機動戦士ガンダム水星の魔女 異伝 地球の守り人 作:ナタタク
厚い雲に覆われ、暗がりな空の下で、廃墟と化した都市がその屍をさらす。
かつて人類が我が物顔で闊歩し、札束で相手をひっぱたく争いを繰り広げられていたそこはもうその面影などなく、その時代を想像する人々の数も少なくなっている。
だが、その廃墟の中で暮らす人々は存在し、彼らは生きる糧を得るために行動する。
今、廃墟の中にあるボロボロなテントの集まりの中で行われている行動もその一環だ。
「やめろ、やめてくれ…グア!!」
テントから蹴り飛ばされた男が蹴られた腹を抑えながら、テントから出てくる黒づくめの男を見る。
男、とはいうもののその姿は高校生くらいの少年というべきで、黒のツーブロックの髪型でやや褐色気味の肌をした彼はジロリと、何も言わずに男を見下ろす。
汚れまみれの厚着とニット帽の彼はどうにか体を起こすが、痛みのせいで立ち上がるまでのことはできない。
外には同じようなボロボロな服装の老若男女がその様子を眺めはすれど、誰も男を助ける様子は見せない。
「もう、さっきのが全部だって…全部だって言ってるだろう!?ないんだよ、もう!!ウワアア!!」
容赦なく少年から振るわれる拳が頬に直撃し、地面をなめることになった男が殴られた箇所を抑えてのたうち回るが、更に追い打ちと言わんばかりに少年が背中を踏む。
何も言わず、何か口答えしようものなら再び暴力を受けるだけ。
このままでは殺されると観念した男が上着のポケットに手を突っ込み、そこから紙幣を出す。
100アースダラー札が2枚、地球最大の国家の建国者の肖像画が刻まれたそれを見た少年は足をどかし、寝返りをした男から容赦なくそれを取り上げる。
「これだけだ…もう、もうないぞ!ほら、さっさと…」
なけなしの金を渡したのだから、もういいだろう。
もう行ってくれと願う男の顔面に容赦なく少年が蹴りを入れる。
あおむけに倒れる形となった男はもうハアハアと息をするだけで起き上がることさえもうできない。
男が金を出した上着ポケットは左で、右ポケットはまだ触っていない。
テントの中で、男がズボンのポケットの左右から金を探していた。
まだ確認していないそのポケットの中を調べた少年はその中にあるボロボロな財布を取り出す。
中には皺まみれの札が何枚かと小銭が入っていた。
それらを手にし、もう何も入っていないかを確認すべく財布を逆さにして揺らす。
すると、中から出てきたのはボロボロな写真で、そこには男と白髪の混じった髪をした女性、そして彼と似た顔の少年の姿が映っていた。
「う、う…やめ、て…くれ…」
かすれた声で、もうそれを言うことでしか抵抗できない男を見下ろした少年が見物していた人々をにらんだ後でその場を立ち去る。
気を失った男の手には財布とボロボロの写真が置かれていた。
「ひーふーみー…よし、頼まれた金額通りだ。ほら、取り分だ」
廃墟のいずこかにあるガレージの中で、タバコを加えた男が少年から手渡された紙幣と小銭の金額を計算していき、その中の一部を少年に渡す。
大きく膨らんだ腹部を伸びきった紺色のシャツで隠し、オレンジの外套をつけた男は顎髭を撫でつつ、受け取った金を封筒に入れていく。
「ったく、お前さんはこの年齢にしては仕事はこなす。それは認めるが、せめて何かしらで金を包むくらいしておけ。でねえと、金が逃げちまうぞ。おまけに…ああ、血までついてやがる。鏡、見たかよ」
いつもの小言にうんざりする少年の視線がひび割れた窓に向き、そこで少年は頬に血がついていることに気づく。
あのテント群からここまで歩いていく時にすれ違った子供がおびえた様子だったのを思い出し、もしかしてそれが原因かと思い、手袋でぬぐう。
「いつものを」
「はあ、ほらよ。いつものだ」
ため息をついた男が棚に入っている薄いケースを少年に渡す。
少年がそれを開くと、中には十数本の紙タバコが入っていた。
確認を終え、ジャケットの中にそれを入れた少年の姿を見つつ、男はタバコを吸う。
「まったく、ガキのくせにいっちょ前にタバコを吸うとはな。年齢考えろ。まあ、それをうるさく言うようなルールはここじゃあもうねえが、体にいいものじゃないぞ。ほらよ、おまけだ」
タバコのケースが入った棚の隣の棚の中から写真を出した男がそれを少年に見せる。
「誰からの依頼だ?」
「さあな、どこぞのマフィアか…ま、人さらいの連中だろうな」
興味なさげに背もたれに身を任せる男にはその子細を語る理由などない。
いくつもの仲介人を通じてここに入ってくる仕事の依頼人の素性を知る必要は少年にも男にもなく、まして男にはそんなこと知る必要もない。
必要なのはその仕事の報酬がいくらで、それを実行できる人間を探すことだけ。
そして、それを完了したときにはそれを報告し、金をもらうこと。
下手な好奇心を燃え上がらせるとどうなるかは言わずともわかることだろう。
ただ、少年が依頼人を聞こうとするのは今回が初めてで、初めてここに仕事を受けに来た時でさえそんなことは言わなかった。
やっぱり若いな、そんな部分を感じ取った男はわずかに表情を緩ませた。
「ま、殺しじゃあねえ。どういう奴かは知らないが、まぁ…ああいうタイプの店に飛ばして儲けたいんだろうさ。それなら、お前でも受けるだろう?ジャック・ドゥ」
その答えを出すことなく、少年ジャックは写真をポケットの入れてガレージを後にする。
立ち去る彼の後姿を見た男はフウウと煙を吐き出し、それが換気扇へと流れていくのを見つめていた。
(ま…生活のためとはいえ、いいものじゃねえだろうな。ガキを攫えとは、なあ…)