死へと至る病   作:________

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よろしくお願いします。


14:致命──深度0m

 この辺りで、例えば約束のように彼女らは空を見上げたりするなどして、その空模様が明るいか、そうでないかを認識し、それが今の、自分自身の心的状況を表しているだとかいないだとかで笑ったり、それが文字数二万字前の辺りで現れると良いとされる重要キャラクター同士の諍い、決別なりに利用されることがある。挙げ句の果てには、空模様を主題とした問いがどこぞの日本学生諸君らが受験するテストにまで幅を効かせる始末である。それらは全くもって無関係であると、もっと主張して構わない。(そもそも)その時の気持に応じて空模様が変化すると思っている輩どもは、つまりは彼彼女らが空想を前提として文字に書く魔術を信仰していることと大差ないのである。だから、二人が突発的に手をかざして見た空は非常に快晴極まりないし、季節などはわからないけれど、夏が悲鳴をあげそうなほどである。つまり、少しずれがある。空模様が彼女らの内部を投影していたり、していなかったりするのではなく、彼女らが空模様を感知しているに過ぎない、ということである。彼女らが思想的に、意味のない空模様を意味のある空模様として解釈しているだけなのである。尤も、このように無意識で考えている人類がもしやすると存在するかもしれないし、そうであった場合この訳の分からない思想は人ならざる身が人らしきものになるための足がかかりであって、それなりの価値を持つ筈である。

 

 全てのことは、きっとそれくらいの事象で完結する、と結論づけることに、果たして意味はあるのだろうか。

 

 不思議な人、ひと? だった。そういった感想は二人がどちらから振るでもなく、またあの時の、くっついた球体のような感覚として持っていた。マンハッタンカフェはこういった感想を舌の中で転がして、数分後に出てきたぼんやりとした次の言葉を楽しむ。アグネスタキオンはそれを噛み砕いて、要素を抽出して、並べ立てて吐き出す。そういう二人は、明らかに良い相性であった。良い相性であるが故に、致命的につながっているような、しかし雑に破いた紙のような、お互いの一部が半分透けてしまっているような別れ方をしているような心持が、二人をついて離れなかった。魔術、とでも言うべき引力と斥力は、悔しくもギャリケーの口から放たれていた、奈落(アビス)へと収束している。それを認めなければならなかった彼女らは、苦笑してしまった。この、最終的に行き着く判断が、あまり違わないと言うのが、良い。

 

「……世辞にも良い状況とは言えないのだろうけれどね」

 

「ええ」

 

 全くその通りであった。滑落亭で耳にした、二人の話。得られた秘密は、その秘密という言葉が匂わせる甘美なそれとは大いに違っていて、単に彼女らの置かれた状況の流動性を示すだけであった。その流動性には、坂のようなものがあるのだと、アグネスタキオンは考えた。自身がもし電子的な性質を持っているとすれば、ある一定の電場により坂を転がり昇っていけたのだろうけれど、その電場は一体誰が定めたものだろうか。彼女が仕組んだことでもあるし、あの大男、院長、ギャリケー、そしてエリカやマンハッタンカフェが、それ以外の何か、誰かが仕組んだことなのだろう。ただそれは電子の話であって、実際に自分の体は落ちていくのである。そう思って、人々は理論を紡いできたのである。

 

 今更どうしようもないのかもしれない、と判断するのは……私らしくないのかな。アグネスタキオンは下を見て、自分の手のひらを見た。うまく力が入らなくて、冷たく抜けているような幻覚があった。

 

「……例えば、その」マンハッタンカフェはここで、初めて口を開いた、というような気がした。彼女自身は自覚していないけれど、そこで彼女の精神は、一つ方向づけを得た。

 

「私には、アナタに見えていないものが見える、といつか言いました」

 

 あぁ、とアグネスタキオンは答えた。

 

「彼岸と此岸を、アナタはひどく論理的に解釈しようとしました。私はその度に少し不機嫌になって、少しの塩を入れた珈琲を啜っていた記憶があります」

 

「違う、と思っていました。今も、違うと思います。あなたと……わたしは、その、どこまでも反対で」

 

 でも、とマンハッタンカフェは続けた。

 

「思ったんです」

 

 私がもし、タキオンさんと反対の位置だったなら。きっと、似たようなことを。

 

「私はあまり、そういった判断ができませんから、やり方は違うのでしょうけれど」

 

 マンハッタンカフェは二つ目の苦笑をした。諦めてしまったような、そんな笑みだった。滑落亭は彼女たちの住処とそこそこの距離があったから、エリカを置いてきていた二人はそれから、何も話さずに部屋へと戻っていった。脈絡のない話だ、とアグネスタキオンは反論しようとしたけれど、それ以上に、それこそ脈略のない喜び、充足が得られたような、理解のできない胸のあたりの騒ぎを無視できなかった。理解できないものを、一度理解できないままにするという、概念知のような行為を久しく受け入れた。

 

「あ、あの、お帰りなさい」

 

 エリカは部屋の中央に正座していて、まるで一日中そこで固まっていたかのような具合であったので、マンハッタンカフェは心配の言葉をかけた。けれど、エリカは全く問題ないと言って、手を振った。自分から言い出したことだから、というのが、彼女の論旨であるらしかった。それよりも、二人があまり明るくない表情をしたり、でも明るくないというにはあまりに明るい表情をしていることが、エリカの興味というか、節介さを引き立てた。それについて、アグネスタキオンは思いついたように、全く問題ないと言って、手を振った。なんだか分からなくなってエリカは顔を赤くして俯くので、アグネスタキオンはこれまでのことが一瞬、吹き飛んだように、すまないと微笑した。

 

 上着を脱いだりして、それぞれがそれぞれのことを済ませて、三人は一堂に会した。目の前に二人がいることが、素晴らしく尊いようにエリカには思われた。探窟に行っている間、下手をするとアビスの中で野宿をしてしまって、丸一日戻ってこない日もあったのだけれど、他でもないエリカの提案で外に行く二人を見送った時、心なしか胸騒ぎのようなものがあった。また、あの、何か自分は取り返しのつかない選択をしているという自覚があった。それが良い悪い(良い悪いという談義を、エリカはあまり好まない)結果どちらに傾くのか、ということを知らされずに、選択を迫られるのである。もちろん、世の中に蔓延っている多くの選択がそうである。つまるところエリカに許されなかったのは吟味なのである。

 

「えっと、その、随分、早かったです、ね……帰るのは、夕方かもしれない、とその、言っていたと思うんですが」

 

「ま、のっぴきならない出来事が多かったものでね。心労ってやつさ」

 

「それは、その……休息になってないような、なんだか、その、すみません」

 

 君が言うことじゃないさ、それは。アグネスタキオンは苦笑した。この謝り癖というのも、なんだか癖になってしまった。

 

「ところで、少し聞きたいのだが」

 

「は、はい」

 

「白笛とやらが持つ、探窟隊とやらについて聞きたい」

 

 実のところ、エリカは彼女たちが部屋を空けてからというもの、トイレに行ったりする以外はまるで一歩も出ず居た。元々そういった閉塞的な環境に慣れていて、むしろこれまでの色彩の連続は、少し彼女を毒してしまっていた。アグネスタキオンが部屋に放ったその声は、期せず上手くエリカの心臓を早打たせた。

 

「探窟隊、ですか。その、どこで」

 

「出先で、ね」アグネスタキオンは困ったように、マンハッタンカフェと目を合わせた。「こちらが何か出せるものがあれば、応じたい」

 

「や、全然良いんです。その、ちょっと吃驚してしまって……」

 

 彼女は一つ二つ、何かを発しようとしたけれど、思い出したように説明を始めた。

 

「その、別に探窟隊は白笛だけのもの、じゃなくて。アビスの上の方で発見が有った時とかは、臨時で組まれたり……黒笛が指揮を取ってるのもあります。組合に届け出を出して、承認して貰えば、それでいいんです。ただ、白笛の人たちはほぼほぼ持ってますから、専売特許みたいなかんじ、かもしれません。不動卿『動かざるオーゼン』の地臥せり(ハイドギヴァー)、黎明卿『新しきボンドルド』の祈手(アンブラハンズ)とか、そういった感じの……」

 

「その……隊、によって、違いはあるんですか」マンハッタンカフェは先刻聞いた黎明卿の名に少し体が冷たくなるのを覚えながら、唇を震わせた。はい、とても。エリカはそう答えた。

 

「わ、私はその、実際に会ったこともないので、あれなんですけど……特に、祈手(アンブラハンズ)の人、はあれなんです、みんな仮面? をつけてるみたいで……ちょっと、ファンシィですよね」

 

 あの仮面、言うなればヘルメット。顔の左上と右下についたスコープといった、奇妙な造形に、彼女らは戦慄だか興奮だかをしたのを覚えている。学び、とことあるごとに呟いた口癖に、人を超えた握力。ファンシィとは、とても思えなかったな。アグネスタキオンは珍しく、口をこぼしてしまった。

 

「あ、会ったんですか。あの、その、祈手のひと、と」

 

 今の彼女には、否定する理由も存在しなかった。思うに彼女は営業をもっと学習すべきだ、と、せめてウィットさを含んだ空気を作ろうとしたけれど、エリカの表情はどこか恐怖というか、恐れ? ──恐怖と、恐れはエリカにとって全く違う。それが自分の身に降りかかるか、他人に降りかかるかという点で──に支配されているようで、彼女たちはあまりその理由(わけ)が分からなかった。

 

 祈手の面々、もといその親玉である黎明卿は厄介極まりない、というのが、その後のエリカの主題であった。元々白笛に碌な精神性を持ち合わせた輩はいないと彼女は付け加えたけれど、それは黎明卿の異質さをより引き立たせるだけであった。アビスへの憧れを抱き続けた果てに、彼らが憧れそのものになったから……そういった理由で、エリカは納得しているようで有った。

 

「その、眉唾なんですけれど、黎明卿については、えっと、あの……人体実験だとか、アビスの部分的な破壊だとか、その……その、功績は大きいんですけれど、その分噂もついて回ってて……それがあながち間違いじゃない、って噂まで流れるんです」

 

 アグネスタキオンは少し笑ってしまった。黎明卿に対して、少し憐憫、同情の類が生まれてきたといっていい。ほとんど似たような評価を、彼女は外界から受け続けてきた。学園にいた時も、その後も同じである。いついかなる時も、多分、先頭に立つ輩はそういったことを言われるのだろう。少なくとも、彼女には世界という輪の、端に立って、その円周を構成する円形線群を懸命に押し上げている自覚があった。酒が飲めるのなら……そもそもここに酒は売っているのだろうか。それくらいに、思った。……しかし、今の自分は違うのだと思い直して、すぐその笑顔を収めた。

 

「一応、碌じゃないひとには慣れてますから」マンハッタンカフェはアグネスタキオンを一目見て、エリカに笑いかけた。けれど、その笑顔はエリカにさらなる焦燥を呼び起こした。止める権利など有りはしない、ということはわかっている。何よりその悲劇的な性格は、既に自らの価値を論議の範疇から押しやるほどに深く、彼女の精神に根付いている。

 

「そ、その」

 

「アビスに行くのって、ちょっと待てたり、しませんか」

 

 なんと矛盾甚だしいのだろう、とエリカは自分を俯瞰した。いや、むしろ下から見上げているようであった。怪談のように自分が崩れていくのがわかった。

 

「……鋭いね、君は」

 

 これまでエリカは、ずっとずっとずっと受動的で居た。致命的な選択、といつかに彼女は思ったけれど、それすらも与えられた選択に、与えられた選択権を与えられた言葉に基づいて行使してきたに過ぎない。この試みが好転を呼ぶか呼ばないかというのは、重要でないということが、きっと今のエリカには重要なのだ。

 

「野暮かもしれないが、理由を聞きたいな」

 

「り、理由、ですか」

 

 三人の居る部屋はどれだけ背伸びをしても良いと言えるような環境ではなかった。注意深く観察すれば一方向の壁は斜めに傾いたままであり、前の住人がよほど生活態度の悪い輩だったのか、どこからともなく黴らしき臭いが漂っている。一度清掃もしたのだけれど、これまでの住人の記憶を手放したくないかのように、この部屋はあり続けた。エリカは笑った。また、笑えた、と思った。

 

「その、すみません、分かりません」

 

 勘、でしょうか。そういったことを、不明確なまま口に出している、それはアグネスタキオンを、マンハッタンカフェをエリカに引き込ませた。彼女ら自身が何も変わっていないというのに、目の前の健気な少女は、変化を成そうと苦悩し、絶望して、抵抗している。自らを引き戻す鎖の張力を振り切って、自らの第一宇宙速度を越えようとしている。エリカは劇場的(ドラマチック)な性であったけれど、二人がどれほど悲劇的(ドラマチック)な性であったか。エリカはそれに気づかないけれど。

 

 いいさ、それが君らしさというものだ。アグネスタキオンは言った。残酷なこと、というのは、もしやこのことなのかもしれないな、と、ついさっきに立てた仮説を彼女は斜め六十三度に傾けた。

 

「──ただ、私たちはきっと行くことになると思う」

 

 エリカは覚悟していたようなのだけれど、それでもその笑顔はだんだんと寂しさを帯びていった。実際に彼女は、自分自身が何かを変えられるとは思っていない。まだ、この、変わるという事象を、消化しきれていないと言っていい。

 

「だから、そうだな。なんだ、その……すまない、突発的に思ってしまったんだが」

 

 アグネスタキオンは言葉を濁した。

 

「いや、よそう。巻き込むわけにはいかない」

 

 その言葉は、エリカにとって、横から五臓六腑目掛けてすっ飛んできたギロチンの刃と相違なかった。そこで、彼女が何か、言えていたならば。もしやすると、全く違うことがあったのかもしれない。だから彼女らも、彼女らをみている誰かも、エリカを責めることなどできない。そうですか、と、それだけ言う彼女を。

 

 もう戻ってこられなくなるんですよ。そんなことを言いたかった。私も、行かせてくれませんか。そんなことを言ってみたかった。だけれど、そんなことを言おうとしたって、彼女自身が彼女自身を見失っていると言うのに、二人にとってどんな価値がオースにあると言うのだろう? ここで、ただ、惰性で遺物を掘り出し、日銭を稼ぐ。そうして知らぬ間に老いて、死んでいく。この惰性に崇高さを求めるのは彼女たちの自由だけれど、つまり彼女らはそうでない選択肢をとっている。彼女らが変わってしまって、それでも変わろうとして多分変われずにいる理由を知ってしまったから。

 

「ぇ、あれ。……」

 

 エリカは自分が泣いていると言うことに気づかなかった。それを止める気もわかなかった。捨てられた、という感覚はなかった。二人はどこまでもきっと優しくて、だからこそ自分を置いていくのだと、本心では分かっていた。それでもエリカはついて行きたかった。有体に言うのならば、死にたかった。残酷で、あっけなく、咽び泣きながら、彼女らの心に傷跡を残して。劇場的(ドラマチック)に。

 

 じぶんはなんてひどいやつなんだろう。そう思った。今考えたことほとんどが、嘘だというのに。

 

「……君は虚弱だと言ったね」

 

「ぇ。……あ、ぁい。その、っあの、寝てるときにキュゥに歩きまわったり、あまり、はしれなか、ったり」

 

「それが理由だと思っておく方が、多分に君の精神に良い」

 

 アグネスタキオンは困ったように笑って、エリカの前まで膝立ちで進み、しゃがむ。涙を拭った。

 

「男が泣いていけないなら、乙女が泣いていい理由もなかろう。男も泣いて良いのだから、乙女も泣いて良いんだ。感謝しているよ」

 

 

 

 その会話ごと、ほとんど三十分も掛からなかったけれど、全くもって濃密な時間であった。日銭暮らしで稼いだ分の余りを、二人はずっと硬貨の一つも使わずに貯めており──二人のための衣服は別であるけれど──それを二人は、エリカの当面の生活費用、何かしらの努力のための投資と捉えていたのだけれど、エリカは全くもってそれを拒否した。時間としては、その金の使い道に関しての方が明らかに長かった。途中で、全く互いの利益のことしか考えていないので、なんだか涙まで引っ込んでしまって、別の種類の涙さえ出てきてしまって、もう笑うしかなくなった。そうして三人笑い切った後に、ぽきりとアグネスタキオン、マンハッタンカフェの方が折れてしまった。なんだか吹っ切れていたので、いっそこの気分が晴れないうちに、と、出立をできる限り早くすることにした。エリカの提案する使い道というのは、つまるところ装備の一新であった。赤笛には支給がある、という話は本当であったのだが、いつしか応対をしてくれたあの老人というのは非常に珍しい人種であるために、全く不揃いな出来の装具しか支給されなかったのである。彼女たちが営々とこぼし続けたかけらは、いつしかそれなりの額になっていたようで、それなりの大きさのリュックとか、生半可には折れないツルハシとナイフとか、そこそこの品質の石灯メットであったりを手に入れた。売り人は全くもって不本意であるような表情をしたけれど、金というものは素晴らしいもので、欲望の仲介をうまいこと取り持ってくれる。

 

 なんだかドタバタしてしまいましたね、と、マンハッタンカフェは言った。三人はそれぞれの両手にいろいろを持っていて、一度宿に購入したものの全てを置いた。リュックにあらかたの道具を詰め込むと、案外に部屋はスッキリとした。初めて部屋に入った時よりも整然としているのではないか、とすら思われた。

 

 幾分かポジティブになっていることを、アグネスタキオンは認めた。それはやはり、いずれ来る崇高であり、瞬き一つの間しかない終わりのための諦観に似た高揚であるのだろうけれど、彼女が押し隠してきた、分からないということへの妄執にも似た執着が離せない関係なのだろう。私が思うに、アグネスタキオンは続けた。

 

「奈落は多分に、離れて欲しくない……ただそれだけなんだ」

 

 その言葉に、エリカは聞き覚えがあった。幾年か前に聞いたことのある言葉の、節々は違うけれど、その類似系。彼女の中に、何か変な、小さな熱片が埋め込まれたような気持ちがあった。それが何なのか、おそらくエリカの認識できないエリカの部分は気づいていたのだろうけれど、エリカはそれを無視した。

 

 代わりに、持てるだけの知識を喋った。医院の薄暗い、三畳ほどの部屋で、毎晩読み耽っていた書物。遺物、鑑定、等級、巫女や巣窟(ネスト)といった、伽話(とぎばなし)らの破片。途中から何を喋っているか分からなくなったが、これが彼女なりの欲望であった。なんとしても、彼女がいた証拠を遺したかった。

 

「白笛は、前に言ったひとだけじゃなくて……他にもいるんです」

 

「ほう」

 

「その、三人は生きてるか、そもそも存在するかも分からなくて。もう長らく電報船も届いてない、みたいなんです。噂しか、流れてなくて。先導卿『選ばれしワクナ』、神秘卿『神秘のスラージョ』……」

 

「──黄金卿『夜明けのリコ』」

 

「やけに明るいね」

 

「最後の一人は、えと、曰く付きで。登録もされてない白笛らしくて、だから二つ名もその、勝手につけられたみたいです。リコっていう名前も、少女、青年、老人、淑女って見た目も言われてて、何も分からないらしくて……すみません」

 

 特徴的な相槌をうって、彼女はしばらく後にその名前を隅に仕舞った。幼い名前だ、とそれだけ浮かんだけれど、自分だって死ぬまでアグネスタキオンであるし、野暮な議論だと考えて、引き出しを閉めた。そうして致命的な行動に対する準備は着々と整っていった。




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