もう、何年前のことだっただろうか覚えていない。覚えているのは、その組織が、今だ世界に名を知られぬ存在であった頃の話だ、という事。
《ソレスタルビーイング》。天上人、という意味を持つその組織は、『武力による紛争の根絶』という、矛盾した思想を行動理念として掲げる、武装組織だった。
三十年と言う長い時をかけてつくり出した奇跡の永久機関《太陽炉》――――正式名称を《GNドライヴ》を有する
当時、ガンダムは第二世代機と呼ばれるシリーズの開発が終了し、第三世代機の開発も完了に近づいたころだったと思う。第二世代機開発完了間際に、ミッションの事故で《マイスター》と呼ばれるガンダムパイロットを失うという悲劇があったが、組織を管理する人工知能《ヴェーダ》……サンスクリット語で『知識』という意味だそうだ。確かに圧倒的な情報量から導き出される未来予測は、全知全能と言っても過言ではないだろう……は、計画を推し進めるべく新たなマイスターのスカウトを始めた。
そんな頃だった。自分が、ソレスタルビーイングにやってきたのは。
経緯はよく覚えていない。たぶん、組織の誰かに保護されてきたのだろう。目撃者を大抵の場合抹殺するソレスタルビーイングだが、まれに『有用』と判断した人間を組織に招き入れることがある。自分もそんな感じで参加したのだろう。
そのころの記憶はうすぼんやりとしている。何せ、自分がまだひどく幼かった頃の話だからだ。どう少なく見積もっても、十年以上前のことだろう。
それから、今現在に至るまでの記憶も、やはりうすぼんやりとしている気がする。
だけど――――たった一つだけ、絶対に色褪せない記憶がある。
ガンダムの開発にそこそこたずさわっていた自分は、ふと訪れた三世代ガンダムの開発が行われているドッグで、うずくまって泣いている一人の少女を見たのだ。
彼女は言った。今日は両親の命日なのだと。
彼女はミッション事故の犠牲になった第二世代マイスターの娘だった。何を思ったのか、幼い自分はその隣で、彼女が泣きやむまで座っていた。
その日、心に固く誓った。
俺は……フリック・イブリースは、この少女を……フェルト・グレイスを、一生守るのだ、と。
******
2307年。化石燃料という燃料を失いかけていた世界は、ほぼ無限に太陽光発電を可能とする《軌道エレベーター》を開発し、エネルギー問題から脱却していた。フェーズは次の段階……宇宙開発へ。だが、世界が手を取り合ってそれに望むなどという事は無い。軌道エレベーターを保有する三つの国家群は、それぞれが自らの利益だけを優先しようと、互いに腹の探り合いを続けている。
世界は、大きく分けて四つの勢力に分けられていた。
一つは、アメリカを中心とした《世界経済連合》……通称《ユニオン》。
一つは、ロシア・インド・中国を中心とする《人類革新連盟》。
一つは、ヨーロッパおよびアフリカを占拠する《新ヨーロッパ連合》……通称《AEU》。
そして最後が、そのどれにも属さない、軌道エレベーターを使えない途上国。
自らの利益を優先してにらみ合いを続ける勢力たちの間では、いまだ紛争が絶えない。
そう―――――技術がどこまで進んでも、人類は、争いを捨てることができずにいた。
***
「ガンダムエクシアおよびガンダムデュナメス、セカンドフェイズの予定行動時間を終了しました」
戦況オペレーターのクリスティナ・シェラが、
ここは機動エレベーターの静止衛星軌道上・発電衛星の陰に隠れるようにして航宙する、CBの保有する多目的輸送艦《プトレマイオス》――――通称トレミーである。
そのオペレーションブリッジには、五人の人間がいた。
「間もなくサードフェイズの開始時間です」
「うまくやれたのか?刹那とロックオンは?」
クリスティナの報告に問いを漏らしたのは、砲撃士のラッセ・アイオンだ。トレミーには武装がないが、もしもの時、ガンダムの装備を流用して戦うことがある。彼はその時の為に搭乗しているのだ。元マフィアという経歴をありありと感じさせる屈強な体を動かして、後方のクリスティナを見る。
「やってくれなきゃ、しょっぱなからうちらはゲームオーバーですよ」
ねぇ、と、ラッセとクリスティナに返したのは、操舵士のリヒテンダール・ツェーリ。軽い調子で言った彼の口調が気に障ったのか、クリスティナに「無駄口叩かないで」と叱られてしまう。
「全くもう……ねぇ、フェルト?」
「……」
クリスティナに声をかけられたのは、彼女と背後……対面のモニター前に座る、ピンク色の巻き毛の少女だった。十代半ばほどの幼い外見をしているが、その眼には強い意志が宿っている。しかし彼女は、クリスティナの言葉に反応することなくモニターを見たままだった。
「……無駄口叩くなって言ったのは誰だったか?」
そして、最後の一人が口を開く。
黒っぽいマイスタースーツに身を包んだ青年だった。若い。フェルトと同じか少し上くらいか。何よりも目を引くのは、その銀と言うよりは白と言った方が正しい髪だった。そして髪と同じく目を引くのが、首に取り付けられた銀色のチョーカー。
「……そうだけど」
クリスティナがそっぽを向く。
「まぁまぁ、そんなに固くならないの、クリスもフリックも」
「スメラギさん……」
背後のドアが開いて、一人の女性がオペレーションブリッジに入ってくる。長い茶髪の女性の名は、スメラギ・李・ノリエガ。トレミーの戦術予報士だ。艦長のいないこの艦の、実質的な艦長代理も務める。
「私達ソレスタルビーイングのガンダムマイスターの、初戦闘よ。ド派手に行きましょ」
スメラギはそう言って、持っていたボトルに口を付ける。
「あ―――!お酒飲んでる!」
「マジっすか!」
そのボトルの中身を悟ったクリスティナとリヒテンダールから、激しい非難の眼を浴びせられるスメラギ。
「いーでしょ。私は作戦を考える係。あとはみんなに任せ……」
その時だった。今まで黙っていたフェルトが、口を開いたのだ。
「……レーダーに反応。後方に敵影」
「何……」
身を乗り出してモニターを見るフリック。すると、フェルトがちょっと眉をしかめて言った。
「フリック、邪魔……見えない」
「……すまん」
素直に引き下がるフリック。相変わらず甘いわね、と胸中で思うスメラギ。
「機体照合完了。MSJ06Ⅱ-E、ティエレン宇宙型三機を確認」
「人革連か……偶然見つかったかな?」
これからCBが喧嘩を売りかけようという世界……それを大きく三分する国家群の一つ、《人類革新連盟》、その主要モビルスーツが、トレミーに迫っていた。現在人革連の軌道エレベーターでは、発電開始十周年を記念する式典が催されている。そのために警備が厳重になっていたのだろう。所属不明艦であるトレミーを追尾していると見られた。
「フリック、出撃してちょうだい。敵機の機能停止を。人命は可能な限り損なわないで」
「了解」
スメラギの指示に頷くフリック。
「……頑張って」
「ああ」
そっと呟くフェルトに、フリックは答える。
オペレーションブリッジを抜けて、ガンダムを格納しているドッグへと向かう。フリックのガンダムは、他のマイスターたちが使うガンダムとは少し異なる存在だ。
ソレスタルビーイングは、先のミッションで国家群の一つ、AEUが保有する最新鋭機・AEUイナクトをあっさりと撃破している。最新鋭MSを簡単にいなすほどにガンダムは強力だ。なぜならば、現行の科学技術では不可能とされるありとあらゆるシステムを保有するから。各国が開発を急いでいるビーム兵器は、既に全てのガンダムに装備されている。
そのビーム兵器や、あり得ないほどの高機動を可能とするのが、ガンダムの背中に取り付けられたエンジンユニット……GNドライヴ、通称《太陽炉》だ。永遠にエネルギーを生産し続けるこの一種の小型原子力発電所とでも言うべきエンジンによって、ガンダムは事実上無限に稼働することができる。
だが、その作成過程の過酷さから、正常なGNドライヴは5機しか作られていない。そのうちの四つがトレミーのガンダムに使われ、最後の一つがサポート組織のガンダムに使われていた。
ならば、フリックのガンダムに取り付けられている太陽炉は一体何なのか――――。
「よぅ、準備はできてるぜ」
「助かる」
手を挙げたのは、整備士のイアン・ヴァスディ。フリックも手を挙げて彼に答えると、ヘルメットをかぶりドッグに入った。
――――そこには、漆黒の巨人が屹立していた。四機のガンダムが白をベースとした《神々しい》外見をしているのに対して、このガンダムは《禍々しい》。所々に白や青の装飾が見えるが、基本色は黒と赤だ。何より目を引くのは、肩に装着された、角の様な巨大なパーツ。
超大型GNコンデンサー。GN-XXX《ガンダムラジエル》によって確立されたデータを基にしてイアンが組み立てた、この《不完全な》ガンダムを駆動させるための最大の機関だ。
黒いガンダムの名は、GNR-000《ガンダムアスタロト》。《エクシア》や《デュナメス》、《ラジエル》などと違って、天使ではなく《反天使》の名をもつこのガンダムは、いわば『試作品』とでも言うべき太陽炉を搭載していた。
失敗作であるとされたその太陽炉は、エネルギーであるGN粒子生産にはあまり問題がないのだが、GNドライヴとしてのもう一つの役割、即ちガンダムの機動を助ける航空ユニットとしての機能が著しく損なわれていたのだ。
そのために様々な機体制御ユニットを搭載したアスタロトは、宇宙空間での戦闘に有効なモビルスーツとなっていた。
四機のガンダムが『武力介入』を担当する傍ら、このガンダムは『トレミーの守護』のためにある、と言ってもいい。
だが、決してこのガンダムが防御に特化している、と言うわけでもない。この機体は――――。
『サブカタパルトより、ガンダムアスタロト、射出します』
「了解……フリック・イブリース、ガンダムアスタロト出撃する」
フェルトのアナウンスに従って、トレミーに後付されたサブカタパルトから、アスタロトが出撃する。肩のスラスターから吹きだしたGN粒子がきらきらと尾を引く。背中のGNドライヴに搭載された姿勢制御装置、《GNフェザー》が輝きを放つ。天使の翼――――いや、アスタロトの風貌を鑑みるならば、どちらかと言えば悪魔の翼か――――を広げ、アスタロトとフリックは目標に近づいていく。
今頃、ティエレンのパイロットたちは、通信機器やレーダーが効かなくなったことに混乱しているだろう。GN粒子による通信阻害効果の影響だ。
ティエレンたちとの間には、まだかなり距離がある。
「……」
フリックは、アスタロトの腰にマウントされたGNビームライフルを抜き放ち、ロングバレルモードで構える。アスタロトのGNビームライフルは、遠距離用のロングバレルモードに変形することが可能であった。この二段変形するビームライフルのほかにも、GNビームサーベル、GNバスターカタールなどの多彩な武装がアスタロトには用意されていた。
腕の部分に接続したビームライフルに、太陽炉から直接エネルギーが送り込まれる。きぃぃん、という音を立てて、ビームライフルにエネルギーがチャージされていく。【発射可能】の表記が、モニターに表示されると同時に、
「……フェルトには、近づけさせないぞ」
――――フリック・イブリース、目標を断罪する。
そう呟いて、トリガーを引き絞る。発射されたビームが、敵モビルスーツを打ち砕いた。もう一度。そして、もう一度。全て余すことなくヒット。ティエレンのパイロットたちは、何が起こったのかわからないままであっただろう。だが、それら全ては、ギリギリパイロットの人命を損ねないようにヒットしていた。
ガンダムアスタロトの初実戦は、あっけなく幕を閉じた。哀愁は感じない。これは、フリックにとって当然の行い。パイロットを殺さなかったのも、スメラギの指示があったからではなく、もし人が死んだら、たとえ敵であっても、フェルトが悲しむから。あの子は、人一倍《死》に敏感だから。
そう、全ては、フェルト・グレイスを守るために。すべては彼女のために。大義名分など関係ない。
フリック・イブリースは、ソレスタルビーイングの思想である『武力による紛争の根絶』に従って行動しない、数少ないガンダムマイスターである。首に取り付けられた小型爆弾は、CBの意思に反する、しかし有用な者に対する裏切り防止の措置。
彼のためのガンダムアスタロトは――――フリックにとって、フェルトに近づく下郎を薙ぎ払うための、破壊兵器であった。
どうもこんにちは。『鎮魂の反天使』を読んでいただき誠にありがとうございます。この話は、簡単に言うとフェルト大好き主人公が驚異の執念でガンダムで戦ったりフェルトをストーカーしたりトレミーを守ったりフェルトをストーカーしたり武力介入したりフェルトをストーカーしたり他のガンダムを助けたりフェルトをストーカーしたりする話です。ちなみに作者もフェルトが大好きです。
『作者は原作未視聴』という致命的なタグをもつ作品ですが、温かく応援していただけると嬉しいです。
8/5一部を改訂しました。ちなみにフェルトの元の髪の毛の色の描写は無いと思うのですが、マレーネが金髪だったので多分金髪だったんじゃないかと思ってこの設定。