Fate×HUNTER 欲望島の聖杯戦争   作:八尾四季

11 / 19
守護者の右手

「■■■■■■■―――!!」

  

 これまでの砲撃とは次元の違う大咆吼が放たれる。

 樹木が、土砂が、岩石が――巨獣の体内に取り込まれていたあらゆる物質(森林エリア)を砲弾として射出されていき、大地を蹂躙して押し流す怒濤の土石流が地上へ向けて超高速で降り注ぐ。

 まるで天界が崩落し神々の森が堕ちてきたかのような悪夢めいた光景に対し、地上へ振り落とされ空からせまる絶望の大瀑布を見上げた虹色道化と偉丈夫の二名に攻撃を回避する選択肢は存在しない。

 超広範囲の大咆吼(対軍宝具レベル)に逃げ場など何処にも存在せず、一つ二つ凌いだとしても次々と降り注ぐ土砂の山に埋もれて生き埋めにされるのが関の山である。

 仮に生き残ったとしても、天から落下してくる巨獣の追撃により死は免れないだろう。

 巨獣が繰り出すであろう重力を味方につけた大質量の爪撃は敵対者達によって封じられていた超速疾走の轢殺にも劣らぬ破壊力となって大地に消えぬ傷跡を残すに違いない。

 ゆえに二人が選べる選択は真っ向からの迎撃(・・・・・・・・)のみである。

 

「ザクロが先にやるね!」

「…………」

 

 絶体絶命と呼ぶに相応しい状況でありながら虹色道化は依然として喜色満面の笑みのまま、唯々楽しいと声色を弾ませて宣言する。

 それに偉丈夫は沈黙で返し、未だ止まらぬ出血すら気にする素振りも見せず、ただ静かにオーラを練り上げる準備を始めた。

 

「トーリカ! 使うよ!」

 

 虹色道化は切り札の開帳をこの場にいないパンク男(トーリカ)へと告げる。

 手にしていた二振の『真実の剣』を足下に放り捨て、両手を握り合うように組みながら天へ向けて突き出した。その手の中には手品のようにいつの間にか握られてるのはパンク男から託された(・・・・・・・・・・)リボルバー式拳銃が一丁。

 射撃の衝撃に拳銃が自壊しないよう銃身に全力の『(シュウ)』を施し、一秒未満の時間で自分たちを土葬するであろう引き金に指を掛ける。

 

「『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』!!」

 

 放たれる銃弾はやはりパンク男の切り札たる『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』であった。

 この『(ハツ)』は事前にオーラを込めておく特性上、撃ち出すのは能力者本人である必要はなく、他者へと託しておくことが可能となる性質を持つのだ。

 放たれた弾丸は一直線に空を飛翔し、天を覆い尽くす土石の瀑布へと着弾した。

 続けて起きる大破壊。対軍級火力と対城級火力の激突に大気がはじけ飛び、空間そのものが悲鳴を上げているかのような轟音を響かせる。

 弾丸に込められた『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』の効果は過たず発動し、ザクロとオリヴァンの頭上に一時(いっとき)の空白地帯を作り上げてみせる。

 されど森そのものが堕ちてきたと言えるほどの土石流は未だ止まず、生み出された空白領域を瞬く間に侵食して塗り替えていく。その速度は巨獣の落下に伴う彼我の距離が縮まるにつれて加速しており、対城級火力の一撃ですら無駄な抵抗として押し流してしまうだろう。

 ゆえに――

 

「連射だー!!」

 

 更なる二連射を持って閉じ駆けた空白こじ開ける。

 回転式弾倉に装填されていた残り二発の弾丸を惜しげもなく撃ち尽くしたことで虹色道化の現状における手札を使い切ってしまったが、その二連撃は先の一撃目よりも大きな効果をもたらした。

 初弾の『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』の直後、即座に発動した次弾の『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』が壁の役割を果たすこととなり、本来は全方位に拡散する筈だった初弾による衝撃を下方から遮る形となっていた。

 それは密閉空間内での爆発が力の逃げ場を失うことで開放空間よりも高い威力になる現象と同じ原理となり、降り注ぐ土砂の濁流を穿ち、消し飛ばしながら破壊の奔流を上方へと昇らせていく。

 ついには一時の時間稼ぎでしかなかった抵抗は森落としの大瀑布を切り抜けて見せた。

 それでも絶望は終わらない。

 

「■■■■■■■―――!!」

 

 土砂の瀑布を穿った天には空など見えず、そこにあるのは迫る巨獣が身がすくむほどの雄叫びを上げながら前腕を振りかぶる姿。

 射程に捉えた敵手たちを降り積もった土石ごと圧殺してやろうと、太く巨大な爪撃を振り下ろす。

 偉丈夫が相殺できていた爪撃が体重を乗せ切れていない手打ちの攻撃出会ったのに対し、この爪撃は巨体の全体重を乗せきった一撃だ。たとえオリヴァンが残る全てのオーラを拳に集約したとしても、競り合いにすらならずその身を大地ごと粉砕されて終わるだろう。

 

「……――」

「うわぁ! うわぁ~!!」

 

 コンマ数秒後に訪れるであろう絶命の一撃に対し、オリヴァンはまだ動かない(・・・・・・)

 祈るように、或いは捧げるように右の掌を眼前に掲げたまま微動だにせず、あろうことか目を瞑り視界まで閉ざしてオーラを練り上げることに集中している。

 男神像のように佇むオリヴァンが発するオーラの威圧感は四者激闘の中で行われたどの攻撃と比べても最高潮であり、ザクロが借り受けた拳銃で大破壊を起こしてみせた『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』の圧すら超えて今なお増大し続ける。その迫力に傍に立つザクロは泡立つような感覚を覚え、同時に期待に目を輝かせながらオリヴァンの切り札の開帳を待ちわびている有様だ。

 死が迫る二人が動かないのは歪な信頼の現れである。

 ザクロは知人故に、オリヴァンはこの闘いを通して感じたパンク男の実力に。この場にいない弓兵に対して奴なら何とかするだろう(・・・・・・・・・・・)という確信を抱いているのだ。

 ゆえに動かず時を待ち、そしてパンク男は応えて見せた。

 

「■■■■■■■―――!?」

 

 一条の矢が巨獣の肩に着弾する。

 銃弾の速度すら凌駕する超高速で飛来した矢は待機の壁を突き破る衝撃波(ソニックブーム)を起こして音を置き去りにしながら巨獣の肩深くまで突き刺さり、肉体の内側で矢に溜め込まれた莫大なオーラを解放した。

 それはトーリカの最後の切り札である矢に施した(・・・・・)人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』。

 狩人として育ったトーリカにとって銃とは旅の途中で覚えた余技に過ぎない。携帯性の良さ故に銃弾で用いることが多かっただけで、思い入れは亡き父親に仕込まれた弓矢の方が遙かに勝るのだ。

 そして念能力とは思い入れの強い物品ほどより強い念を込めることが可能であり、トーリカの場合は愛用の弓矢こそが最も強い念を込めることができるのだ。

 ゆえに同じ『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』で有ったとしても、銃弾と矢では威力に優劣が生まれる。

 発生した大破壊は銃弾を用いたものよりも数割増しの規模となりって顕現した。

 これまで以上の破壊力は巨獣の肩を起点にその肉体を蹂躙し、両前足を全損させ頭部の大半までも消し飛ばす威力を発揮する。

 血肉が飛び散り、頭部は潰れた果実のように惨たらしい傷跡を晒すダメージを与えてみせる。それどころか地上に立つザクロとオリヴァンにまで破壊の余波で生じた大気の爆発したような衝撃を叩き付けてくるほどだ。

 だが、まだだ(・・・)

 

「■■―――」

 

 巨獣の変身は解かれない。

 取り込んでいた質量の全てを大咆吼の砲撃に費やしたことで、ダメージの肩代わりはできなくなっている。それでも潜在オーラの膨大さによって二百メートル近い巨体は未だ維持されており、頭部の半分が抉られてなお、残った片眼に戦意を宿して地表を睨み付けている。

 爪を失い、片眼を失った――それがどうした、まだ闘えると言わんばかりに人ならざる獣性の唸り声を上げながら、最後の体当たりを敢行してみせるのだ。

 およそ六十六階建の建築物の倒壊に匹敵する巨体の墜落が地上を押し潰そうと迫り来る。

 

「――……ふー」

 

 ここでついに、これまで不動を貫いていた最後の男が動き出す。

 オリヴァンが瞼を開き、ゆっくりと息を吐きながら構えを変える。

 突き出していた右の掌を柔らかく握りながら腰だめに引き、間合いを計るように左手を頭上に向けて、突き出した指の隙間から敵意と戦意と殺意に滾る視線を巨獣に対して向けた。

 練り続けていた顕現オーラの出力は共闘者たちが時間を稼ぎ、自身の『(ハツ)』に掛けた「右の掌を眼前に掲げた状態でオーラを貯める」という制約を完全に満たしたことで先ほどまでの攻防よりも三段階は増大しており、人間の限界を超えた領域に足を踏み入れていた。

 

 巨獣と偉丈夫の視線が交錯する。

 

 視界を埋め尽くす巨体が拳の間合いに入る。

 

 そして――

 

「――『守護の右手(ガーディアンライト)』」

 

 狂戦士(オリヴァン)の『(ハツ)』が繰り出された。

 

 

 □

 

 

「……うっそやろ」

 

 戦場を俯瞰していたトーリカは愕然とした表情で決着の付いた戦場を見つめていた。

 オリヴァンが繰り出した最後の一撃は、言ってしまえばただオーラを込めただけの右ストレートパンチである。

 それが自身の切り札である矢を用いた『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』の威力を凌駕し、巨獣の総身を粉砕してみせるとう大破壊を超えた超破壊を成し遂げてみせた光景を魅せつけられてしまった。

 

「あいつ絶対に『強化系』やろ……。てか、あの身体能力で『強化系』って狡やないか?」

 

 今回の闘いを通して、トーリカは共闘者の一人である偉丈夫が『強化系』に属する念能力者であると確信を抱いていた。

 念能力者の中には「『強化系』は『(テン)』と『(レン)』を磨くだけで必殺になる」などと語る者がいるが、現実にその域まで到達できるものなどほんの一握りしかいない。

 その一握りの内に入るであろう存在(オリヴァン)が聖杯戦争に敵対者として参戦している事実に、トーリカは目眩のする思いだった。

 そもそも『強化系』とは「物の持つ働きや力を強くする」ことを得意とする系統であり、強化対象の持つ元々の力が貧弱であった場合は恩恵が薄くなりやすい。

 非能力者相手ならばそこそこの身体能力を強化しただけでも十分な優位を得られるだろうが、念能力者同士の闘いで肉体を強化して戦闘を行うとなれば顕現オーラ量に余程の隔絶した差でもない限り肉体の鍛錬も必須と言える。

 その点を踏まえて考察すれば、偉丈夫は筋力と耐久の分野において間違いなく人類最高峰の肉体性能を備えた『強化系』の念能力者であろうことは明白だった。

 

「手札は使い尽くしてしもうたし、ザクロから拳銃回収してさっさとずらかっとこ」

 

 グリードアイランドへ入島するに際に、プレイヤーは手荷物――具体的には衣服や携帯武器、鞄などの"ゲーム開始時に身に付けていた物品"しかゲーム内に持ち込めない仕様となっている。

 ゆえにトーリカの場合も、鞄代わりに愛用しているギターケースにしまっていた分の物品しか持込めておらず、『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』を準備するために必須となる"故郷の残骸"の補充ができない

状態に陥っているのだ。

 初戦で大盤振る舞いをしてしまった感はあるものの、あの獣を生かしておくのは危険すぎると判断したためトーリカに後悔はない。

 現状手元に残っているのは製造途中の『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』の矢が一本のみであり、それも完成にはまだ時間が掛ってしまう状況だ。後は今回は出番の無かった鉈と銃弾の残りが少々といったところで、矢の補充はゲーム内でもできることは確認済みだがこの先を戦い抜くにはハッキリ言って火力不足感が否めないのだ。

 もともと聖杯戦争に対しても強要されたから渋々参加しているだけで、生きて帰れれば自分が優勝する必要はないと考えていた部分もある。

 脳内で今後の身の振り方をあれこれ考えながら、早く同盟者であるパンゲアの元へ帰ろうと思い疲れ果てた身体に鞭打って共闘した者等のもとへ向かうのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

その背後を狙う存在(・・・・・・・・・)に気づかないまま。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。