「索敵圏内に反応なし。巡航を続ける」
『了解』
コクピット右側のモニターから、フェルトが答える声が聞こえる。フリックは目を一瞬閉じると再び開けた。さすがのフリックでも、一時間も何もないと退屈になってくる。
これがフェルトがいるトレミーの中だったり、任務がない休憩時間だったりするとフェルトを眺めたりいじったりするだけで五時間ぐらい過ごせるのだが、いかんせん狭いコクピットの中で黒いマスタースーツを着て、宇宙空間なのでヘルメットのバイザーも下ろしているとなるとあとはひたすら暇なだけである。モニターは通信を終えると切れてしまうというか一方的に切られるので、ずっとフェルトを眺めているわけにもいかない。というかそんなことをしていたら敵が来ても気付けない。その程度を考えるほどには、フリックにもそこそこ
現在トレミーが巡航しているのは、三本ある軌道エレベーターのうちの一本、第二エレベーター《天柱》……人類革新連盟の保有する軌道エレベーター……の周辺である。なぜこの周辺を航空しているかと言うと、現在マイスターたちが武力介入を行っているのが、人革連の領土にほど近いエリアだからだ。できる限り行ったり来たりの時間を短縮するために、こうやって人革領の近くを飛んでいるわけである。
なお、今回のミッションが終了したのち、ティエリアは軌道エレベーターを使ってガンダムを運び(軌道エレベーターの荷物検査は案外ザルである。こんなのだからテロがなくならないのだ)、トレミーに戻ってくる手はずになっていた。トレミーがエレベーターの近くを飛んでいるのは、そう言った理由もある。
軌道エレベーターはそれぞれ赤道にほど近い島に設置されており、その周辺を支配する国家群が所有している。
第一エレベーター《タワー》は、《太陽エネルギーと自由国家の連合》こと《ユニオン》が。
第二エレベーター《天柱》は、《人類革新連盟》こと《人革連》が。
第三エレベーター《ラ・トゥール》は、《アドバンスド・ヨーロッパ・ユニオン》こと《AEU》が。
これらすべての立ち位置の問題により、世界は縦方向に三等分されている、と考えていい。なお、これらのエレベーターはすべてリングで直結されており、どれか一つが倒れると他の物も倒れる危険性がある。そのため、軌道エレベーター開発を遅らせたくてテロまがいの行動を起こすと、自軍にも被害が出るという仕組みになっている。戦闘を極力減らそうとする開発者の意思だろうか。『戦争行為の根絶』とかいう馬鹿なことを考えそうな奴だったんだろうな。あれ、そういえば軌道エレベーターの理論提唱者の名前をどこかで聞いたことがある気がする。たしかイオリア・シュヘンベルグだったかそんな名前だったような……。
まぁ、そんなことは結構どうでもいいのだ。特にフリックにとっては、常に宇宙にいるトレミーと、地上に落下する危険性のある軌道エレベーターは直接の被害が関係ないので、つまりは『フェルトと関係ない』わけであって、余計興味がない。
だが、ここは人革連の軌道エレベーターにほど近い空域。まれに警備のティエレンに発見されることもしくは発見される危険性があることがあるのだ(ややこしい)。
今回だって、ほら――――
「……索敵圏内に反応。二体だ。機体照合を頼む」
『了解……どちらもMSJ06Ⅱ-Eティエレン宇宙型です』
すぐに答えるフェルト。全く、非常に優秀なオペレーターである。反応速度もいい。専属にしたいくらいだ。いや、実質アスタロトのサポートはすべてフェルトに任せているからある意味専属なのか?というか個人的には人生の専属オペレーターになってほしいくらいなのだが……。
「……アスタロト、目標を断罪する」
雑念をもやもやと溜めながら、フリックは自分をオートモードにして動く。これはここ数年でフリックが習得した術技で、これを用いることによってなんとフリックはほぼフェルトのことだけを考えながら別のことをすることができるのだ!……どうでもいいけど。いや、フリックにとっては全くどうでもよくない事なのだが。とにかく、現在フリックは頭の八割でフェルトのことを考えながら、残りの約二割で戦闘のことを考えて行動していた。
ティエレン宇宙型はこちらにまだ気付かない。たが、気付くのも時間の問題だろう。GN粒子の散布が始まれば、敵はこちらに気付く。なぜならば粒子の電波妨害機能で、レーダーや通信に不調が出るからだ(因みにCBメンバーはGN粒子に妨害されないタイプの通信方法を使っている)。GN粒子が電波障害を引き起こすことは、すでに世界各国に知られている(たぶん)。ならば、電波障害が起これば、『近くにガンダムがいる』と逆に知らせることになってしまうのだ。
かといって、逆にGN粒子散布をしないと、今度は普通にレーダーに見つかる。どっちもどっちである。そろそろ地上の方でそれを利用した新しい索敵方法とか考案されていそうである。
以上が頭の中で考えていることの一割である。もう一割では、どのようにしてティエレンを狩るか、という事を考えていた。
ティエレンは、人革連が誇る重装備型モビルスーツだ。装備は固いし、機動力を犠牲にしたかわりに手に入れた防御力はなかなか侮れないところがあると思う。
だが――――それも、相手が普通のモビルスーツであった場合の話である。
「プロトブレイドの切れ味、試させてもらう」
アスタロトは腰のアタッチメントから、二本の剣を抜き放つ。イアンから託された、GNプロトブレイドだ。エクシアの為の武装であるGNブレイドの試作品だが、性能をチューンしてオリジナルに迫る切れ味を誇るという。実態剣なのでGNコンデンサーと接続して粒子を送る必要はないが、アスタロトようにカスタムされたプロトブレイドには接続アタッチメントが存在していた。腕の高機能GNコンデンサーに接続、GN粒子を送り込むと、キィィィンという甲高い音と共に、プロトブレイドの刀身が白熱し始める。アスタロトの主武装、GNバスターカタール(現在は両肩の超大型GNコンデンサーに待機状態でラックされている)とよく似た切断補助機能だ。
アスタロトのGNドライヴに搭載された姿勢制御システム《GNフェザー》が一層の輝きを放つ。悪魔の羽根の様な光が広がり、GN粒子の散布を開始する。こちらの存在に気付いたのだろう。二機のティエレン宇宙型が振り返る。その時には、高速で飛来したアスタロトが、長い方のプロトブレイドを切り払っていた。ティエレンの足が吹き飛ぶ。続けて短い方を細かく動かし、両腕および推進スラスターを破壊する。これでこの周辺宙域をさまようことになっただろう。
味方の惨状に怖気づいて、もう一機のティエレンが逃げ出す。
「……逃がさんぞ」
右腕のアタッチメントを稼働させ、二つ目のGNコンデンサー接続口を解放する。プロトブレイドを離し(アタッチメントに接続しているので離れていくことはない)、マウントしておいたGNビームライフル(ロングバレル)を装備し直す。
チャージが続いている間にも、ティエレンはどんどんアスタロトとの距離を開けていく。だが、そんなものはロングバレルのビームライフルには関係がない。
「ロックオンほどではないがな。俺もそこそこ射撃の腕に自信はある」
ズビャァッという音と共に、破壊のビームが放射される。背中部分を打ち抜かれたティエレンは当然のように大破。
「あ……」
ヤバイ。調子に乗りすぎた。パイロット死んだかな。どうしよう。フェルトに怒られるかもしれない。それはマズイ。凄まじくマズイ。『フェルトに怒られる』と言うのは、フリックにとって地獄よりなお深い絶望的な何かであった。
「どうしよう……」
丁度その時、出撃時間終了のタイマーがなった。帰艦の時間だ。
フリックは恐慌しながらアスタロトを動かした。
***
「……申し訳ありません」
ブリーフィングルームに入った途端、フリックがフェルトに向かって頭を下げる。なぜ敬語。
「……?」
「いや、そのですね……ティエレンのパイロットをですね、手違いで撃ち殺してしまった可能性が……」
「ああ、それなら大丈夫よ」
助け船を出したのは戦術予報士のスメラギ・李・ノリエガだった。お酒の入っていると思われるボトルをあおりながらブリーフィングルームに入ってきた彼女は、手持ちの端末をフリックに見せた。
「先ほどの戦闘の映像だけど、ほら、ビームライフルの攻撃は腕を吹き飛ばすにとどまってるわ」
確かに腕の部分を打ち抜かれて爆発している。コクピットは無事の様で、爆発の中からぼろぼろのティエレン本体が抜け出てきた。
「……そうですか……」
はぁ、と息を吐くフリック。いや待て、これはよけられたもしくはフリックの射撃技術が足りなかったという事になって、手放しに喜ぶわけにもいかない。これは殺人をしなかったことを喜ぶべきか、それとも自らの技術が足りなかったことを恨むべきか。
フリック自身は、別に殺人に忌避があるわけではない。フェルトを守るためだったら、仲間でも殺すという覚悟がある。それが揺らぐことはない。なぜならばそれが自分の存在意義であると信じているからだ。刹那が人々を救う「ガンダムになる」ことを望んでいるように。ティエリアが「ガンダムマイスターの誇り」を持っているように。
だが、もともと殺人や戦争に嫌悪感をもつメンバーたち(みな『紛争の根絶』を目指して戦っているのだ。戦争を憎む理由があるのだろう)の中でも、フェルトは年齢もあってとくに『死』に敏感だ(もっとも、フリックはフェルトの年齢なんて気にしたことはないが)。だからフリックは、できる限り人命を損なわない。フェルトが悲しむのは見たくない。
「地上のガンダムマイスター、ミッション完了しました」
クリスティナの報告が入る。
「ふぅ……終わったっすね」
リヒテンダールの軽い調子の言葉に、ラッセがじろり、とにらみを利かせる。クリスティナも同様だ。「おお怖」と言って身を縮めるリヒテンダール。
「フリック」
「フェルト?どうした」
「……ありがとう」
そう言って、ちょっとだけ微笑むフェルト。
とりあえず今日は殺人をしなかったことを感謝することにしよう。そして脳裏にフェルトの笑顔を永久保存しようそうしよう。
心の中でそう決めたフリックであった。
MS武装スペック(?)
《GNプロトブレイド》
ガンダムエクシア用の装備である《GNブレイド》の試作品として運用されていた武装を、アスタロトようにカスタマイズした物。エクシアのそれは腰に装備されているときに内部にGN粒子をためる仕組みになっているが、アスタロトのプロトブレイドは直接腕の多機能コンデンサーに装備されるので、粒子をより大量にチャージできる。
因みに設計にはガンダムアストレア/ルイード・レゾナンスも過去多少かかわっており、フェルトともそこそこ因縁の強い武器である。