超法規的組織シャーレ で 仕事をしたくない サトウカズマ先生 作:奈音
A.リアルが忙しくってぇ…
――ウトナピシュティムの本船 カズマ
『………えぇ、えぇ、その通りですとも!
お陰様で、囚人服を着させられて繋がれることもなく。
私と似たような扱いを受けたFOX小隊を率いて、SRTの出動可能地域だけはそのままに。
今日も今日とて、いいように使われていますよ!
その成果もあって、世論やニュースも徐々に同情的になってきて…。
変装せずに表を歩けるようになりましたとも!
――ありがとうございます、これで満足ですか?!!』
「お、おう…」
バチバチに切れられながら感謝されて、思わず引きながら答えてしまうカズマの戸惑いに、一切の頓着を見せる様子もなく、不知火カヤは、一刻も早く、この不快極まる会話を打ち切りたいとばかりに話を進める。
『――はぁ…、それで? 何か御用ですか?
先ほども申し上げた通り、私は今日も忙しいのです。
………今日も! 忙しいのです!』
「いやそれはお前の自業自得だろ」
『――――チィッ…!!!!』
ことさら強く。とにかく忙しいのだから、どうでもいい用件で呼び出したのなら分かっているでしょうね私は絶対に許しませんよえぇ、という副音声のような言外の圧が。電話越しであっても、地の底から響く残響のように。怨念めいたおどろおどろしさを以て伝わってきたのだが…、カズマには全く響かなかった。
まぁ、それはそうだろうというか、当たり前だろうというか…。何が悲しくて、こちらの暗殺を企てていた
「――そんな忙しいお前に朗報だ。
よろこべ、仕事だぞ。ゲヘナにFOX部隊よこしてくれ」
『だから今日も忙しいと言っているでしょうが…?!
今日だけでも、何回出動したと思ってるんですか?!!
朝から今までで…、もう17回ですよ、17回!!! ――それもこれも!!
あの路地裏大祭後から。
妙な修道服を着た武装勢力が、あちこちで暴れ出すようになったせいで…。
朝から晩まで呼び出され続けてる、私の身になってくださいませんか?!!』
カズマは、顎に手を当てると、ふむとしばし考えて。
「………確かにそうだな。FOX部隊が可哀そうだよな?
じゃあ、いまゲヘナで起こってる全ての騒動を解決し終わったら、
俺が連邦生徒会に休暇申請しとくわ。
――FOX部隊の」
『――――……あ、貴方という人は! 貴方という人は…っ!!!』
にくしみでひとがころせたら、と言わんばかりにミシミシと、なにかが握りつぶされていくような音が響いてきて…。本当に一切の加減を手加減を。カヤに対して絶対にするつもりはなかったカズマではあるのだが、うぅん、頑丈なキヴォトスの住人でも無理というか限界は案外低いのか?、などと思い悩み始めて。
まぁそれはそうだろうというか。カズマの中では。ゲヘナ風紀委員会、その委員長である空崎ヒナの。ゲヘナ治安属人化ワンオペを近くで見過ぎてきたせいもあり、キヴォトスの精鋭は、無理をすればあのくらいならなんとかなるんだろうという。はた迷惑な無形の信頼を持つようになってしまったせいもあるが。それはともかく。
「……まぁ冗談なんだが。
お前も一緒に休暇にするに決まってるだろ?」
『………………笑えない冗談は、お止めになってくださいませんか(ミシミシミシィ…!!
私たちは、そういう距離感の、仲ではないでしょう…?』
「おっ、そうだな。 非公式だが、暗殺者と暗殺対象の仲だな。
で、これを公式にしなかった俺の優しさについて。なんか言いたいことある?」
『~~~~~~~~……!!!
ぐ、ぐぅううぅううぅぅぅぅぅううううううう…!!!
あっ、ありがとう…、ございますっ…!!! 可能な限り早く…、今すぐにでもっ…!
カズマ先生の…、ごっ、ご要望にっ…、応えさせていただきっ…、ますっ…!!!』
「――そうか? なんか急かしたみたいで悪いな?
リンとアオイと。あたらしい、防衛室長には。そろそろ休ませるように言っとくからさ。
休暇明けにまた頼むわ」
『――――……………ッ!!!!』
――プツリ、と。穏やか?に電話が切られて。……うーん、何も言い返せなくなった奴が、ぐうの音を出すのを久しぶりに聞いたな。とかカズマがどうでもいい所で感心しながら…。多分だが、これで問題ないと結論付ける。
連邦捜査部シャーレの依頼として、キヴォトスの中でいま最も大義名分のある公的な機関に、現状のゲヘナを荒らしまわっている勢力の鎮圧の依頼をしたという事実があれば、とりあえず今はいい。
それよりも不知火カヤは、どうやら相当参っているらしい…。朝から晩まで激務続きということだし、もうこれくらい追い詰められてるなら、ワカモに任せていた矯正局からの脱獄防止訓練(防げた試しがない)は中止にしてもいいだろうか、あのワカモが未だにベッドで寝込んでるしなぁとか思いを馳せつつ、次のことを考え始める。考え始めるのだが…、考えれば考えるほど既に詰まされている様な気がしてならない。
アリウスの現状を考えるに、やりすぎなくらいにやりすぎない事には、勝機なんぞ夢のまた夢。というかそもそも勝負になるのかもわからない、というのがカズマの現段階のアリウスに対する評価であって。……そもそも。もはやキヴォトス二大テロリストの二つ名が懐かしくなってきた、鬼怒川カスミ率いる温泉開発部に頼るほかない現状そのものが、もはや危ういのでは…??などと考え始めてしまい。
更に言えば。今からやろうとしていることは。カズマの都合で、まっとうに社会復帰した生徒を。社会復帰させた生徒たちの集団を。再びカズマの都合によって、都合よくテロリストに戻ってくれと言っているに等しい。とはいえカスミもメグも、温泉開発部の部員たちも。その程度のことは気にも留めないだろうなというか、言ったら笑い飛ばされそうだなという想像はつくカズマではあるのだが…。
いいや。余計なことにまで気を回しすぎかもしれない、とカズマは首を振って、いま必要なことだけを思い浮かべる。要するにカスミに協力してもらえなければ、カズマの絵に描いた餅は、アリウス復興への計画は、その瞬間に紙屑になるということであって。
「………………………いや、違うか」
そうだ、違う。俺は、まだ手段を選んでいる。切れる手札が残っていない? そんなわけがないと、カズマは今までのことを思い出す。たとえば…、忍術研究部のように爆裂魔法を習得させればいい。一発撃つだけでも危なすぎるから忍術研究部にしか教えていないが…。あんなものはアビドス砂漠でデカい蛇を標的にしてるだけで十分だ。
だめだ代案を考えよう。そう、ワカモのように身体能力魔法を習得させればいい。貧弱な一般通過カズマでも、鎧戦士の片足に長縄を付けた上で、縄を全力で振り回せば空中に放り投げられる程度の能力加算があって危なすぎるので、聖園ミカと正面から殴り合う必要があった狐坂ワカモにしか教えていないが…。
………えーっと。――っそうだ!霞沢ミユのように最強のスナイパーになれる三点セットを習得させればいい。真面目にキヴォトス最強のスナイパーの称号に恥じない働きが出来るようになったので、これを集団で運用したら地獄絵図が始まるのは目に見えてるのでミユにしか教えていないが…。
「………………うん」
自身に言い聞かせるように深く深く頷いて。やっぱり手段は選ぼうと、カズマは固く決意した。よって、カスミに断られた時の為に、姿を眩ます方法と逃走ルートについて、真剣に検討を行っておく。軟弱というなかれ。今まで築き上げてきた金も住居も人脈も惜しいが、その前に命がなくなっては何にもならないのだ。ましてやここはキヴォトス。銃弾榴弾徹甲弾が、朝の挨拶より気軽に飛び交う魔境であるのだから…。
「……はぁ」
カズマはいつものように少し溜息を吐くと。俺はいつになったら、異世界転生無双がハーレムでウハウハみたいなことができるようになるんだろうとか。益体もないことを考えながら、テレポートでシャーレに帰り、カスミを出迎える準備を始めた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――連邦捜査部シャーレ 玄関口 カスミ
「――やぁやぁ、先生!
玄関までお出迎えとは、本当に下にも置かない歓迎ぶりじゃあないか?
大祭の後片付けで忙しいだろうに、ご苦労なことだ!」
連邦捜査部シャーレの玄関口が見えるところまでやってきたカスミは、建物の前で出待ちしているカズマを視界に入れるや否や、いつもの軽快な口調で笑顔を作る。ニコニコというよりは、ニヤニヤといった感じの不穏なものではあったが…。とりあえずカスミの機嫌は良さそうだと判断してよさそうだなと考えたカズマは、片手をあげて応えた。
「まーそりゃ。俺も一人でやってるってわけじゃないからな。
……で、優先しないといけない
「もちろん、終わったから来たのさ。
我々のような日陰者は…、最近はそうでもないが。
とにかく、もともと信用で仕事をしているから、そのあたりの抜かりはないとも。
………それよりもだ。
今回のことはカズマ先生がわざわざ、私を指名してまでの話なんだ。
だから一刻も早く話を聞きたくて、急いで用事を済ませてきた。
そんな私の、この、ときめきに値するようなものだと、期待しているが?」
目をギラギラと輝かせながら、ずいっと一歩踏み出し、カズマの瞳を覗き込むかのようにして、逃がさないと言わんばかりに両腕でカズマの服を掴んできて。……その、カスミから湧き出してくる熱は。あの日に何とか言いくるめた時よりも遥かな熱量を以て、その身を焦がしているように見えて。
カズマはちょっと引いた。というか普通に怖かった。
「そ、そうなのか…?」
「そうとも!
さぁさぁさぁ! 早く話をしようじゃないか…!!」
服を掴まれた勢いのまま、玄関の柱に押し付けられるカズマ。
「――うぉおおおおおっ!待て待て待てって…!
面と向かって話をしたいって言ったろ? 寿司ももう届いてるし、食べた後でも――」
「おっと、それもそうだ…。私としたことが冷静さを欠いていたと言わざるを得ないな。
さぁ行こうすぐ行こう時間が惜しい早く動きたまえよ仕方ない手を取って連れて行ってあげ
ようじゃないかさぁさぁこっちだ転ばないように気を付けたほうがいいぞ先生」
「ちょっ…!!
「おぉまるで劇団の花形のような身のこなし!
それなら転ぶ心配はなさそうだな、さぁ行こうすぐ行こう!」
そういうことになった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――連邦捜査部シャーレ 温泉開発部:シャーレ支部室(食後) カスミ
「――ゲマトリア。アリウス。トリニティ。ゲヘナ。
ほぅ、ふーん…。へぇ?
全く興味はわかないが、非常に興味深い話ではある。
急にトリニティ主導で妙なお祭りが開催されたものだなとは考えてはいたが。
合点がいったよ…、そういう裏があったのか。
――なるほど。
カズマ先生の事情は分かったとも、そこまでの終わった話は理解した」
一通りの事情を説明し終えて。
カズマは気のせいか、急に室温が下がったような錯覚を覚えて、身震いした。はてなんだろうかと考えて、空気の入れ替えもかねて開け放たれた窓を見るに、今日の天気は晴れ。天気予報のニュースキャスターも、すがすがしいくらいの快晴だと言っていたはずだが…。
「――それで?」
冷えた声色が大気を震わせる。あれ?なんか不味いか?と思いつつもカズマは口を開いて。
「それで、だからアリウスにだな…」
言葉に詰まり。
「――うん、分かるとも…。
私を呼んだ、私をこの部屋に迎え入れたんだ。
用件は分からなくとも、その要旨は理解できる、だから。
だからだね、カズマ先生。念のために聞いておこう、念押しとして聞かせてくれ。
カズマ先生は、もしかして――」
カスミは言葉を溜めて。
「私を、いや私たちを。からかって…。いるのかな?」
――龍の逆鱗に触れる。虎の尾を踏む。雉も鳴かずば撃たれまい。触らぬ神に祟りなし。なんだか分からないが、カズマは唐突にこの辺りのことわざの意味は何だったかなと意識を宙に飛ばし始める。気のせいか。カスミが、なにかに怒ってるように、カズマには感じられた。なんだ? なんだろう? 分からない…。真面目に分からない。
今までの会話の流れで、なにかしら不味いことを言ってしまっただろうかと記憶を遡っても、困ったことになにも思いつかない。思いつかないのだが、この状態のまま話を進めるのは非常に不味いということだけは分かった。
「………………からかう? 何のためにだよ?」
「――――……ん? あぁ、そうか!
すまないカズマ先生。少し言葉を飛ばしすぎたかもしれない。
まずは前提の共有、それから妥協点のすり合わせをするということを。
久しく忘れてしまっていたよ!! ………それにしても」
獲物を狙うかのように細められていた狩人のような瞳から、パパッといつものおちゃらけた雰囲気になったカスミは、あぁ、なんということだ、なんということだと心の中で繰り返し。口で円弧を作ると高らかに。
「ハッハッハッハ…、ハーッハッハッハッハ!!!
とても、とてもうれしく思う! 私は今そう感じているのさ!
この時カズマは、ようやく理解した。
「いや最終的に用事があるのは私たち、であったとしてもだ!
光栄だよカズマ先生…。で、あるのならば、だ。
私が言葉にした”からかっている”という疑問の投げかけについて、貴方には。
カズマ先生には、しっかりと言っておいた方がいいかもしれないな…」
またしても、なにもかもを勘違いしていたことを理解した。温泉開発部と鬼怒川カスミは。同じように見えても、同じではなかったということを。違うのではなく、溶け込めているということの意味を。こいつは、カスミは。温泉開発部部長であり、温泉開発部の部員の一人であり、そしてなによりも、鬼怒川カスミでしかないということを…。
カスミは立ち上がると、机を回り込むようにカズマに近づいて。それはさながら、逃げ道を防ぐように。
「温泉工事の為の資料は揃えているんだろう? 見せてくれ」
「お、おう…」
カズマは、カスミからの、まるで何もかもを見透かしたような視線に戦慄を覚えたまま、言われるがままに。
「ありがとう、さてはて…」
カスミがカズマから受け取った資料は、ずっしりとした重みをもっていて。アリウスの地形図、写真、標高、地形分類、地盤の強さ…。これだけあれば、とりあえず見積もりはすぐ出せるといった程度には。温泉を作るために必要な情報がそこには記されていて。しかし、その最後に、聖園ミカの流星群によって地形が変わるほどに地面のえぐれた写真が次々と出てきて。要:現地調査と締めくくられたその資料を、隅から隅まで舐めるように目を走らせたカスミは。
「――ふむふむ? なるほど?!
滅茶苦茶になったというアリウスという土地を丸ごと温泉都市に?
流石に幾つも事業を抱えてるだけあって、勘所をわきまえている…。
これなら何度か現地調査に行けば、すぐにでも取り掛かれそうじゃあないか。
それに――」
その両目をギラリ、と煌めかせ。
「これだけ穴ぼこだらけなら、温泉を作るのに全く困らないといえる!
都合のいいことに、そこかしこにドでかい岩もあって石材に困らない!
そして、一人に一つ一つ温泉があるような!
都市丸ごと温泉都市にしていいという、お墨付きまで出ている!!
文句のつけようがない、最高だ!
だが――――」
一息。
「主要都市からの往路の目が、全くない…?
歴史から露と霞と扱われるがままの、トリニティと古い確執を持つ学園?
10年前の内戦後から、悪辣な独裁者に支配されてたから、一般常識がない?
――なんだそれは…? はーはっはっはっは…、なんだそれは?」
空気が乾いていく音が聞こえる。
「………もしかしてだが先生は。私たちが人が誰も訪れないような秘境であっても。
文字通り誰も来ないような場所に温泉を作るような。
そんな、真たる気狂いに。見えて…、いるのかな?」
――うん見えてる。お前らレッドウィンターでやらかしてたじゃん、などと。そのまま口に出そうになった言葉を、カズマは反射的になんとかして飲み込んだ。まずいまずいなんかあったかとカズマは温泉開発部の人となりを調査させたときの資料の内容を思い出す。全員そろって頭がおかしいと評判の温泉開発部が温泉を作る場所は、たとえ人里からどれだけ遠く離れた場所であっても、必ずその為だけに。公的な交通インフラが確立されていたという奇妙な業務的事実を。
それは地域の観光協会に丸投げするような話であったり、温泉開発部がその為だけに立ち上げたバス会社であったりと、方法はその時々の様々な方法で。はたから見ると、行き会ったりばったりの、どったんばったん計画なし考えなしに見えるのだが。全体的にみると必ず黒字になっているのだ。つまるところ、温泉開発部は衣食住に関して一切困っていない。むしろ、温泉開発という高尚な趣味に没頭できるような環境が、完璧に整えられていると言ってもいいほどだ。彼女たちは言わば、温泉を求め続けることの出来る高等遊民なのだ。
それを全て牽引しているのが、温泉開発部部長の鬼怒川カスミだ。彼女は部員の体力作りのため。温泉開発の際に建設しなければならない温泉宿やそれに付随する施設増設のノウハウを体に覚えこませるために、あらゆる努力を惜しまない。経営側、あるいは運営側、そして従業員側の知識がなければ明らかにできないことを、そうと見せないようにこなしていることからも、それは明らかだ。だから順当にいけば、その能力で一つの経済圏を構築していてもおかしくない程に、温泉開発部の練度は高い。
じゃあなんでキヴォトス二大テロリストとか呼ばれるまでになってしまったのかという原因については…、さっぱり分からないが…。もしかすると悪名は無名に勝るとかいう部分を利用するために、敢えてそう言った行動を繰り返しているのかもしれない…。いやそんなバカな話ある?
つまり、そこから導かれる結論として。カスミは…。怒っているが、怒っていない?ポーズか?何かを試されている?いやもう何も分からん…。考えすぎたせいか集中力が切れてきて、もういいやと途中で思考を放り投げると、カズマはいつも通りのビジネス的な話をしとけばいいやとやけっぱちになった。
然もあらん。カズマの脳は完全にキャパオーバーしていて。まぁそれはそうだろうというか、短期間に難題に襲われ続けて判断能力が落ちていたのは、仕方がないと言えるのかもしれない。
よって。
「……往路に関してはテレポートでなんとかする」
「――ふむ。集客は?」
「アクシズ教を使って…、新規入教者向けの特典にすればいけるだろ。
宣伝のために、温泉の源泉を材料にした石鹸や洗剤を試供品にする。
アクシズ教関係の販路はヒフミがやってたな…」
「ほう、打てば響くじゃあないか…、楽しくなってきた。
――いいだろう、接客はどうする? そんな高等なことができるのかい?」
「百夜堂が運営してる温泉宿の映像マニュアルがある。
しばらくは付け焼刃になるが…、やってるうちに慣れるだろ」
「――都市丸ごとを温泉都市にしてしまうと、その後の人員が全く足りない。
どこから人を引っ張ってくるつもりかな?」
「………ヒフミ直属のシャーレ温泉開発隊から希望者を「全員来るだろうな」そうか?」
「――来るとも。私が応えたように、きっと来る。
いいさ分かった。聞きたいこと、知りたいことはだいたい終わった。
最後に――」
カスミはカズマから渡された資料をがさがさと整理し、そこに添付された写真を見る。そこに写る人を見る。ぼろぼろの姿で、遠くからこちらを伺うようにしているアリウス分校の生徒たちを見る。その瞳を見る。その全てを見て。一人ひとり見渡していって、そのどれもが、その誰もが。その瞳に。みすぼらしい恰好に似つかない、眩いばかりの光を灯しているのを目にして。
「――なぜ、温泉にしようと思ったのか。それを知りたい」
低く、温かな。カスミが放つ言葉にしては、いやに落ち着いた静かな問いかけ。つまり。ここまでは正解だったのか?とぼんやりしてきた頭でカズマはなんとか考える。それならば、ここもなんだかそれらしい言葉が必要だ。アクシズ教といえば温泉だからみたいなことを言っても、キヴォトスの住人には伝わらないだろうし、今まで建設的かつ現実的な方策を述べていたのに、脈絡もないことを言ってしまえば呆れられて終わりだ。落ち着け、俺がやろうとしているのは、今までも、これからも。今までの延長線上に過ぎないのだから、ならば答えるべき言葉は――
「アリウスの土地と、アリウスの生徒たちの生活を復旧する…」
「――アリウスを、甦らせるためだ」
「………………………………………」
カスミは、カズマからの言葉を噛み締めるようにして目を細めると。
「ハ」
「…………?」
「ハーハッハッハッハ!!!! そうかそうか!!
カズマ先生は、相変わらず何も分かっていないのに、理解しているとは傑作だ!!!」
ドンッ!と。カスミは力強く自身の胸を叩き。
「――いいだろう!!
この私が! 温泉開発部部長である、この鬼怒川カスミが宣言しよう!
アリウスに、キヴォトスの誰もが目を抜くような! 眼福たる温泉都市に感服させるような!
死に体同然のこの土地と人を、生き返らせるほどの威力を持つ
必ず建築して見せよう!!!」
挟み込むように。逃がさないぞと言わんばかりに。カズマの両手は、外側から包み込むようにカスミの両手に覆われて。ぶんぶんと上下に振り回されながら、握手させられるような形になったカズマは。手段を選ぼうとして逃げ道がなくなったことが、果たして正解だったのかということに関して、しばらく思い悩むことになる。
そう、綺羅星のように。いいや、太陽のように。ごうごうと燃え盛る情熱を、カスミの瞳に見て。こうなってしまえば、もはや誰にも。焚きつけた本人でさえ止められないであろうことを、カズマは経験で知っていたのもあって。
「……ちょっとは加減してくれよ?」
「なぁに、温泉とはそういうものだ!
痛みをお湯で洗い流す! まさに至高そのものと言えよう!!」
もはや言葉が通じているかすら定かではなく。
「グレートだ! ワンーダフルー! ハーッハッハッハッハッ!
いいぞ! やってみようじゃないか! そこまで言うのであれば!
何かを…、いいや何もかもを起こしてやろうじゃないか!
これからは言い逃れようがなく、私たちは共犯だ! カズマ先生!!」
高らかに、高らかに。
「ハーッハッハッハッ! ハッハッハッハッハー!!!」
カズマはこうして、手段を選んで。目的の為ならばどんな手段でも選ばない指導者と、その指導者に率いられる技術者集団の協力を取り付けることに、成功した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――廃ビル 温泉開発部 隠し拠点(シャーレ提供) カスミ
その後。
カズマにとっては今後にかかわる重大な話であり、カスミにとっては、一番大事な部分だけ抑えられていれば、後はどうでもいいとさえ思っていた話が終わって。カスミはカズマ先生からの依頼を果たすために、必要な物資や重機等が揃えられている、とある隠し拠点に足を運んでいた。
「~~♪ ~~~…♪」
そこには、製図や、地質調査に必要な機器類が揃えられていて。カスミは大きな作業台にそれらを並べて。工事に必要な人員や工期、機材の見積もりを始める。そのために必要なアリウス自治区の写真や地形の高低図、景観が無秩序にならない為の町割り図。都市や街を区画するのと同じように、道路や建物を配置する計画書が積み重なり…、その他にも必要なデータの入ったUSBメモリと作業用のパソコンまでもを。カズマ先生から提供されていたこともあって。
長い間、様々な土地で温泉を掘ってきたカスミにとって、それほどの条件が揃っているのならば、まず間違いなど起きる筈もなく。まるでその土地が目の前にあるかのように、寸分狂いなく、頭の中だけでその工事を仮想的に組み立てていく程度のことは児戯に等しく。
「~~…♪」
もちろん、それだけでは作業員となって働いてくれる温泉開発部の部員達には伝達しきれないので、そういった数値に関する知識を。最低限、目端と手先の感覚だけで距離感覚を計測することが出来るように仕立て上げた、温泉開発部総員に向けての指示資料として。全体に情報共有ができる形として、作成しておかなければならない。
………これが終われば。一度全体ミーティングを行った後に、データを配っておけさえすれば。それぞれがそれぞれの為に、最も効率的な動きを能動的に行う、邪魔が入らない限り、工事が終わるまでの間は楽しみ続けることの出来る――
「――あっ、やっぱり部長だ!」
「………ん? メグじゃあないか。珍しいな、こんな場所まで」
カスミは、珍しいこともあるものだと、いったん作業を止めて、部屋の入口に現れたメグに向き合う。本当に珍しいことだった。メグはカスミがこういった作業をしている時に、邪魔になっちゃうと悪いから、とカスミが構わないと言っているのにも関わらず、差し入れにメッセージを添えて、部屋の入口付近に置いていくようなところがある。
「うん! 本当はいつも通り、カスミ部長に差し入れだけ置いておくつもりだったんだけど…。
――久しぶりに、部長の鼻歌が聞こえたからね!」
「………私が、鼻歌を?」
「そうだよ? 最近は聞いてなかったけど、
――だから、私、ピンときちゃったんだ!」
「………………(全く意識していなかったな、どうして私は鼻歌なんかを――)」
カスミはメグから思わぬ指摘を受け、ここが比較的安全な場所とはいえども、できるだけ静かに、潜んで活動しなければならないというのに。鼻歌を歌うようなことがあったのかと、自罰的に行動を戒めることを考えようとして。
「――部長が、シャーレの隠し拠点でそうしてる時は。
カズマ先生からいい話をもらった時だって!」
「――ん”っ…?!」
「いつもよりご機嫌そうな部長の鼻歌が聞こえたから、
待ちきれなくって、思わず覗きに来ちゃったんだ! ――ごめんね!」
「――んんん”っ…?! ゴホッ…! ゲホッゴホッ…!!」
カスミは少し物思いに耽っていたところにぶちまけられた、第三者から、メグから見た時の…。どういう風に見えていたか、思われていたのかという点について。意識外にあったその評価に愕然とし、大きくむせてしまう。
……おかしい、おかしいぞ? そういった素振りは全く見せていなかったはずだが?とカスミはこめかみに手を当てて冷静になろうとする。落ち着け、落ちつくんだ鬼怒川カスミ。あいにくと風紀委員長相手だと冷静を保つことの出来ない私ではあるが、その他はそうではないはずだ。いつものように冷静に考え、そして弾けた温泉のように笑い飛ばせばいい。
ふぅぅぅぅぅぅぅぅうううう…、おや? いやいや待て待て待て、メグは先ほどおかしなことを言っていなかったか? 『久しぶりに、部長の鼻歌が聞こえたから』とか『前はずっとそうだったから』とか『いつもよりご機嫌そうな』とか…。
「…………………」
「――――???(ニコニコ」
しばらくの間、どう言葉を返すべきかと思い悩むカスミと、突然黙り込んじゃってどうしたんだろう…あっ、もしかして待ちきれなくて喜びを溜めてるのかも!と考えて笑顔になるメグの間で沈黙が流れて。
「………ハ、ハーッハッハッハッ!
いろいろと弁明したいことはあるが、今はやめておこう!
細かいことは省くが、察しの通りだ!
もはやお役所対応と化した、風紀委員会からの温泉開発許可地への通達なんかじゃあない!
――カズマ先生肝入りの大事業だ! 忙しくなるぞ!!」
「本当?! じゃあ、急いで準備しなくっちゃいけないね!
――いつもの場所に、皆が集まるように手配しておくね!」
メグの表情が、ぱっと光が灯るかのように明るくなり、こうしちゃいられないよ!急がなくっちゃと言わんばかりにそわそわと。今にも走り出しそうになる前に、カスミはメグの肩に手を置くことに成功して。
「――の、前に…。
メグ…、私としたことが温泉のための勉強をしているというのに、
気分の浮き沈みを悟られてしまうような態度で臨んでしまうとは、非常にまずい事態だ。
………気が緩んでいるのかもしれない。
部員達には、悟られないようにしておいてくれるかな…?」
「うん、分かった! 部長がそう言うならそうするね!
………うーん、でも。みんなに、どう説明しようかなぁ…」
「――特に、説明に困るようなこともないだろう?
………まぁ、いつもより大規模にやると言っておけば――」
「………………えっと、そのごめんね、部長。
私、カスミ部長が、鼻歌のことを気にしてるとは思ってなかったから。
いままでずっと、部長の鼻歌のご機嫌さで、人数とか機材とかの招集度合を決めてたんだ!」
「――ヒュッ」
「みんなにも部長の様子はどうだった? って聞かれるからね!」
「……スゥゥゥゥ――――」
カスミは、思わずといった具合に大きく空気を吸い込み。ダラダラと冷や汗を流しながら。温泉開発部の部長となる切っ掛けとなった、メグとの出会いに想いを馳せ始める…。あっ、そうそうこれこれ、自身の頭の中で抱えきれない感情が溢れるほどに満ち満たされた時ってこういう感じになるよな、風紀委員長を前にした時とはまた違った感覚の。
ううん。それにしても流石はメグだな…、私の呼吸を感じて、それに限りなく最適な状態を選択していたとは…。などなどと。ちょっとかなりものすごくとんでもなく。カスミの精神状態は、まるでミキサーにかけられた野菜のように散り散りになっていって。
「だからちょっと難しいかもだけど…。
なんとかみんなに説明してみるね! まかせて!」
もうなにもかもが手遅れだという最後通牒を、ニコニコとした笑顔で無邪気に告げられて。カスミはその場を去っていくメグに何も言えないまま、凍り付いたかのようにその場で動けなくなってしまい。
「………………ひ、ひ、ひえええぇっ…」
小さく、小さく。断末魔のような可愛らしい声を上げて。ぽろぽろと涙を流しながら、その場に崩れ落ちていき。全身から力を失っていって、その手からバサバサとなだれ打つように、カズマから渡された資料がこぼれ落ちていって。
パラリ、パラリと。大きく散らばったもののいくつかが、外界から吹き込まれた微風によって散らばっていくようにして、まるで本をめくるようにまくれていって…、開かれたそのページには。
『――この計画によって建設され、運営される都市はアリウスではあるが。
今後の計画に差し障りがあるため、外向きの名前を付ける必要がある。
同時に、その名前を本計画のものとして呼称するものとする。
その名前は――――』
――――水と温泉の都 アルカンレティア。
――という感じで、そういう感じに復興されていくアリウスの話でした。
これがやりたかったんだよ(七回目
クロスオーバーで二次創作なんだから、このくらいやらかしてもええやろの精神。このすば原作を読まれている方はいずれこうなることは分かっていたかもしれませんが…、だから、聖園ミカの隕石でアリウスを穴だらけにする必要があったんですね…。
――――ここから言い訳です…――――
えー長い間更新できなかった理由としてはリアルが忙しかったのもありますが、私が鬼怒川カスミのキャラ性を全然つかめなかったせいなんですよね…。愉快犯なのに確信犯であり、温泉開発部の一員のような素振りを見せたと思ったら、それは世渡りの為のポーズとも言う。そしてそれを風紀委員長から評価されいて、ごり押しに弱いと。
原理原則がさっぱり掴めない、芯があるはずなのに芯のとらえどころがない。と思ってグループストーリーを読んでなんとなく理解した気がした結果が、本作での鬼怒川カスミでしてぇ…。
カスミが怒るのも、笑うのも。本気で笑ってるし喜んでいるし、本気で怒っていると考えました。そういう考えを持っている人間なんだと思って書きました。ちぐはぐに見えているようで、そこには明確な芯がある…んじゃないかなぁーと。というかこのくらい難易度高くないとキャラクター性としての魅力みたいなものがないようにも思ったもので「HELLSING」のことを考えながら、カスミのことを書きました…。現場からは以上です。