─追記─
2025年8月25日、加筆修正しました。
『コンテニュー』
(おかしい。朝の目覚めがこんなに気持ちいいなんて)
身体が軽い。この違和感は何だろう。
ここ数年、身体は思い通りに動かせず、あちこちが痛んでばかりだった。それがどうして、急にこんなに調子が良いのか。まるで昔に戻ったみたいだ。
そして、気分も良い。疲労感も、頭の中を蝕むノイズもない。頭の働きも驚くほど冴えている。
『メテオス! メテオス!!』
誰かが私を呼んでいる。女性の声だ。なぜか、ひどく懐かしい。随分と聞き慣れていた、そういつもすぐそばに居たような。
「よかった! 本当に、本当に心配したんだから!」
目の前の中年女性は私をガッシリと抱きしめた。かなり強い力だ。じんわりと身体の各所に痛みを感じる。
いったい何がどうなっている。
(これは走馬灯か? いや、それにしても……)
なぜ彼女は泣いている。私には恋人も家族もいないはずだ。私は生涯独身を貫いてきた。なぜこんな目にあう。これは新しい詐欺の手口か。
いや、違う。
(この人は私の母だ。しかし、母は50年以上前に亡くなっている。それに、私はルーンポリスの国立病院にいたはず)
あまりにも奇妙すぎる。状況がまったく理解できない。ただどうしてだろう。この温かさは落ちつく。
物理的にも、精神的にも満たされているような、この全身を包む心地よさ。そうだ、この感覚を私は知っている。何十年も前に感じた、あの温もりだ。
(この感覚は懐かしいな)
涙が止めどなく溢れてくる。90歳の老人がこんな風に泣くなんて。
「メテオス、ありがとう……無事に目覚めてくれて。あなたは本当に頑張ったわ。すごい、とてもすごい。パパとママの誇りよ」
「お母さん、ごめん、心配させちゃって。色々大変だったよね……あれ!?」
この声はなんだ。非常に高い。まるで少女の声みたいではないか。
(いや、私の声はもっと低かったはずだ。年を取るにつれて、ますますそうだったのに)
待て、口調までも変わっている。いったいどういうことだ。
(そ、そんな馬鹿な!?)
身体があまりにも小さい。縮んだというより、大幅に小さくなっている。身長は150cmくらいだろうか。
パジャマもそうだ。ライトブルーで、リボンやフリルがついていて、ひどく可愛らしい。高齢の男性が着るような服ではない。
髪が妙に重い。私はずっと短髪だったのに、首元まで伸びている。
しかも、こんなにサラサラだったものか。身体から香る穏やかな花の匂いも、知らないものだ。これらの特徴は、どう考えても男性のものではない。
嫌な予感がする。この予感だけは外れてほしい。
「まさか、私は少女になっているのか?」
「ふふっ、メテオスったら。急にどうしたの? あなたは女の子、13歳になったばかりじゃない」
母はニコニコと微笑む。その様子は嘘をついていないことを示している。彼女の人柄を考えれば純粋にそう言ったのだろう。
(つまり、私は少女になっている!? 意味がわからない。いったい何のために? 何の需要もないだろうに……痛いっ!?)
頭に激痛が走る。手術の傷跡が開くよりひどい。頭がスイカのように割れてしまうんじゃないか、そう思うほど痛い。
全身が熱い。汗が溢れて止まらない。まるで蒸気機関がすぐそばにあるようだ。
(なんだこれ、生温かい)
真っ白なベッドシーツが赤く染まっていく。顔から血が出ているのか。かなりの勢いだ。まずい、本当にまずい。このままでは死ぬかもしれない。
視界が真っ赤に染まる中、かすかに母の声が聞こえる。
「あ、青ざめた血……」
『メテオス、メテオスー!?』
次の瞬間、私の視界は暗転した。
──中央暦1623年7月15日 神聖ミリシアル帝国 地方都市『カン・ブリッド』──
「やれやれ、とんでもない事態に巻き込まれたねぇ……」
母の話では意識不明の重体だったらしい。
1時間も痙攣と出血が続き、生死の境をさまよっていたという。本当に恐ろしい。
しかし、奇妙なことに後遺症は一切ない。あれほどの症状だったのにも関わらずだ。
容態も予想以上に早く回復して、今のところはまったく問題ない。症状の原因が不明という一点を除いて。
現在、私は実家の自室で療養している。
ブラウンのフロアタイル、ライトピンクのカーペット、動物のぬいぐるみ、ピカピカの勉強机、制服に教科書。どう見ても少女の部屋だろう。
「この姿は美しい。だが、違和感が拭えないな。やはり長年、男性の身体だったからか?」
白銀の髪は肩まで伸び、水晶のように透き通っている。瞳はアクアマリンと見紛うほど青く、光を宿している。肌は絹のように滑らかで、ただひたすらに白い。
「整いすぎている。まるで等身大の人形みたいだ。この感覚はなんて言えばいいんだろう」
90歳の高齢男性が10代の美少女になった。
こんな現実最初はあり得ないと思った。しかし、現実は明確に事実を突きつけてくる。これは幻覚ではないと。正直、冗談かドッキリの類であってほしかった。
「私の記憶が正しければ、人類はとっくにラヴァーナル帝国を滅ぼし、軌道エレベーターを築き、月や火星の開発を進めていた。そのはずなんだがねぇ」
とりあえず、現在の状況を整理してみよう。
私はローグライダー家の長女として生まれていて、その記憶もはっきりしている。男勝りな性格だったが、外見はそうでもないようだ。
歴史はほとんど変わっていない。転移国家についてはなんとも言えないが、前世の世界と変わらないかもしれないし、大幅に変わっているかもしれない。
「はあ、余計に混乱するな。なぜこんな目に……訳が分からない」
未来の世界から過去の世界へ。SF作品のような現象だ、偶然巻き込まれただけとは思えない。もし人為的なものだとしたら、いったい誰の仕業なのか。
「この問題はきりがない。今は置いておこう。まずは、今の私にできることをやろうか」
私は自室の窓から夕日に染まる街並みを眺めていた。この奇妙な状況に意味があるかは分からない。人か、神か、あるいはただの偶然か。
しかし、どうであれ、この機会はチャンスだ。前世の知識を保ったまま、過去の世界に転生する。これは歴史を書き換えろと言われているようなものだ。
この絶好の機会をただ見過ごすわけにはいかない。
90年の人生で培った知恵、この若々しい身体の力を合わせれば、不可能なことなどないはずだ。
祖国に再び世界一の栄光をもたらし、世界最強の名に恥じぬ存在にさせてみせる。自称世界最強の国家なんて絶対に言わせてやるものか。