「■■■■■■■■■――!」
「ォォォォオオオオオッ!!」
唸りを上げる半裸偉丈夫の豪腕から繰り出される拳が、巨獣の足爪と激突して弾き合う。
両者の間には圧倒的な質量差がありながらも互いの攻撃が拮抗している。それは偉丈夫の極まった筋力と耐久を加味しても異常事態なのだろうが、事実として巨獣の攻撃を何十何百と
それを成しているのは
体系だった武術を学んだことはないのであろう。我流の色が多分に見て取れる雑味の多い荒々しい動きではあるものの、その体捌きは力強く、雄々しく、勇壮だった。
「■■■■■、■■■■■■、■■―――!!」
「疾く死ね! 死に絶えろッ!! 聖杯に注ぐ贄となれェエエ!!」
巨獣の二十メートル近い前足を振るって行われる災害の如き暴威に対して、足捌きによって絶妙に間合いをずらし攻撃の芯を外すことで威力を減じさせている。その上で激突する瞬間に己の拳へと卓越した『
拳に集めるオーラが少なすぎれば威力で負けて耐久の極まった鋼の肉体であろうと藁のように引き裂かれ、逆に多すぎれば他の肉体部位、特に荒れに荒れた足場で踏ん張るための脚力が足りなくなって弾き飛ばされてしまう。
命の掛った瀬戸際で寸分の狂いも許されないオーラ運用を熟しながら、常識外れの巨獣を相手に立ち向かうその姿はまるでおとぎ話の英雄のようだった。
偉丈夫が大砲の如き拳打を打ち込もうともそれは
初撃の不意討ちで巨獣の片足を吹き飛ばしてみせた一撃を再び繰り出す様子を見せないのは、オーラを練り上げる時間が足りないのか、あるいは何らかの誓約により今は使用できないのか――どちらにしろ、偉丈夫一人では巨獣の爪牙を凌ぐので手一杯であり、
ゆえに、巨獣の足を止めさせているのは
「アッハハハハハハ――! いい、いい、いいよ! ダーウィンもオリヴァンも! もっとも~と楽しもうッ! これこそ聖杯戦争だッ!! ハハハハハ――!!」
道化師が虹色のお下げ髪を振り乱しながら狂ったように哄笑し、少女のような中性的な相貌を歓喜で歪めながら戦場を掻き乱す。
巨獣と偉丈夫の激突に巻き込まれて幾度も致命傷を負いながら、されど瞬きの間に復活して、木々と荒れた土砂の山を足場にしながら一気呵成に狂喜に塗れた自殺紛いの突撃と繰り返す。
この場に集った四者の中では最も劣る
剣技の技量は二流の域にすら届かず、剣に施した『
その程度で巨獣にダメージを通すことなど本来は不可能なのだ。
だというのに――
「■■■、■■■■■■■――!?」
「そ~れ、ドンドン行くよ――!!」
両刃剣で巨獣の身体をいとも容易く斬り刻んでいく。
まるで熱したナイフをバターに当てるように、さしたる抵抗もなく巨体の血肉を削ぎ落としている様は虹色道化と巨獣の
攻撃の規模が巨体に対して
巨獣の疾走を再開させれば勝ち目は無いと理解しているのだろう。
この行動がなければ偉丈夫も、虹色道化も、パンク男も、巨獣に轢殺されてとっくに全滅していたはずだ。
それでも巨獣の優勢は変わらない。
何故なら、偉丈夫と道化師は同一の敵を相手取りながら、
□
(え? いや、なんやこれ? てかザクロはまだしも、あの褐色半裸は誰やねんッ!?)
巨獣と偉丈夫と道化師――三者の奏でる破壊音の三重奏に叩き起こされるようにして、
眼前で繰り広げられる常軌を逸した闘争劇は激しさを増すばかりで、トーリカが命を拾ったのは思考停止状態でも狩人として鍛えてきた本能が身体を動かしたからにすぎない。
仮にその場で固まったまま動けずにいた場合、
防御の面では戦場を跳ね回っている虹色道化も大差が無いのだが、アレの不死身具合はトーリカ自身もよく知るところなので今さらである。
現に虹色道化は焦れた巨獣の
すると今度は
「って、うおぉぉい!?」
不意討ち気味に飛来してきた
先ほどまでとは違いトーリカが直接狙われたわけではなく、偉丈夫が弾き飛ばしたことで威力が減衰、距離も開いていたため隙間を見切って避けることができたが、ここまでの逃走劇で
流れ弾が止んだ後には、無作為に大地に突き刺さった樹木の残骸、そして血と土砂で汚れながらも
「いや~失敗しちゃったな~」
「おいこらザクロ」
「って、あ~~!! 『真実の剣』折れちゃった~!?」
「話聞けや! このド阿呆!!」
「あ痛っ!? も~トーリカなにするのさ~」
トーリカは話を聞かないザクロの頭を軽くひっぱたいて無理矢理意識を向けさせた。叩かれたザクロは不服そうな表情を浮かべながら刀身が半ばからへし折れた剣を振り回しながら抗議しており、まるで親の折衝に不満を訴える幼子のようである。
「元はと言えばおまえがわいを呼びつけたんやろうが!」
「うん! ダーウィンにリベンジしようと思ってさ~」
「まずそのダーウィンって誰やねん!?」
知らない名前が出てきたことでトーリカは出したままにしていた"
これはグリードアイランド攻略に用いられる小技の一つである。
"
「ダーウィン……みっけた。ほんならあそこで戦っとるやつがオリヴァンか?」
「そうだよ?」
ディスプレイに表示されるプレイヤー名は"出会った順"に並べられているため、下へ下へとスクロールしていくと、下から三番目の欄にダーウィンのプレイヤー名があり、一番下にはオリヴァンのプレイヤー名が表示されている。
間に一人見知らぬプレイヤー名が挟まっているが、巨獣から逃げ回っている途中で
図らずも巻き込んでしまったらしい未知のプレイヤーに内心で「すまん」と謝罪しながら、未だ終わる様子を見せない死闘へ視線を戻す。
「ていうか、オリヴァンってば酷いんだよ! トーリカとパンゲアを巻き込んでダーウィンにリベンジしようとしたのに、いきなり襲いかかってきてさ~!?」
「いや、おまえら敵対しとったんかい!?」
「ほんとはカスラとアリアレーネも呼びたかったんだけど、まだゲーム内で会ってないから連絡取れなくて」
「ええい、知らん名前をぽんぽん出すなや! あとしれっと巻き込んでって言い切りよったな!?」
「あ痛っ!」
まるで幼子のように言葉が拙いザクロの説明に、トーリカは子守をする保育士のような心境になっていた。
そして自分を呼び出した目的が怪物退治の戦力目当て出会ったことをさらっと告げられ、ツッコミの感覚で虹色の髪で目立ちすぎる道化の頭をひっぱたく。
「でもトーリカはザクロに借りがあるでしょ? 金欠でグリードアイランド買えないって泣きついてきたからパンゲアの所に連れて行ってあげたのはザクロだよ?」
「――……あ~」
借りの話を持ち出されると言い返せなくなり、トーリカは緊張感を保っていた表情を普段の胡散臭い糸目に戻して気まずげに目をそらした。
確かに酒と美女で散財して財布が軽くなっていた所に【
そして解決策としてこれまた同期のプロハンターかつ転生者であるパンゲアの居所を教えられ、必死に拝み倒した末にグリードアイランドに入島をしているのだ。
「ていうか、トーリカはなんでパンゲア連れてきてくれなかったの?」
「パンちゃんは無理や。移動系の
二人が雑談をしている間にも、戦いは続いているのだ。
巨獣の疾走を封じていたザクロの一時的な戦線離脱によって、偉丈夫は劣勢に立たされ、二対一によってギリギリのところで釣り合っていた勝敗の天秤が巨獣側へと徐々に傾いていく。
「ザクロ、さっきの折れた剣、スペアとかあるんか?」
「ゲームのアイテムだから
トーリカが尋ねるとザクロはおもむろに"
そのカードには先ほどまでザクロが「折れちゃった」と嘆いていた両刃剣とそっくりのイラストが描かれており、カード名には『真実の剣』と記載されていた。
「何か見覚えあると思っとったが、やっぱそうやったか」
「あれ? トーリカはこの世界のことそこそこ知ってるって昔言ってなかった?」
「二十年も経てば記憶も薄れるっちゅーの」
まあええ、とトーリカはザクロの疑問を切り上げ、自身の"
「腹立つ部分もあるが、あの化け物倒すの手伝ったる」
「え! いいの! やった~!!」
「流石にアレは野放しにはできんしな……――それに、離れて観察したおかげで
周囲に不自然に溜まっている
矢玉の補充を済ませ、汗で額に張り付いた金髪を掻き上げながら、胡散臭い糸目のままにやりと笑い獲物を狩る狩人として宣誓する。
「――さあ、獣狩りの時間や」
「汗だくで言っても格好つかないね」
「……――それは言わんお約束やろ」