ギャラルホルン アリアンロッド艦隊の戦艦にあるブリッジ。広大な宇宙が目前には広がっている。
「夜明けの地平線団?」
腕を組み、悠々と構えるラスタル・エリオンに、ジュリエッタは尋ねた。
「最近、勢力を拡大している宇宙海賊だそうだ。火星と地球の間を活動域としているらしい」
「勢力を拡大……とは、具体的にはどういった規模で?」
ラスタルは髭を触りながら「構成員は3000以上と見ていいだろう」とジュリエッタに告げる。
「……分かりました……ところでラスタル様」
「何だ?」
ジュリエッタは不審感たっぷりな目つきを、ラスタルの隣に立つ見知らぬ男に向ける。
背は高く、エメラルド色を基調とした軍服と分厚い深緑のマントに身を包んだ華奢な男。短く整えられた髪の色は黒く、鋭く、死んだ魚のような眼は深みのある紺色に染まっている。
「彼は誰ですか?」
「ノクティス・フーティアス。突然だが、アリアンロッド艦隊に属する事になった、優秀なパイロットだ」
ノクティス、と呼ばれた男はジュリエッタに軽い会釈を送ったきり、彼女に見向きもしなくなった。
「お前と戦闘を共にすることがあるかもしれん。今のうちに話しておくといい」
そう言い残して、ラスタルは一時ブリッジから姿を消した。
見知らぬ男と二人、同室に閉じ込められて、ジュリエッタは気分が悪かった。
「私はジュリエッタ・ジュリス。よろしくお願いしますね」
一応、丁寧に挨拶はしておいたが、ノクティスは会釈をするだけで、一言も発そうとしない。それに腹を立てて、ジュリエッタは眉をひそめた。
「……初対面でこう言うのも何ですが……少しは話そうという態度を、見せたらどうです?」
「どうすればいい」
「は……」
ノクティスは掠れた声で彼女に問う。
「俺はどうすれば、お前の思うようになれる」
少し前屈みになった彼の、宇宙のように深い、二つの紺色の玉が彼女の前に現れ、身を竦めた。
◇
海賊襲撃後、イサリビは火星にある鉄華団本部に戻り、僅かな補給を終えた。
二度の初めての場所に、シアは戸惑いを隠せないままであった。
皆が食事の時間だと言うから、アトラに連れられるがまま、食堂へと訪れる。
あれから数日が経ち、シアはまだ僅かなトラウマを残しながらも、面と向かって話せる程には落ち着いてきた。
「あ、あれがシアちゃん?」
「胸でか……アトラの三倍はあるぞ」
「滅茶苦茶美人だな」
野郎どもの囁き声が、微かに聞こえてくるが『年頃の男の子だから』と広い心を持ち、シアは久々の食事を楽しんでいた。
「シア、隣いい?」
「うぇっ!? あ、うん……いいよ」
お盆を持ってきた三日月が、彼女の隣に座る。数日前、
「あれ……」
三日月は包帯で右腕を固定したまま、ぴくりとも動かしていなかった。この前会った時は、包帯なんてしていなかった気がするが。
「三日月……骨折でもしたの?」
「ん? あぁ。俺、バルバトスから降りると、腕動かないんだよね。右目も見えないし」
「あ……そうなんだ」
良くないことに触れたと思い、彼女は声音を低くした。勘付かれたのか、「気にしなくていいよ」と言われる始末だ。
「バルバトス……って、あの
「そう。バルバトスルプス。最近、修理終わったばっかりなんだ」
少し、シアは片方の瞼を震わせる。
あの悪魔のように見えた機体が、脳裏に過ぎったためである。
「シアのは? 名前何て言うの?」
「ん……とね。フォルネウス。ガンダム・フォルネウスって言うんだ」
「ふぅん。俺にも乗れるかな」
三日月はそう言って、液状のポテトを口いっぱいに頬張った。
――フォルネウス。あの機体が無ければ、彼と出会う事は無かった。
そう考えると、何故だか悔しい気持ちが込み上げてくる。
三日月は良い人だ。真っ向から話してみて分かった。戦い狂いではあるが、悪い人ではない。
「……シアさ。今度手合わせする?」
「え? ガ、ガンダムで、だよね」
「当たり前じゃん。女の子殴ったらアトラに怒られるから」
きちんと教育されている。流石はアトラと言ったところだ。
バルバトスと手合わせ――少し気乗りしなかったが、これから鉄華団の一員としてやっていく為にも、仲間に怖気づいたままではいられない。
「うん。ぜひやらせて」
◇
フォルネウスに乗るのは、久しぶりだった。
火星の荒野に佇む黄金の機体を見上げ、シアは息を呑む。
「君は……私の何なんだろうね」
返ってくる筈もない返事を待っていると、三日月に催促されて、フォルネウスのコックピットに乗り込む。
背中の突起を、コックピットのデバイスと接続すると、僅かの間だが凄まじい衝撃が脳に奔り悶える。
「ッ……あっ……!」
口端を伝う生温い感覚を拭って、三日月に通信を送る。
「大丈夫だよ、三日月。やろう」
『壊さないようにはするけど、遠慮はしないからね』
フォルネウスの視界にアクセスし、目の前に彼の見る景色が映し出される。
そこに立つのは、あの機体――バルバトスルプス。真っ白な、細々とした骨のようなボディだが、その威圧感はどの
動き出すバルバトス。それに立ち向かうように、フォルネウスも走り出した。
互いに組み合い、金属の軋む音が大地に轟く。
宙を舞う斧をキャッチしたバルバトスは、その勢いのまま、フォルネウスに振り下ろす。
腰の斧をフォルネウスは抜き取り、その攻撃を受け止める。ジリジリと刃は迫ってきて、額に当たるまでに至る。
何とか押し返して、体制を崩したバルバトスにスラスター噴射で推進。回転を掛け、さながら月のように斬りつけた。
しかし、その攻撃はバルバトスの掌で止まり、容易く受け流されて斧が金色の胸部を斬りつけ、機体を大きく吹き飛ばす。
「嘘……!」
『いい動きじゃん。前よりよっぽど』
バルバトスの推進剤が灼熱と化し、焔を唸らせ、大気を焼きながら爆ぜる。フォルネウスの胸部に入った、バルバトスの強烈な足蹴が金色の伯爵をまたもや空き缶のように飛ばした。
「うわぁぁぁっ!!」
コックピットが揺れ、シアは絶叫する。世界が百八十度回転して、視界の中に現れる。機体を動かそうと思っても、何故だか動かす気にはなれなかった。
(私……何のためにこんな事してるんだろ)
右半身不随に陥った人間のように、荒れた大地に横たわるフォルネウス。黄金のナノラミネートアーマーが蟻の巣窟と化したみたいに、砂だらけとなっている。
『シア。もう終わり?』
三日月の声が聞こえる。
彼は何のために戦っているんだろう。
思えば自分は、あの海賊に拾われた時から、戦う理由なんて分からなかった。出撃命令に従うがままフォルネウスに乗り、迫りくる敵を我武者羅に殺した。
人殺しの資格が自分にあるのか? 戦う意味すら持たない、自分に?
「ごめん三日月……もう、終わってもいいかな」
『……あっそう。付き合わせて、なんかごめんね』
フォルネウスを立ち上がらせて、阿頼耶識を外す。コックピットから飛び降りると、三日月が支えてくれた。
「なんかさ、シアって変だよね」
「え……?」
「なんて言えばいいんだろ。
「……そう……」
三日月の言ってる事は、少し言葉足らずな気はするが、理解はできる。
自分はなんで
その意味が分かる日が、いつか来るのだろうか。
「三日月ぃぃぃぃ!!」
その時、遠くの方から駆けてきたダンテが、息を切らしながらも三日月にこう告げる。
「敵襲だ!! 早く出撃準備しろ!!」