鉄華団は火星から宇宙に飛び立った。ありったけの戦力を乗せ、夜明けの地平線団と真っ向からやり合うために。
イサリビの宇宙がよく見渡せる通路に佇むシアは、遥か遠くに浮かぶ火星を眺め、感傷に浸っていた。
(意外と綺麗)
地上は荒れ果てていたが、惑星を全貌から眺めると、真っ赤な硝子球みたいで綺麗だった。
「おーいミカ――ありゃ」
紅いスーツを靡かせながら、オルガが彼女の元に近づいてくる。
「なんだ、シアか」
「団長……」
オルガはそう呟いてから、火星を見る。
「俺達の故郷だ。鉄華団は元々、CGSっていう会社だったんだ。でもな、俺達はそこでクズ同然の扱いを受けて、それでも必死に生きていた」
突然、オルガはそんな話を始めたが、鉄華団の成り立ちを知らないシアからすれば、興味深い話であったため、大人しく聞くことにした。
「CGSを乗っ取って、鉄華団を創った。そして、そこから鉄華団みんなのおかげで、ここまで成長できたんだ」
オルガは拳を握りしめる。
「だから俺は、俺たちは進み続ける。ここじゃない何処かに辿り着くまではな」
そしてシアの方を見やって、手を差し伸べてくる。
「お前も、俺たちの家族だ。シア」
――家族。喉に突っかかる言葉だったが、その意味は何となく分かり、微笑みながら彼の手を握り、握手を交わした。
◇
火星からだいぶ離れた場所にて、敵の反応を、イサリビのレーダーが捉えた。
その反応こそ、夜明けの地平線団の本部隊。総勢3000を超える大戦隊が、鉄華団を今か今かと待ち侘びていたのだ。
フォルネウスのコックピットに乗り込み、出撃の時を待っていたシアの元に、大荷物を抱えたアトラがやってくる。
「どうぞ! シア」
彼女が差し出してきたジュースを取り、アトラに礼を言う。
「ありがとうアトラ」
「頑張ってね! 私、待ってるから!」
コックピットが閉まり、アトラのいる外からは完全に遮断され、暗闇が視界を支配した。
(……何だろう、この気持ち)
胸が熱かった。冷たいジュースを流し込んでも、一向に冷める気配はない。病気も疑ったが、他に一切異変が無いから、医務室に行くのは馬鹿らしい。
「家族……」
ふと、オルガが度々言っていた言葉が蘇ってきた。
『シアちゃん。出撃準備は整いました、いつでもどうぞ』
メリビットさんの声が、出撃を促してくる。
シアは大きく息を吸ってから、目を尖らせた。
阿頼耶識システムが作動し視界が映し出されると、オープンされていく隔壁が見えた。
「シア・ジョーリン。ガンダム・フォルネウス、出ます!!」
フォルネウスを乗せたカタパルトが火を吹き、黄金の伯爵を広大なる深淵へと放り出した。
すかさずスラスターを噴射して、敵の待つ戦場へと一直線に駆けていく。
シアに続き、次々と団員達が出撃していく。
やがて、宇宙のど真ん中で待ち構えていたロディ・フレームの大部隊が見えてきて、鉄華団の部隊とぶつかり合う。
フォルネウスは太刀を用いて、素早い身のこなしでロディを次々落としていく。ある時はコックピットを、ある時はリアクターを、ある時は真っ二つにして。
しかし、仲間が無惨に殺されるのを目の当たりにしても、海賊共は恐れを知らないように突っ込んでくる。
「っ……早い?!」
『気をつけろシア!! 阿頼耶識だ!!』
明宏の通信により、警戒を高める事をできたシアは、迫るガルム・ロディの攻撃を回避し、分断した片刃で大剣を抑え、もう片方でコックピットを串刺しにして撤退。
(阿頼耶識ってことは……)
あのコックピットに乗っていたのは、自分と大差ない子供だ。それを、躊躇なく殺した。前までの自分なら、海賊どもに叱責されてようやくだっただろうに。
(何が私に……こんな力を)
シアは不思議に思いながら、戦闘を続行する。
シノや三日月達と合流すると、バルバトスは随分と丸っこい三機の
数では圧倒的に向こうが有利なのに、一機、二機と落としていき、残るは一際目立つ武装が施された
『お前ら!! やべぇぞ!!』
「団長……? どうかしましたか」
焦ったオルガの声が、通信機を通して伝わってくる。
『“ギャラルホルン”だ!!』
その言葉を聞いた瞬間、背筋がゾクゾクと震え、心胆から一気に温もりが抜けていく。
海賊時代、最も警戒していた軍事組織。
それが今、この戦場に。
フォルネウスで状況を確認する。
地平線団艦隊の後方から、それを容に超える大艦隊が接近していた。
「アリアンロッド……」
自然と零れ落ちる言葉。
シアは歯を食い縛り、撤退しようとした。
されど後ろから来た新たな敵に妨害され、退路を断たれてしまった。
(ギャラルホルンだけは……相手にしちゃいけないっていうのに……!)
◇
アリアンロッド艦隊は、夜明けの地平線団を標的とし、かなりの戦力を持って戦場に赴いていた。
「地球での汚名返上に丁度良い」
ラスタルはニヤリと笑って、遠くに映る鉄華団の
「それは我々の獲物だ」
◇
三日月が相手のボスと一騎打ちしていた所を、アリアンロッドから解き放たれたエメラルド色の
『それは私に譲ってもらいますよ』
『邪魔だよ。あんた』
バルバトスは、そのレギンレイズを何とか凌ぎながら、オレンジ色のユーゴーを追う。
その戦いは、目で追うのがやっとなものあった。
「すごい……」
その戦いに圧巻されていると、フォルネウスのレーダーが、急激に接近してくるエイハブウェーブの反応を捉えた。
「っ!!」
すかさず防御体制を取ると、太刀に凄まじい衝撃が降り掛かってくる。
目を凝らしてみれば、攻撃してきたのは真紅の
「ガンダム・フレーム……!!」
ギラリと輝く複眼を見て、すぐに分かった。奴もフォルネウスと同じ、厄祭戦を生き延びたガンダム・フレームだ。
『お前は俺と同じか?』
「!!」
無線越しに聞こえてくる、敵パイロットの声。機械のように冷酷で、生気を感じられない声色だった。
「同じって……どういう事……」
オープンチャンネルのせいで、余計な声を拾ってしまった。
『同じだな、その気配』
紅いガンダムは、大型メイスでフォルネウスを吹き飛ばす。そのメイスの縁には、細かな刃が無数に走っており、悍ましい音を立てていた。
「これが……ガンダム……」
同じガンダムと戦うのは、三日月のバルバトス以来。それも、バルバトスは見逃してくれたが、この機体は恐らくギャラルホルンの物――今回は見逃してはくれない。
「ゼパル。俺の身体はお前にくれてやる。だから、お前は俺に従えばいい」
ガンダム・ゼパルのコックピット内で、エメラルド色のノーマルスーツを着たノクティスが独り言を言う。その背中は、ゼパルと接続されていた。
フォルネウスはスラスターを噴射し、紅いガンダム――ゼパルに一太刀入れる。されど、回転する刃に弾き飛ばされ、胸部に斬撃を入れられてしまう。
「ぐぅぁぁっ!?」
回転刃による衝撃は凄まじく、視界が目まぐるしく周り、彼女の脊髄に膨大な情報が入ってくる。
鼻から血を滴らせるノア。掌についた血を見て、息を呑んだ。
「死ぬ……死ぬの……? 私……」
呑んだ息は、次第に荒くなる。血と鉄の混ざったコックピットの匂いが、彼女の焦燥を更に加速させた。
「嫌だ……死にたくない……死にたくないよ」
コックピットの中で蹲り、一人、命乞いをしていた。しかし、それは敵機には聞こえないし、聞こえたとしても通じない。
(……なんで、死にたくないんだ……?)
死んだら何もかも無駄になるからだ。
(何が無駄になるの……?)
自分が今まで生きてきたすべてが。
(何もない私は、死んでも無駄になるものなんて……ないんじゃないの?)
迫りくる紅い騎士の背後。
バルバトスや獅電が、激闘を繰り広げていた。
あそこだけじゃない。イサリビにいるオルガ、ユージン、アトラ、雪之丞。誰もが皆、それぞれ
――お前も、俺たちの家族だ。
「そうだよ……私には鉄華団がある」
操縦レバーを固く握り、フォルネウスを自分の思うがままに操る。
ノクティスは、急に動いた敵機を警戒していた。
「何だ……戦うのをやめて、すぐに再開した……」
顔を顰めたノクティス。
ゼパルの手に握られた、チェインメイスが唸りを上げる。
「過去にしがみつくだけの亡霊に、何がある……?」
フォルネウスの複眼が輝いて、ゼパルの攻撃を受け止め、軽々と押し返す。
「私は……守るものができたんだ」
自分の事を気にかけてくれた、オルガやアトラ、三日月の姿が脳裏を過る。
操縦桿を握る拳を、更に固く握りしめ、目を閉じてフォルネウスに語りかけた。
「フォルネウス、君も分かるよね。だったら――私に力を貸して」
脳に伝わる、重く、鈍い感覚。それはやがて痛覚となって彼女の全身に行き渡り、靭やかな身体をびくんびくんと強張らせる。
目や鼻から、どばとばと鼻血が漏れてくる。
フォルネウスに、何かが起こっていた。
カタカタと震える装甲。力を溜め込むように身体を丸め、痙攣していた。
コックピットは、大量の警告表示で埋め尽くされたが、シアは動じることはなかった。
「なんだ……?」
危機を感じ、ゼパルは奴に急接近してすかさずメイスを振り翳した。
しかし、その行動は既に遅く、何かに阻まれて、刃はあらぬ場所を斬りつけてしまった。
「……?」
それを阻んだ何かは、金色の装甲だった。
フォルネウスの方を見やれば、そこに金色の伯爵はもう立っていない。
金色の装甲をパージし、現れたのは蒼き甲冑に包まれたガンダム。蒼いナノラミネートアーマーを基調とし、各所が銀色の装甲で構成されている、パージ前に比べ幾分もスリムなボディだった。
「なるほど……それが真の姿か」
チェインメイスを構え、スラスター噴射で斬りかかるゼパル。ぶん、と剣を振り下ろすも、そこに手応えは全くと言っていいほど無かった。
探す暇も与えられず、ゼパルは背後から現れたフォルネウスの攻撃を諸に喰らい、体勢を大きく崩した。
「ガンダム・フレーム、侮れん」
右頬から熱い物が滴っていく。瞳から溢れ出た血が、だらーん、と垂れていたのだ。阿頼耶識の代償。ガンダムの力を、高出力まで解放した際は、こうなる事が多い。
でも、止まれない。
「私には、戦う理由がある!」
フォルネウスはスラスターを噴射し、ゼパルに向けて滑腔砲を発射。それを避け、隙ができた真紅のボディに、大刀による一撃を叩き込み、鉄の音を宇宙に轟かせた。
再び滑腔砲が無重力空間を裂き、ゼパルの装甲で弾ける。
真紅の機体は怯むことなく、チェインメイスを振り回し攻撃。
スラスター噴射で、目にも止まらぬ動きを繰り広げながら、その攻撃を避ける。
そして近づいて、太刀で渾身の一撃を叩き込む。
『お前は何なんだ……? 俺と同じようで、何かが違う』
「そんな事どうでもいい。私は今、守りたいものの為に戦ってるんだ」
『……理解不能だ』
遠くで、一際大きな、
ゼパルはフォルネウスの懐から離脱し、アリアンロッドの艦隊へと戻っていった。
「終わっ……た」
コックピットで一人、シアは悶えた。
フォルネウスが怒っている。
――あいつを殺らせろ。彼女にはそう言っているように聞こえた。
「ぅぐ……あぁぁぁっ……!!」
頭が割れるような痛みに苛まれながら、シアの意識はぷつり、と途切れた。