超法規的組織シャーレ で 仕事をしたくない サトウカズマ先生 作:奈音
そうなったらいいなと、「【劇場版】この素晴らしい世界に祝福を!紅伝説」主題歌を聞きながら書きました。
――アリウス自治区(廃墟) あばら家だったもの サオリ
「う……」
瞼の裏に眩しさを感じ、意識が醒めていくのを感じた。
「ぐ…」
体からパラパラと、乾いた硬質な物が零れ落ちていくような音がする。それらを煩わしく思い、ふりほどくように体を起こすと、それが瓦礫で出来たものだと気が付き。
「なんだ…、なにが…?」
大きく穴の開いた天井から見える太陽は、既に昼を過ぎており、こんな時間まで寝過ごすようなことは今までなかったはずだと、未だにはっきりとしない頭を二度三度と振りながら、なにかがおかしい、とにかく外の様子を確かめなければと足を踏み出し、
「……………………な」
言葉を失う。そこに在るはずべき物がなく、そこにあるはずべきではない岩がある。そしてその岩によって、まるで畑を均らすかのように、アリウス自治区が。……なん、だ? なんの冗談だ? サオリは、余りにも馬鹿げた光景に、頭でもおかしくなったのかと、すぐそこにある壁を殴った。痛い。殴り壊した。もっと痛い。……銃は、銃はどこだ? 銃身に粉塵が入っては不味いから、手入れが終わった後は、すぐに専用のケースに入れている筈だ。どこだ、いや。この分だと瓦礫の下か…。
「岩…、いや違う、これは、聖園ミカの」
百合園セイア暗殺計画。その時に天空に発露した、聖園ミカによる、常識外れの規格外神秘。つまり、アリウス分校は報復されたのか?…いや待て。この程度で報復になるのか? 聖園ミカが持つ、アリウスの窓口は限られている…、というかサオリ一人しかいない。だからこそ分からない。ならばなぜこの身が、五体満足で転がされているのか。
現状を一つ一つ把握していくにつれ、体の芯に響くような痛みが徐々に強くなっていく。そう。そうだ。太陽が昇るかどうかという時間帯に突如全身に衝撃が走り、何が起きたのか分からぬまま倒れ伏したことをようやく思い出す。あれが、アリウス自治区全体に起こったことなのだとしたら…、ひとたまりもなかっただろう。
そして、現在の太陽の位置から考えるに、そこから幾らでも。誰であろうと叩き起こして尋問する時間はあったと見るべきだ。………それだけの時間があれば、恨みをぶつける相手を見つけ出し、拷問なり、暴行なりをする時間は十分にとれる。はずだ…。
「……なぜ、私は生きている?」
分からない…。分からない、が。こうして一人で考えているだけでは、何も分からないままだろう。サオリは全ての疑問をとりあえず棚に上げると、こういう時に人が集まっていそうな場所を思い浮かべる…。
聖園ミカが、キヴォトス中に流星群を降らせるような考えなしだとしても、あそこだけは、いくらなんでも壊そうとしないだろうと結論付けて。
『――私がアリウス自治区をターゲットにしたのは、
純粋にそこが秘匿された場所であるからで、それ以上の意味はありませんでした』
歩き始めたその方向から、悪夢のような声が。大音量で響いてきた。
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――アリウス自治区 バシリカの至聖所の記憶 ベアトリーチェ
その日。契約が終わった後のことを、いまでもカズマは覚えている…。一言一句違えることなく、まるで呪いのように脳にこびり付いて。
「――私がアリウス自治区をターゲットにしたのは、
純粋にそこが秘匿された場所であるからで、それ以上の意味はありませんでした」
「ふふっ…、どうやってアリウスを手中に入れたのか、ですか?
貴方も、カズマ先生も、似たような手段で不良たちをまとめ上げたと聞いていますが…。
やり方は一緒です」
「カズマ先生もご存じでしょう?
支配に、特殊な能力など必要ないということを。
馬鹿げた例えですが…、『洗脳』や『超能力』、そんな便利な力がなくとも問題ありません。
そんな子供じみた幻想は、「大人」の方法では、ないでしょう?」
「――憎悪。怒り。軽蔑。嫌悪。」
「人間に存在する、ごく当たり前の、負の感情を利用し、煽り、分断し。
偽りと欺瞞を以て、子供たちを支配してきました。
単純ですが確実な方法です。あなたにも覚えがあるでしょう?」
「――いつから、それを始めたのか、ですか?」
「……そもそもこの自治区。
アリウス自治区は、私が来る前。10年前まで内戦をしておりました。
トリニティへの恨み、ゲヘナへの憎しみ、そしてそのための主導権争い。
負の感情で戦い続ける者たちが、戦争を続ける中で更に負の感情を募らせていく…。
お互いに対する負の感情が溢れんばかりになったここは、
私にとって、非常に都合が良かったのです」
「私は、ただソレを活用しただけ」
「ここが特別というわけではありません。
それこそ、カズマ先生、貴方が介入するまでは、キヴォトスではありふれたもの。
小石を蹴れば転がるくらいには、当たり前の日常ではなかったですか?」
「ただ、私は、貴方と指導方針が異なったと言うだけ。
生徒会長が、大人が、支配者が変れば。それに従うのが、子供の道理というものでしょう?」
「私は、アリウス自治区の生徒会長であり、主人であり、支配者でもある。
すべての巡礼者の幻想、ベアトリーチェなのですから…」
「………私の指導方針とは、具体的にどういうものなのか、ですか?
えぇ、貴方になら構いません。お教えいたしましょう――」
「生の謙虚さを教える金言は、無価値な空虚へと歪曲し。
堕落を警戒する厳格な自責は、逃れられない罪悪感へと歪曲し。
事実を歪曲し、真実を隠蔽し、本心を曲解し、嫌悪を助長し、他人を煽り。
――他人を。他人を。他人を。他人を。永遠にお互いを。他人とさせること」
「そして毒のように囁くのです、楽園はあると。
トリニティとゲヘナ。それらに向けられた怒りと憎悪を。
元々アリウスに根強くあったその先に、その終わりがあるのだと、楽園が待っているのだと」
「――楽園? もちろん、そんなものは存在しません。
楽園は永遠に届かないからこそ、楽園たり得る。
その
……聞き及んでいますよ、貴方も、カズマ先生もその為に」
「「大人」の楽園の為に、日々尽力しているのだと」
「ですから」
「ですから私の行いを、理解していただけますよね?
――サトウカズマ先生?」
「………だんまりですか。
いいえ、もしかすると貴方は理解しているのかもしれませんね。
カズマ先生、貴方はまた私と同じく、子供ではない」
「少しでも教養があれば知っていることです。
『楽園こそ、原罪が始まった場所である』ことを。
真なる楽園にこそ、罪が溢れかえっていると言うことを」
「憎悪、怒り、嫌悪、苦痛、悔恨、冒涜、虚偽、裏切り、不和、侮辱――
ふふふっ…、無知で、無垢であるほど、アリウスは幸福なのです」
「あぁ、そういう意味では今の状況こそが、アリウスにとっての楽園なのかもしれません。
――他者との接触は
互いが憎しみ遭うことで、その実在を証明してくれているのですから」
「だからこそ、貴方は理解している筈です。
全ての生徒を審判することも、救うこともできる絶対的な力を有し…、
何度も何度も、その強権を振りかざしてきた貴方であれば。
――我が同盟者、連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの、サトウカズマ先生」
……覚えている。佐藤カズマは覚えている。生き残ってしまったことが、諦めなかったことが、死ぬことよりも辛い地獄に繋がっていたことを、覚えている。自分一人だけが生き地獄に落ちれば、他のみんなは、何ひとつ問題のない日常を過ごしていけるのだと、仲間にも相談もせずにその道を選んだ大馬鹿野郎のことを、覚えている。
腹が立った、頼ってくれなかったことに。そして同時に誇らしく思った。顔も知らない誰かの為に、その身を生贄にすると選択したことを。
カズマは、カズマ自身は。口が裂けても、そんな奴に恥ずかしくない人間でいたいなどということを主張する人間ではない。その為に、その日から、全力で何もかもを考え、行動していることを示すような人間でもない。だが、だが――。
その地獄を作り続けている相手が、目の前にいるのならば。虚ろな目をして、死んでいるような生き方を強要されているような誰かを、目にしたのならば…
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――アリウス自治区(廃墟) アクシズ教大聖堂前広場(大音量放送中)
連邦捜査部S.C.H.A.L.E 佐藤カズマ
アリウス分校総員
『だからこそ、貴方は理解している筈です。
全ての生徒を審判することも、救うこともできる絶対的な力を有し…、
何度も何度も、その強権を振りかざしてきた貴方であれば。
――我が同盟者、連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの、サトウカズマ先生』
道義的な手段の全てを模索し、それでもなお届かないと知った時、全力の
よってその脅威は、通信機の一つでも手に入れてしまえば、全てがカズマの手の内に収まる。だから、それを目にしたサオリは目を疑った。男性である筈の先生の喉から、まるで波長域の異なる高く鋭い声が、一度も詰まることなく発せられ続けていたのだから。
『――以上が、私。前生徒会長ベアトリーチェの生徒指導方針でした。
そして私から、次期生徒会長は、秤アツコ生徒を推薦し、受理が確認でき次第、
アリウス自治区を去ることに致します…、アツコ』
『――はい。私、秤アツコは、前生徒会長からの信任を受け、生徒会長として立候補します。
異議のある生徒は、今この場で申し立てて下さい。
………はい、異議のないことを確認しました。
第22期アリウス分校生徒会長の、秤アツコです。
着任して早々申し訳ありませんが、私は生徒会長を辞任します。
そして、次期生徒会長に、連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの佐藤カズマ先生を推薦します』
大聖堂前広場で。大聖堂を背にして整えられた舞台を後ろから垣間見た景色は、茶番に満ちていた。――というかなんだそれは。話の流れが全く繋がっていない、ツギハギもいいところじゃないか。どうしてその話の流れから生徒会長辞任と着任の挨拶につながるというんだ。
それになによりもサオリが眼を疑ったのは、先程まで壇上に立っていた、マダム…ベアトリーチェだ。後ろから見てようやく分かったのだが、あれは…。あれは人形だ。それも本物と遜色ない見た目、質感をした人形が、ヒヨリとミサキの手によって操られ、舞台裏に下ろされていくのが見えて。
『………えーっと。
ベアトリーチェの一身上の都合と、現職の秤アツコ生徒会長に信任を受けて、
アリウス自治区の生徒会長に立候補した、サトウカズマです。
異議のある生徒は、今この場で申し立てて下さい。
………はい、異議のないこ』
「なにを…、なにをしている! カズマ先生…!!」
サオリは、意味の分からないまま進行してく状況に耐え切れず、その茶番に待ったをかけた。
『あー…、異議を確認しました。
………なにって、全校集会?』
『――こんな趣味の悪い全校集会は、カズマ先生ぐらいしかしない』
思わずと言った具合に、アツコがマイクの電源が入ったまま発言し、あ、と言う顔をするが、ベアトリーチェ人形を燃やし始めたヒヨリとミサキはうんうんと深く頷いていた。――と言うかなんだその人形は。なぜ碌に煙も立てずに燃え消えるようにしてなくなっていくんだとか、サオリも言いたいことはいっぱいあったのだが。
「今の状況を…、この、異様な状況は、いったいなんだ!!」
そう、おかしい。あまりにもおかしすぎる。……ともすれば、今この状況を一般的な文学や映像作品に慣れ親しんだ者たちが見れば、まるでコズミックホラー映画の冒頭のようだと評したかもしれない。
――虚ろな目をした、アリウス分校の生徒たちが、焦点のあっていない瞳で。
――整然と並んでいる姿を目にしたのならば。
だから、それはカズマが言った通りの全校集会だった。だれも異論を唱えない。誰も口を挟まない。例外として、アツコ、ヒヨリ、ミサキはカズマが全校集会の段取りをお願いしたことによって、一定の借りが返還された状態にあるので、意思疎通程度はこなせるが、そうであっても神の権能の手の内だ。
まぁ、それはそうだろうというか、もはや当然の結果と言うほかない。アリウスにとって。アリウス自治区にとって。それ以外の土地と意味を知る機会に恵まれなかった彼女たちにとって。キヴォトス路地裏大祭に参加できたこと、タダ券の恩恵を受けたこと、見も知りもしなかった新鮮な文化文明にどっぷりと首まで浸かれたこと。その全てにおいて、”そう”なってしまう感情を、カズマが深く刻み込んでしまったが故に。
それに加えて言うのならば、アクシズ教大聖堂とそれに付随する生活水準の向上。ライフラインの劇的な構築に、”そう”でない生徒がいるわけもなく。
つまるところ、アリウスは――いや。カズマは、この手法を思いついてしまった時点で詰んでいたのだ。だから、カズマはただ話しかけるだけでよかった。気絶している生徒たちを、呼び起こし、治療し、アクシズ教大聖堂に集まるよう要請して。整列させて。………その程度ではとてもではないが、”借りを返還した”ことにはならないという感情の矢印が。アリウス分校生徒の総意が。いま一番欲しくなかった情動が、どうしようもなく、状況を進めてしまっていて。
「………見たまんまだよ。
ベアトリーチェはいなくなった。恨みのぶつけ先を知ったミカにやられてな。
で、アリウスはこのざまだろ?
放置するのも目覚めが悪いから、政権交代中なんだよ。
俺は嫌だって言ったんだが」
「正統な血筋だから、アリウスの生徒会長をやれ、とかいきなり言われても。私、できないよ。
アリウスはクレーターだらけになっちゃったし、どうしたらいいかなんて、分からない。
…………それに、さ」
――ベアトリーチェがいない私たちに、カズマ先生以外の、選択肢があるの? サオリ?
そう問いかけるアツコの瞳に絶望はなく、しかし同時に希望もなかった。いままでの日常は崩れ去ったのだ。考えうる限り最悪の形で。………ただ、今回のことでの死者もなく、倒壊を免れた大聖堂を拠点にすれば、なんとか生きていくことはできるだろうことは、アツコにも容易に想像ができた。
あのカズマ先生が、まだいてくれるのなら。食べていくとこはできるだろう。寒さに震える夜を凌ぐ方法も考えてくれるだろう。いいや。私でも、サオリでも、そのくらいならできるかもしれない。でもその次は?そのあとは?私たちは、この何もなくなったアリウスで、どうしていけばいいのか、どうすればいいのか。なにも、わからないのだ。
その事を思い浮かべるだけで、冬空の下に着の身着のままで置き去りにされたような震えを感じ、アツコはその震えを抑えるかのように両手で自身を強く抱きしめ、ゆっくりと蒼褪めていく。
「――そっ、それは……」
サオリは、思わずと言った具合に声を上げるも、何も思い浮かばず。だから、その身に沁みついた絶望を、口にする。
「だが…、だとしても!!
たとえ、そうしたところでどうなるというんだ…、こんな状態のアリウスで!!
これ以上、カズマ先生だとしても、何を出来ることがあると言うんだ…?!」
アリウスはいつも虐げられてきた。支配されてきた。だから従ってきた。そしてそれも、結局なにもかもが台無しになった。教えられてきた通りになった。
「それに…。それに、この場の全員が、結局思い知った。思い知らされた。
――世界の真実を…!
殺意と憎しみに満ちたこの世界で、あらゆる努力は無駄なのだと!!
何も変わらない。抗えない。私は、私たちが――…。
いくら足掻こうと、何の意味もない。全ては、無駄なのだということを…!!」
結局また、アリウスに住まう者たちは、抗うこともできないほどの大きな力によって、新しい絶望の中に堕ちたのだ。だから、だからもう…。
「……………サッちゃん、うん。そっか。
――全ては虚しい。どこまで行こうとも、全てはただ虚しいもの。
………vanitas vanitatum. et omnia vanitas.
そうだね、分かった…。でも、これだけは答えて、確認させて?
サッちゃんは、カズマ先生に【感謝】してる?」
「――――??? い、いきなりなにを…」
「答えて」
「――お、おい。アツコ?」
「カズマ先生は黙ってて。答えて、サッちゃん。
――サッちゃんは、カズマ先生に【感謝】してる?」
「………? あ、あぁ。【感謝】してないと言えば嘘になる。
清潔な水も、身体を清めるための衛生的な施設も。
そして、怪我をした時に即座に治療の出来る神秘も。
あの宗教は少し行きすぎな気もするが、先生がマダムとの契約の範疇とはいえ、
アリウスにここまでの事をしてくれていて、【感謝】しなかった日はな………」
サオリは、まるで電化製品のスイッチが切れたかのように、その想いを言い切る事が出来ず。その瞳から意思が消えていく。意識が消えていく。もう一生懸命に、みんなのために思い悩む必要も、一番の先頭に立って傷つきながら歩いていく必要もない、レジーナ神の権能の裡に収まり。
「……………うん、お休み。サッちゃん」
その様子を、酷く悲しそうな顔をしたアツコが、慈しむかのように抱きしめ。
「――カズマ先生。続きをしよう」
「アツコ、お前…」
「さっき言ったことは本当だよ。
ベアトリーチェがいない私たちに、カズマ先生以外の、選択肢はない。
アリウスはずっとそうだった。だから、きっとこれからも――」
サオリを抱きしめながら。薄暗い瞳をしてカズマを見つめるアツコの瞳に…、そこに希望はなかった。そして展望もなかった。総じて、未来を見ていなかった…。いいや。それは過去も未来も、現在のことでさえ。それは。アリウスの中枢に立つ者の一人として。その全てに向き合って、向き合わざるを得なかったことで。擦り切れ朽ち果てた結末を、せめて正しいと思える誰かに託せたら…、という遺言にも似ていて。
「……………」
「――だから、カズマ先生。お願いします」
その台詞は。その言葉は。最近、いいやもっと前に。誰かに同じことを言われたような気がして。
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▽▽
「……今更図々しいですが、お願いします。
カズマ先生。きっと私の話は忘れてしまうでしょうが、それでも構いません。
何も思い出せなくても、おそらくあなたは同じ状況で、同じ選択をされるでしょうから……」
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断片的に浮かんできた誰かの言葉と、アツコの言葉が被り、何かを思い出しそうになるが考えがまとまらず、はじけたシャボン玉のように消えていって。だけど、それでも。
「………そうか、そうかよ」
カズマは、ことここに至ってようやく理解することが出来た。そうだ。こいつらは、あいつらじゃない。ましてや、俺が今まで接してきたような問題児たちや、一般的なキヴォトスの住人にさえ、当てはまらない。
「……そうか、そうだよな。
妙に効きがいいのは、なんかおかしいと思ってたんだよ。
お前らは――」
素直であるということと、判断能力を奪われ続けた果ての依存は、傍目には似ているようでも、全く違うものだ。異なるものだ。感謝?カズマに対するそれはもちろん存在していただろう。アリウスの誰からも支持を得られるような行動を行ってきたと言う自覚くらいは、カズマにもある。
アクセルでの冒険者時代でも、お金をバラまいたり一緒にどんちゃん騒ぎを楽しむことで横の繋がりを広くし、地域住民とのご近所付き合いを重視することで、何かあった時には頼ったり頼られたりの関係を築いてきた時に似た手応えもあった。
だが、こいつらは。アリウスは違う。俺は、やり方を間違えた。間違えていたことに今更気付いた。こいつらに本当に必要なものは、ベアトリーチェを廃した後の、新たな独裁者なんかでは断じてなかった。こいつらに必要なのは、足りないのは。――時間だ。経験だ。思い出と呼べるようになった過去だ。だが、あまりにも残酷なほどに、その全てが足りていない。間に合わない。
「……………」
カズマはかつての。駆け出し冒険者の街から始まった、全てを思い出す。俺は。俺は長い長い時間を掛けて、仲間との冒険を、思い出を、喜びや悲しみを、絆を、積み重ねてきた。だから、最後の大一番。冒険の果てに待っていた魔王討伐による報酬を。報酬として、恵まれた富豪の子供として生まれ変わるような新しい転生を選ばなかった理由が、選びたくなかった理由が。今までの人生で持ちうることのなかった全てが、”そこ”に在ったから。仲間たちの居る”そこ”が、カズマ自身の魂の居場所であると、そう思えたから。
即断できるだけの、長くなくとも濃密な人生を送ることが出来たから、”選択”することに躊躇いはなかった。迷いはなかった。後悔なく選択することが出来た。だが、いまそれをアリウス分校の生徒たちに説いたところで、彼女たちには何も分からないだろう。理解できないだろう。当たり前だ。そうなるだけの理由を、この場も誰も持ち合わせていないのだから――。
「――このっ…、大バカ野郎が…」
そう。そうだ。こいつらには…、こいつらには、なにもない。まだ、なにもないんだ。あるといえるほどのものが、足りていない。
思えば、ベアトリーチェが俺に言ったことはなに一つ間違っちゃいなかった。俺も結局あいつと同じだ。洗脳だの、超能力だのと揶揄されても仕方のないことを、お前は私と同じだと言われても仕方がないことを、良かれと思ってやっていた。意思確認なんかしてこなかった。だから言い返せなかった。黙るしかなかった。
俺の場合はたまたますべてが上手くいっていただけだ。噛み合っていただけだ。運が良かっただけだ。上手くいっているように見えていただけだ。だけど、そうではないことに気が付いてしまった。だったらどうする。もういっそのこと、なにもかもを放り出して、投げ出してしまうか?いや。いいや。それこそ。それこそ、サトウカズマが一番選んではいけない”選択”だろう…。そうだ。俺は。
俺は――。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□
「――――貴方は、そんなにも。
このキヴォトスに住まう人たちのことを、好きになってしまったのですか?」
□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
俺は、なぜ――。
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「――私も。彼女たちも。他の参加者さんたちも…。
先生の言うことが正しいから、協力してるんじゃありません…。
いつだって、カズマ先生が苦しそうに立ち上がる時は…。
それが、どんなに難しくても!
最後には、みんなで笑っていられる未来に繋がっているって、信じているから…!!」
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俺は、なぜ、なんのために――。
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「私は、貴方の事を信じている…とは言っても半信半疑だったが。
未来を見るにつれ、それは信用ではなく信頼に変わっていったんだ。
……貴方が、今まで関わってきた生徒たちを頼るのと同じように、
信頼しているのと同じように…、私も、そうありたいと思ったのさ。
だから、こっちのことは任せてくれたまえよ、カズマ先生」
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俺は、なぜ、なんのために、そうしたいと思ったのか――。
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「私は見せていただきました、十分に。――…進むべき道を、暗闇の中に。
だから、私は最初に。他ならぬ貴方を頼って、ここに来たのです、カズマ先生」
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「――――…………………………」
きっと。きっと、そうだ…、俺は。
それが見たかったから、頑張れたんじゃないのか。だから俺は。黒服に、何も言い返せなかった。ヒフミにも、セイアにも、リオにも。二の句を告げることが出来なかった。
………だったら。佐藤カズマが今するべきことは。いいや違う。俺が、こいつらに本当にしてやりたかったことは。まだ終わっていない。そのスタートラインにも辿り着いていない。アリウス自治区に足りないもの。存在しないもの。不足しているもの。それを、俺が。強引にでも、分からせてやる。いいやそれも違う。そうじゃない、俺は、見ていたくなかっただけなのだ。そうじゃない顔を。だったら。俺が”選択”したいのは。
「――イズナ」
『ニンニンッ! イズナ流忍法…!!』
遥か高き雲々の峰を貫くように、一筋の赤光が大地を貫く。それは、今現在カズマたちがいる、大聖堂前広場へと収束していく。アリウス自治区全域へ、清潔な水を張り巡らせている大噴水に。佐藤カズマが、アリウス自治区の誰からも【感謝】されている象徴に向かって。
『――エクスプローージョンッ…!!』
一瞬で、その全てが。現在のアリウスの支配者の象徴が消し飛んだ。それは、人の手でも現代兵器でも起こりえない光景、あるいは奇跡。あの日に誰もが目撃した流星群と同等の、もしくはそれ以上の暴威を伴うそれを。その奇跡を、その神秘を、いったい誰が齎していたのか…。遠雷のように鳴り響くその威容を、ある者は畏れ、ある者は頭を抱えてへたり込んだ。
それは、先ほどまで、黒く濁った瞳でカズマを見つめていたアツコでさえ例外ではなく、アリウス復興の象徴が文字通り消し飛んだことを、口を半開きにしたまま見ていた。
「――どうだ? アツコ」
「な……、なんで、どうして?!! カズマ先生?!」
「どうして? これが俺の、佐藤カズマの所信表明だからだよ」
「い、意味が分からない! あのままでよかったじゃない!!」
「……何言ってんだ。
よくねーからぶっ壊したんだよ…、でもまだ足りてないか。
んー、マイクはまだ生きてるな? お、ミサキとヒヨリありがとな」
カズマは、マイクにまだ電気が通っていることを確認し、先ほどの噴水大爆破から機材を守ってくれたであろう、ミサキとヒヨリに【感謝】した。
「――どうでもいいからさっさとして」
「うええぇっ?! …ええっとぉ?
大人の、先生の言う事ですから。それに従うのは当然ですし…?
え、えへへへへへへっ…」
「こ、これ以上何を――」
「お前のお望みどおりに、アリウスの生徒会長をやってやるんだよ。
ベアトリーチェと同じで、無理やりお前らに色々なことを強制してやるってことだ。
……ごほんっ」
キィィィィィイイイイイイイイイィィィイイン、と大きなノイズ音が響き、それが終わるのと同時にカズマはマイクを手に取り、
『ベアトリーチェの一身上の都合と、現職の秤アツコ生徒会長に信任を受けて、
アリウス自治区の生徒会長に立候補した、佐藤カズマです。
異議のある生徒は、今この場で申し立てて下さい。
………はい、異議のないことを確認しました。
第23期アリウス分校生徒会長の、佐藤カズマです。
着任して早々なんですが。
前任の前任の所有物であるバシリカの至聖所についてお知らせします。
ベアトリーチェの支配がもう終わったと言うことを示すために。
――いまから全部吹き飛ばします」
『イズナ流忍法…!!』
話がそこまで進んだところで、ようやく【復讐と傀儡の女神】の権能が薄れ始め、意識的に体を動かすことが出来るようになったサオリは激しく動揺し、とにかく何かを言わねばと声を上げるが、
「待てカズマ先生何をっ――」
遥か高き雲々の峰を貫くように、一筋の赤光が大地を貫く。それは、かつてのアリウスの支配者の象徴たる方角、バシリカの至聖所へと収束していく。アリウス自治区全域へ、呪いと悪意を植え付けた大教会に。ベアトリーチェが、アリウスの誰からも【畏怖】されていた幻想に向かって。
『――エクスプローージョンッ…!!』
それは、人の手でも現代兵器でも起こりえない光景、あるいは奇跡。あの日に誰もが目撃した流星群と同等の、もしくはそれ以上の暴威を伴うそれを。その奇跡を、その神秘を、いったい誰が齎していたのか…。遠雷のように鳴り響くその威容を、ある者は畏れ、ある者は頭を抱えてへたり込み。
ただ、サオリだけが 呆然と立ち尽くしながらも必死に状況を整理しようとしていて。
「………そ、そんな。あの、方角は――」
何が起き、そして終わったのか。突然始まり、一瞬で終わってしまった結果を誰もが受け入れられず、この後どうすればいいのか分からないと言った戸惑いと怯えが一帯を支配する中で、それを無表情のまま諦観していた者たちは、いちはやく、涙を流していた。絶望に濡れる者よりも、絶望に沈んだ者たちの方が、状況の理解が早かったからだ。だから、彼女は。ミサキは。すぐさま駆け出した、確認するために。何も残っていないことを確信するために。そして――
「――リーダー」
「バシリカの至聖所が建ってた所には、瓦礫も残ってない…」
「大きな、とても大きなクレーターが出来ていて――」
「本当に。マダムも、いない」
ざわっ、とその場にいる誰もが狼狽えるような声がして…、そして、それはサオリも例外ではなく。
「――くっ、バカな…、そんなバカなことが…!!」
走り出す。走って走って走って走り、岩を飛び越え、登り、乗り継ぐように跳躍してまた走り。走って走って走って走って…、そして、転げ落ちた。
「ぐっ…、なにが――」
まるで落とし穴にでも落ちたかのような衝撃がサオリを襲い、転がり転がり転がって、なんとか受け身を取って立ち上がったそこには、ミサキが言った通りの、巨大なクレーターの中で。かつてバシリカの至聖所があったと思しきその場所が。跡形もなく、なくなっていることを確認して、
「………そ、んな」
サオリは崩れ落ちた。今まで支えられてきたもの、今まで支配されてきたもの、今まで縛られてきたもの、今まで寄りかかっていたもの。その全てが、突然消え失せてしまってどうすればいいか分からず、途方に暮れたサオリは、ふと眩しさを感じ。
――あんなに曇っていた空が、先程の天空からの光によって引き裂かれ、澄み渡るような青空が顔を覗かせていて、それを背負って立つ誰かの姿を認めて。だが、だからこそ、サオリはそれを強く強く睨みつけ。ここまでの道中で運良く拾った、ケース内に保護されていた銃を手に取り、カズマに突きつける。
「だ、だから、だからなんだと言うんだ、カズマ先生!!
もうアリウス分校にベアトリーチェはいないから…、
アリウスに蔓延する敵意と悪意を否定して、どうなると言うんだ!!
あの大祭で、嬉しかったから、人のやさしさに触れたから?
もうやめようと言う話をしようとでもいうのか?
――ふざけるな!!」
私は、私たちは。アリウスはもう、手遅れだ。行きつくところまで行ってしまったのだ。その罪も後悔も、なくなりはしない。全てが虚しく消え失せていくこのアリウスで、誰よりも嘆き悲しんでいた者の
「そんなことが…、それが、許されるはずがないんだっ…!!!
アリウスにここまで関わったのなら、アズサのことは知っているだろう?!
――ベアトリーチェに逆らった結果、なにをさせられていたのかも…っ!!」
「…………あぁ、そういや。お前らにはまだ黙ってたんだっけ?」
カズマはなにかあったら護ってくれるようにアロナに予めお願いしていたこともあって、サオリの血を吐くような慟哭を聞いても怯むことなく、そういえば言うのすっかり忘れてたわと、まるで朝食にコーヒーを出し忘れたかのような軽快さを示し、シッテムの箱でコールを掛け始める。
「あーもしもし、はいはいカズマです。
アズサ、悪いんだけど、全員に緊急招集掛けて…全員揃ってる?
アリウスに俺が行くと聞いてから完全武装で準備し始めてた…???
――いや違うから、クーデターとかじゃない…、いやクーデターだなこれ。
と、とにかくもう終わったから、全員、ホログラム装備も、もういらない。
そのままの姿で帰ってきていいぞ」
「――なにを…、なにをしている…!!!」
「お前らは誰も悪くないし、誰も止められなかったし。
仕方ないよなって、話だよ」
「なにをバカなことをっ…!!」
「ほれ、あっち見てみろって」
「そんな虚言に今更、惑わされる私ではな――」
ザワリ、と動揺が広がる空気が強く伝わってきて。その後、大きな声で泣きだす者の声や、この世のものとは思えない歓喜の叫喚を上げては、繰り返し叫び続ける者の声が次々と木霊して、サオリは、顔をカズマに向けたままの姿勢で、その音の方へチラリと目をやり…、昂ぶる感情に任せ、カズマを黙らせるために強く強く握りしめていた銃を、思わず取り落としそうになった。
「――――は?」
目を疑った。脳を疑った。現実を疑った。
「………なん、だ? わたしは、ゆめをみているのか…?」
感情が体中から溢れ出してくるような。制御することが出来ない。それでもサオリの脳は冷静に辻褄を合わせようと類推を行っていく。ベアトリーチェによってアズサに強要された凶行。カズマ先生が関わってから突然人が変わったかのようにおかしくなったアズサ。同様におかしくなっていく他の生徒たち。ヒヨリはまっさきに、アツコも。ミサキでさえ、最終的にはカズマ先生の肩を持って。
そして、あの日だって。あんなに嫌がっていたアズサが、百合園セイアの暗殺に前向きでなかったアズサが。そんな素振りもなく。いつものような調子で受け答えできているのを、私はなんとか折り合いをつけたものだとばかり考えていた。だが、違う。その程度で、あんな自信満々な、なにかを誇らしく思うような所作を、人の前に立って堂々としていられるようなことを、私たちはしてこなかった、出来なかった、させてもらえなかった。
「見ての通りだ、お前にも覚えがあるだろ? ――神の奇跡に」
サオリは、先程までのような負の感情が煮詰められた視線ではなく、畏怖と畏敬を以て、その人を見つめた。サオリは初めて。アリウスで生まれ、過ごし、ベアトリーチェによって支配され、今日まで生きて来て、信じたことがなかったものを信じた。信じられなかった与太話を身近に感じた。神の実在を。水の女神の信仰を掲げる、神が、そこに居た。
「なぁ、サオリ」
「――っ! なんだ!」
「………いや、サオリだけじゃないな。お前らだよ、お前ら。
アリウス分校に所属してる奴ら全員に聞きたいんだけどさ……」
一息。
「誰が、誰を許さないんだ?
もう、ベアトリーチェはいないんだぜ?
【心の底から素直になって、思うことを全部やってみろよ】」
その通りだ。ベアトリーチェはもういない。そして同郷の人間を殺したことも。私たちが犯した罪。私たちがそれを強制させるしかなかったアズサ。罪悪感と悲哀に塗れた慟哭を受け止める者はもうそこにおらず。ベアトリーチェに強制されたもの、それがアリウスの意思ではなかったという事を、目の前にいる存在がすべて証明してしまったがために。
「そっ…、れは! そうだが、だとしても…!
私たちが受けてきたトリニティとゲヘナからの仕打ちは…、
今も尚、私たちがこうして苦しんでいる理由が存在する限り、その怨嗟は!」
「――おいおい違うだろ? そうじゃないだろ?
お前らがどいつもこいつも口を揃えて言ってたのはな、そうじゃない。
最終的にお前らが行きついたのはな、どうして私たちだけが、だ」
「――は? 何を言って……」
「――なぁ、お前ら!」
カズマはサオリから銃口を突き付けられているままであるのにも関わらず、それから背を向け、周囲に集まったアリウス分校の生徒たちによく聞こえるよう、上を見上げ、両手を、翼のように広げる。
「飯は旨かったか? ゲームは楽しかっただろ? 祭りの雰囲気は十分に楽しめたか?
最後の花火と射的ゲームはどうだったよ? 自由と平和ってのが、ちょっとは分かったか?」
そして、彼女たちは口々に。堰を切るかのように…。ベアトリーチェという障害がないと言う確信が、彼女たちの心と口を軽くさせて…。
あぁ、おいしかった。ゲームがあんなに楽しいなんて知らなかった。いろんな食べ物や催し物が沢山あって、目新しいものばかりだった。一日じゃとても足りなかった。あれほどじゃなくてもいいから、あんなものと触れ合える環境にいたいと思った。音楽というものがあんなに素晴らしいものなんだと涙を流したのは初めてだった。玩具が。菓子が。映画が。劇が。芸術が。アイドルが。映像媒体が。ゲームが。カメラが。動画が。モモフレンズが…。でも。だけど。やっぱり。けれども。羨ましい。妬ましい。どうして。どうしてどうして。わたしたちは、最初からそこにいることが出来なかったのか。どうして、わたしたちだけが――。
そうして一通りの不平不満が出揃い、辺りを包む空気は、俄かに殺気立っていく。そこには、間違いなくカズマへの恩を感じている声が…、”借り”を感じていると言う感情が、全ての生徒に存在していて。カズマが心の底から信仰する、復讐と傀儡の女神の加護が。権能が。強く強く、アリウス分校の生徒たちに、目に見えて顕れ始める。
今までのアリウス分校の生徒たちには決してできなかった事が。【心の底から素直になって、思うことを全部やってみろよ】を、彼女たちが明確な意識を保ったまま、熱量を上げていく。
「――あれが常識ってやつだ、だから、分かるだろ?」
そしてもはや、この場に、カズマを止める者は誰もおらず。復讐と傀儡の女神の信徒による啓発に抗える者が、一人、また一人と消えていく。いや。もしかしたら最初からそんなものはいなかったのかもしれないが…。
やがて、それらが全てに強く伝播し終わった頃には、アリウス分校の生徒たちの沸騰していく脳髄は、カズマの言葉全てをありのままに受け止めることなく、何が正しく、間違っているかなどということなどどうでもよく、心の赴くままに、心の底から素直になっていく。
だからこそ、カズマは、これから始める無茶苦茶を言ってやれる。まだまだ足りないはずだと。借りなんてものが吹き飛ぶようなそれを。だから今はまだこれでいいと、カズマは全力で脳髄を回転させていきながら、その様子を見守る。
………人とは、自分のことが分かっているようで分かっておらず、またその逆も然りである。そして、とてもとても残念なことに、カズマが今まで行ってきたことで、物事が想定通りに進んではいても、その結果相手からどのように見られているかということに関しては、いつもいつも斜め上外れを引いてきた。――ということを肝心のカズマはだいたい知らないので、今までは何の問題もなかったのだが。
「………」 「……」 「…」 「………」
「………」 「…」 「…」 「………」
「……」 「……」 「…」 「……」 「………」
「……」 「………」 「…」
「……」 「………」 「……」 「……………」
正しいと信じていたものが消え去ったアリウスの地で、唯一信じられる者であると【心の底から素直になって】見ることができるようになった者から放たれる言葉を。アリウス分校の少女たちは、【思うことを全部やってみろよ】の言葉のまま、ある者は両手を合わせることでそれを示した。ある者は、両手を組むことでそれを示した。
だからか、とある致命的なことをカズマに指摘する者も、当然いない。水色と白色の神秘が、まるで間欠泉から溢れ出るかのようにカズマの全身を覆っていくのを。カズマ自身へと集まる神秘が暴走しているように見えることをーー。
「――寒さに震え、飢え続ける理由の根源なんてものが、そこにあったか?
そこで、お前らが仇と憎む奴らが、どんな顔をしてたか覚えてるか?」
そして、アリウス分校の生徒たちは、熱に浮かされたかのように、カズマ先生からの質問に素直に答え始める…。笑顔だった。ゲームに負けて悔しそうな顔をしてた。アリウス分校のことになんて、まるで興味も――そもそも知らないんじゃ。横一線のビームに吹き飛ばされた所を慰められた…。気が付いたら病院に担ぎ込まれて親切な人に手当てしてもらってた。お菓子を食べてたら変な人に絡まれて、延々とお菓子の歴史について語られたけど面白かった。顔が滅茶苦茶怖い悪魔みたいな人が襲ってきたと思って攻撃しながら必死に逃げてたら、落とし物を渡そうとしてくれただけだった…。え、なにそれこわ…。
次々と、キヴォトス路地裏大祭での出会いや別れ、気づきと驚きに満ちた知らない世界への、楽しそうな感想で溢れかえっていて…。そうだ。これだ。これなのだ。これこそが、カズマが聞きたかった言葉なのだ。あの日。初めてアリウス分校を訪れた、あの日のことを。今でも覚えている。
「そう…、そもそもアリウス分校のことなんか知らないし、興味もないんだよ。
知ってるのは、余程の歴史好きか…、
より深い機密を知っておくべき立場にある、生徒会長クラスの立場にあるやつくらいだ」
――なにそれムカツク。
ぼそりと、どこからか聞こえた小さな呟きに、カズマはニヤリとした。
「そうだ、ムカツク話だよなぁ?
お前らにとっちゃあ、今日明日を生きるのにも必死なのにな。」
「――なにを、何を言っているんだ、カズマ先生…!
私たちに、アリウスに、何をさせようとしている!!」
カチャリと、銃が降ろされる音が背後から聞こえて、ようやくカズマは後ろを振り返る。サオリは、怯えていた。理解できないものを見るような顔をしていた。そもそもサオリは、撃つつもりは毛頭なかった。そんなことを今のアリウスでやったとしても、その次がないことを否応にも理解しているからでもあった。
ただ、サオリは。以前のように。ベアトリーチェが支配していたアリウス分校の時のように、望ましくない変化が訪れるのを本能的に恐れただけだった。旧い支配者がいなくなったからと言って、新しい支配者が理想的であるかどうかなど、誰にも分かりはしないのだ。分からないが故に、変わらないことで安定と安心を取ろうとするための衝動的な行動だったといっていい。
だが、話が進むにつれ、サオリは心が泡立つのを感じた。そして、サオリが睨みつけるように見つめるカズマ先生の顔は、とてもじゃないが平和な話をするときの顔ではなかった。口を大きく歪め、これから一緒に悪いことをしようぜと、質の悪いイタズラを目論む悪ガキのような顔をしていたのだ。
分からない。だからこそ分からない。なぜだ? もうアリウス分校にベアトリーチェはいないのに。なぜそれを、アリウスに蔓延する敵意と悪意を否定しようとしないのだ? 楽しかったから、嬉しかったから、人のやさしさに触れたから、もうやめようと言う話をしようとしていたんじゃあなかったのか? そういう優しいところへ連れて行ってくれるという話じゃないのか?
「何のために俺がお前らに神の加護を与えたと思ってんだ!!
何のためにお前らに治癒の神秘を覚えさせたか忘れたか?!
何のために俺がアクシズ教を立ち上げたか思い出せ!!!!
教義通りだ!
ムカツク奴らをぶっ飛ばして思い出させてやる…、いいや思い知らせる為だろうが!!
ゲヘナとトリニティはな、お前らのことなんか知らねーってよ!
――だったらやってやろーじゃねぇか…!!
それとも、もうベアトリーチェもいないから、仲良しこよしでやりましょうってか?」
「…………」
サオリはその通りだと言わんばかりに必死に頷く。そうだ、その通りだ。今からでも遅くない。聖園ミカにもうベアトリーチェがいないことを伝えて、この政変が起きたことを説明して、トリニティ総合学園に取り次いでもらえば――
「夢みたいなこと言ってんじゃねーぞ! 見ろよこの有様をよ!
ミカには俺から言って帰ってもらったからよかったものの、もしも正式にアリウスの話が
トリニティの生徒会に行き渡ったら、残った大聖堂でさえ、一瞬で更地にされるだろーよ!
それに、さっきサオリも言ってたがな、一部は同意してやるよ!
殺意と憎しみに満ちたこの世界ってやつだ、よくわかってんじゃねーか!
殺意には殺意、憎しみには憎しみが返ってくる!
でもな、それでも殴り返せねー奴は一生舐められる、それがキヴォトスだ!
――そしてお前たちは間違いなく舐められる!
首尾よくトリニティ総合学園に合流できたとしても、遺物でしかないお前らは排斥される!
公然と馬鹿にされて、嫌味を吐かれて。
物を隠されて破壊されて、冤罪を掛けられて、ブタ箱行きにでもされるだろうよ!!」
そう。天を覆うように立ち塞がっていたアリウスの支配者が消え失せても、アリウスの未来は暗いままだ。ハナコから伝え聞く限り、トリニティ総合学園の腐り落ちるような醜悪さを内包する陰湿さに、ある意味で純粋無垢なアリウス分校の彼女たちは耐えられないだろう…。眩い輝きに手を伸ばした先、羨望していた楽園のような未来を目指すなら、あの学園だけはダメだ。
それでも、聖園ミカの願いと、アリウス分校の幸せな未来を考えるのならば。アリウスは示す必要がある。キヴォトス全土に響き渡るような脅威を。力を。戦果を。手を出したらタダでは済まないと言う、不可分の領域を手にしなければ、ただ暴れて鎮圧されて終わりになってしまうだろう…。
「まずぶっ飛ばせ! トリニティとゲヘナをぶっ飛ばせ!
アリウスを忘れた、歴史の教科書の底に沈めることしか出来なかった連中をぶっ飛ばせ!
馬鹿にすることも、舐めて掛かられることもない程までに、目に物見せてやれ!
――そして心配すんな!
合法的にやってやれる道筋は…。俺が、佐藤カズマが、アクシズ教アリウス派大司教が…。
連邦捜査部S.C.H.A.L.Eが、アリウス第23期生徒会長が、整えてやる!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
誰しもが、熱に浮かされるような瞳をしたまま、押し黙った…。遥か高き雲々の峰を貫くように、二筋の青光が大地を貫いている様の中で。そしてその麓には、中心部には、水色と白色の光に包まれる神秘的な存在が、全てを賭して、アリウス分校を導くと宣言していて。
だからこそ、カズマは気付いていなければならなかった。復讐と傀儡の女神、レジーナ様の加護を逆手にとり、魔王軍幹部の一人をやり込めた時のことを。傀儡にされた者が、その当人にとって意にそぐわない暴威を受けた時、嫌なことを強制させられていると感じた時に、どうなるのかということを。逆説として、その意に沿い、心向くままに暴威の矛先を指定され、強制されるまでもなく、それこそが心に棲む真の望みである時のことを。――そして。自らが信仰する”神”に、思わず感謝するようなことが立て続けに起きた時、どうなるのかということを…。
よって、そのまま。アリウス分校の生徒たちに、その新たな支配者が戴く、生徒指導方針が、力強く、大きな影響力を以て、宣誓される。
「いいか、今からお前らが奪われた大事なものを、取り戻しに行くぞ――!!」
天高く、天高く天高く、翳された右腕の指先が天に示すもの、それは――
「――――
それは。アリウス分校にとってのハジマリの調べであり。同時に、佐藤カズマが、キヴォトスに流れ着いてから築き上げてきたものすべてを壊す道。今まで共に歩んできた者たちすべてに背を向ける道…、だから――
『――あっあっあっ、もう抑えきれませんっ…!
ごめんなさい、カズマ先生ぇ…!!』
――ザザッ――
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■
――サトウカズマのスキル 未来観測(一時制御不能)
??? ユウカ、ノア、コユキ
「――そうだよ……」
「コユキ?」
「……コユキちゃん?」」
「――逃がさないっ……! 絶対に絶対に絶対に逃がさないっ…!!
電子機器を持ってる先生が、
わたしから逃げきれるわけないでしょ……!!!」
普段からキヴォトスのセキュリティなど相手にもならないと陽気に豪語しているコユキが、その全身を総毛立たせ、煌々とヘイローを輝かせながら、鬼気迫った表情でその全能を振るう。
――電波が通っていれば、コユキが電子的に接続できる場所なら、そこはもはや丸裸同然と言っていい。だから、最後の最後で詰めの甘いカズマの逃亡先は、その日のうちにあっという間にばれてしまった。
「――電源を切るのが遅いっ……! 画面強制ロック!
アドミン権限剥奪…GPS追跡開始……現在位置を算出!
衛星リンクから周辺建造物情報を全取得!
なにもない…? そんなわけないでしょ!
過去現在全ての地図データを統合参照…。
………アリウス分校? アリウス自治区?
――あっ、本体を壊された!!」
「……ずいぶんと古い名前が出てきましたね、
存在しないはずの…、いえ。それすらもあやふやな、学校の名前です」
「――ノア先輩知ってるの?!!?」
「……確か、カズマ先生が図書委員会に調べさせていたものの内にあったはずです……
図書委員長のウイさんに連絡を取ってみましょう…。
おそらく彼女にお話を聞けば、
カズマ先生がここまで一芝居打ってまでやりたかったことが見えてくるはずです…」
「あぁ、なんだそこですか……私も関わっていたので分かります。」
「――だ、誰?! ト、トリニティの制服…?」
「――はい♡」
■
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――照らしてきたその道を進む者たちが、きっと、必ず。こぞって追いかけて来る。……カズマはなんだか酷いことになってそうな未来とアロナに思いを馳せながら、ちょっと泣いた。だが、だとしても決めたのだ。未来が視えていたから、そうしようと思ったんじゃない。未来が決まっているから、そうしようとしようしたんじゃない。………俺は。我が名は――――!!
……to be continued in 第四部⇒
【第四部】【
――という感じで、
これがやりたかったんだよ(六回目
くぅつか。これでアズサ辺りから(27話)のお蔵入りは全部放出したので、もう逆立ちしても何も出てきません。ね、原作通りに流れるでしょ?(進むとは言ってない
Q.ところで、誰がキヴォトスでアクシズ教を作ったんですか?
A.カズマさんです。
Q.じゃあなんすか。これ以外に未来はなかったって言うんですか?
A.そこにないならないですね…。
はい。そんな感じで読んだ方はもうお分かりになったかもしれませんが、このまま進んでも最後まで書ききれるか分からないので、今のうちに次の主題を明言しておきますね。こんな後書きを最後まで読んでくれてるかは分かりませんが。私が書くとしたらいつも通りムリゲーにしたいので。
上記の通り第四部は、
エピローグ(1)の内容をどうやって切り抜けるんでしょうか、毎回思いますが普通に無理では?
まぁ、カズマさんはキヴォトスに住まう人々のことを好きになったらしいので、もう少し頑張るみたいですね。がんばれー。……とても長くなってしまった第三部を最後まで書けるとは思ってなかったので、この展開は出さなくてもええやろとか思ってお蔵入りしていたんですけどぉ…。
――というかもう今度こそ完結でよくないです…?私めちゃくちゃ頑張りましたわよ?いまならまだ俺たちの戦いはこれからだ的に終われるふわっとした感じになりましたわよね?キリがいいと思いません?今度こそプロットも何もできてないからぁ…。
冷静に考えて欲しいですね、登場人物の履修範囲が広すぎることを、書いてる時間よりも履修時間の方が長いことを、読者様方からの感想/要望/評価/お気に入り/ここいいね/ツイッターでの読了報告と感想/ランキング入り【評価☆10】【評価☆10】【評価☆10】が、多ければ多いほど、私の承認欲求モンスターが成長するということを…。