鉄華団。
それは足掻き続ける者達。
アーブラウ代表指名選挙で蒔苗・東護ノ助が選ばれ、その援助をした鉄華団は、組織として巨大化し、世界に名を知れ渡らせた。
何も持たなかった子供たちが、会社ごっこをしていた子供たちが、ここまでの成果を勝ち取り、生き延びた。
それでも彼らは止まらない。生きて、“ここじゃない何処かへ”辿り着くまでは。止まることができない。
――分からなかった。
きっと鉄華団は、自分たちを虐げてきた世界を変えようと奮闘しているのだろう。けれど、世界というものは彼らが想像している以上に大きい。宇宙のような物理的な大きさではないが、世界は果てしなく
鉄の音が鳴り響く。機内が瞬く間に、血の匂いで埋め尽くされる。
眼の前にいる
(違う……)
そうじゃない。
この敵は、単純に
振り下ろされる、超大型メイス。それを受け止めるは、一機のガンダムだった。
シルエットは、高貴な印象を持たせる伯爵を彷彿とさせ、金色のナノラミネートアーマーで構成されている。弧を描く対を成した二本の角。獲物を睨みつけ、ぼんやりと光る蒼色の複眼。
持つ武器は、細々とした刀のみ。傍から見ても、操縦者から見ても不利である。
「ぐぅっあっ!!」
機体が大きく吹っ飛び、パイロットは唸る。
そのガンダムを繰るのは、一人の少女。薄っぺらい黒のタンクトップを身に着け、曇天の空に似た色の長い髪を靡かせている。執拗に尖り、獲物を追う瞳は真っ赤だった。
「何で、何でだぁぁ!!」
ガンダム――フォルネウスは、悪魔かのような敵機に対し、我武者羅な斬撃を複数回に分けて繰り出す。何度か命中するも大したダメージにはならず、逆に相手から手痛い一撃を御見舞される。
また、コックピットが大きく揺れる。口の中が鉄の味でいっぱいになり、とうとう鼻からも垂れてくる。
(私……私は……)
血が出てようやく、正気に戻った。
自分は今戦場にいる。
そして、殺されそうになっている。
「うあぁぁぁぁっ!!」
血を垂れ流しながら、少女は叫ぶ。
フォルネウスは泳ぐかのような素早い身のこなしで、次なる攻撃を回避。悪魔の右側から捨て身のパンチを繰り出す。奴が反応しきれぬうちにもう一度、鉄と鉄をぶつけ合わせた。
「死にたくない……! まだ、死にたくない……!」
超大型メイスが振り下ろされ、フォルネウスの肩をひしゃげさせる。みるみるうちに、刀身は黄金の装甲を潰していき、コックピットの寸前まで至る。
「嫌だ……」
彼女がそう呟いた瞬間、何故か敵の攻撃は止まった。
――そういえば。
我武者羅になり過ぎて気づいていなかったが、本部からの通信が途切れていた。
『ねぇ』
突然、目の前の
「え……」
『あんたってさ、俺を殺す気、あんの?』
何処か冷徹な少年の声。
少女は、何も答えることができないままでいた。
『どうなの』
「……無いです」
彼女は震えた声で答える。
『ふーん。というかあんた――』
『なんで泣いてんの』
フォルネウスのコックピット。そこは、真っ赤な雫と、紅い瞳から零れ落ちる透明な雫が入り混じった、異様な空間と成り果てていた。
◇
鉄華団が撃破したのは、ちんけな海賊だった。ガンダムフレームを持っていたとは言え、ただそれだけの、小さな海賊だった。
「押収できたモンは?」
団長のオルガは、部屋に戻ってきた副団長のユージンに声を掛ける。
「ガンダムフレーム一機と、それ用の武装」
「……おかしいとは思ったが、まさか本当にガンダムフレーム一機だけなんてな」
「あぁ。気味わりぃ」
「しかも、船員はたったの数人。自惚れちゃいねぇが、俺たちに喧嘩売るにはあまりに情けねぇ戦力だ」
その海賊は、あろうことかガンダム一機で勝負を仕掛けてきた。他の
「で、どうなんだ。あのガンダムフレームのパイロットは」
「めっっちゃカワイイ!!」
「はっ倒すぞ色男」
「えぇ!?」
ユージンはオルガに頭を掴まれ、情けない声を上げる。
「容態の事を聞いてんだ」
「……身体に問題はねぇ。けど、三日月の野郎かがやりすぎたせいで、ちょっと……」
◇
「シアちゃん? どう?」
少女は鉄華団に匿われ、“いさりび”と呼ばれる戦艦の一室で身体を休めるよう指示された。
アトラが部屋に入るや否や、シアと呼ばれた少女は「ひっ」と声を漏らし全裸の身体をシーツで隠す。
「ご、ごめんね……びっくりさせちゃった? 服持ってきたから、よかったら使って?」
ベッドの隅に置かれたのは、丁寧に畳まれた質素な服。
「あぅあ、ありがとう……」
シアは前屈みになりながら礼を言う。その白く綺麗な背中は異形であり、三本の突起が歪に伸びていた。
「名前、シア・ジョーリンで良いんだよね?」
「へぅっ……あ……うん」
服を着ながら、シアは返事をする。
毎回発声する度に、初めの言葉が詰まってしまうためか、アトラは少し話しづらかった。
「ね……あの、アトラ……さん」
「ん?」
黒いタンクトップと半袖のズボン、そして鉄華団のジャケットを纏い終えたシアは、アトラに自発的に話しかけた。
「あの……さ。ガンダム動かしてた人って、誰……?」
「……あぁ。三日月っていう男の子だよ! 話してみる?」
「いや、ええっと……」
アトラは食い気味に答えた。
「三日月とっても優しいんだから! シアちゃんもぜっったい好きになると思うよ!」
「あの……話すのは……」
「行こうよ! 話しに!」
「あぅ……はい……」
急に積極的になったアトラに押し負けて、シアは部屋を出ることに。
何人か団員とすれ違い、ジロジロと見られたが、アトラの尽力もあってか何事もなく、二人は目的地へと辿り着く。
そこは、彼女が対峙したガンダム・フレームが収納されている、広々とした空間。その前にちょこんと座り込み、遠くを見つめる少年こそが、アトラの言っていた三日月・オーガス――ガンダム・バルバトスのパイロットだった。
「あぁ、アトラ。どうしたの」
黒いスーツに身を包んだ彼の背中からは、一本の管が伸びていて、ガンダム・フレームと繋がっている。
シアはアトラの背後から前に出て、三日月を見下ろす形にはなるが、面と向かい合った。
「……あんた、金ピカのガンダムに乗ってた人?」
「ぁうが……そう……です……シア、って言います」
「なんか喋り方変じゃない?」
「三日月!」
アトラに制され、三日月は指摘を即座にやめる。
「シア。俺に何か用?」
「あぅ……その……えぇっと……」
用も何も、アトラに無理矢理連れて来られただけだから答えようが無かった。
けれど、彼があそこで攻撃をやめていなかったら、きっと今頃――。そう思うと、自然と言葉が思い浮かんできた。
「た、助けてくれてありがとう……ございます。私……もう……どうしたらいいか分からなくて……」
三日月は彼女を見上げたまま、じっと黙り込んでいた。
「いいよそんなの。オルガに殺せなんて言われてないし」
「オルガ……?」
「鉄華団の団長だよ。あんた知らないの」
「……その……あんま分かんなくて、鉄華団のこと……」
ふーん、と三日月は軽く受け流す。
「とりあえずさ、休めば」
「ふぇっ……?」
「何か疲れてるみたいだし」
もごもご口を動かすシアは、もう限界のようだった。
「あ、あの……アトラさん……」
「えぇ?! 気持ち悪いの!?」
口を押さえながら振り向いたシアに、アトラは驚愕し、彼女を連れて早急に飛び出ていった。
取り残された三日月。掌に入れていたデーツを口に放り込み、上の空を見つめながら淡々と咀嚼した。