どうも筆者のうねる蛇です。
読者の皆様、三ヶ月以上もお待たせして大変申し訳ございませんでした。
レーヴェントロー編、最新話がようやく完成しました!
ぜひお楽しみください!
宇宙世紀0026年、サイド6の学園都市コロニーの一つにて。
その中の公立図書館にて、ある13歳の少年が椅子に座り本を読み耽っていた。
少年の名はエルンスト・へーヴェン。
出生の際に”赤い洪水”の世界の”エルンスト・レーヴェントロー”の魂が乗り移っている、サイド3の最貧困コロニーであるマハルから、裕福なこのコロニーの六年制の中学校に留学してきたばかりの少年である。
彼は今自らの知識欲と、ある疑問を胸に、西暦時代の初めから終わりまでを包括的に取り扱っている歴史書を読み込んでいた。
エルンストがマハルの小学校の書物庫で読んだ歴史書には、あくまで旧世紀末期——エルンストはそれが彼の知る西暦の2100年代後半を指していることに気づいた時には思わず驚愕した——そしてそれ以後の歴史しか書かれておらず、それ以前についての歴史について彼は学ぶことができなかった。
そのため、彼の胸中にはある大きな疑問が残ったままだった。
(この世界はどのような歴史をたどっているんだ?あの歴史書で読んだ内容から推測する限り、私の前世の世界とどこかから異なった歴史をたどった世界であることには間違いないのだが…)
その疑問を胸に、彼はパラパラとページをめくっていく。
それまで彼が読み進めた中世の項目には、彼の知る前世の歴史との相違点に違いはないように思えた。
アメリカ独立革命以前の18世紀の章、それ以後の18世紀の章、19世紀…それらを読み進めても、ほとんど彼の知る前世の歴史とは変わりがないように見えた。
そして彼が20世紀の章をめくり始めた、その時だった。
その章のアジア史の最初の頁を見ると、ある記述が目についた。
”——そうして、日露戦争は日本の辛勝で終結。ポーツマス講和条約では賠償金こそ取れなかったものの、日本はこの勝利を足がかりに列強国の一員となったのであった——”
(…ん?待てよ、日本が勝利した?ロシアを相手に…?)
彼の脳裏には前世の記憶の断片——その中でも20世紀が始まって数年が経ったある朝——その時に読んだ新聞の一面の見出しについて思い出した。
”ツァーリの帝国、極東の小国相手に大苦戦するも、辛うじて勝利を掴み取る”
(…もしやこれが、私の前世の世界と、この世界の分水嶺か!?)
その後も彼はページをめくり、次々と彼の知る前世の歴史と違う点を暴いていった。
ページの一つにあるのは、ロシア第一革命とその末路。
(この世界においては日露戦争で日本が勝利した!その結果、帝政ロシアの国威はどん底まで落ち、ストルイピンは暗殺され、奴の改革は頓挫した。とはいえ私のいたあの世界での末路を見るに、ストルイピンの改革が成功したからといって、時代遅れも甚だしいあの封建制の国が生き延びることはなかっただろうな…)
少し先のページには、第一次世界大戦の始まり、サラエヴォ事件が。
(私の前世の世界と違い、この世界で第一次世界大戦が起きた切掛は、バルカンでの戦役に対するロシアの介入ではない!前世の世界では1930年代まで生きていたあのオーストリアの皇族の暗殺事件によるものだ!この世界においてもバルカンは欧州の火薬庫であったか…!)
その後のページにある文言で真っ先に目につくのは、十月革命の四文字。
(そして最初に協商側の主要国で脱落したのはフランスではなく、先の日露戦争での敗北によって疲弊したロシアで、しかもその後にあのレーニン主導の世界最初の社会主義革命が起きた。…どうやらこの世界では、ボリシェヴィキ内部においてフペリョート派の連中は失脚したようだな)
そしてある中年のドイツ人が『ドイツ共和国』の建国を宣言している写真。
(一方ドイツにおいても革命自体は起きたが、SPD右派が極右の復員兵たちと手を組みスパルタクス団は壊滅した。ドイツにおける社会主義革命は事実上失敗、結局革命のエネルギーそのものは自由主義を信奉するブルジョワどもに乗っ取られた。…この世界ではどうやら少なくとも、スパルタクス主義のような、革命を肯定し、かつ民主的な類の社会主義は存在しなさそうだな…)
最後に、戦後すぐのイタリアについて書かれたページにて、大きく載せられているローマ進軍と、その隅に書かれたフィウメでの事件。
(フィウメでも前世同様ダンヌンツィオによる占領事案が起きるも数ヶ月で瓦解、代わりかどうかは分からないがムッソリーニのローマ進軍が成功、前世と違い戦勝国となったフランスではそもそも革命など起きなかった…フペリョート主義やスパルタクス主義に続き、未来主義やフィウメ主義などの思想潮流も存在していない世界か…我々の世界よりは幾分か思想対立が簡素なものになっているのは間違いなさそうだ)
近代、特に第一次世界大戦辺りの歴史において、いくつもの異なる点を見つけ出したエルンスト。
しかし、本当の驚きはこの後であった。
(で、この世界におけるその後の歴史はどうなったのか、特に敗戦したかつての我が祖国ドイツは…ん?)
パラパラと速読を続ける彼の目に留まった文言は、ある五文字の政党名。
(”NSDAP”、正式名称は”国民社会主義ドイツ労働者党”?…なかなか興味深い名前の政党だな。どれ、見てみるとするか…)
彼は次のページをめくる。
すると、そこには二つの写真が載っていた。
一つ目は演説台の上に立つ人物に対し、聴衆全員がローマ式敬礼を向けている写真。
二つ目は『1943年のナチ党幹部による総力戦演説』と題された写真であった。
一つ目の写真の演説台の人物の名前は『アドルフ・ヒトラー』と称されていた。
しかし、エルンストには一発でそれが誰なのか見抜けた。
否、見抜けてしまった。
(こ、こいつは、前世のあのオーストリアの総統!?名字や髭の形こそ違うが、間違いない!オーストリア出身のはずの奴が、どうしてドイツの首相、いやそれどころか総統に!?)
(それに、このもう一つの写真に載っているのは…ま、まさか!?)
二つ目の写真は、注釈を見るまでもなく演説者が誰なのかひと目見て分かった。
(ヨーゼフ・ゲッベルス!?私を党内選挙で打ち負かした奴が、この世界ではあの総統に支えていたとでも言うのか!?)
彼は驚愕した。
少し出来事の結果が違うだけで、これほどまでに奇妙な歴史が綴られるのか、と。
…もっとも、”加速主義などという思想が跋扈していた彼の前世の世界の歴史の方がよほど奇妙である”と、この世界の人々は彼の前世の世界の事情を知ったら反論するであろうが、エルンストはそのことに気づくことはなかった。
同日の、少し後の時間帯。
エルンストは公立図書館を後にし、中学校の校舎へ向かうために歩き出した。
道中、コロニーの美しい景色が彼の目に飛び込んできた。
整然として緑の多い街並み、清潔で手入れの行き届いた公園、輝くような高層ビル群。
これが彼の住む学園都市コロニーの風景だった。
(なんという違いだ…)
エルンストの心に、自然と今世の故郷であるマハルの風景が蘇った。
薄汚れた建物群、ひび割れた道路、廃棄物が散乱する路地。
仕事場に向かう人々はどことなくやつれており、それは十分に食料が手に入らなかったからであった。
(なぜ、同じ人間の住む場所でありながら、これほどまでに差があるのか…)
エルンストの胸に、熱い怒りがこみ上げてきた。
彼が歩く道は、美しく整備された歩道であり、子供たちは安全な環境で遊び、学び、成長している。
一方で、マハルでは教育の機会さえ満足に得られず、多くの子供たちが不良となり、犯罪や貧困に追いやられている。
(この不公平と不正義にまみれた世界を、いつか必ず正してみせる…)
彼は心に誓った。
資本主義の下で富を独占する者たちが、貧困層を見捨てるような腐った世界を放置してはならない。
エルンストは自分の使命を再確認し、さらに強い決意を持って歩みを進めた。
その日の夜、中学校の授業が終了してしばらく経った時間帯。
エルンストの姿はまたもや公立図書館にあった。
彼は先ほどの歴史書を再び読み終え、手に持っているその本を元の位置に戻そうと、書庫の中を一人歩いていた。
(…この歴史書からは本当に有益な情報をいくつも得られた…まさか、自分以外にも私の世界からこの時代にやってきている者がいたとはな…)
そう考えた彼が歩きながら開いたのは、西暦末期のロシアにて起きた、地球連邦創設の十数年前に起きたある反乱について書かれたページ。
(宇宙世紀成立前後に起きた反連邦の武装蜂起の中でも最大であった、”偽レーニンの反乱”。この本の中で”第二次ロシア内戦”とも書かれていたアレは、おそらく私のいたあの前世の世界のレーニンが、私同様に魂だけこちらに流れ着いた結果起こしたものだろう)
彼はいくつもの本棚の間を歩きながら、その歴史書の記述を見返す。
(…”このレーニンは自分をレーニンの生まれ変わりと自称していた”、”しかし彼の言っていた所謂「前世の記憶」は、史実と一致していないため、これは彼に精神障害があり、自分をレーニンと思い込んでいただけであろう”…か。おそらく彼が転生したという話は事実だろうな。史実のレーニンと言っている記憶が一致しないというのも、そもそも日露戦争の結果からこの世界と歴史が違う、私の前世の世界のレーニンだと考えれば辻褄が合う。)
エルンストは本を閉じ、かつて前世の世界でレーニンと交わした数多くの議論を思い出す。
(…私は前世のKPDの創設者だったレーニンと意見が一致していた訳ではない。むしろ不一致の方がよほど多かった。だが、この世界においてあのような大規模な武装蜂起を起こして、この世界における連邦設立に何年も必死に抵抗したその英雄的行為自体には、敬意を持たざるを得ない…奴はもし連邦が成立すれば、今のような金だけが物を言う社会になることを見抜いていたのだろう…)
そこまで考えたところで、目的の本棚にたどり着いた彼は、その歴史書を棚に戻す。
(さて、次は何の本を読んでみるか…ん?)
彼は少し離れたところの本棚の前に、見覚えのある人影があるのに気づいた。
彼はそこに静かに駆け足で向かい、そしてエルンストに気づいていないその少女の耳元に口を近づけ、こう囁いた。
「やあ、リナ」
「きゃっ!?」
その少女…リナ・ガラハウの肩が跳ね、彼女はまたすぐさま後ろに振り向く。
「エルンスト…そういうのやめてよぉ…」
「はは、すまんすまん、君の姿を見かけてついやりたくなっちゃってさ」
「も〜…」
頬を膨らます、この黒髪をのばした可愛らしい少女は、エルンストと同じくマハルの出身で、エルンストの恋人でもあった。
「ところで、なんの本を読んでいたんだ?」
「あ、これ?これ、今ちょうど読み終わって返そうとしていたんだけれど…」
そう言って彼女が自分の肩下げカバンから取り出したのは、『赤い星のリンゴの木〜火星社会発展録〜』と題された本。
「この本はノンフィクションで、火星のコロニー群の発展に半生を捧げて、最後には火星自治共和国の初代首相を務めた、アレクサンドル・コルヤノフという人の自伝なの。火星社会はコロニーや地球本国とは違った社会構造をしていて、その辺りの説明や、実際の火星社会についての統計も織り交ぜて解説していて、とても引き込まれるような内容だったわ。エルンストも読んでみたらどうかしら?」
「なるほど、それは確かに面白そうだ…な…!?」
そう言って渡された本をエルンストが開いた瞬間のことだった。
エルンストの脳内に、電流が走った。
本を開いた瞬間目に映ってきた、ある人物の写真。
『宇宙世紀0014年、火星自治共和国初代首相に就任した際に撮影された著者。』と銘打たれたその写真。
エルンストはその人物の風貌には見覚えがあった…否、エルンストは一瞬でこの『アレクサンドル・コルヤノフ』が何者であるかを確信した。
前世の世界ではボリシェヴィキ内の内部対立でレーニンに勝利した一方、それが発端となり世界共産主義運動の中心たる第二インターナショナルから追放されたその人物。
しかしそれでもめげずにフペリョート主義を掲げる第三インターナショナルを設立して、自らの考えるロシア革命を成功に導き、ロシア改め”労働連合集産国”の最高指導者となったその男。
(…まさか、レーニンだけでなくそのライバルであったお前もこの世界に存在していたとはな…アレクサンドル・ボグダーノフ!)
何の因果か、レーニンと終生鋭く対立していたボグダーノフもまた、この世界に生まれ変わっていたのであった。
あとがき:
最後の一文で示されたように、ボグダーノフがすでにこの宇宙世紀に転生してきていた事が発覚した、という話でした。
次回のお話からはレーヴェントロー編を一時的に離れて、ボグダーノフ編に移行します!
また、次回から始まるボグダーノフ編を含めたRF宇宙世紀本編と、この作品の最初の短編であるボグダーノフとジュドーの話には一切つながりがありませんので、そこら辺はご了承下さい。
では、どうか次の話を楽しみにお待ち下さい!