魔法都市マサドラ。
そこはグリードアイランドの中央部に存在する不思議な外観をした都市である。
他の都市群が牧歌的な村落や中世風の都市としてデザインされている中で最も幻想的――有り体に言えばファンタジー色の強い街並みであり、住居としては住みづらそうな曲線や球形を多用した様式の家屋や巨大な植物の蕾のような謎の建築物が建ち並んでいる。
そしてグリードアイランド内で唯一
夜間になっても人々の往来は途絶えることなく活気に満ちており、原始的な篝火とも近代的な電灯とも違う、都市のNPC達が魔法の力と称する空想的な光で道行く人々を照らしている。
そんな風変わりな都市の片隅に、ゲームをプレイしてから数日という短い期間で大枚を叩いて拠点を購入した変わり種のプレイヤーが存在していた。
そのプレイヤーはスペルカードショップやデパート、カードの売買や貯金を行える交換ショップといった利便性の高い施設から離れた場所に拠点を購入しており、他者との接触を拒んでいることが窺える。
「――ハァ、……ああもう、また弾かれたわ」
屋内に小さく響く美声。
その風変わりなプレイヤーは現在、辺鄙な拠点に引き籠もりながら作業台の上に置かれたパソコンを操作し、芳しくない成果に対して忌々しげにため息を吐きながら愚痴をこぼしていた。
薄暗い屋内をディスプレイの光だけが弱々しく照らしており、幻想と空想で構成されたような魔法都市には似つかわしくないことこの上ない光景だろう。
照明の点けられていない屋内には所狭しと多様な機械部品が散らかっており、床を這う無数のコードもあいまって足の踏み場もない有様だ。
拠点の主であるプレイヤーは一人の女性。同性の中では高身長かつ起伏に富んだ肉感的なスタイルでありながら喪服のような飾り気のない服を身に纏い、全身から漂うネガティブな雰囲気も上乗せされて色気というものが感じられなかった。
白に近い銀髪を大きなリボンで一本結びに纏めているのが唯一のオシャレと言えるかも知れないが、目の下に隈ができているせいで疲れ切ったOLの如き様相を醸し出している。
唯一、聞き惚れるような奇跡の美声だけがPCの駆動音の中でもハッキリと存在を主張していた。
「持ち込んだパソコンもニコイチやサンコイチどころじゃない部品を寄せ集めて? 対グリードアイランド用にフルカスタム、フルチューニングまでして? 部屋に神字まで描き込んで能力にブーストを掛けてるのにこの結果って……これ絶対に運営がジョイント型の能力を使って妨害しにきてるわ……」
喪服女が作業台に突っ伏すように頭を抱えると、豊満な胸元が押し潰されて柔らかに形を変えた。
電脳戦に特化した喪服女は拠点に引き籠もりながら、事前に雇った同盟者の念能力を利用してゲーム外から多数の電子機器持ち込んで"ゲーム内からの電脳ネットにアクセス"という禁じ手を試みていたのだが、その結果は散々であった。
ハッカーとして
そもそも運営陣の『ジョイント型念能力』――複数の能力者によって合作された強力な『
『おねーちゃん、元気出して!』
「ありがとハクア……」
運営陣との情報戦に使用していた魔改造PCの隣、普段使いの愛用タブレットPCのスピーカーから発せられた音声に喪服女は身体は突っ伏したまま顔だけを上げてディスプレイを見る。
そこには喪服女の隈を消して白いドレスに着替えさせたようなデフォルメ絵が表示されており、喪服女を姉と呼びながら励ましの言葉を贈っていた。
喪服女とは対照的に明るい雰囲気を漂わせるデフォルメ少女――ハクアは画面の中の存在であるにもかかわらずまるで生きているかのように身振り手振りで落ち込んでいる姉を元気づけようとしており、その姿に喪服女は隈の浮かぶ疲労の溜まった顔を小さく微笑ませた。
喪服女とデフォルメ少女、二人が奏でる美声は姉がネガティブ、妹がポジティブと正反対の性質を宿していながら根底の音質は瓜二つでありまるで双子の姉妹のようであった。
「クライアント、戻ったぞ」
「うひゃぁぁあ!?」
『きゃあぁぁぁ!?』
姉妹の団欒で疲れた頭をリフレッシュしている最中、突如背後に現れた火傷顔の男に声を掛けられた喪服女は驚いた声を上げながら顔だけティスプレイに向けた状態で作業台に伏せっていた身体を飛び上がらせた。
その衝撃でタブレットPCがガタガタと揺れながら床に落下しかけたことで画面に映るデフォルメ少女からも悲鳴があがり、和やかだった拠点は一気にあわただしくなるのだった。
□
「あなたね! 部屋でくつろいでる女の後ろに突然現れないでくれる!?」
「お前が気づかない方が悪いだろ。俺は特に気配は消してなかったのにそれじゃ、暗殺し放題だぞ」
「
『おねーちゃん落ち着いて!? グリムも煽らないでよ!』
「俺は事実を指摘してるだけだが?」
「っ――、はぁぁぁぁぁ……」
不意討ち気味に現れた火傷顔の凶手――グリムに対して喪服女は隈のできた目をつり上げながら怒りを露わにし、人差し指を突きつけながら文句を言うも正論という名の油を注がれたことで怒りの炎は益々激しさを増してしていく。
この場は喪服女――
タブレットPCから妹のハクアが宥めてくれるが、凶手は
このままでは埒が明かないと判断した喪服女は湧き上がる文句をぐっと飲み込んで、長い溜め息とともに無理矢理怒りを静めることにした。
目隠し状態のグリムは"美声で発せられるネガティブ満載な汚い溜め息"に「器用な声の出し方だな」という失礼な感想を抱いたが、タブレットPCから「余計なことは言わないでね」というハクアの視線を向けられた気がして口に出すことはしなかった。
「まあいいわ。それで、結果はどうだったの?」
喪服女は転生者と思われる賞金首"巨獣ダーウィン"の元に向かうであろう好戦的な転生者たちの偵察、あわよくば排除をグリムに対して依頼していた。その結果報告を尋ねると、グリムは一瞬だけ苦虫を噛みつぶしたように表情を歪めるも、雇用主に向けて淡々と仕事の成果を報告する。
「参戦した転生者は巨獣を含めて四人。顔ぶれはクライアントが事前に渡してきた資料通りならビースト、アルターエゴ、バーサーカー、アーチャーだった」
「その戦闘で脱落者は?」
「……アーチャーだけだ。他の三人は"
"
その機能を用いれば、あの大規模戦闘で死亡した転生者はグリムが殺したアーチャー以外は未だゲーム内で生存していることは直ぐに知ることができた。
「そう――正直、全員が共倒れしてくれるのが最上だったのだけれど、あなたじゃ生き残った連中を仕留められなかったの?」
『そうだよ。むしろアーチャー以外の三人はグリムの信条的にもOKな相手じゃないの?』
「無茶を言うなよ。流れ弾の一発でも貰えばお終いな状況で潜み続けるだけでも神経を削られたんだぞ」
事実、グリムは森林に潜伏していた際に逃げ回る
その後も
そしてなにより――
「……ペナルティーのこともある」
「ああ、
『そうだ、それがあるんだった……』
喪服女の不健康そうな隈つきの視線に同情の色が浮かび、デフォルメ少女も画面の中で額を片手で覆い「忘れてた」とジェスチャーで示す。
指摘された当人であるグリムは包帯で目隠しされた火傷顔を忌々しげに歪め、屈辱を堪えるように奥歯が砕けそうな強さで歯がみをしてしまう。
グリムに下されていた六つ目の【
入島して最初に出会った聖杯戦争参加者が謎の不死性を持つザクロであったから大事には至らなかったものの、もしもザクロと遭遇するより前に雇用契約という形で同盟を結んでいた喪服女と合流していたら、グリムは喪服女を衝動のままに惨殺していたことだろう。
今グリムが転生者の一人である喪服女を前にして正気を保っていられるのは、衝動の引き金であると判明した視覚を包帯によって封じているからに他ならない。
「さっきあなたが報告し辛そうにしていたのはそれで……」
『アーチャーを殺しちゃったのグリムだったんだね……』
「――ああ、そうだ」
"凶手"としてのグリムは見合う報酬さえ支払われれば相手がどんな素性であれ殺害する冷徹さを備えているが、そんなものは後付けの精神防衛でしかない。
"人間"としてのグリムはむしろ殺しというを大罪と捉え、忌避するような常識的な感性の持ち主なのである。
それでも
苦悩の末に見出した「人々を守る為に殺す」という信条さえ、「無駄な足掻きだ」と嘲笑うかのように自分たちを転生させた管理者の意思で歪まされてしまっている惨状に、喪服女とデフォルメ少女は掛ける言葉を見つけられないでいた。
薄暗い室内に三人の重たい沈黙が木霊する。
「……それと、知らせがもう一つある」
「あ、あら! なにかしら!?」
『う、うん! 早く教えて!?』
沈黙を破ったグリムの言葉に、二人の女は食い気味に反応を示した。
先ほどまでの重苦しい雰囲気を変えてくれるならどんな些細な情報でも構わないとばかりにネガティブな視線とポジティブな眼差しがグリムに集中する。
「七つ目の【
「――え?」
『――へ?』
告げられた重大情報に、非戦闘員である喪服女とデフォルメ少女――クローゼ=オルケストラとその妹のハクア=オルケストラは本日二度目の悲鳴を上げるのだった。