Fate×HUNTER 欲望島の聖杯戦争   作:八尾四季

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序章③

 十老頭の一角であるオレスト組。

 それは数多の傘下マフィアからの上納金、膨大な数のフロント企業による稼ぎ、そして後ろ暗い闇仕事の数々によって世界の富豪ランキングの上位にも名を連ねる、歴史と実績を兼ね備えた裏社会の重鎮である。

 近年ではボスの娘が発揮した先見の明により"電脳ネット"という新たなベンチャー業界への投資に成功したことで更なる躍進を遂げた巨大組織の本拠地は、先進国の大都市が三つは収まるほどの広大な土地の中に立てられていた。

 その外観は屋敷を通り越してもはや城と呼べる威容を誇り、建築や美術に造詣の深い者が見れば感嘆の声を上げてしまうだろう。

 そんな城の一室にて、二人の男女が対峙していた。

 屋内は高級感の溢れる調度品で彩られており、一見すると成金趣味と思われかねない品々を芸術的に配置することで見る者を楽しませ、部屋の主の気品をさらに引き立てている。

 もっとも、部屋の主である女――アリアレーネは自身の目の前に正座する眼帯男(カスラ)に石抱き拷問を強要しながら紅茶の香りを楽しむという、下品な行為の真っ最中なのだが。

 

「無様ね、カスラ」

「……ッ」

「オーラを使いすぎて疲労困憊、そのまま現地の警察と一晩中追いかけっこしていたんですって? そのうえ身体を万全に戻すのに丸一日かける始末。貴方、陰獣として恥ずかしくないの?」

「……悪かった」

 

 純白の髪をツインテールに結い上げ、小柄な身体にゴシックロリータなドレスを着こなす少女は鈴を転がすような可憐な声で配下の失態を罵る。

 綺麗な姿勢で椅子に腰掛けながら優雅にティーカップを手にしている様は深窓の令嬢のようで、見る者に高貴さを感じさせる。

 されど床に正座しているカスラを見下ろす真紅の瞳からは見かけ不相応の知性と高慢さが宿っており、聡い者なら決して見かけ通りの少女ではないと気づくだろう。

 ――その実年齢がカスラと同じ二十才であることまで見抜ける者は希であろうが。

 

「おかげで発売当日にプレイする予定だったグリードアイランドへの入島が三日も遅れてしまったわ。六亀(りくがめ)のコードネーム通り、亀のように鈍間になってしまったのかしら」

「悪かったって言ってんだろ!? これでも反省してんだよ!!」

 

 アリアレーネが嗜虐的な愉悦を宿した視線を向けてくるのに対し、カスラは我慢の限界に達しそうになっていた。

 オーラとは元を正せば能力者から捻出される生命エネルギーであるため、使いすぎば体力を大きく消耗してしまう。

 仕事帰りにザクロからの横やりがあったとはいえ、オーラ枯渇などという素人染みた失態を犯したことは事実で有り、オレスト組に帰還した後は叱責の一つや二つはあるだろうと覚悟はしていた。

 それが実際に帰還してみれば、武闘派組員たちを動員した有無を言わせぬ拘束からの石抱き拷問である。

 ご丁寧に膝の上に置かれた巨岩は亀の彫像に加工されており、その口元に「わたしは鈍間な亀です」と彫り込まれたた巻物を咥えた造形となっている。

 カスラが指定の時刻に遅刻するのを知ってから子飼いの部下に超特急で創らせたのか、或いはいつか使用するために事前に用意していたのか。どちらにしろ手の込んだ煽りであることには違いない。

 石の重さは体感で五百キロ程度。カスラの身体能力なら程度の重量はたいした負担にはならないが、落として亀の彫刻を割ったり、床に傷でもつければ賠償金を請求されかねないので下手に動くことが出来ないのだ。

 

「つーかこの石像は何なんだよ!?」

「見て分らない? 亀よ」

「見た目のことは聞いてねぇよ!」

「名のある彫刻家に彫らせた物なのだからそこそこの値打ちね」

「値段のことでもねぇよ!! わざと言ってんだろ!?」

「あら、わたくしのことをよく分ってるじゃない」

 

 クスクスと小さく笑いながらとぼけた返答をしてくるアリアレーネだったが、いい加減飽きてきたのか話を進めることにしたらしい。

 部屋に備え付けられた呼び鈴で使用人を呼びつけ、入室してきた三人のメイド姿の女給仕に亀の彫像とカスラをからかっている間に冷めてしまった紅茶を片付けるよう命じる。

 メイド達は会話に参加するつもりは無いらしく、粛々と命令を遂行し始めた。

 一人は紅茶の片付けをしているから分らないが、残る二人はカスラの膝に乗せられていた五百キロの石像を女の細腕で軽々と運ぶ怪力を発揮している光景は転生者達の前世では有り得ない異常事態だろう。

 しかしカスラの隻眼は三人のメイド達が身に纏うオーラが一般人ではなく念能力者のそれであると捉えていた。十頭老の一角であるオレスト組の令嬢、それも次期首領(ボス)の筆頭候補であるアリアレーネの傍仕えなら念能力者であることは最低限の条件と言えるだろう。

 その程度ならカスラが驚くには値しない。十年もオレスト組に所属している上級組員ともれば自然と知れる情報である。

 問題なのはメイド達は数日前まで非能力者であった(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)はずなのだ。

 三人のメイド達が退室した後、カスラは床に正座していた姿勢からゆっくりと立ち上がり胡乱な目つきをアリアレーネに向ける。

 

「……お嬢、お前また眷属(・・)を増やしたのかよ」

「貴方が仕事中にね。切れるカードを増やしておくことは大事なことよ。組織にとっても、わたくしにとってもね」

「八割方お嬢の私欲だろーが」

「馬鹿ね、カスラ。結果的に組織にも貢献しているのだから同じことじゃない」

「あーそーかよ」

 

 二人の身長差が激しいせいで座ったままのアリアレーネをカスラが見下ろす形になり、第三者がこの場にいれば厳つい眼帯男が可憐な白い少女を叱っている光景に見えるだろう。しかし合法ロリな二十才児のお嬢様に反省の様子は皆無であり、すまし顔で堂々と私欲であることを認める始末である。

 アリアレーネの体質(・・)のことを考えれば彼女の念能力を使って眷属を増やしておくことは確かに重要なことなのだが、どうせ相手の了承は得ていないのだろう。 

 あまりの自己中心な態度にカスラは始末に負えないと呆れた顔でため息を吐いた。

 

「それで? そこに置いてあるのが例のグリードアイランドってやつなのか?」

 

 メイド達が用意したのか、先ほどまで紅茶セットが置かれていたテーブルの上には見知らぬ機械が鎮座していた。

 娯楽知識に乏しいカスラには知るよしも無いが、その機械は『ジョイステーション』という名のゲーム機であり、名作ゲームが多いゲームハードとして相応の知名度がある代物である。

 

「貴方、本当にいつまで経っても娯楽に疎いのね。それはゲーム機でグリードアイランドはこれよ」

 

 アリアレーネは優雅な仕草で立ち上がり、ゴシックドレスの広い袖の中にしまっていたらしいゲームソフトのケースを取り出した。

 色白で細い指に摘ままれたケースの表面には確かにグリードアイランドという簡素な印刷が見て取れた。

 

(こんな物に五十八億ジェニーなんて馬鹿げた値段がつくのかよ)

 

 かつてスラムでその日暮らしを余儀なくされていたカスラにとっては、腹の足しにもならない遊び道具より一切れのパンの方が余程価値があるように思えてならなかった。

 わざわざ見せつけるために未開封にしていたらしいパッケージを破き、アリアレーネはゲームを開始するための準備をし始める。

 普段ならそのような雑事は傍仕えかカスラ(パシリ)にやらせるのだが、珍しく今回は自ら行うつもりらしい。

 もっとも、テレビゲームをやったことのないカスラに任されてもセッティングの仕方など分らないのだが。

 そんなカスラの思考を余所に、ゲームのセッティングを終えたらしいアリアレーネがくるりと振り返る。

 

「準備ができたわ」

「――ついに始まるんだな」

「あら、緊張しているのかしら」

「そういうお嬢はどうなんだよ」

「愚問ね、カスラ。わたくしが殺し合い如きで余裕を失うとでも?」

 

 カスラの指摘に巨大マフィアの跡継ぎ(アリアレーネ)は不遜な笑みを浮かべながら返事を返す。

 畳まれた愛用の日傘を杖のように携え、ゴシックドレスのフレアスカートから覗く足には特注の厚底ロングブーツ。絹のようになめらかな純白の髪を歳不相応に幼く見えて、低身長も相まってまるで外出準備を終えたお嬢様のような出で立ちだ。

 しかし真紅の瞳の奥には確かな戦意が宿っている。

 (ファミリー)のボスからアリアレーネの護衛を任されているカスラからすれば、護衛対象が前線に出てくるのは勘弁してほしいのが本音なのだが。

 

「それじゃ、カスラ。エスコートをしてちょうだい」

「やる気があるのはいいが、あんま前には出てくんなよ」

「それは貴方次第ね、わたくしの護衛者さん」

「へーへーそーですか」

 

 元よりカスラには組員としてボスの命令に拒否権はないのだから是非も無し。

 そして何より、勝ち抜く気概を持つのはカスラも同じである。

 何故なら、この聖杯戦争こそがようやく巡ってきた管理者に一矢報いられるかも知れない好気(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)かもしれないのだ。

 カスラが家族と右目を奪われた様に、アリアレーネも"あるもの"を失い不自由を強いられている。

 きっと他の転生者の中にも【指令(オーダー)】という理不尽によって何か諦め、失い、絶望に晒されてきたのだろう。

 管理者の呪縛をどうにかしない限り、転生者に真の自由は訪れない。

 この世界に生まれ変わってからずっと、彼等は管理者の掌の上で弄ばれてきたのだから。

 故に、全ての元凶である管理者をマフィアの二人組は欠片も許す気はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――さあ、聖杯戦争を始めましょう」

 

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