ヘッドホン男への尋問と強奪を一通り終えたカスラ達は始まりの草原――戦利品である島の地図には"シソの木"と記された場所から北へと歩みを進めていた。
日傘を差しながら草原を歩くアリアレーネの隣ではカスラがこれまた戦利品であるコンパスで時折方角を確かめながら、地図に記された懸賞都市アントキバへ向けて進路を修正していた。
身長差ゆえに歩幅に大きな違いのある二人だが、三年前からアリアレーネの護衛者として過ごしてきたカスラ側が自然と歩調を合わせているため片方が置いて行かれることなく隣り合うように歩き続けていく。
「さっきのヤツが詳しい地図を持ってて助かったな」
「わたくしの幸運の
「……情報を吐かせたのも、カード分捕ったのも俺なんだが?」
ヘッドホン男は哀れではあったが、同時に幸運でもあった。
身ぐるみを剥がされ、グリードアイランド特有のゲームシステムである"カード化されたアイテム"も根こそぎ奪われ、ゲーム開始から三日間で集めた知りうる限りの情報を全て吐かされた。
それでも裏社会の住人――それも他者から舐められることを何よりも嫌うマフィアの重鎮に喧嘩を売っておきながら、
「馬鹿ね、カスラ。雑事は従者の仕事なのだから貴方が対処するのは当然でしょう。そもそも、あの男の
「……何で俺が標的だったって断言できんだよ」
「返答に間があったということは、自分で答えにたどり着いているのではなくて?」
「……チッ」
アリアレーネが向けてくるからかい混じりの視線に対し、カスラは図星を突かれて舌打ちを返した。
尋問により、ヘッドホン男がカスラ達の前に飛んできたのは移動型
その効果は「会ったことのないプレイヤーのいる場所へ飛ぶ」というものであり、対象はゲーム内で会ったことのないプレイヤーの中からランダムに選出される。
ヘッドホン男はゲームのスタートダッシュに成功したことで調子に乗り、
結果、
「いずれにせよ、カスラ。これで貴方も最低限の知識は得られたわね。戦い以外のことになると途端に大雑把に癖は早く直しなさい」
「余計なお世話だ。……つぅか、さっきのヘッドホン野郎はあれでよかったのか?」
「構わないわ。事前知識の検証も出来たのだから、命までは獲らない余裕くらい見せるべきでしょう」
「――命までは、ねぇ……」
口には出さなかったが、カスラは機嫌良さげに歩く上司の徹底的な搾取振りに内心ドン引きしていた。
尋問の過程で知ったことだが、グリードアイランドとはゲーム内で入手したアイテムは自動的にカード化され"指定された百種類のカード"をコンプリートすることがゲームのクリア条件であるらしい。
ただし入手したカードは一分間で元のアイテムへ戻ってしまい、一部の例外を除いて再カード化できない仕様となっているのだ。
それを防ぐために必要なのが"指輪"と"
ゲーム開始時のチュートリアルで支給される"指輪"――それに付属する"ブック"の魔法で呼び出す本型のアイテムであり、"
他にもゲーム内で出会ったプレイヤー名の自動登録やログイン状況の確認、調査型
だというのに――
(お嬢のやつ、"指輪"のデータを
アリアレーネ曰く、プレイヤーはゲーム用の"指輪"を複数指に嵌めると"
その検証のために、カードを奪った後にヘッドホン男に自身に支給された指輪を嵌めさせて三日間の苦労を消し去ってしまったのだ。
(俺がボコったときより絶望面してやがったな)
娯楽に疎いカスラにはいまいちピンとこなかったが、ゲームを書類仕事に使うパソコンに置き換えて考えればヘッドホン男の絶望に多少は共感出来た。
ようはバックアップの無い状態でパソコンの
彼にゲームを続ける気力が残っていればの話だが……。
「さっきの男の話はもうお終いよ。それよりも、気になる情報があったのはちゃんと覚えているのでしょうね?」
「流石に覚えてるっつーの」
真紅の瞳で試すように見上げてくるアリアレーネは、日傘の陰で暗くなっているはずなのに美しく整った色白の相貌は可憐さを損なわず、地面から照り返す僅かな光を受けて純白のツインテールが淡く輝いて見える。
容姿だけは無駄に良いよなと失礼なことを考えながら、カスラも隻眼で見下ろしながら「馬鹿にし過ぎだ」と言外の圧を視線に込めてにらみ返した。
部下の反抗的な態度にアリアレーネは楽しげに微笑み、目線で話の続きを促してくる。
「先にグリードアイランドに入った聖杯戦争の参加者の一部は派手にドンパチやってるって話だろ」
ヘッドホン男曰く、開始三日で既に噂になっている二名のプレイヤーがいるとのこと。
――魔法都市に度々出没している"不死身の道化師"
――賭博都市の南部ある森を壊滅させた"巨大な獣"
前者は行動の不気味さで、後者は危険性ゆえにプレイヤー間で噂になっているらしい。
「道化師ってのはまず間違いなく
「巨大な獣の方も、十中八九は転生者と考えておいた方がよさそうね。破壊規模からして対軍……考えたくはないけれど、もしかしたら対城の域に届くかもしれないわ」
「対……なに? また何かの用語なのか?」
「――……ねぇ、カスラ。先入観を持たずに済むメリットより無知すぎるデメリットを抱えた駄亀はどう躾たものかしらね」
「とりあえず、お嬢が俺を馬鹿にしてることだけは分った」
マフィアの二人は気の抜けた雑談を続けながら北へ北へと歩き続け、やがて懸賞都市アントキバに辿り着いたのだった。
□
カスラ達がアントキバに辿り着いたのと同時刻。
グリードアイランドの南部に存在する賭博都市ドリアス。
そこは都市名に冠された賭博の名に恥じぬギャンブルがそこかしこで行われ、日夜多額の金銭、希少品が流動している都市である。
巨万と富を勝ち取った勝者の歓喜と、有り金全てを溶かし尽くして尻の毛までむしり取られた敗者の怨嗟――相反する感情が混沌の坩堝となって蔓延る風景が日常のその都市に、普段とは違う二つの
一つは『求人募集』。
都市の南方に広がる森林地帯、その中央にまるで
件の森林はゲームクリアに必要な指定ポケットカードの一つであるNo.086『挫折の弓』が入手できるイベントが起きると予想されていたエリアであったのだが、盛大に森林が破壊された現状では「イベント進行に難あり」と判断したグリードアイランドを運営しているゲームマスターが梃子入れを行ったのだろう。
もう一つは『賞金首の指名手配』。
森林破壊の実行犯と思わしき二人のプレイヤーに賭博都市ドリアスの市長名義による懸賞金が掛けられ、生死を問わず討伐した者に巨額の賞金が小切手で支払われるという告知が都市の至る所に張り出されていた。
これがゲームの元々の仕様なのか、はたまたゲームマスターによる悪質プレイヤーへの警告なのかは定かではないが、賞金首となった二人のプレイヤーは賭博都市ドリアスへの出入りを著しく制限され、賞金目的の他プレイヤーにも狙われる事態となったことだろう。
二種類の指名手配書には次のような内容が記されていた。
――『道化師のザクロ』懸賞金三億ジェニー。
――『巨獣ダーウィン』懸賞金五億ジェニー。