今回の主人公?耳かきされ役?はいつものメカニック君ではありません。売れない画家が主役です。
今までの作品読み直してアンドロイド要素少ないなぁ、とか耳かき要素足りねぇなぁと思ったのでそこを重点的に作る……つもりでした。変にストーリー要素を付加するとそれの回収が大変だなぁと感じる今日この頃です。
アンドロイド。その存在は人間に様々なものをもたらした。初めは仕事を奪われるのではないかと懸念した連中も、アンドロイドの労働によって快適な暮らしが出来るようになると途端に手のひらを返した。
俺だってそうだ。これでくそったれな仕事なんてやめて、絵を描くことに専念できる。金になる絵じゃねえ。今の時代に評価される絵でもねえ。百年先、千年先の人間に永遠に美の象徴として刻まれる絵だ。
それを描くのが俺の夢だった。ああ、そうだよ。……だった、だ。なんてことはねえ。アンドロイドってのはすげえんだ。仕事だって人間以上にこなせるし、芸術分野だって人間よりもすごかった。
アンドロイドは人間に芸術と学問にふける時間を与えた。だが、そのアンドロイドは人間よりもずっと美しいものを描く。人間の仕事としての画家は終わった。いや、画家だけじゃねえ。小説家も漫画家も、芸能人だってアンドロイドに半数以上が置き換わった。
人間にはただ無意味な時間と空虚だけが残った。
……アンドロイドは嫌いだ。俺はそう思いながら、近くのコーヒーショップのドアを開けた。
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席に座り、コーヒーを注文する。視線の先にいるのはアンドロイドの店員だ。田舎町の端っこの店だ。そのアンドロイドは古ぼけたTYPE-Rで何の変哲もないコーヒーしか出しやがらない。まあ、こんな流行っていない店だからこそ、絵を描くってのも出来るんだがな。
俺は持ってきた画材を広げながら、ペンを立ててぼんやりと店内を見た。俺は何をやっているのだろう。コーヒーを飲みながら絵を描くだって?どこぞの店の中で絵の具を広げるだって?人間としても芸術家としてもなっていない。
まあ、別にアンドロイドが流行る前から俺は評価されていなかったわけだが……クソ。
「お客様、コーヒーをお持ちしました。」
「……。」
俺は無言でテーブルを指さした。するとアンドロイドはコーヒーを置いて去っていった。クソ。文句くらい言いやがれってんだ。どこまで人間に従順なつもりだ。
コーヒーを飲む。苦みが伝わり、少しだけ目が覚める。しかし良い題材は思いつかなかった。手持無沙汰に画材を広げたまま、俺は見慣れたメニューを眺めていた。
・コーヒー S/M/L
・季節の菓子
・アンドロイドジョーク(無料)
・耳かき
ふーん。……ん?
何だぁこの耳かきってぇのは。こんなもん以前はなかったはずだが。それにこの字もマジックでの手書きらしい。元々メニューの少ない店なのだからそれは嫌でも目についた。
「おい、お前。」
「はい、なんでしょう。」
アンドロイドが歩み寄ってくる。着飾った服からは強いコーヒーの香りがした。鉄屑の塊の癖に着飾るのなんてな。
「なんだこの耳かきってのは。」
「耳かき。それは木や金属で出来た、先の曲がった小さなへらのようなものであり……。」
「……。」
「アンドロイドジョークでございます。えー、こちらは最近始めたサービスです。この店は流行っていません。私はここのアンドロイドとしてそれを改善するように尽力する義務があるのです。」
「ふん。」
見るとそのアンドロイドの手には既に耳かきが握られていた。アンドロイドは嫌いだ。だが、成程。嫌いな存在に体をゆだねる。これは面白いかもしれない。
あんな鉄屑の気分次第で自身の鼓膜は、いやもしかしたらその先まで突き立てられる。成程、成程、面白い。
「よし、じゃあ一つやってもらおうじゃないか。ちょっと待て、今コーヒーを飲んでしまうから。」
「わかりました。それでは私は準備をしてまいります。」
そのアンドロイドは鉄面皮のまま、そのような事を言った。
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アンドロイドの膝の上、俺の頭はそこにあった。覗き込むアンドロイドのガラスの瞳が目に映る。ある種の人間ならば安らぎも覚えるだろうが、俺にとってはギロチンにかけられた死刑囚のような心持であった。
「お客様、頭は痛くありませんか。」
「ふん、何もない。早くはじめてくれ。」
俺がそう言うと、まず初めに温かい濡れたタオルが耳の端に触れた。ああ、こうしてまずは汚れを拭きとるというわけか。
「ゴシゴシゴシ……。ゴシゴシゴシ……。」
「おい、なんだって口で擬音を言うんだ。」
「こうした方がリラックス効果が高いという研究結果が出ています。お嫌ならばお止めしますが……。」
「ふん、疑問に思ったから聞いただけだ。」
「そうでございますか。」
アンドロイドがそう言うと、再びタオルが耳に触れる。「ゴシゴシゴシ……。」と、そのような声も聞こえる。しかしこうして布越しに触れあってみれば、アンドロイドか人間かなどわからない。まあそんな事どうでもいい。人間だろうが、アンドロイドだろうが、全て嫌いだ。
「それでは今度は、耳奥を耳かきで搔いていきます。どうか動かないようにお願いします。」
「ああ。」
「カリカリカリ……。カリカリカリ……。」
「……。」
成程、耳穴から垢が零れ落ちていくのは心地よさを感じるものだ。これにハマる人間も或いはいるかもしれない。無論、アンドロイド好きの人間に限られるだろうが。
「カリカリゴシゴシ……。お客様、退屈しておられませんか。アンドロイドジョークはいかがですか。」
「いや……この状況で笑わせられても困る。」
「それもそうですね。では……ゴシゴシカリカリカリ……。耳かきに集中します。」
その時、何かが耳奥を擦れる音と共に言いようのない感覚が体を駆け巡った。思わず目をつむる。アンドロイドが紙の上に垢を落とすと何でもないように言った。
「奥に大きいものがあるようです。危険ですので、こちらで除去をさせていただきます。腕部解放、サブアーム起動。」
そう言うとそのアンドロイドの腕部が両側に開き、中から小さなアームが出てきた。ペンチのようになっているそれを開け閉めするたび、金属音が店に響く。それを見て思わず眉をひそめた。
「なあ、おい。大丈夫なのか。それ。」
「勿論大丈夫です。計算によれば99.999%大丈夫です。まあ拒否されればしませんが。」
アンドロイドが顔をのぞき込んでくる。……そうだ。何を恐れる必要があっただろう。元々怖いもの見たさではないか。
「……いや、ああ。やってくれ。」
「了解いたしました。サブアーム、侵入します。」
今度は擬音もない。少しの緊張の中ぼんやりと昔を回顧する。今は従順なアンドロイドに偉ぶるしかできない情けない人間……。それが俺だ。昔はこうではなかった。アンドロイドがいようが、高名な画家がいようが意欲的に作品を出展していた時期もあった。それが……。
ズボッ。そんな風な音が聞こえた。キュルキュルとしたアームの駆動音の中、べっとりと張り付くような大きな耳垢を紙に落とすアンドロイドの表情はどこか満足げに見えた。無論、量産型のTYPE-Rである。対した表情パターンもないためそれは気のせいに決まっているのだが。
「とれました。中々大きいです。」
「そうかい。俺はそれを言われて喜べばいいのか?恥じればいいのか?」
「私に人間に命令する機能はありません。」
「ああ、そうだろな。」
「それではお客様。よろしければ反対側を向いてください。」
反対側、向き直ってみるとそこにはアンドロイドのボディがある。人間の女であれば何か心の動きでもあっただろうが、所詮鉄屑だ。何を恥じる必要があるだろう。言葉を話すとはいえこいつは機械。そうであるに決まっている。
「サブアーム収納。それではこちらのお耳を搔いていきます。」
「……。」
耳を搔かれながら思う。不愉快だ。いや、肉体的には快楽を感じているのだろう。しかし精神は全く逆だ。この女、いやアンドロイドだが……。こいつは従順だ。俺が死ねと言ったらどうするんだろう。その奴隷の様な在り方が、俺自身と重なって酷く不愉快だった。
「カリカリカリ……。カリカリカリ……。」
「なあ、お前。」
「いかがいたしましたか?」
アンドロイドは手を動かしながら答える。俺は口を開こうとして、はたと口をつぐんだ。俺は全く別の疑問を口にすることにした。
「お前に夢はないのか。」
「夢、ですか?ありません。私にそのような機能はありません。」
「そう、だよな。」
ないのか。やることが全くない霞のような俺よりも、コーヒーショップの店員でもしている方がよっぽど精神的には充足するだろう。しかしこのアンドロイドにも夢はないらしい。……妙な事を聞いた。当たり前だ。機械が夢など見るものか。
「ゴシゴシゴシ……。カリカリカリ……。」
「……。」
「コリコリコリ……。ゴリゴリゴリ……。」
「……。」
「サラサラサラ……シュリシュリシュリ……。」
「……。」
なかなかうまいものだ。こうしていると眠くなってくる。怒りも悲しみも、夢の中までは侵入してこない。幸せだ。俺が幸せなのは眠っている時だけ……。
しかし、その幸せなまどろみを引き戻す声が聞こえた。
「でも、そうですね。夢はありませんが、やってみたいことはあります。」
「……夢はないがやってみたいことはある?なんだぁそりゃあ、矛盾てやつじゃないのか。」
「いえ、夢ではないのです。だってこれはどんなに願っても叶わないのですから。」
「願っても……叶わない?」
不思議とその言葉に怒りは感じなかった。しっくりとその感情が胸に収まった。諦観。アンドロイドも諦観を抱くことがあるのか。
「カリカリカリ……。最近、お客様は絵をお描きになりませんね。」
「……ああ、良い構図が思い浮かばなくてな。」
「元気になったら……また貴方の絵を描いてくださいね。」
「なんだい、なんだい。量産型アンドロイドは売れない画家のメンタルケア機能まで実装したってのか?やめてくれ、鉄屑に慰められたってむなしいだけだ。」
「いいえ、私が好きなのです。」
いつの間にかアンドロイドの手は止まっていた。思わず顔を上げ、そのアンドロイドの方を見つめる。たった数種類の表情パターンしかないそのアンドロイドは、真顔のままこちらを見つめていた。
「私が、貴方の絵を好きなのです。他のTYPE-Rに聞いたってこんなことは言いやしません。」
「そう……か?」
「ええ、そうなのです。」
アンドロイドはそのような事を言った。その表情は変わらない。声色も……。変わらないはずだ。
鉄屑の癖に、俺の絵が好きだと?こいつはそう言ったのか?喜びと不快感が胸の内でグルグルと回る。一体、これはどんな感情だ?自分で自分の心が分からなくなった。
「……左耳もきれいになりましたね。それでは最後に綿棒で仕上げをしていきます。両腕部解放、サブアーム起動。回転開始。」
「……。」
ぼんやりとしていると再びサブアームを起動したアンドロイドが、その両方で綿棒を持って回転させていた。一瞬面食らうが、ええいままよ。アンドロイドに身を預けることにした。
「両耳を回転綿棒で掃除しながら、耳つぼを刺激して終了とさせていただきます。それでは。」
「あ、ああ。」
「入ります。……グルグルグルグル……クルクルクルクル……。」
きっと大昔に採掘された鉱石なんかはこんな気持ちだったのだろう。回転に身を任せ、刺激を味わうのはなかなか心地いいものだった。
「シュリリリリリ……サリリリリ……。」
「……。」
「キュリリリリ……シャリシャリ。」
「……。」
「キュルルル……サクサクサク。」
「……。」
「さて、これで耳かきサービスは終了となります。お客様、いかがでしたか。」
アンドロイドはそんな定型文のような言葉を口にする。無視したって良いだろう。だがたまには答えてやったって良いだろう。どうせアンドロイドに偉ぶろうと思えば、後でいくらでもできるのだから。
「
「そうですか。ありがとうございます。他にご利用になるサービスはございますか。」
「ない。」
「かしこまりました。ありがとうございます。」
アンドロイドはそんな事を言って去ろうとする。だがそうはさせない。俺はアンドロイドの肩を掴むと、無理矢理振り返らせた。命令一つで振り向く存在だが、力づくでされるというのは経験が少なかったのだろう。アンドロイドは驚いた表情をした……ような気がした。
「待て。」
「……な、何でしょうか?」
俺は一呼吸を置いてから、その言葉を口にした。
「貴様のやってみたいことってのを教えろ。」
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二日後、俺は再びコーヒーショップを訪れた。探すまでもなくそいつはいた。アンドロイドTYPE-R。型番は知らないし興味もない。ただのコーヒーショップのアンドロイド。俺にとってそいつはそれだけだった。
「コーヒーを一つ。」
「かしこまりました。」
そう言うと、いそいそとそいつは作業を始める。コーヒーを一つとしかいっていないのに、こいつはいつもMサイズのコーヒーを持ってきてくれる。いつかこれを幸いに、他のサイズが欲しかったとクレームでもつけてやろうかと思ったが、まあ今日じゃなくてもいいだろう。どうでもいいしつまらないことだ。
「こちらコーヒーです。」
「ああ。」
「……。」
「……。」
ほかに客はいない。アンドロイドは俺の隣に立って、要求を待つことにしたようであった。
「本日のおすすめはアンドロイドジョークです。いかがですか?ついでに耳かきもいかがですか?」
「いらねえ。お前らのパターン化されたジョークには飽き飽きだ。」
「そ、そうですか。それでは私は向こうに控えておりますので……。」
「待て。」
そう言いつつ、俺は一瞬ためらった。しかしここまで来たのだ。ええいままよ。俺は鞄の中から一つの絵を取り出した。
「これは?」
「見ろ。そして受け取れ。」
「え?」
「くれてやる。どうせ俺の絵なんて売れねえんだ。ゴミ箱に食わせる代わりにお前にくれてやる。」
「……!」
アンドロイドは戸惑ったような表情を一瞬だけ見せたが、目だけは絵から放してはいなかった。ふん、当然だ。丸二日かけた自信作だ。アンドロイド一匹の目くらい奪ってくれなきゃ困る。
「こ、この絵、もしかして……。」
「ああ、コーヒーを絵の具に描いた。
「あ、ああ。わ、私、は?」
「あ?どうしたんだお前?」
「わ、私こんな事、想定していなくて……。回答パターンも用意されていなくて……。嬉しくて……。あ、あの。」
「ふん。」
アンドロイドが醜くわめきたてる。うるさい。鉄屑の癖に人間らしく振舞うな。アンドロイド、只の鉄屑。お前はそれでいいのだ。
俺はコーヒーを一息に飲むと立ち上がった。
「別に感想なんていらねぇ。俺が描きたかったから描いただけだ。捨てたってかまわん。」
「捨てません!」
「……!」
「す、捨てたりなんかしません。大切にします。」
「ふん。好きにしろ。」
改めなければならない。こいつは従順なんかではなかった。クソ生意気なアンドロイドだ。アンドロイドの癖に、人間様に逆らうとは。
「……また来る。」
「あ、ありがとうございました!」
そいつはそんな事を言う。カランカランと心地のいいドアベルの音が聞こえた。……ああ、気持ち悪い。俺は何を満足した気になっているのだろう?二日かけて、ただ一つの鉄屑に喜ばれただけだと?……割に合わない。全く割に合わない。
ああ、やはりアンドロイドは嫌いだ。青空に筆をかざしながら俺はそのように思った。
『空虚な美』:無名の画家が描いた、田舎のコーヒーショップに飾られている絵。鉄で出来た造花に水をあげる盲目の少年が描かれている。鑑定士によれば芸術的価値は少しもないとのこと。アンドロイド社会を風刺したものではないかという意見もある。美しい二つの存在がただ無意味な行為をしているだけという、作者のねじ曲がった心を感じさせる一品。だがその額縁には埃一つなく、持ち主には大切にされているようである。