~~~UC.0078 3.18 ナイメーヘン士官学校~~~
宇宙世紀0078、3月18日。一年戦争開戦を約9ヶ月後に控えた時期に俺は地球連邦軍ナイメーヘン士官学校を卒業した。少尉に任官され浮かれる同期達を横目に一人空を見上げる、しかし意識はその向こう側、宇宙に向けるように努力した。「やっとここまでこれたか。」心の中で呟く。
「おい、写真撮るぞ~!」「ヤスヒコも入れよ!」
同期達はまだ何も知らない。あと少しでこの地球圏が長きに渡る動乱に巻き込まれてゆく事を。しかし同時に”前”の”知識”だけでは今後を生き抜いていけない事も俺は解っていた。
「ああ、今行くよ。ちょっと待ってくれ。」
そうだ、18年かけてやっとスタートラインに立ったばかりなのだ。ここにいる同期達は”前”の”知識”ではどのような運命を辿ったのか俺には解らない。しかし”今回”は転生者たる俺が居る。もしかしたら結果は変わらないかも知れないが、ここにいる同期の内の何人かの運命を変えることが出来るかも知れない。歴史の修正力とやらがこの世界ではどのように作用するかはまだ解らないんだ。
「俺たちは同期だ、今後何が有っても俺たちは互いに助け合い、そして最善を尽くそう!わかったな野郎共!」「女性士官も居るのよ、忘れないでよね!」
まだ何も始まっていない。この宇宙世紀で……憧れていたこの世界にやっと今からプレーヤーとして参戦できるのだ!出来れば早期離脱することの無い様にしないとな。そう思うと俺はカメラに笑顔を見せようと努力した。
~~~UC.0079 1.02 ルナツー~~~
明日だ、明日の07:20にはジオンによる連邦パトロール艦隊奇襲が発生して一年戦争が始まるんだ。俺はそう思うと居てもたってもいられない感覚に陥った。幸い家族は地球の日本地方出身であるし転居もしていない。勿論宇宙旅行やシドニー旅行なんかにも行って居ない事は確認済みである。
しかし、これから72時間程で28億程の人命が突如戦火によって失われることを考えると心が痛んだ。知識を持っていた俺が早々にジオン公国に赴き帰化しなかった原因の一つでもある。
「少尉、緊急で済まないが任務に就いて貰う。」
ルナツーの士官ラウンジでコーヒーを飲んでいた俺の耳に上官の声が勝手に入ってくる。
「少尉と言われましても他にもトリアーエズのパイロットはいらっしゃるので解りません。大尉殿。」
「馬鹿を言うんじゃない、ヤスヒコ・ナカムラ少尉貴様に命令しているんだ。増槽を取り付けたトリアーエズを操縦し、サイド5まで要人をお送りするんだ。本来なら連絡シャトルを回すんだがどうやらジオンの奴らが動き出したらしい。護衛機を2機付けるから要人送迎の任にさっさと就くんだ。」
まさかもうジオン公国がパトロール艦隊を奇襲したのだろうか、俺の知識と若干のズレが生じつつ有るのだろう。そもそも持ち合わせている知識には大きな穴がある、過信しすぎて戦死などしようものなら目も当てられない。今後はその事も念頭に入れておかなければ……。
「なんだ?何時もみたいに軽口は叩かないのか?」
大尉殿、もといクレッグ大尉は考え込む俺を不思議なものを見る顔で覗き込んだ。
「大尉、護衛機の数を増やせませんか?嫌な予感がします。」
「予感、か。少尉にしては珍しい物言いだな。俺の権限ではあと2機しか増やせんな。」
「2機ですか、わかりました。編成はお任せします、無茶を言って済みません。」
「なんだ?何時もみたいに軽口は叩かないのか?」
大尉殿、もといクレッグ大尉は考え込む俺を不思議なものを見る顔で覗き込んだ。
大尉は右手をヒラヒラさせながらこの場から離れる。俺も新たな任務となればずっとゆっくりしている訳にはいかない。残りのコーヒーを飲み干すとラウンジを後にした。
40分後俺はパイロットスーツに身を包みブリーフィングルームに赴く。トリアーエズの5機編隊でサイド6経由の長距離飛行だ、訓練では何度かこなした事があるが実際の軍務として臨むのはいささか緊張する。恐らく僚機のパイロットになる連中も同じだろう。普段は新任の少尉殿と言って俺をひよっ子呼ばわりする専科学校卒の下士官達も緊張しているようだ。何故熟練度の高い古参ではなく比較的若いパイロットを要人送迎に起用したのか真意を測りかねるところだ。考え事をしてると大尉とルナツー航宙隊司令とその副官がブリーフィングルームに現れた。
「よし、揃っているようだな。早速貴官らにはサイド5までの長距離飛行に出発してもらう。隊長はナカムラ少尉、貴官の機体には送迎対象を搭乗させるのでくれぐれも不備の無い様に。副長はフォアマン軍曹だ2番機を頼む。チャン伍長、ヘルマン伍長、カプチェンコ伍長の以下3名は順に3番機4番機5番機として任務に当たれ。貴官らは若いが才能豊かなパイロットだとクレッグ大尉から聞いている、今回の任務で経験を積み視野を広げてきてくれ。」
訓示を終えると次は副官による任務の詳細説明だ。17時間かけサイド6オンタリオを経由し更に10時間かけサイド5サクラメント迄要人をお送りする。事前の説明と何ら変わりはない。長距離飛行になるが道中は殆ど慣性飛行、増槽を取り付けたトリアーエズならば問題無いだろう。欲をかけばセイバーフィッシュを回してもらいたかったが仕方が無い。
「……という具合で貴官らには任務に就いて貰う。なお送迎対象については機密上人間である事は伝えるがそれ以上は貴官らには関係のない事だ。余計な詮索はせずに任務の成功だけを考えて行動せよ。」
要は末端には荷物の内容は関係ないから黙って運び屋をやれという事らしい。ヘルマンはあからさまに不満げにしているが上からの命令には従わなくてはならない。この時期にこのような任務に回されること自体が不審なのだ。ジオンとの間の緊迫した空気は遠く離れたルナツーでも感じ取る事が出来る。知識が無くとも多少不審に思う所はあるのだろう。
もう話すことはないと言わんばかりに司令官はブリーフィングを終了した。俺は敬礼を済ませるとさっさと部屋を後にし愛機の留め置かれる格納庫に向かった。