「■■■■■■■―――!!」
これまでの砲撃とは次元の違う大咆吼が放たれる。
樹木が、土砂が、岩石が――巨獣の体内に取り込まれていた
まるで天界が崩落し神々の森が堕ちてきたかのような悪夢めいた光景に対し、地上へ振り落とされ空からせまる絶望の大瀑布を見上げた虹色道化と偉丈夫の二名に攻撃を回避する選択肢は存在しない。
仮に生き残ったとしても、天から落下してくる巨獣の追撃により死は免れないだろう。
巨獣が繰り出すであろう重力を味方につけた大質量の爪撃は敵対者達によって封じられていた超速疾走の轢殺にも劣らぬ破壊力となって大地に消えぬ傷跡を残すに違いない。
ゆえに二人が選べる選択は
「ザクロが先にやるね!」
「…………」
絶体絶命と呼ぶに相応しい状況でありながら虹色道化は依然として喜色満面の笑みのまま、唯々楽しいと声色を弾ませて宣言する。
それに偉丈夫は沈黙で返し、未だ止まらぬ出血すら気にする素振りも見せず、ただ静かにオーラを練り上げる準備を始めた。
「トーリカ! 使うよ!」
虹色道化は切り札の開帳をこの場にいない
手にしていた二振の『真実の剣』を足下に放り捨て、両手を握り合うように組みながら天へ向けて突き出した。その手の中には手品のようにいつの間にか握られてるのは
射撃の衝撃に拳銃が自壊しないよう銃身に全力の『
「『
放たれる銃弾はやはりパンク男の切り札たる『
この『
放たれた弾丸は一直線に空を飛翔し、天を覆い尽くす土石の瀑布へと着弾した。
続けて起きる大破壊。対軍級火力と対城級火力の激突に大気がはじけ飛び、空間そのものが悲鳴を上げているかのような轟音を響かせる。
弾丸に込められた『
されど森そのものが堕ちてきたと言えるほどの土石流は未だ止まず、生み出された空白領域を瞬く間に侵食して塗り替えていく。その速度は巨獣の落下に伴う彼我の距離が縮まるにつれて加速しており、対城級火力の一撃ですら無駄な抵抗として押し流してしまうだろう。
ゆえに――
「連射だー!!」
更なる二連射を持って閉じ駆けた空白こじ開ける。
回転式弾倉に装填されていた残り二発の弾丸を惜しげもなく撃ち尽くしたことで虹色道化の現状における手札を使い切ってしまったが、その二連撃は先の一撃目よりも大きな効果をもたらした。
初弾の『
それは密閉空間内での爆発が力の逃げ場を失うことで開放空間よりも高い威力になる現象と同じ原理となり、降り注ぐ土砂の濁流を穿ち、消し飛ばしながら破壊の奔流を上方へと昇らせていく。
ついには一時の時間稼ぎでしかなかった抵抗は森落としの大瀑布を切り抜けて見せた。
それでも絶望は終わらない。
「■■■■■■■―――!!」
土砂の瀑布を穿った天には空など見えず、そこにあるのは迫る巨獣が身がすくむほどの雄叫びを上げながら前腕を振りかぶる姿。
射程に捉えた敵手たちを降り積もった土石ごと圧殺してやろうと、太く巨大な爪撃を振り下ろす。
偉丈夫が相殺できていた爪撃が体重を乗せ切れていない手打ちの攻撃出会ったのに対し、この爪撃は巨体の全体重を乗せきった一撃だ。たとえオリヴァンが残る全てのオーラを拳に集約したとしても、競り合いにすらならずその身を大地ごと粉砕されて終わるだろう。
「……――」
「うわぁ! うわぁ~!!」
コンマ数秒後に訪れるであろう絶命の一撃に対し、オリヴァンは
祈るように、或いは捧げるように右の掌を眼前に掲げたまま微動だにせず、あろうことか目を瞑り視界まで閉ざしてオーラを練り上げることに集中している。
男神像のように佇むオリヴァンが発するオーラの威圧感は四者激闘の中で行われたどの攻撃と比べても最高潮であり、ザクロが借り受けた拳銃で大破壊を起こしてみせた『
死が迫る二人が動かないのは歪な信頼の現れである。
ザクロは知人故に、オリヴァンはこの闘いを通して感じたパンク男の実力に。この場にいない弓兵に対して
ゆえに動かず時を待ち、そしてパンク男は応えて見せた。
「■■■■■■■―――!?」
一条の矢が巨獣の肩に着弾する。
銃弾の速度すら凌駕する超高速で飛来した矢は待機の壁を突き破る
それはトーリカの最後の切り札である
狩人として育ったトーリカにとって銃とは旅の途中で覚えた余技に過ぎない。携帯性の良さ故に銃弾で用いることが多かっただけで、思い入れは亡き父親に仕込まれた弓矢の方が遙かに勝るのだ。
そして念能力とは思い入れの強い物品ほどより強い念を込めることが可能であり、トーリカの場合は愛用の弓矢こそが最も強い念を込めることができるのだ。
ゆえに同じ『
発生した大破壊は銃弾を用いたものよりも数割増しの規模となりって顕現した。
これまで以上の破壊力は巨獣の肩を起点にその肉体を蹂躙し、両前足を全損させ頭部の大半までも消し飛ばす威力を発揮する。
血肉が飛び散り、頭部は潰れた果実のように惨たらしい傷跡を晒すダメージを与えてみせる。それどころか地上に立つザクロとオリヴァンにまで破壊の余波で生じた大気の爆発したような衝撃を叩き付けてくるほどだ。
だが、
「■■―――」
巨獣の変身は解かれない。
取り込んでいた質量の全てを大咆吼の砲撃に費やしたことで、ダメージの肩代わりはできなくなっている。それでも潜在オーラの膨大さによって二百メートル近い巨体は未だ維持されており、頭部の半分が抉られてなお、残った片眼に戦意を宿して地表を睨み付けている。
爪を失い、片眼を失った――それがどうした、まだ闘えると言わんばかりに人ならざる獣性の唸り声を上げながら、最後の体当たりを敢行してみせるのだ。
およそ六十六階建の建築物の倒壊に匹敵する巨体の墜落が地上を押し潰そうと迫り来る。
「――……ふー」
ここでついに、これまで不動を貫いていた最後の男が動き出す。
オリヴァンが瞼を開き、ゆっくりと息を吐きながら構えを変える。
突き出していた右の掌を柔らかく握りながら腰だめに引き、間合いを計るように左手を頭上に向けて、突き出した指の隙間から敵意と戦意と殺意に滾る視線を巨獣に対して向けた。
練り続けていた顕現オーラの出力は共闘者たちが時間を稼ぎ、自身の『
巨獣と偉丈夫の視線が交錯する。
視界を埋め尽くす巨体が拳の間合いに入る。
そして――
「――『
□
「……うっそやろ」
戦場を俯瞰していたトーリカは愕然とした表情で決着の付いた戦場を見つめていた。
オリヴァンが繰り出した最後の一撃は、言ってしまえばただオーラを込めただけの右ストレートパンチである。
それが自身の切り札である矢を用いた『
「あいつ絶対に『強化系』やろ……。てか、あの身体能力で『強化系』って狡やないか?」
今回の闘いを通して、トーリカは共闘者の一人である偉丈夫が『強化系』に属する念能力者であると確信を抱いていた。
念能力者の中には「『強化系』は『
その一握りの内に入るであろう
そもそも『強化系』とは「物の持つ働きや力を強くする」ことを得意とする系統であり、強化対象の持つ元々の力が貧弱であった場合は恩恵が薄くなりやすい。
非能力者相手ならばそこそこの身体能力を強化しただけでも十分な優位を得られるだろうが、念能力者同士の闘いで肉体を強化して戦闘を行うとなれば顕現オーラ量に余程の隔絶した差でもない限り肉体の鍛錬も必須と言える。
その点を踏まえて考察すれば、偉丈夫は筋力と耐久の分野において間違いなく人類最高峰の肉体性能を備えた『強化系』の念能力者であろうことは明白だった。
「手札は使い尽くしてしもうたし、ザクロから拳銃回収してさっさとずらかっとこ」
グリードアイランドへ入島するに際に、プレイヤーは手荷物――具体的には衣服や携帯武器、鞄などの"ゲーム開始時に身に付けていた物品"しかゲーム内に持ち込めない仕様となっている。
ゆえにトーリカの場合も、鞄代わりに愛用しているギターケースにしまっていた分の物品しか持込めておらず、『
状態に陥っているのだ。
初戦で大盤振る舞いをしてしまった感はあるものの、あの獣を生かしておくのは危険すぎると判断したためトーリカに後悔はない。
現状手元に残っているのは製造途中の『
もともと聖杯戦争に対しても強要されたから渋々参加しているだけで、生きて帰れれば自分が優勝する必要はないと考えていた部分もある。
脳内で今後の身の振り方をあれこれ考えながら、早く同盟者であるパンゲアの元へ帰ろうと思い疲れ果てた身体に鞭打って共闘した者等のもとへ向かうのだった
「…………」