Fate×HUNTER 欲望島の聖杯戦争   作:八尾四季

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対面する騎兵、盾兵、月ノ癌

 都市の南方から迫る大地の津波から逃げ惑う人々の流れに逆らうように、カスラとアリアレーネは進んでいく。

 ときおり迫る津波に意識を取られてか、あるいは恐慌に陥ったゆえの前方不注意によって二人にぶつかりそうになる者がいるが、護衛者である眼帯男は守るべき御令嬢に被害が及ばぬよう培った技術――というには些か力任せに人波を押し退けて直進していく。

 そんな部下の押し広げた道に続くように日傘を差した白い御令嬢が悠々と進み、部下の苦労を労うこともなく歩いていた。

 厚底のロングブーツを履いた細い足からは機嫌の良さの現れか軽快な足音が響き、白磁のように美しい相貌に可憐な微笑みを浮かべ、真紅の瞳で事態の元凶へと目線を向けていた。

 流動する土砂と砂礫が巨壁のように陽光を遮り、都市へと落ちる影が刻々とその長さを増していく。

 自動車並みの速度で伸びる影はある種の境界線となり、日の当たる場所から影の中へと呑まれたプレイヤー達は「もう逃げられない」と悟ったように絶望の表情を浮かべている者が大半だ。

 

(なんか違和感があんだよな……)

 

 人波を押し退けながら、カスラは内心で上手く言語化できない違和感を感じていた。

 この程度(・・・・)の事態で生存を諦めるような輩は実力不足の低級プレイヤーであり、裏社会を牛耳るマフィアンコミュニティーの最高戦力集団たる"陰獣"の一人であるカスラの見立てでは、ハッキリ言って取るに足らない連中である。

 例え戦闘能力に乏しい者であっても、魔法都市に辿り着くだけならひたすら戦闘を回避して進んでいけば到達は不可能な道のりではない。

 ゆえに周囲が逃げ惑っているプレイヤーばかりなのはさほど不思議ではないのだが――

 

(コイツら全員、どこか嘘臭ぇ(・・・)んだよな)

 

 完全な嘘ではないが、本気の絶望でもない。

 マフィアの一員として、常人よりも遙かに後ろ暗い今生を歩んできたカスラにとって、他者の恐怖や絶望の表情は見慣れたものである。

 だからこそ、周囲のプレイヤー達全員が浮かべる恐怖と絶望の中に一抹の余裕(・・・・・)が混じっていることを見抜いていた。

 カフェテリアでアリアレーネと話していた際に上がった『操作系』の能力で操られている可能性も考えたが、偽りの意思を植え付ける『暗示型』であれ、自由意志を剥奪して操る『支配型』であれ、この状況でわざわざ妙な演技をさせるメリットは無いだろう。

 むしろ、騒ぎに乗じて奇襲の一つや二つ仕掛けるほうがよほど有効な策だ。

 意図の見えない"推定『操作系』転生者"の思惑に対して頭の片隅で思考を巡らせていると、程なくしてカスラ達は都市の南口まで到着したのだった。

 

 

 

 

 □

 

 

 

 

 魔法都市マサドラには都市の内外を隔てる外壁が存在せず、入ろうと思えば都市外のどこからでも侵入できる作りとなっている。

 都市と名付けるには少々お粗末で無防備な構造といえるだろうが、そもそも外壁とは"外から侵入してくる外敵を防ぐための建築物"である。

 ハンティングゲームであるグリードアイランドではプレイヤー同士の争いはあれど都市同士での戦争が起こっている訳ではないし、ゲーム内のモンスター達も生息エリアの外に出てくることもない。

 ゆえに都市を囲う外壁を必要としていないのだが、現在の魔法都市の南方には高さ十メートル程の分厚い土壁が聳え立っていた。

 その土壁はつい先ほどまで魔法都市に迫っていた大地の津波だったものであり、あと数秒もあれば都市の外縁部を押し潰し、さらに数十秒もあれば都市南部に甚大な被害をもたらしていたことだろう。

 だがその被害予想は現実になることはなく、眼帯男と白い御令嬢が津波の前に立ちはだかった瞬間、物理法則を無視したように進行を停止してしまったのだ。

 

「これだけの質量を完全支配って、どんな制御力してんだよ……」

「相変わらず念能力の練度という一点はたいしたものね」

 

 聳え立つ土壁を前にして、カスラとアリアレーネは大地の津波を引き起こした相手に対して各々別の感想を抱いていた。

 カスラは殺し合うかもしれない相手の念能力の出力と制御力を脅威と判断し、強い警戒心を露わにする。いざとなれば潜在オーラを枯渇させてでも討ち取る腹づもりであり、最悪アリアレーネだけでも逃がせるよう護衛対象の数歩前に踏み出して前衛に立つ。

 アリアレーネは僅かに舞い上がっている土埃を吸わないように高級感のあるハンカチで口元を覆いながら、旧知の相手の腕前が鈍っていないことを確認して上から目線の評価を下していた。

 

「とりあえず、お嬢は後ろに下がってろよ」

「あら、駄亀の分際で一丁前に気遣っているのかしら?」

「うるせぇよ。……相手はお嬢の友達(ダチ)なんだろ? 今回は素直に引っ込んでろ」

「嫌よ」

「――あ? 今なんて言った?」

「嫌、と言ったのよ。カスラ、貴方は顔だけでなく耳まで悪いのかしら」

「我が侭言うんじゃねぇよ! あとさらっと人の顔貶してくんな!!」

 

 裏社会の住人として血塗れの道を歩んできたモブ顔(カスラ)は、己が殺し合いの場に立たされることに文句はあっても忌避感はない。

 スラムで過ごした幼少期も、マフィアに拾われ組員として働くようになってからも、見知った顔と刃傷沙汰になる機会など数えきれぬほどに経験してきた。

 だがオレスト(ファミリー)の御令嬢として蝶よ花よと育てられたアリアレーネは策謀や政略で他者を蹴落とした経験は豊富でも、己の手で直接人間を殺めた経験が乏しいのだ。

 そして今回の相手は高慢高飛車な御令嬢が"友人"と明言した極めて希少な存在である。

 だからこそカスラはアリアレーネに"友人殺し"などという後味の悪い経験をさせないために気を回したというのに、帰ってきた返答は罵倒付きの拒否であった。

 これがただの共闘関係であったのなら即座に殴って黙らせていただろうが、哀しきかな相手は己が属する(ファミリー)の次期首領であり護衛対象。意図的に怪我でもさせようものならグリードアイランドから帰還した後でカスラの首が物理的に飛ばされる間柄である。

 

「カスラ、ここはあの子の射程内なのだから多少下がったところで意味はないのよ」

「~~ッ、それでも!!」

「それに、今は後ろの都市の方が危険(・・・・・・・・・・)でしょう」

「――……ッ!」

「わたくしは人に見られることには慣れているの。あの都市のプレイヤー達が異常性は貴方よりも早く気づいていたわ」

 

 真紅の瞳に見つめられながら聞かされた言葉に、カスラは苛立ちで沸騰しそうになっていた頭が急速に冷えていく。

 どうやら己が人並みを掻き分けるときにようやく気づいた異常に、アリアレーネはより早い段階で察知していたらしい。

 一人でヒートアップしていたことを自覚したカスラは大きく息を吐いて思考をリセットし、ばつが悪そうに眼帯に覆われた右頬を指で掻いた。

 そんな従者の姿に、主である白い少女は躾を覚えたペットを褒めるような微笑みを浮かべていた。 

 

「――わかった。けどなお嬢、マジで無茶はすんなよ」

「それはカスラ次第ね。わたくしに動いて欲しくなければ相応の働きをして頂戴。――来るわよ」

 

 マフィア組の会話が一段落した瞬間、まるで機を窺っていたように土壁が形を失っていく。

 それは自然の崩落などではなく、大地の支配者による一糸乱れぬ統率の取られた変形であった。

 高さ十メートルはあった土塊は一切の土埃を散らすこともなく、まるで大地に雨水が吸われるような滑らかさで地中へと沈んでいき、数秒後には跡形もなく消え去ってしまった。

 大量の土が潜り込んだにも関わらず周囲の大地には僅かな凹みも隆起も存在せず、均されたばかりの歩道のように整った状態へ変わってしまった。

 土壁の近くに立っていたカスラ達にさえ影響を及ぼすことはなく、仮に目を瞑っていたらなら大地の変形に気付ける要素は土に込められたオーラの気配のみだっただろう。

 目の前で披露された念能力の極まった練度に、カスラは背中に冷や汗を感じながらも思考は即座に戦闘状態へと移行した。

 消え去った土壁の中心地点には二人の人物。

 一人は子供のような背丈に白髪白目という特徴的な容姿に、野暮ったい眼鏡とサスペンダー付きの作業服を身につけた顔色の悪い少女。

 もう一人は首から下を"土塊で構成された手"で拘束された状態で寝転んでいる少年。

 両者の関係性は不明だが、感じるオーラの圧力は双方がプロハンターの上位陣に引けを取らない強さを宿している。

 カスラは相手の気配から大地操作を行ったのは眼鏡少女の方であると断定し、『(イン)』を施した視認困難な『盾』を三枚放出する。

 一枚をアリアレーネの守りに回し、相手の操作対象であろう『大地』に最大限の警戒を向けながら一歩を踏み出そうとした。

 瞬間――

 

 

 

 

 

「お゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛」

 

 

 

 

 

「――……は?」

「やっぱりこうなったわね」 

 

 眼鏡少女の嘔吐(ゲロ)によって出鼻を挫かれたのだった。

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