懸賞都市アントキバの北方に聳える山を越えた先にある岩石地帯。
そこはグリードアイランドのスタート地点である"シソの木"の草原から魔法都市マサドラへと繋がる行路であり、多種多様な"モンスター"達が生息する土地である。
ゲームの序盤に訪れることを想定されているためかプレイヤーを積極的に害そうとする危険なモンスターこそ少ないものの、実力の低いプレイヤーでは入手難易度が低ランク――それこそSSからHまでの十段階で評価される中で下から数えた方が早いEランク程度の弱いモンスターすら打倒出来ず逃げ回る羽目になるだろう。
そんな岩石地帯に高さ十メートルほどの
ただしその構成物は海水ではなくオーラを纏った土塊であり、厳密には土砂崩れと表現した方が正しいのかもしれない。
しかし"津波の上に座する眼鏡の少女"の身体から広がる広大な『
オーラに接触した大地を即座に支配下に置き、大質量を意のままに操っている『操作系』に属するであろうその能力は凄まじい練度と言うほかない。
原則として『操作系』の能力で物体を操ろうとした場合、方法はいくつかあるが共通するのは"操作対象にオーラでマーキングを施すこと"である。
念能力者ごとの性格や趣向、才能などによって物体に直接オーラを込めたり、事前にオーラを込めた媒介を取り付けるなど
そんな極まった物体操作を行っている眼鏡の少女は大地の津波で波乗り移動を行いながら"
「このカードは要りません、これも要らない。――はぁ、やはりフリーポケットに四十五枚までしか保存できないのは調査するのに不便ですね」
ゲームの仕様に不満を漏らし、眼鏡の少女は自身が創成した大地の津波の上にちょこんと腰掛けながらフリーポケット内の不要なカードを抜き取って放り捨てていく。
カードを整理に意識を向けながらも能力の制御に淀みはなく、自身が座る部分の土は適度に押し固めて座りやすくし、それ以外の部分を目まぐるしく流動させて操り続けているにも関わらず、その色白の顔に不満の表情ははあれど披露の色は見られない。
自動車並みの速度で移動する大地の津波は進路上に現れたモンスターを雑に蹴散らしながら一直線に魔法都市マサドラへと進んでいた。
「あれからトーリカとも連絡が取れませんし、何があったのでしょうか?」
不要なカードの整理が一段落付いたとき、眼鏡少女は波乗り移動の風圧でアルビノ系な白髪を煽られながら自身の同盟者である
小さく小首を傾げる仕草は女児と見紛うほど小柄な体躯は、土汚れを意識してか洒落っ気のないサスペンダー付きの作業服を着込んでいることも相まって非常に幼く見えることだろう。
「ザクロに殺された可能性――ないですね。トーリカの足なら逃げ切れます。では、別の誰かに嵌められた? ……お酒か女性絡みなら十分に有り得ますね、あの軟派者なら」
同期のプロハンターである
では第三者の介入が行われた場合どうなるかと考えるが、眼鏡少女にはどんな結果になるか判断が付かない。
なにせ眼鏡少女もまた聖杯戦争に対して消極的であり、グリードアイランドに入島してから聖杯戦争そっちのけで趣味かつ仕事である地質調査に精をだしていたのだ。
そんな眼鏡少女が他の転生者に関する情報を積極的に調べるはずもなく、事前に知っていたのは今生でたまたま出会った同期のプロハンター二名と、己が
聖杯戦争が始まってから新たに遭遇した転生者は、トーリカが"
その偶然の出会いが意図せず七つ目の【
「なんにせよ、トーリカのことも
小柄なアルビノ少女は移動の振動でズレた野暮ったい眼鏡の位置を直しながら、何故か少々顔色を悪くしつつ自身の傍らに
野営に使用していた片付け済みのキャンプセット一式と、その脇に眼鏡少女の念能力で創り出された大きな"土塊の掌"で掴まれ全身を拘束されてまま苦しげな寝息を立てている少年。
その正体が
彼女に情報を届けてくれていた
□
昼時の魔法都市マサドラ。
その一角で営まれている喫茶店のテラス席で、日中の日差しをキノコと葉っぱの中間のような不思議な素材製パラソルで作られた日陰の下、黒髪の
「……なぁお嬢。何で俺等はこんなところで茶を飲んでるんだ?」
「馬鹿ねカスラ。そんなのわたくしがティータイムをしたくなったからに決まっているでしょう」
カスラが新聞を片手に持ちながら対面に座る護衛対象に向けて疑問と批難の籠もった視線で睨むが、とうのアリアレーネは視線の意味を理解した上で意に介さず、優雅にティーカップを傾けてマサドラ産の紅茶に似た飲み物の味と香りを楽しんでいた。
マフィアの令嬢として育ったアリアレーネにとって、部下の男から抗議の視線を向けられる程度の事態では小揺るぎもしないらしい。
「俺等、未だに七つ目の【
「達成条件が不明瞭なのはいつものことでしょう。それに期限が危なくなっているのはカスラが原因なのだからその視線はお門違いよ」
「チッ。あーそーかよ」
会話の旗色が悪くなったカスラは舌打ちをしつつ頬杖をつき、ここに到着するまでの道中を思い出してみる。
最初に立ち寄った街の懸賞都市アントキバに到着した二人は、前世由来のグリードアイランドに関する事前知識を持ち合わせているアリアレーネの発案によりアントキバをそのまま通過し、そのまま一直線に魔法都市マサドラまで移動することにしのだ。
道中で多数のモンスターに襲われたり、歩くのに飽きたと我が侭を言いだしたアリアレーネをカスラが念能力の『盾』に乗せて運ぶ羽目になる等のトラブルはあったものの、返り討ちにした他プレイヤーから奪った島の詳細な地図が手元にあったこともあり最短距離で目的地まで到着することができた。
しかし――
「目的の
「多数のプレイヤーが徒党を組んで買い占めをおこなったのでしょうね。正直、今の時点でその手段を実行できる者がいるのは誤算だったわ」
グリードアイランドでプレイヤーが入手できるアイテムにはカード毎にカード化限度枚数が設定されており、
全四十種類ある
ただし個人の"
「凄腕の『操作系』の転生者が裏で糸でも引いてんのか……?」
「可能性としては"不可能ではないけれど現実的ではない"程度でしょうね。わたくしたちは管理者の敷いたルールのせいで外部から部外者を招けない以上、操ろうとしても対象は自主的にゲーム内にやってきたプレイヤーに限定されてしまうもの」
カスラが転生者の黒幕説を上げるも、アリアレーネが即座にそれを否定する。
人間を操ることに特化した念能力を編み出した『操作系』の念能力者なら大人数を支配下に置くことも不可能ではないだろうが、転生前に集められた"暗闇の空間"で告げられたルールが問題となる。
事前に操作状態にした人間をグリードアイランド内に連れ込む行為は「聖杯戦争に余人を招き入れた参加者には罰を与える」というルールに抵触してしまう恐れがある。
ならばゲーム内に自主的に入ってきたプレイヤー達を操作すればよいかもしれないが、
誰よりも早く入島しスタート地点で待ち伏せを行って操作条件を満たすためのマーキングを行おうとしても、途中で他の転生者とかち合って戦闘になってしまうのがオチだろう。
寝込んだカスラのせいで入島の遅れたマフィア組の二人がスタート地点の草原に降り立ったときに周囲に戦闘跡が見られなかったことから、この方法論も可能性は低いと見てよい。
結論として、『操作系』の念能力による人海戦術はアリアレーネの述べた通り「不可能ではないが現実的でない」という答えに行き着くのだ。
「もっとも、念能力以外で完全かつ精密な人体支配ができるなら話は変わるのだけれどね」
「おいおいお嬢、そりゃもう人外の域だろう」
「『巨獣』なんていう埒外プレイヤーが確認されている時点で今さらよ」
「――あー、まぁな。つうか、もう一人の賞金首は何してんだよ」
紅茶もどきを飲み干したアリアレーネが上品に口元を拭きながら結論を覆すようなことを言い出してことでカスラは咄嗟に反論するも、既に例外じみた実例がいることを指摘されて納得を示す。
連鎖的にもう一人、ゲーム開始早々に指名手配を受けている
そこには大きな見出しで「賭博都市ドリアスを騒がせた『道化師のザクロ』が逮捕!!」と掲載されていた。
「大方、ハメ組もどきの資金源はザクロに掛けられていた賞金を元手にしているのかしらね」
「あん? お嬢、ハメ組ってなんだよ?」
「前世の知識の中には、
「――おいおい、なんだよありゃ」
話の流れが脱線し始めたとき、唐突に街を行く人々がざわめきだす。
何やら都市の外を指さしている者もおり、二人の視線が騒ぎの元であろう方角へ向けられる。
そこには土の壁――否、津波が都市へと迫ってきていた。
「たいした出力ね。カスラ、顕現オーラは貴方を超えているんじゃなくて?」
「かもしれねぇな。けど
カスラの顕現オーラ量は人類の発揮出来る範疇では最高峰であり、その出力を超えるであろうオーラが土塊の津波には込められていた。
あんなものが都市になだれ込めば大被害は免れないだろうが、近くに迫る脅威に対して二人は焦る様子を見せなかった。
それはカスラが述べた通り土塊を操るオーラに敵意が込められていないことを感じ取ったことに加え、あの程度の驚異ならアリアレーネを守り切れるという自身の現れでもある。
アリアレーネも自身の護衛者の実力を知っているがゆえに余裕を見せており、またカスラとは違いもう一つ
自動車並みの速度で迫る大地の津波に周囲が慌てる中、テラス席からゆったりとした仕草で立ち上がり日傘を差した
カスラからの「自分で払え」と訴えてくる視線を笑顔の圧で黙らせて支払いを済ませると、騒ぎの元凶へ向けて歩き出す。
後ろから追いついてきたカスラがその隣に並び、左手の五指に嵌めた指輪を確かめながら何故か機嫌の良さそうな
「んでお嬢。あれを起こしてるのは知り合いなのか?」
「ええそうよ。有能な地質学者で、わたくしがパトロンをしてあげてる同胞でもあるわ」
「やっぱ転生者なのか……殺り合う可能性は?」
「その時はその時ね」
顔見知りであっても遠慮は要らない――微笑みながら戦闘許可を部下に下して、マフィアの御令嬢は数年ぶりにの再開となる友人の元へ向かうのだった。