの住人の前には紙切れ同然だろうが、防刃防弾仕様の大司教服を纏い、いつでもテレポートをする準備だけは整えている状態だった。
「どうして黙ったままなの、カズマ先生?
――カズマ先生は、『先生』なんでしょ?
先の道を生きると書いて『先生』……つまり”導いてくれる役割”ってことだよね?」
「………………」
「尊敬の対象、あるいは生きる指針として皆に手を差し伸べ、導く…。
私、アリウスに何度も来てたけど、
あの子たちがあんな顔をできるなんて、思ってもみなかったよ…。
でもだからといって、新興宗教にずぶずぶにさせるのはどうかと思うけど…
あんなことを、叫ばせるのもね――」
なんかうまいこと話をそれっぽく逸らして言いくるめようそうしよう。もうそれしかないと考えたカズマは、全力で頭を回転させ始めた…。
「――ミカって、歴史は好きか…?」
「………話を逸らすつもり?
私は、最初の質問に答えて欲しいんだけどなぁ…」
聖園ミカが、カズマに向けてにこやかに笑っている微笑みは冷えたものとなり、ピンク色の瞳孔が収縮し、獲物を狙うような瞳をし始める。ヒュン…!とカズマの大事なところが縮みあがり、正直もういますぐ家に帰りたいほど恐かったが、なんとか動揺を表に出さないようにしながら、話を続ける…。
「………別に話を逸らしてるわけじゃねーよ…。
そもそもミカがアリウスと接触を持とうとした理由は、歴史を学んだからだろ?」
「――それは、まぁ…、そうだけど?」
「お前は、第1回公会議によって排斥されたアリウス派…、
つまりアリウス分校の状況を憐れんだわけだ、そんなのひどい!ってな。
で、それ以外は調べたのか…?」
「それ以外って、第二回公会議のこと…?
”喜びと希望”という標語が関わる会議だったってことくらいは、まぁ…」
「じゃあ、第一回と第二回の公会議の間に、
19回に及ぶ公会議が開催されていて、アリウスと迎合する動きが、
何度か起きていたことは知ってるか…?」
「――え、なにそれ。わたし、授業で習ってないよ…?」
聖堂内に、さきほどまでピリピリと張り詰めていた空気が鳴りを潜め、もとの静寂を取り戻していく。ミカはきょとんとした表情をしていて、それを見たカズマは、あぁ死ぬかと思ったと思いつつ、危機を脱したとはまだ言えないと気を引き締め、舌を回す。
「まぁ、ここまで調べるのは、もう趣味の範囲か、
歴史の専門学科に足を突っ込むような話だから、中高じゃ教えてないんだろうな…
――ともかくこの19回の会議の間に、ミカと同じような動きをしていた
ティーパーティーのホストもいたらしい…」
「――そうなの?!!」
ミカが思わずと言った具合に、カズマの方へ身を乗り出し、
「だけど全部失敗した」
続けられたカズマの言葉にふにゃふにゃとした様子となり、力が抜けたのか、聖堂内の長椅子に座り込んでしまう。
「あー、まぁ。そりゃそうだよね…。
今のアリウスが”こう”だもん…、成功してたら、私、ここにいないよね…」
「――話を続けて大丈夫か?」
「………うん、教えて欲しい。
なんで、過去のティーパーティーは失敗したの?」
ミカは学校で授業を受けるよりもより真剣な表情となり、しっかりと耳を傾ける姿勢を取った。カズマも少し楽しくなってきて、ウイから仕入れた情報を頭の中に並べながら、間違いのないように応え始める。
「まず一つ目が、アリウス自治区内での内乱だ」
「……えっ、え? どうして…?
そもそもアリウスって、トリニティから排斥されて、ようやくここに辿り着いたんでしょ?
協力し合って生きていくならともかく、争ってたら滅んじゃうんじゃ…」
「――文献によると、シスターフッドの協力を得て、この土地に辿り着き、
新天地での営みを始めたらしいんだが…、ある程度、生活に困らなくなったタイミングで
アリウス派は、そこから更に三つの分派に別れ、争いが始まった、らしい」
「えぇーー…?」
「だから接触を図っても、うまくいかなかったみたいでな…。
当時のホストのメモ書きとか見るに…、昨日会ったアリウス代表が
次の日には死亡したからという理由で、別人に変わっていたりとか…、
翌週には、監禁されていたんだ助けてくれと言って、死人が出てきたりとか…、
アリウス内部の情勢の変動が激しすぎて手が出せなくなっていったみたいだな…」
「だからこんなに荒廃したままの建物が多いってこと…?
銃痕とか修復されないままの場所、多すぎると思ってたんだよね…」
「――で、二つ目だが」
「まだあるの…?
先生、私、もうお腹いっぱいなんだけど…」
ミカは、そう言うとげんなりとした表情を隠しもせず、もう最初の話を聞いただけで疲れたのか、座っている長椅子にだらしなくもたれかかってしまう。カズマはそんなミカの様子を横目に入れつつも、話を続ける。
「――いいから続けるぞ。
この内乱騒ぎ、最近になるまで収まらなかったみたいでな…
アリウス自治区の連中に聞いたところ、内乱が終結してから、
まだ10年くらいしか経ってないらしい」
「追放されてから、10年前までずっと内乱してたの…?
ちょっと元気すぎない? アリウス自治区…」
「トリニティ側からの妨害もあったみたいだが…、
まぁそれはいいか。結構えぐいこと書いてあったしな…」
「――ちょ、ちょっとちょっと、先生そこで止めないでよ。
気になるじゃんかー!」
急に浴びせかけられた情報量に、しなしなと萎れていたミカだが、問題を解決しようとしていたトリニティ側からの妨害が過去にあったと聞いて、それどころではなくなったのか、興奮した様子を見せて続きを促してくる。
「いやお前もうなんかしんどそうだったじゃん…」
「きになるきになるー!」
「………はぁ。分かった分かった。
今のお前と同じだよ、トリニティ内で反対する勢力が多かった。
そして、今と違って昔のトリニティは、より過激だった。
過激派とか、急進派とか、原理主義者とか呼ばれた連中が幅を利かせて、
裏工作もしたし情報工作もした、そしたらどうなったと思う…?」
「ど、どうなったの…?」
「第二回公会議が開かれるまで、トリニティ内で内乱が続いたんだと。
そして資料も散逸していって、
一部の心ある人間によって資料だけが、古書館につもっていきましたとさ…ちゃんちゃん」
「………わーお。
さっきからずっと、どっちも足の引っ張り合いしかしてなくない…?」
「まぁ歴史なんかどこもそんなもんだろ…。
で、これを前提にして、お前の最初の質問に答えるとだ…。
この泥沼になったトリニティとアリウスが最近になってまとまったのは、
外部の仮想敵に全責任をおっかぶせることで意識の統一を図ったからだ。
トリニティがまとまった理由が”全部ゲヘナのせい”で、
アリウスがまとまった理由が、”全部ゲヘナとトリニティのせい”だ。
――言ってる意味が分かるか…?」
ここまで言えば分るだろうと話を終わらせたカズマに向けて、ミカは惚けた顔をして、じーーっと、カズマの顔を見つめながらうんうんと頷きつつ、すごいなぁ、とか、そうなんだ、とか言いつつ、見つめてくるのを止めなかった。
「――――………はぇー…」
「…なんだよ?」
「ううん…。
なんかカズマ先生って、”先生”って感じだなって、思って…」
「――はいはい、そりゃどうも。」
「――もう! せっかく私が褒めてるのに…!」
「――いや褒めてないだろ。
むしろ今まで先生として扱ってなかっただろ、お前」
「………えっ? うーーーーーん、あれ?
そ、そーだったかなー? うーん、わからないなー」
そんなミカが、今までの挑戦的な態度をかなぐり捨て、下手糞な大根演技を始めたのを見て、カズマはもう付き合ってられるかと言わんばかりに踵を返すと、とっとと聖堂奥の部屋に戻るために足を進めた。わわっ、怒らせちゃった、という声が背後から聞こえ、パタパタと急いでこちらに駆け寄る足音が聞こえるが、カズマは無視して、そのまま扉に手を掛けたが、そこでミカに肩を掴まれた。
「――ごっ、ごめんなさい、ごめんなさい。謝るから許して、ね?先生?
ほらそのなんていうか、私的に先生に裏切られたような気分で、
ちょっとショックだったからって言うか、ね? 分かるでしょ?」
「そーだな、俺はいまさっきお前の中で先生になったらしいからな。
それまでは敵だったんだろ?
あーつらいなーかなしいなー、アリウスとトリニティの為に必死に勉強したのになー」
「――ううっ。 ど、どうしたら許してくれるの…?」
泣き落としが通用しないと分かったからか、ミカは困り顔になりながら、どうやって先生に許してもらおうかと考え、そういえばシャーレのカズマ先生は色仕掛けに弱いと聞いたことがあったので、よ、よーしと意気込みながら、若干頬を染めつつ、えいやっ、とばかりにニチャリとした笑みを浮かべ始めたカズマ先生の背中に飛びついた。
「そうだなぁ…――ってふフアッぁっ!!!!」
「――ゆ、許して欲しいな、先生☆(耳元ウィスパー」
「――うぉぉぉおおおおおお!!!待て待て待て待て…!!まずっ…!!」
「(効果が薄いのかな…?)――許して欲しいな…(耳元ウィスパー」
「――まっ、ぐ、ぐぐぐぐぐ…、い、いいか、条件がある。
条件その一だ…、まずは離れろ」
一瞬血迷いそうになったカズマだが、聖園ミカに限ってはその対象に当てはまらなかったらしく、瞬間的に、でかいクマかゴリラの両手に掴まれて、いつでも握りつぶされる状態にあると認識したからか、そういう空気にはならなかった。他人のステータスが見えると言うのも困りものである。一国のお姫様ですと言われてもそれなりに信じられそうな、見目麗しい女子生徒である聖園ミカが、カズマのフィルターにかかれば猛獣扱いだ。この時ばかりは、カズマは知っててよかったと知らなきゃよかったの天秤の間でおおいに揺れ動いていたが、現実は無常であり、聖園ミカのステータスは、いくら見返しても変動したりしないのであった…。
「…もう!
せっかく、こんなに可愛い生徒に抱き着かれてるって言うのに、つれないよね先生…」
「――条件その二だ、今後、何があっても俺を殺すのだけは勘弁してくれ…」
「そして急に話が物騒になるし…、私ってそんなに信用無くしたかなぁ…?」
「違うって…。
お前らにとっては銃弾の一つくらいなんでもないかもしれんが…、
俺はそうじゃないんだよ、一発で致命傷の危険性がある」
「そういえば、先生は外部から招聘されてキヴォトスに来たんだっけ…?
――うん、分かった、気を付けるね!」
素直に頷くミカの様子を見て、カズマは、なんとか言いくるめることに成功してホッとした。そして、この程度で言いくるめられるあたりが、カズマが、聖園ミカのことを、脳内御花畑と呼ぶ所以の一つでもあった。
連邦生徒会、風紀委員会、万魔殿、温泉開発部、美食研究会、セミナー、陰陽部、SRT特殊学園生徒会、アビドス生徒会…、と上げれば枚挙に暇がないが、政治中枢としての責務を負った生徒たちは、必ず裏取りを欠かさなかった。何度も何度も、カズマはそんな彼女たちにやり込められることが多く、最終的に情報操作によって逮捕され、そのまま謀殺されそうになるところまでいったくらいだ。
その点に関して言えば、ベアトリーチェも、アリウス自治区の生徒も、そしていま目の前で安心したようににこやかに微笑んでいる聖園ミカでさえ、カズマの相手ではない。相手ではない、のだが…、暴力という面において、カズマはキヴォトスの中で最弱だという自負があり、ミカに対して、どうせあとあと恨まれるようなことをすることが、計画として決まっていたのもあって、もうちょっと保身に走っておくことにした。
「………あのなぁ、ミカ。
一応言っておくが、俺がお前に断りを入れず、不審に思われるような行動をしてたのは、
間違いのない事実だからな…?
お前も、生徒会であるティーパーティーのメンバーなら、その辺を追及して、
俺から色々と譲歩を引き出すとか、そういうことをしろって…」
「うう~~ん…。
でもでも先生は、結果的に私たちの事を想ってやってくれてるわけでしょ…?
そういう、善意や好意でやってくれていることに、私はケチつけたくないかなって…」
「………あのなぁ」
「――――あははっ!頼りにしてるよ☆ カズマ先生…!!」
そして、そうやって、聖園ミカは、にこやかに微笑んでいた。
――――この後に待ち受ける、血濡れた陰謀の開幕に、気が付かぬまま…。
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――トリニティ総合学園 セイア 未来の死の記憶
「やっ、やだ! やだやだやだやだっ――!!!
お願い、セイアちゃん死なないで…!!
お願いだから、お願いだから眼を開けてよっ…!!!!」
そこは、セイアの自室だった。頭を撃ち抜かれ血だまりの中に沈むセイアの身体を、ミカが血に塗れることを厭わずに抱え上げ、必死に呼びかけていた。その慟哭には、魂が擦り潰されるような悲哀が籠っており、大気が軋んでいるような音すら感じられた…。
その部屋の中には、激しい戦闘が繰り広げられたかのような跡が。多数残っており、よくよく見るとミカも体のあちこちがボロボロで、ここまで辿り着くことが、いかに困難だったかを物語っているかのようだった…。
「――――ゴホッ……。ほれみたことですか…。
所詮、そこが貴方の限界。
わんわん泣き喚いて、嘆くのが関の山と、お教えして差し上げた通りになったでしょう…?
おどきなさいな、その死体は、アリウスが持ち帰ります…。
そして先程あなたに言った通りのプレゼントを、お送りしますわ…」
カツ、カツ、カツ、と足音高く鳴らしながら、ミカに負けず劣らずボロボロになったアリウスの女子生徒が現れ、いいや違う、衣服がボロボロなだけで、その女子生徒には傷一つなかった。
「――――うそ、でしょ…、あれだけ念入りに叩いて――」
「何度も言っておりますが、あんなそよ風では私を傷つけることは出来ませんわ…ふふっ」
制服のあちこちが破れた、その女子生徒の首にはアクセサリーのようなものが下げられており、そこにぶら下がった青い輝石のペンダントのようなものが、12個程嵌められるような構造になっているのが見え隠れしていて、その半数以上がなくなっていることにミカは気が付く。そうだ、そういえば戦っている間ずっと、なにか硬質なものが砕け散るような音がしていた…。もしかしてあれは、与えられた攻撃を肩代わりする機能を持っているのではないかとミカは推察し、制服を破り、破った制服でセイアの身体を自身の背中に縛り付けながら、一秒でも早くこの場から離れるため、全身に力を籠める…。
「――いい加減、私にもタネが分かってきたよ…
その懐から見えてるアクセサリー、それがダメージを無効化してる…
つまり、それがなくなるまで殴れば、私の勝ちってことでしょ…?」
「――ふ、ふふふふふふふふふっ…」
「な、なにがおかしいのっ…!!」
「いえ、いえいえいえいえいえ。
そうですわね、なんでもありませんの、ただ自分自身を嗤っただけのこと」
もうどのくらいの時間が経ったのか、その女子生徒には判断できなかった…。聖園ミカと幾度も銃口と拳を交わしている中で、そんな場合ではないのにもかかわらず、普段の生活のことを思い出す。……裏社会で生きていく上で、聞いていた話と違うとか、契約内容と違う事態だとかいうのは日常茶飯事だ。それが、故意や悪意によるものであったものであった場合に限っては、その依頼主には必ず相応の報いを受けさせてきた。勿論、そうでない場合もある。依頼主ですら騙されていた場合などがそうだ。
だが、今回は違う。ここまで話で聞いた通り、映像で見た通りだとは思わなかった。もはや笑っている場合などではないが、嗤うしかないという状況とはまさにこのことだろう…。こんな無茶苦茶を引き受けた自分自身?いいや違う。時間を稼ぐだけでいいから少し様子を見ていた自分自身。いいやそれも違う。なによりも嗤うべきなのは、戒めるべきなのは、わたくしが、先生を完全に信じ切れていなかったということっ――――!!!
「………浅はか、実に浅はかでしたわ」
だから、全てのダメージが癒えたその女子生徒は、再び立ち上がることができる。まだ合図は出ていない、だからわたくしは、戦い続けなければならない。
「――なんなのほんとコイツ…、徹頭徹尾、会話にならない…
ゾンビみたいにいつまでも立ち上がってくるし…、恐怖心とかないの…?」
「浅はかっ――!!!!
浅はか浅はか浅はか浅はか浅はか浅はか浅はか浅はか浅はかぁ――!!
あぁ! あぁ!!! 申し訳ありません、あなた様…。
薬も使わず、魔法の恩恵も得ず、戦おうとしたわたくしをお許しくださいっ…!!!」
「―――――――は?」
「【ブレッシング】
【パワード】
【スピードゲイン】
【プロテクション】
【ヴァーサタイル・エンターテイナー】
そして、短時間の戦闘なら、20倍までなら大丈夫だと仰っていましたわ…。
萬年参、20倍…、聖園ミカ、あなたはもはや。
わたくしの影すら踏むこと、能わぬと知りなさい…」
「なにを――」
その言葉と共に、ミカをその瞳の中に捉えたその女子生徒は、一陣の風となった。いいやこれはそんな軽い表現で言い現わすのには相応しくないだろう。颶風、暴風、旋風、烈風、爆風。それが、四方八方からミカを殴りつけた。それは銃弾の嵐であり、徒手空拳の礫だった。今までその女子生徒から受けてきた攻撃が、空から降る雨風だったのではないかと錯覚するほどの力強さだ。今までの攻撃が、猛獣が噛付いてきた程度のダメージだと考えるならば、防戦一方にならざるを得ないこの状況は、まるで巨大な重機が発生させることが出来るのほど出力で、殴りつけられているかのようだ。
「うっとおしいっ――!!!」
だから、さっきと同じように流星群で黙らせようとして…、それは当然のように、すべて砕かれた。
「――嘘でしょ…!!」
流石に星を砕くのには、それなりの力を使うのか、ミカの眼にも、ようやく、その女子生徒の姿が捉えられる程度になってきた。半壊した部屋の中で、再び二人は向かい合う。
「――わたくしの主様のお言葉をお借りするなら、ROUND2ですわ…。
ギアを上げますわよ…!!」
「このっ――!!」
限界が近いことを、感覚的に感じながら、その女子生徒は主命を全うするために奔る。破壊と略奪、それがわたくしの本懐であるのだからと。
――――その光景を、私は、これは? 誰かに背負われている…?
「………カズマ先生」
「――なんだよ」
「見たまえ、私の部屋があっという間にスクラップになっていくわけだが」
「しょうがないだろ? こうでもしないと――」
――――――――ザザッ――――――――
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――救護騎士団 集中治療室 セイア
「――ハッ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
そして、セイアは長い、とても長い夢見の旅から帰還した。遂に掴んだ。私が死ぬ夢の、真実の一端を。一刻も早く動かなければならない、手遅れにならないうちに、私は動かなければならない。セイアはなんとか体を動かそうとして、それが叶わないことに気が付く。ならば誰かを呼ぶために声を上げようとして、それも叶わないことに気が付く。くそっ、もしかして既に手遅れだったのか…?と考えるも、周囲の状況を落ち着いて見れるようになってから、どうやら自分は病院の一室に居て、点滴を打たれている様子に気が付く。
ならば手の届く範囲にナースコールがどこかにあるはずだと、セイアは、がちがちに固まってしまった腕をなんとかゆっくりゆっくり動かして、枕元に配置されていたナースコールのボタンを押した。すぐさま扉の外が騒がしくなり、蒼い翼を持つ救護騎士団団長が慌てた様子で入室してきた。
「――セイア様…! お目覚めになられましたか…?!!
お体の様子は…??」
大きな声を上げながら駆け寄ってきたミネは、セイアがなんとか声を出そうとしているのに、それが困難な様子を見るや否や、ピップヘルス(寝たままでも薬等が飲める容器)を取り出し「ゆっくりです、ゆっくりお飲みください…」とセイアが満足するまで水分補給の手伝いをしてくれた。なんとか落ち着いて口を開くことが出来るようになったセイアは、すぐさまミネに問いただし始めた。
「ミネ…! すまない入院処置をしてくれてありがとう…。
大丈夫とは言い難いが、問題はなさそうだよ…。
それよりも答えて欲しいことがある…、今日は何月何日だい…?!!」
「――今日、ですか…? 本日は〇月×日ですが…」
やはりそうだ。私が今まで見ていたあれこれは、全て、既に起きた過去、これから起きうる未来の光景だったと、セイアは深く確信する。そして、今日この日は、まだその日ではない。まだ間に合う。カズマ先生が、アリウスでアクシズ教を布教しているこのタイミングなら、まだ間に合う…!!
「――ミネ、いきなりこんなことを言われても困惑するかもしれないが…、
浦和ハナコという生徒を探して欲しい…、彼女が鍵だ」
連邦捜査部シャーレの先生は、あの引退宣言の後も忙しく、現在位置を正確に把握している人間は少ない。だが、彼女なら、夢の中で見ていた、いつであっても先生と一緒に行動していた彼女なら、接触のためのチャンスはつかめる筈だ。
「………事情を詳しく話している暇はないのですね?」
「そうだ…、一刻を争う…!!」
「――分かりました。
………いま、セリナとハナエを呼びました。
セイア様は、お体を治すことに専念なさってください」
言うが早いが、ミネは一秒でも惜しいと、セイアの病室の窓から飛び立っていく。セイアは、青い翼が空に羽ばたいていくのを視界にいれながら、徐々に体から力が抜けて行くのに身を任せ、外からドタバタとした音と「団長がまた飛んでますー!」という音が耳に入ってくるのを遠い残響のように聞きながら、テレビの電源が落ちるかのように、プツリと意識が落ちていくのを感じていた…。
――という感じで
聖園ミカでエタりそうになってた中盤戦終了という話でした。
いやぁようやくバチクソに活躍させる時が来てしまいましたね戦闘シーンは苦手なんですが…。
後半戦は来月以降かな…、矛盾が発生しないように、ちょいちょい修正しながら書いてるからね…仕方ないね。なので、後半戦はもうちょっとかかるんじゃ…。