機動戦士ガンダム水星の魔女 異伝 地球の守り人 作:ナタタク
地球では反スペーシアン運動が後を絶たず、鎮圧のためにベネリットグループの部隊が各地にて駐屯し、必要であれば武力による制圧を行っている。
御三家を中心とした新型戦闘用モビルスーツの配備が多数確認されている治安部隊に対して、アーシアン側が保有しているモビルスーツは旧型のものが多く、治安部隊に蹂躙されるケースが目立つ。
ただし、何事にも例外は存在し、とある反スペーシアン組織は新型モビルスーツやベネリットグループのどの企業の物でもないモビルスーツを保有しているケースもあるという。
「ほぉ…わざわざ遠いところからご苦労なことだな。通っていいぞ、お前のトレーラーと積み荷はここに置いてもらう。いいか、騒ぎだけは起こすなよ」
「ああ、わかっている」
タブレット端末を受け取ったジャックは警備兵に連れられ、フェンウェイシティへと足を踏み入れる。
そこはこれまでジャックが見たことがないほどの人と建物で満ち溢れており、活気が感じられた。
比較的治安が安定している街であれば、ここで傭兵の出番となるような仕事など存在しないだろう。
警備兵と別れたジャックは町の中央にある円状のカウンターを中心にテーブル席がいくつか置かれている屋外の飲食店に向かい、カウンター席に腰かける。
ちょうどビールをガラの悪い客に出したばかりのバーテンダーが席に着いたジャックの前へ向かう。
「ガキか…?ガキに出す酒はねえよ」
「酒はいい。別の飲み物と、手軽に食えるものを」
「ふん…愛想がないな」
明確に商品を言っているだけではない以上はと、バーテンダーは錆のついた冷蔵庫を開け、そこから瓶コーラを出し、そして作り置きのサンドイッチと一緒にジャックの席に持っていく。
「最近の噂、妙な事はないか?」
「ああ…どうも最近どこかの馬鹿どもが抗争をよく起こしててな。ったく、何やってんだ最近に市長は」
「最近…?前までは起こっていないということか?」
「そうだよ。平和で住みよいフェンウェイシティってのがうたい文句だったってのに」
「それは…災難だったな」
コーラを飲み干すとテーブルにコーラとサンドイッチの代金を置き、席を立つジャック。
同時に発砲音がかすかに耳に届く。
悲鳴や、なおも続く発砲音の数々。
(場所は…西の繁華街あたりか?)
「あーあ、また始まっちまった。おい、ガキ。悪いことは言わねえから、ママのところへ帰りな」
「あいにく、あんたの言う親は俺にはもういない」
「真面目にとってんじゃねえよ、馬鹿野郎」
バーテンダーのとても客に対する者とは思えない態度と言動を無視し、ジャックは西へと向かう。
そこはある程度懐を暖めた傭兵や市民が集まり、女と酒に金を落としていくという。
そこに関してはケツ持ちをしている裏の連中による抗争はごくまれに起こる程度だ。
ただし、抗争も営業も夜が本番であり、昼はただの静かで汚い町でしかない。
繁華街に足を踏み入れたジャックは銃声が収まったその街中を歩いていく。
(銃撃戦か…起こったのか、ここか)
迷路のような道を迷うことなく歩くジャックがドアノブを握ったのはピンク色の飾りのついた酒場だ。
扉をかすかに開けて感じたのは生々しい鉄のにおい。
中に入り、扉を閉めるジャックはそこに広がる光景に顔をしかめる。
銃弾の痕が壁やカウンターにあり、それで割れたであろうグラスと瓶の破片が床に転がる。
従業員も客も頭や胸、首などを撃たれており、もう息をしている様子はない。
「ここで起こったな…銃撃戦、というわけじゃないらしいが…」
カウンターにうつぶせになっている従業員の遺体へ向かう。
手元には若干サビのあるシェイカーが転がっていて、中身の酒が出ている。
指先でその酒に触れ、まだ冷たいことがわかる。
(致命傷になったのは頭の銃弾か…ほかに目立つ外傷がない、となると突然の攻撃だったようだな。救いはこの一発だけであの世へ行けたことくらいか。だが、抵抗の手段のない相手にダブルタップとはな)
他の客や従業員の死体を確認するが、いずれも共通しているのは急所となる箇所に執拗に銃弾が撃ち込まれていることだ。
調べているなか、かすかに物音がカウンターの裏から聞こえてくる。
「生き残りか…」
もう許しを聞くべき人間がいない以上は遠慮する必要はないと、カウンターを飛び越える。
そこにはカタカタと小鹿のように震える少女が座り込んでいた。
手には血染めのハンドガンがあり、白と青のブラウス姿をしていて、清純なその服装も血で汚されていた。
怖がる彼女が銃を向けようとするが、その前にジャックが銃身を握って上へ向ける。
そこでジャックは彼女の顔を見る。
「(写真の女か…?)何があった?お前がやったのか?」
「違う…違う!!私、やってない!!急に、銃を持った人がここに押しかけてきて…みんな、みんな…」
少女の脳裏に浮かぶのは先ほどまで起こった殺戮撃だ。
ここには銃を持っている人など一人もいないというのに、押しかけてきた男たちは何も警告することなく発砲した。
次々と死んでいく人々の悲鳴が頭に焼き付いている。
収まるまでの間、物陰に隠れていたことや従業員の死体がカモフラージュになってくれたことから彼女だけは難を逃れたようだ。
「…ここにいて、こんなものを持っていれば、疑われるだけだ。来い」
少女から銃を奪ったジャックは弾倉に残った銃弾、そして銃そのものの形状を確かめる。
(血はついているが、どうもこぎれいだ…。こんなもの、ここのギャングが使うにしては良すぎる。こいつの私物か…?)
アーシアンにしてはきれいな身なりに銃。
どういう人間が聞きだすべきだろうと考えるジャックだが、それができない状況だということを扉を蹴り破る音が嫌というほど教える。
カーキ色のコート姿で顔をマスクで隠した男たちが入ってきて、手にはアサルトライフルが握られている。
コートの刻まれている赤い一対のソックスのマークからフェンウェイシティ警備兵のものだ。
「だ…!?」
声を上げようとした少女の口を無理やり左手で抑えたジャックは自分の唇に人差し指を当て、少女がうなずいたのを確認してから手を離す。
警備兵と思われる人間は3人で、いずれも死亡している客や従業員の顔を確認していた。
顔では判断できないほどの死体の場合は手持ちの物を確認し、手が空いている兵士が銃をその人間に向けている格好だ。
「(偽物だ…見つかれば、殺される。出入口はあそこだけ…)お前はここにいろ、静かに」
「は…はい…」
少女から離れ、匍匐して出入口のところまで進んでいく。
床に転がるグラスの一つを手にし、店の奥に向けてそれを投げる。
パリンと割れる音が響き、兵士たちが割れた方向に目を向けている間にジャックはカウンターの上をすり抜けるように飛び越える。
音が出た場所に一番近い兵士が様子を見に向かう中、ジャックの狙いは一番近くで後ろを向いている兵士に定められる。
(この程度の床なら問題ない…いける)
サバイバルナイフを抜いたジャックが一気に兵士に間合いを詰め、首めがけてそれを突き刺した。
左手で口元を押さえつけ、飛び散る血がジャックの腕と顔を濡らす。
ナイフを抜き、手をどかすと兵士の体が横にフラリと倒れた。
倒れた音が聞こえ、二人の兵士がジャックの方向に注意を向けたときにはもう手遅れだった。
一気に踏み込んで距離を縮め、正面を向いた兵士の左胸にサバイバルバイフを深々と突き刺す。
そして、ナイフを引き抜き、左手で顎を押して兵士をあおむけに転倒させると、そのままナイフを最後の兵士の手首に投げつけた。
手首にナイフが刺さり、アサルトライフルを落とした兵士にとびかかったジャックはそのまま彼を押さえつける。
右手には少女から奪った銃が握られており、それが兵士の頭に向けられる。
「お前は何者だ?ここで何をしている?」
黒いコートを血で染め、表情を変えないジャックの顔はとても冷たく兵士には感じられ、人間とは思えなかった。
「知ら、ねえな…外の奴らに、聞きな…」
「そうか」
情報を吐くつもりがないとわかった以上はこの兵士に用はない。
両手で兵士の首をつかみ、無理やり横へ回すと兵士は動かなくなった。
彼の最期の言葉を考えると、ここにいてはすぐに追手が来る。
サバイバルナイフを抜き、兵士の懐にあるピストルとリロード用の弾薬を奪ったジャックは少女の元へ戻る。
「すぐに逃げるぞ」
「…」
手を伸ばすジャックの姿に少女は言葉を失っていた。
血まみれの顔にコートと手袋。
ここで隠れている間、恐怖を抑えるのに夢中で何が起こったのかがわかっていなかったが、この短時間でできた血で彼が何をしたのかがわかってしまう。
恐怖ですくむ彼女から回答を得るのは難しいと判断したジャックは少女を左肩で抱える。
そのまま店を飛び出したジャックは彼女を抱えたまま誰もいない、いたとしても少ないルートを進んでいった。
繁華街を離れた路地裏で、ジャックは顔についた血を右手の甲で拭い、壁を背もたれ代わりにして座り込む少女を見る。
ここであれば、まだ少しだけ見つからない時間を作ることができる。
だが、あの兵士が警備兵に成りすますことができることがわかっている以上、警備兵と会ったとしても信用できない。
「…お前は、何者だ?」
「え…?」
「あの兵士たちはお前を追っていたみたいだ…まさかとは思うが、この周辺のギャングの女か?」
「違う!そんなんじゃない!私は、普通の…」
「信用できないな。ああいう男に狙われる女が普通とは到底思えない」
ジャックの疑念に満ちた視線に耐えられず、少女は目をそらす。
ゴウトからの今回の依頼には大きな裏があることはわかり切っており、少女自身にも何か事情があるようには思えるが、ジャックにとってはどうでもいい。
あとは彼女を依頼主に引き渡して報酬をもらうだけだ。
依頼情報によれば、あとは彼女をゴウトのもとに連れていき、そこから仲介人を通じて引き渡す手はずとなっているため、あとは戻るだけだ。
「死にたくなければ来い。ひとまず、お前をこの町から連れ出す」
「どうして…私は…」
「お前の事情などどうでもいい、それに、このままこの町にいれば、また人死にが増えるぞ。それに…お前も死ぬだけだ」
ダダダダ!ダダダダダ!!
近くから銃声が鳴り響き、ここも安全でなくなったことを確信したジャックは少女を再び抱えて走り出す。
あの3人は奇襲のおかげでサバイバルバイフ1本で始末することができたが、あくまでもそれは奇襲だったからこそできたことで、正面切って勝てる自信はジャックにはない。
持っている武器はサバイバルナイフ以外では奪ったピストルと少女から拝借した銃のみ。
銃撃戦に巻き込まれる前にトレーラーへ戻り、逃げるのが先決だ。
「くそ…ここは安全な町じゃなくなったみたいだな…」
警備兵とギャング集団の銃撃戦の光景が見え、付近にはそれで倒れた両集団の兵士、そして巻き込まれた市民の姿がある。
更には重々しい機械の足音まで聞こえてくる。
聞きなれた足音であるだけに、ジャックはさらなる危機を感じ取った。
(今回の仕事…あの時のデモ以上に危険だぞ、ゴウト…)
街の外にはカーキ色のデミトレーナーの姿があり、その銃口は町を覆うスタジアムの壁に向けられていた。