Fate×HUNTER 欲望島の聖杯戦争   作:八尾四季

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幕間:降臨者の観測

「―――、――、――」

「――――っ」

 

 薄雲の隙間から降り注ぐ朧気な明けの明星に照らされた黎明の時刻に、人気のない海岸で一人の少女が歌を口ずさんでいた。

 ハーフアップに纏めた桃色の髪を海風に揺られながら、潮騒の音をBGM代わりにして楽しげに愛らしい声を響かせる。

 独特な三拍子の歌はいつまでも耳に残り続ける不思議な魅力をもっており、肩をむき出しにした上質なオールインワンドレスを着こなす立ち姿も相まって、もしもこの場に居合わせた者がいたのなら思わず見惚れてしまうことだろう。

 人目を惹き付けて止まない魅力はまるで偶像(アイドル)のようで――事実、桃色の少女は本物(プロ)のアイドルであった。

 

「―――、――、――」

「――っ」

 

 強く、弱く、弱く――三拍子のリズムの中に幻想と仄かな狂気の混じる歌を、嘲るように、嗤うように、『Rain(レイン)』という芸名でアイドル界に名を馳せる桃色の偶像は歌う。

 その細腕の片側には何故か手錠が嵌められており、鎖で繋がれたもう片方の輪には棒のように見える長細いなにかが海風に煽られて振り子のように揺れ動いているが、少女は特に気にした様子も見せず、不吉な旋律を止めることをしない。

 華奢な両手で持ち上げた丸い物体(・・・・)をそっと差し出すように佇みながら。

 

「―――、――、あれ?」

「っ」

 

 唐突に、桃色の少女の歌が途切れた。

 なにかを疑問に思ったらしく小首をかしげ、黎明時の薄雲に隠されていた明星へと向けていた視線を持ち上げていた物体――人間の生首(・・・・・)へと向けられる。

 

「おかしいなー? 共有した情報によると、人間は首を切られると十一秒程度で脳機能が停止するはずなのに……何でこれ(・・)はまだ消えないんでしょう?」

 

 これ、と呼ばれた人間の生首は切断面が高熱で溶断されたように焼け焦げており、周囲に人肉が焼けた不快な香ばしさをまき散らしていた。

 死者の表情は恐怖と絶望で彩られ、光を映さなくなったった瞳からは命の輝きが完全に失われている。

 少女が知識との差異を確かめるために表情が見えるように抱えていた生首の角度や向きを幾度も変えながら観察するようすに嫌悪感は全く存在せず、瞳に宿るのは小さな好奇心のみ。

 それがより一層、アイドルとして世界に配信される偶像との乖離を生み出していた。 

 黎明の空を覆っていた薄雲が風に流されることで晴れ間が広がり、薄暗かった海岸に光が差すことで少女の周囲に広がる悍ましい光景が鮮明に曝け出される。

 桃色の少女の細腕と手錠で繋がれていたのは人間の腕であり、肘の辺りから切断された傷跡は生首と同様に骨まで焼け焦げ、血を滴らせることはない。

 そして少女の足下には生首と腕の持ち主であったと思わしき一人の死体と、未だ息のある四肢をバラバラに解体された瀕死の生者が一人うち捨てられていた。

 

「あ、消えました。首を刎ねてから二十秒も持つあたり、念能力者という存在は凡庸な人間よりも生命力が強いようです。やはり記憶と知識の違いを体感するのは新鮮ですね! 共有共有っと」

 

 手に抱えていた生首が消失したことで偶像の少女は小さな好奇心が満たされたことに愛らしく嗤い、生首と同時に消えた手錠の嵌められていた手首を一瞥(いちべつ)してからもう一人の被害者――詐称者(プリテンダー)配役(クラス)である転生者をを見下ろした。

 

「でも具現化された手錠まで消えてしまったのは残念ですね。死者の念というレア現象も体験したかったのに……。貴方はどう思いますか、私のそっくりさん?」

「――お、お前はいっ、たいなん……なンだァ……」

「大人気アイドルの『Rain(レイン)』でーす。ピースピース。あ、サインしてあげましょうか?」

「ふざ、けるなァ……――あッ、がァァアアア!?」

 

 四肢欠損(ダルマ)状態で地べたに転がされたプリテンダーが息も絶え絶えに吐き出した問いかけに対して偶像の少女はまともに返答する気はないらしい。

 舞台映えのする輝くような笑顔を浮かべながら両手でVサインを行って物理的に指先を輝かせて(・・・・・・・・・・・)光球を作りだし、まるでレーザー照射のように射出していく。

 一つ着弾するごとにプリテンダーの悲鳴が上がり、数瞬後にはその胴体に『Rain(レイン)』という焼き跡(サイン)が刻まれていた。

 

「あははは! 私に変身してるのに鳴き声は全然かわいくないですね」

「グっ……うァ……」

「ちゃんと返事をしないと駄目ですよ? コール&レスポンスはアイドルのライブでは基本なんですから」

「づぅッ、ぁ――」

 

 指摘と共に刻まれたばかりの焼き跡(サイン)を踏みつけられ、苦痛に呻き声を漏らしながらプリテンダーは何故こんなことになってしまったのだと後悔していた。

 管理者から下される【指令(オーダー)】によって他者を演じる人生を強要され、その過程で受けたペナルティーで記憶障害を発症して前世と今世の"名前"を奪われた。

 編み出した変身能力の『(ハツ)』に「二度と元の姿に戻らない」という誓約を設けることで幾人もの人物に成り代わり逸話を積み上げてきた。

 あるときは善人とすり替わり善行を成し、あるときは悪人を姿形を騙り悪行を成す。ただの一度も"本来の自分"に対する称賛も批難も得られず、自己同一性(アイデンティティ)が摩耗し磨り減っていく日々。

 そんな地獄からの解放を願って聖杯へ縋り、手段を選ばず勝ちを狙いにいったのだ。

 犯罪(クライム)ハンターとして活動していた裁定(ルーラー)の恋人を殺して成り代わることで偽りの信頼を獲得し、悲劇のヒロインを演じることで同情を誘い聖杯戦争中の全面協力を約束させることに成功した。

 ルーラーを"恋人(ニセモノ)を守る正義の使途(オロカモノ)"に仕立て上げることで裏から操り、彼の『具現化した手錠を嵌めた相手を強制(ゼツ)状態にする』という対人特化の念能力を利用して闘いを勝ち抜く算段を構築。

 その作戦は上手く嵌まり、ルーラーが犯罪(クライム)ハンターといて築き上げた人脈と情報網から割り出した"転生者候補"を見つけて二対一の状況に持ち込んでみせた。

 全てはプリテンターの作戦通りに進んでいた、いたはずなのだ。

 だというのに――

 

(有り得ない、何故この(バケモノ)は『(ゼツ)』のまま能力を使えているッ!?)

 

 圧倒的有利な状況の中、何か(・・)が煌めいた瞬間、気づけばルーラーは斬首されプリテンダーは四肢を切断され地を舐める事態となっていた。 

 念能力を行使する上で、オーラはガソリンに例えられることがある。

 ガソリン(オーラ)が無ければ念能力を駆動させることは不可能であり、『(ゼツ)』――生命エネルギーたるオーラを体外に溢れ出させる出口の精孔を閉じた状態では念能力が封じられたも同然なのだ。

 ゆえに、プリテンダーを無意味な拷問に掛けながら嗤っている桃色の少女(バケモノ)は念能力の原則を逸脱している存在と言えるだろう。

 あるいは、念とは理論の異なる力(・・・・・・・・・・)でも行使したとでも言うのだろうか?

 嗤う偶像少女は苦痛と困惑で混乱するプリテンダーの様子を心底愉快そうに眺めながら、踏みつける足の力を徐々に強めていく。

 

「死にゆく貴方に、私からの贈り物です。堪能して逝ってくださいね」

「え、ァッ――……ァァァアァア!?」

 

 『(ゼツ)』状態が解かれたことで偶像少女の身体に再びオーラが纏われ、踏みつける足の圧力が増大する。

 否、踏まれた箇所だけでなくプリテンダーの全身(・・・・・・・・・)が余すことなく押し潰されていく。

 謎の能力は海岸に手足のない人型を徐々にめり込ませていき、外的な圧力だけでなく体内にまで影響を及ぼし蹂躙していく。

 肋骨が、内臓が、まるで超重量の金属にでも変わったように重量を増してプリテンダーの腹を突き破ってこぼれ落ち、そのまま自重に耐えきれず水風船のように容易く割れて圧壊していく。

 脳の血流異常によって視界がブラックアウトを起こし、陸に揚げられた深海魚のように眼球が飛び出していく。やがて視神経が眼球の重さによって引き千切れ、ブラックアウトで済んでいた視界は永遠の闇に閉ざされた。

 そしてついに――

 

「はい、お終い」

 

 異常な力場で生じたクレーターの中心で、五臓六腑の残骸を撒き散らし頭部を拉げさせた肉塊と成り果てたプリテンダーは息絶えて消失した。

 

 

 

 □

 

 

 

 海風が運ぶ潮の香りと死体の焼けた匂い、潰れた臓腑の鉄臭さが混じり合う黎明の空の下。

 敗者の遺体が消失したことで不快な残り香が風に流され徐々に薄まっていく惨殺現場で実行犯たる偶像少女は一仕事終えたとばかりに大きく伸びをしながら身体を(ほぐ)す。

 

「ん~~、はぁ。しょーもない相手でしたね。悲鳴もイマイチでしたし」

 

 気軽な様子で己が手に掛けた二人の転生者を酷評する様はドレス姿も相まって、まるでドラマや映画の共演者に対して駄目出しを口走る舞台裏のアイドルのようであった。

 愚鈍で下等な存在(ニンゲン)が無様に滅ぶところを見られたのは良かったが、末期の鳴き声はお気に召さないものであったらしい。

 たった十五人しかしない転生者(レア物)なのだから、もっと嗤えるような珍奇な断末魔の一つでもあげてほしい。

 そんな冒涜的な思考を巡らせていると、偶像少女の身体から【クラスカード】が飛び出してきた。

 背面に描かれているのはローブを羽織る顔の見えない人型――それは偶像少女の配役(クラス)降臨者(フォーリナー)である証である。

 少女は現れたカードを手に取ると【指令(オーダー)】の項目に目を通し、七つ目の【指令(オーダー)】が達成になっていることを確認してニンマリと歪んだ笑みを浮かべた。

 

 

 □

 

配役:フォーリナー

系統:強化系

練度:秀

筋力:D

耐久:E

敏捷:D

顕現:C

潜在:C

幸運:A

 

固有技能:

『浸触』

『光操作』

 

念能力 

『普く百閃星』

 

受注【指令】「グリードアイランドに入島し、聖杯戦争を開始せよ」【成功】

  【指令】「マサドラに行き、他の聖杯戦争参加者を敗退させよ」

 

 

 □

 

 

「へぇー。次は場所の指定もあるんですか。まぁ三人(・・)脱落したのだから、残りを意図的に集合させるのは妥当な【指令(オーダー)】ですね」

 

 偶像少女は新たな【指令(オーダー)】に納得を示しながらも、この場に少女以外の者がいれば不可解に感じる言葉を呟いた。

 今しがた少女自身が殺害した裁定者(ルーラー)詐称者(プリテンダー)を脱落者として数えることは当然だろう。

 しかし何故もう一人脱落者がいること(・・・・・・・・・・・・)を知っているのだろうか――?

 知り得ないはずの情報を口にした偶像少女は朝焼けと明星が輝き始めた視線を向ける。

 常人なら瞼を閉じるか細めるほどの眩しさを苦もなく目を開いたまま受け止め、何処に焦点を合わせるでもなくぼうっと虚空を眺めはじめた。

 そして数瞬の沈黙の後――

 

「なるほど、共有によると現地にはキャスターとアサシンが陣取っていて、シールダーとムーンキャンサーが都市に向かって移動中、と」

 

 再び口を開いた偶像少女は、まるで現地を見てきたかのように魔法都市マサドラの状況を把握していた。

 次なる玩具(オモチャ)を見定めて、今度はどんな壊し方をしようかなと考えながら、知り得た情報を整理するように言葉にしていく。

 

「アルターエゴは獄中で、バーサーカーは……何で温泉街? セイバー、ランサー、アヴェンジャーの三つ巴は敗者なし。あとは――――え?」

 

 海風で乱れ始めた髪型を手櫛で整えながら、次々と他の参加者の動向を把握していく偶像少女。

 残る二名の情報を『共有』と呼んだ謎の力で取得した瞬間、ピタリと言葉が止まる。

 沈黙のまま唖然とした表情を浮かべて次第に顔を俯かせていき、桃色の髪で表情が隠れると手櫛のために上げていた腕で身体を抱えるように静止した。

 腕に締め付けられる形でオールインワンドレスに包まれた肢体のラインが強調されてしまうも、偶像少女は動かない。

 そのまま身体が小刻みに震えだし、俯いて垂れ下がった桃色髪で隠された口元から小さな音が漏れた。

 瞬間――

 

「あははははははははははははははは!!!」

 

 歪んだ喜悦の嗤い声が響き渡る。

 嘲るように、見下すように、辛抱たまらないと腹を抱えながら呵々と嬌笑しながら天を仰いだ。

 

「ライダー! ああライダー!! お前、なんてもの拾ってるんだ(・・・・・・・・・・・)!? アハハ、アハハハハハ、アッハハハハハ――!!」

 

 狂ったように嗤いながら偶像少女は想定外を歓迎する。

 口角が人間の可動域を超えてつり上がり、唇の端が切れて血を流しながら、まるで別人が乗り移ったように口調すら変化させながら、喉を壊さんばかりに嗤い続ける。

 自身の本体(・・・・・)を封じ得るものを掘り当てた騎兵(ライダー)に対して、片手間としか思っていなかった聖杯戦争に対して、ようやく領域外の悪意(フォーリナー)は本腰を入れる気になったのだ。

 

「いいですよ。気に食わない管理者の前に、『私達』は貴方と遊びましょう。――丁寧に、壊して、揃えて、並べて、晒してあげますよ」

 

 ひとしきり嗤い終えた後、黎明の空に浮かぶ明星を仰ぎながら誓うように告げる。

 降臨者(フォーリーナ―)――ニアレは、まだ見ぬ騎兵(ライダー)を次の遊び相手(オモチャ)に定めたのだった。

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