眼鏡少女の突然の嘔吐によって魔法都市の南口に集った者達の間には微妙な雰囲気が流れていた。
殺し合いが前提となる儀式の参加者が複数揃っている以上、一瞬即発の状況であることは変わらぬまま珍妙な膠着状態に陥ってしまっている。
予想外過ぎる展開に出鼻を挫かれたカスラは背後に護衛対象を庇いながら臨戦態勢を維持し続けているものの、戦闘どころではない場の雰囲気に内心「どうしてこうなった……」と頭を抱えたい気分になっていた。
その空気を作った張本人は胃の中身を吐き出しきって一息ついたのか、俯いていた顔を上げて汚れた口元を袖で雑に拭いながら大地を操作し、証拠隠滅とばかりに足下に飛び散っていた吐瀉物を地中に隠してしまった。
「――……はぁ、すっきりしました」
「おいこら、ゲロ女。なに一人で全部解決したって顔してやがる」
「……?」
「キョロキョロ周りをみてんじゃねえ! テメェのことだよ!!」
「あぁ、私のことでしたか。初対面の女性に対して失礼な呼び方をするのはどうかと思いますよ」
「出会い頭にゲロぶち撒けたヤツに礼儀を言われたくねえよ!」
「あ、口を濯ぎたいので少し待ってください」
「コイツ、話が全っ然進まねぇ……」
ビジネススーツを着込んだ大柄な眼帯男という堅気には見えない相手を前にしても、眼鏡少女はどこまでもマイペースを貫いていた。
宣言通りに背後に置かれたキャンプセットの中から水筒のような物を取り出し、中身を口に含んで暢気にうがいをし始める始末である。
(このゲロ女、身体は貧弱なのに念の練度が半端じゃねぇ……)
それでもカスラは格闘戦の間合いに飛び込むことを躊躇っていた。
出会い頭の速攻を想定外の
念能力は意思の力で制御するものであり、その日の体調や戦闘で追ったダメージ、精神的な不調などによって念能力の精度にムラが生じるのが常だ。
そして眼鏡少女は一目で分るほど顔色が悪く嘔吐するほどの体調不良にも関わらず、広げている『
明らかに念能力の扱いに熟達している証である。
「ま、足踏みしてちゃなんも進まねぇか」
試しとばかりに、宣言通りカスラは眼鏡少女の『
その途端、侵入者を感知した大地がオーラによって操られ迎撃が開始される。
地面の一部が迫り上がって人間の腕をもした形を取り、人間程度は容易く鷲掴みできるサイズとなって襲いかかる。
先ほどまでとは違って周囲への配慮は存在せず、意図的なのか侵入者の足場を巻き込む形で変形しながら真下という人体の死角から高速で放たれた。
掴みかかるように迫る土塊の腕に一度捕まれば抜け出すことは至難の業であり、並みの実力では抵抗もできずに終わるだろう。
しかし武闘派マフィアの集団『陰獣』の一員である眼帯男は並みではない。
「ハッ、邪魔だ!」
瞬時に顕現オーラを『
圧縮され岩を超える硬度となっていた大地の腕を一撃で粉砕し、周辺の大地が陥没する威力の踏み込みは足下に蜘蛛の巣状のひび割れを起こす。
振脚の勢いを推進力に変えて一輝果敢に間合いを詰め寄り、未だに背中を見せたまま口を濯いでいる巫山戯た相手の後頭部をかち割るつもりで拳を振りかぶった。
その攻勢を阻むように大地から幾十幾百の遮蔽物が迫り出してくるも、高出力のオーラを纏った肉弾で強引に蹴散らしながら力尽くで突き進む。
「お嬢の
眼鏡の少女に近づくほどに迎撃の密度は増していき、それに比例するように眼帯男の進撃もより攻勢を増していく。
両者の顕現オーラはともに人類屈指、互角の出力を発揮しているが、互いが属するオーラ系統と運用法が現状の結果を生んでいた。
眼鏡の少女の系統は『操作系』。
大地を自由自在に操ることで圧倒的な手数と応用性を発揮しているものの、操作する数を増やせばその分オーラが分散してしまう。
対するカスラの系統は『放出系』。
オーラを身体から切り離して運用することに長けており、『操作系』と同じくオーラを"自身"と"その他"に分散している点は同じである。
しかしカスラは己の能力――『
激突する"大地の造形物"と"オーラの盾"。
そして遂に、両者の距離は
「オラ、潰れ――ッ!?」
「……はぁ」
大地の支配者の領域を突破した刹那、戦闘に目を向けていなかった眼鏡の少女が小さく溜め息をつきながらカスラの方へ振り向いく。
瞬間、カスラの背筋に強烈な悪寒か走った。
これまで培ってきた戦闘経験からくる直感が攻撃を中断させる。
直後、カスラが四枚目の『盾』の展開するのと
「ぐぅ、ぉ……ッ!」
守りに使った『盾』の一枚が砕かれ、相殺しきれなかった余波がカスラの身体へと直撃して吹き飛ばされる。
意識を飛ばされそうな衝撃を受けながらも地に落ちるのは不味いと判断して、まだ残っていた二枚の『盾』の片方を足場にすることでカスラは空中着地を行った。
姿勢を整えながら見下ろした先には、眼鏡越しの白い瞳にハッキリと億劫そうな色を浮かべた女児と見紛う騎兵の姿。その直ぐ傍には半ばから消し飛び、煙を噴き上げる土塊の腕らしき物体があった。
「テメェ……さっきまでは手ぇ抜いてたのか」
「まぁ、やる気はありませんから」
至近距離で爆発が起きたというのに、眼鏡の少女には一切負傷していない。
棒立ち状態で水筒を片手に持ちながら空中に立つカスラを見上げ、太陽の光が眩しいのか空いている手で影を作りながら目を細めている。
戦場には不釣り合いなフィールドワーカーは未だに戦う気概を見せないまま、けれども攻撃を仕掛けられた為かオーラに微量の敵意が混ざる。
それに呼応するように、小柄な身体が発する気配の質が変わっていく。
「
「あーそーかよ。そいつは物騒だ――なッ!」
言い終わると同時にカスラは足場にしていた盾から軽く跳躍して体勢を変える。
空中で身体を屈め、頭を大地に、脚を空に。天地の逆転した姿勢のまま待機させていたオーラの盾に足を着け、地上の敵手に対して隻眼で射貫くような鋭い視線の投げつけると、大地に向けて全力の突撃を敢行した。
□
「駄亀が捧げる見世物としては及第点ね」
眼前で繰り広げられる闘争をアリアレーネは離れた場所から眺めていた。
並みの実力者では立ち入った瞬間に命を落としかねない破壊者たちの激突を上から目線で評価しながら、真紅の瞳に恐怖の色は存在しない。
むしろグリードアイランドに入島してから初めてまともな戦闘を目の当たりにして、及第点と言いながらも小さな笑みを浮かべている。
「それにしても、パンゲアの練度は称賛に値するわね」
上空から猛スピードで突撃して拳を振り下ろし、オーラによる
その一撃を友人である眼鏡の少女――パンゲアは自身の足下を陥没させながら距離を稼ぎ、周辺の大地を変形・圧縮した岩の壁を積層装甲のように多重展開することで凌いでいた。
それでも生きた質量爆撃と化したカスラの攻撃を完全に防ぐことはできず、岩壁の大半を力任せに砕かれてしまうも――
「あら、また爆発。地中の成分で火薬を調合しているのかしら? 器用なものね」
カスラに全ての岩壁が突き破られる直前、岩壁――というよりもはや地層のようになった壁の内部で爆発音が響く。
戦場から漂ってくる煙はマフィアの御令嬢として嗅ぎ慣れた硝煙の香りに酷似しており、そこから爆発の原理に推測を立てる。
おそらく
普通はそこまでの精密操作は不可能だろうが、極まった『操作系』の練度と、地質学の権威であり大地に愛されていると言っても過言ではないパンゲアならばやってのけるだろう。
着火に関しても地中から鉄鉱石を集めてぶつけ合わせれば即席の火打ち石となる。火薬調合すら可能とする技量ならば児戯にも等しい難易度に違いない。
あとは火薬をオーラで強化してやれば、立派な爆弾の感性だ。
「カスラは――ちゃんと生きてるようね。……このままじゃれ合いを眺めているのも悪くはないけれど、そろそろ止めに行きましょうか」
このまま戦闘を続行させればどちら片方、あるいは両方が命を落とす。
そう判断したアリアレーネは、魔法都市の南口を破壊し続けている者達が
我が侭な御令嬢は、従者も友人もこんな所で失うつもりは微塵もないのだから。