Fate×HUNTER 欲望島の聖杯戦争   作:八尾四季

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最初の犠牲者

 

 トーリカは土砂塗れの大地に乱雑に突き立った木々の上を(マシラ)の如く飛び移りながら巨獣の討たれた戦場跡地を目指していた。

 軽快ながらもその動きには戦闘時に発揮していた速力は陰りを見せており、疲労の色が明確に現れていると言えるだろう。

 滴るほどに吹き出ていた汗によって身体に張り付いていたパンクファッションも既に乾いており、激しい運動をした後特有の汗臭さを漂わせてしまっている。

 獣や魔獣を相手取ることを本業としているトーリカにとっては、鼻の利く獲物に体臭を嗅ぎ取られかねない状態は狩人失格と断言できる。

 仮に亡き父親に今の姿を見られてしまえば、叱責を受けることは避けられなかっただろう。

 

「……この森、もう駄目なんとちゃうか?」

 

 背負ったギターケースと背中の間が汗でじっとりと湿る嫌な感触を覚えながら、トーリカは独り言を呟いた。

 眼下に広がる光景は超大規模な土砂崩れでも起きたのかといった有様であり、元から壊滅状態だった森林は致命的な損害を受けていた。

 もしも真っ当な手段で森林を復興させようとすればいったい何十年、あるいは何百年の歳月を要するのか分かったものではない。

 もしかしたらグリードアイランド内には環境を元に戻すための便利アイテムが存在する可能性もあるが、それでも相応の時間が掛ってしまうだろう。

 

「これ、わいも責任追及されるんかな……ま、ザクロに押しつけたろ」

 

 巨獣から逃れる為とはいえ、意図的にまだ無事だった森林側へ戦場を移したのはトーリカである。

 被害を拡大させてしまったことに対して若干の負い目を感じてしまい、胡散臭さの漂う糸目が僅かな諦観の色を湛えているものの、元を正せばトーリカを巻き込んだ虹色道化が元凶なのだから自分に非はないと思い直して責任を押しつけることを決意した。

 

「――と、あそこやな」

 

 ほどなくしてトーリカは激戦の行われていた中心地に辿り着いた。

 そこはつい先ほどまでは巨獣の度重なる爪撃と洞角による一撃、そして大跳躍に伴う踏み込みの影響で月面のクレーターもかくやという荒れ果て具合であったはずなのだが、最後に放たれた土石流の大瀑布によって悉くが埋め尽くされしまい、長身の部類であるトーリカでも軽く見上げる大きさの(おか)が形成されていた。

 ザクロに預けた『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』の三連射で相殺してこれなのだ。抵抗できていなければ目の前の丘は比喩ではなく山の如き大きさになっていたことだろう。

 

「ほんま、あいつらよく生き残ったもんやな」

 

 遠目からではあったが、最後の援護射撃を行ったときに両名が健在であったことは確認している。

 そして現在も丘の中央辺りから二人の気配(オーラ)を感じ取れるので、あの惨状からしっかりと生き残ってみせたのだろう。

 トーリカは呆れなのか感嘆なのか己でも判断がつかない感想を口にしながら緩やかな傾斜を登っていく。

 土砂と数多の岩石、へし折れた樹木が降り注いで形成された丘はとても登り辛く、一歩ごとに傾斜を流れる砂や木片、千切れた枝葉に足を滑らせそうになる。

 疲弊した身体に鞭を打って頂上まで登っていくと、そこには丘の内側から爆発でもしたようにぽっかりと穴が空いており火山の火口を思わせる惨状となっていた。

 それは褐色の偉丈夫――狂戦士オリヴァンが最後に繰り出した一撃、その余波で周囲の土砂が吹き飛んだ結果であり、巨獣の巨体を粉砕した拳がどれだけの威力を秘めていたのかを物語っている。

 仮に、ザクロではなく己があの爆心地にいた場合どうなったであろうかと考えると、生き残ることは難しかっただろう。

 土砂の瀑布は凌げても、オリヴァンの攻撃の余波だけで身体を粉微塵にされかねない。残るオーラのすべてを出し切り防御に徹したとしても、良くて重傷、最悪死んでいないだけの瀕死状態に陥っていたはずだ。

 ひとえにザクロが無事なのは未だに正体不明の不死性があったからと言うほかない。

 

「いや、そもそもアイツはどうやったら死ぬんやろ……?」

 

 今さらながら、あの頭のおかしな虹色道化の不死身っぷりはいったい何だのだろうか。

 トーリカの記憶が確かならグリードアイランド内で死亡したプレイヤーの死体は当人がゲームプレイに使用したゲーム機の前に転送される仕組みであったはずである。

 巨獣の攻撃を受けて全身を無惨な挽肉と化してもゲーム内に止まっているのだから、ゲームシステムに死亡判定を受けていないのは間違いない。

 かつて確認したザクロの【クラスカード】には『具現化系』と記載されていたので、そこから推論を建ててみようとするものの――

 

「あかん、さっぱり分らん」

 

 肉体的には死んでいない方が異常な損壊具合からすら復活することから死後に発動するタイプの念能力の可能性を考えて見るも、おそらく不可能だろう。死んだ時点で死体がグリードアイランドの外へ弾き出されてしまい、復活は入島に使用したゲーム機の傍で行われるのが自然だろう。

 では虹色道化の配役(クラス)がアルターエゴでる側面から考えてみるも、そもそも別人格 / 別側面(アルターエゴ)という配役(クラス)が特異すぎる。

 シンプルに考察するなら本体とは別の自分(・・・・・・・・)を生み出す――要は『自分そっくりの念獣を具現化して操作する能力』というのが順当なところなのだろうが、先ほどまで共闘していた件の相手はゲーム開始時に支給される"指輪"を使用してみせた。

 グリードアイランドの制作者達がプレイヤー以外の存在に"指輪"を使用を許すほど(ぬる)い仕様にしているとは思えない。

 仮に人型の念獣が"指輪"の認証に干渉しているとしたら、それは他者の念能力を干渉・使用していることになる。そこまで異質な能力なら『具現化系』ではなく『特質系』の領分であると思えてしまい、結局ザクロの不死性に関する答えは出ないままなのだ。

 

(考えても分らんことは一旦放置しとこ)

 

 そもそもトーリカ自身に積極的に聖杯戦争を行う意思はないのだ。

 よほど目に余る相手でなければ態々自主的に倒しに行くことなどしないし、聖杯を欲しているわけでもない。

 戦後も生き残れていれば万々歳で、それは同盟者であるパンゲアも同様である。

 ゆえにザクロの能力を探ることが時間の無駄でしかないと感じて、こんがらがる思考を打ち切ってザクロとオリヴァンの捜索を再開しようとした。

 ――その瞬間、唐突にトーリカの身体から【クラスカード】が出現してきた(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「おわっ、なんや急に。えーと何々――……っ!?」

 

 反射的に己の胸元から飛び出してきた【クラスカード】を手に取った。

 この世界に転生してから二十年の経験の中で、己の意思に反して【クラスカード】が出現するのは管理者からの【指令(オーダー)】関係であると理解しているため、受注【指令】の項目に目を通す。

 そこに表示された情報を理解した途端、トーリカは糸目を見開くほど驚愕し胡散臭さの漂う表情が凍り付いた。

 

 

 □

 

 

配役:アーチャー

系統:放出

練度:秀

筋力:D

耐久:D

敏捷:A

顕現:C

潜在:B

幸運:C

 

固有技能:

『追い込みの美学』 

 

念能力

『狩猟の宣言』

『人狼殺しの呪弾』

 

受注【指令】「グリードアイランドに入島し、聖杯戦争を開始せよ」【成功】

  【指令】「他の聖杯戦争参加者を敗退させよ」

 

 □

 

 

「ふざけんなやクソがッ! 戦わないことは認めないっちゅーことか!!」

 

 七つ目の【指令(オーダー)】を成功させたにもかかわらずトーリカの表情に喜びは一欠片も存在しない。

 それどころか自分と同盟者(パンゲア)の「極力戦わずに聖杯戦争をやり過ごす」という計画が崩れた事実に声を荒げながら悪態をつく。

 このタイミングで「聖杯戦争の開始」という【指令(オーダー)】が成功扱いになった。

 それ即ち、今回の達成条件が聖杯戦争の参加者同士で戦闘を行うこと(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)であるという可能性に他ならない。

 

「こら貸した銃を回収しとる場合やないぞ! 早く戻らんとパンちゃんがヤバい!?」

 

 聖杯戦争の舞台となったグリードアイランドは前世の世界でいえば北海道と同程度の広さであり、そんな広大なフィールドの中でたった十五人の参加者が偶然遭遇する確率など高いはずがない。

 まして「戦わずにやり過ごす」という方針で行動してしまえば遭遇率はさらに低下するだろう。

 ゆえに遭遇率を上げるためには自前の索敵能力で他の転生者を見つけ出すか、ゲーム内の移動型呪文(スペル)を上手く活用する必要がある。

 しかしトーリカにとって最悪なのは同盟者であるパンゲアの念能力が移動型呪文(スペル)と致命的に相性が悪く、戦法も待ち伏せや防衛戦が主体で機動力に欠けてしまっている点である。

 このまま放置してしまえばパンゲアは十中八九期限切れによる【指令失敗(オーダーミス)】のペナルティーを受けてしまうことになるだろう。

 新たに記載された八つ目の【指令(オーダー)】の内容も加味すれば、誰とも戦わないままやり過ごすのは不可能であり、ペナルティーを受けた状態で交戦するのは悪手に過ぎる。

 

「"ブック"っ! こうなりゃわいがパンちゃんと戦っ――」

 

 戦って【指令成功(オーダークリア)】する――そう告げようとしたトーリカの言葉は胸から突き出た刃(・・・・・・・・)によって中断された。 

 

「っがハ、ッ――!?」

 

 呪文(スペル)カードに意識を移した一瞬の隙。

 背後から肋骨の隙間を通すように突き刺された刃が胸部を貫通し、肺を傷つけ心臓を串刺しにする。

 胸元から滴る鮮血がパンクファッションをじわじわと鮮血色に染めていき、臓腑を傷つけられたことで喉から血がせり上がり、口内を鉄臭さで満たしていく。

 どこからどう見ても致命傷。

 そしてトーリカに襲いかかった凶手は手を緩めず、水平に近かった刃の向きを垂直まで捻ることで肋骨ごと内臓を徹底的に、決して助かることがないように破壊していく。

 拡大された傷口から更に大量の血液が噴き出して、流れ落ちた赤色は上半身だけでなく下半身まで穢していった。

 

「…………」

(なん……や、こい、つ。いつの間に――っ!!?)

 

 一切の気配も感じさせぬまま背後を取られ、攻撃を受けるまで存在に気付けなかった。

 トーリカは致死の激痛に苛まれながら背後にいる凶手の姿を確かめようとするも、破壊し尽くされた胸部は背骨すらも蹂躙されており、もはや喋ることはおろか自慢の足を動かすことすら叶わない。

 止めとばかりに更なる捻りを加えながら引き抜かれた刃は被害者に致死の激痛をもたらし、千切れた肉片と砕けた骨を巻き込みながら胸部から抜け落ちて人体の中央に赤黒い風穴を作りだした。

 重力に引かれてうつ伏せに倒れた身体からは血溜まりが広がり、心臓(ポンプ)が壊されたゆえに循環を止めた血液が風穴からゆっくりと、されと着実に命が漏れ出て失われていく。

 

「――……く、そ……」

 

 いっそショック死したほうが楽になれる激痛の中でトーリカは己がもう助からないと悟り、せめて凶手の存在を同盟者(パンゲア)に伝えようと最後の力を振り絞って指先を動かす。

 死期が迫り霞む視界の中、記憶を頼りに手探りで"(バインダー)"を操作し、最終ページの空きポケットに"交信(コンタクト)"をセットして即座に決定ボタンを押した。

 "交信(コンタクト)"の効果は「他プレイヤーとバインダーを通じて最大3分間会話することができる」というものだ。

 

『なんですか突然。ザクロからの要件は終わったんですか?』

「――――」

『無言のままでいられると困るのですが』

「――――」

『――……トーリカ?』

 

 "(バインダー)"に備わったスピーカーから丁寧な口調をした女性の声が響く。

 突然連絡してきた相手が無言のままでいることを訝しんでいる様子だが、生憎とトーリカには声を出す余力もない。

 

 (これで、パンちゃんにわいが死んだことは伝わる、はずや……多分)

 

 それでも不自然な無言から「何かがあった」という最低限の情報が連絡先の相手に伝わると信じて、血の気の失せた振るえる指先で"(バインダー)"を操作し連絡を中断した。

 そして最後の力を使い果たし、何故か邪魔をしてこなかった凶手(・・・・・・・・・・・・・・・)に看取られながらトーリカ=ブートは死亡した。

 

 

 □

 

 

 血溜まりに沈んだパンク男の最期を看取った凶手の男は、その死体が消え去る瞬間を見届けて(きびす)を返す。

 今しがた殺めた男の他にも、この戦場には己以外にまだ三人(・・)の転生者が残っている。全員が疲弊しているだろうが最悪三対一の闘いになる可能性を考慮して、即座に戦場からの離脱を選択した。

 

(この状況は俺の信条に反する。――いや、一人殺ったくせにこれは言い訳だな……)

 

 複雑な内心を抱えながらもその速度は人類最高峰の速力を発揮する。

 その敏捷性は巨獣という例外を除けば最も速く戦場を駆けていたパンク男に劣らぬ速さでありながら驚くほど静かな足音で、凶手がそれを成せるだけの修練を積み上げてきたことが窺えると言えるだろう。

 風のように疾走することでミディアムヘアの黒髪が靡き、髪の隙間から覗く顔は左半分が酷い火傷跡に覆われていながら端正さを損なわず、見る者を惹き付ける魅力を備えている。

 しかしその端正な顔立ちを凶手は苦悶の表情で歪め、まるで己の成した所業を悔いるかのように、あるいは激しい怒りを押し殺すように奥歯を強く強く噛みしめた。

 

「――これが今回のペナルティーなのか……」

 

 左手に持った大型ナイフを鋭く振るうことで刃から滴っていた鮮血を払うと、火傷顔の凶手は手品のように大型ナイフを消し去りながら疾走の風音にかき消されてしまうほどの小さな声で呟いた。

 己の流儀に反する殺しを行ってしまった原因に心当たりは一つしかなく、厄介なペナルティーを課してきた管理者に対して激しい怒りを抱いてしまう。

 次瞬、まるで見計らったようなタイミングで火傷顔の凶手の身体から【クラスカード】が出現した。

 カードの背面に描かれているのは暗殺者の姿――それはこの凶手がアサシンの配役(クラス)であることを示す証である。

 

「……七つ目を達成か」

 

 凶手が静音の疾走を止めないまま【クラスカード】に追加された情報を流し読みし、己が七つ目の【指令(オーダー)】をクリアしたことを確認すると、すぐさま「戻れ」と念じて【クラスカード】の実体化を解除した。

 そして戦場から十分な距離を取れた地点で"(バインダー)"を呼び出し、フリーポケットから移動型呪文(スペル)を取り出して使用する。

 

「"磁力(マグネティックフォース)"オン。クローゼ=オルケストラ」

 

 直後、火傷顔の凶手は光に包まれて上空へと射出される。

 使用した移動呪文《スペル》"磁力(マグネティックフォース)"の「指定した会ったことのある他プレイヤーのいる場所へ飛ぶ」という効果により、自身の同盟者が待つ場所へと飛び去って行ったのだった。

 

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