機動戦士ガンダム水星の魔女 異伝 地球の守り人 作:ナタタク
ホバーワーカーが炎上するフェンウェイシティを離れ、西へと進んでいく。
日が暮れ、無言の状態を続ける二人だが、最初に沈黙を破ったのはジャックだ。
「お前、なんでフェンウェイシティに、あの場所にいた?それに、お前…」
「クレア…」
「何?」
「私は…私はクレア。ちゃんと名前で呼んで」
時間がたったことで、ようやくあの凄惨な光景に対して気持ちの整理がついた様子の少女、クレアがつぶやく。
最初にあった時はガタガタ震えていた彼女だが、ジャックに対してはそんなそぶりを見せない。
ジャック自身、さんざん殺しや借金の取り立てといった人には言えない仕事をしてきたが、それを知ってか知らずかは分からないものの、彼女は動揺を見せない。
ただ、そんなことをジャックは言うつもりはなく、今後も伝える必要もない。
「どこへ行くの…?」
「ひとまず、西へ向かう。だが、夜更けになったら移動をやめるぞ」
レグルスとホバーワーカーが先ほどの戦闘でどれだけ傷ついているかわからず、ジャック自身も戦闘を行ったことで疲れている。
ちょうど身を隠すのにうってつけな岩場があり、そこにホバーワーカーを隠した。
後ろの荷台から野宿のための道具を出し、外に出たジャックはまずはカセットコンロを使って湯を沸かし始めた。
「カップ麺…」
「毒は入っていない」
「体に悪い…」
「嫌なら食わなくていい」
ワーカーから出る様子を見せないクレアに目もくれず、湯が沸けたのを確認したジャックはカップ麺に湯を注ぐ。
3分待ち、フォークで中の麺と具を食べるジャックだが、背後にいるクレアの気配が消えないことに注意をする。
スープを飲み干し、振り返ったジャックが見たのはフラフラと体を揺らすクレアの姿だった。
空腹な様子で、このままでは倒れてしまうかもしれない。
ため息をついたジャックはもう1つのカップ麺に湯を注ぎ、3分待っている間に他の食材を置いていないか、荷台を探し始めた。
1時間が経過し、ジャックとクレアは焚火を挟んで向き合って座る形となった
彼女のそばには食べ終えた缶詰とカップ麺の容器が置かれており、カップめんの容器にはスープが残った状態となっていた。
「少しは、腹は満たせたか?」
ジャックの言葉にクレアは何も言わずに首を縦に振る。
「まだ…言ってなかった…」
「何?」
「私を、助けてくれて…ありがとう、その…」
「ジャック、ジャック・ドゥだ」
「ジャック…。でも、なんで私を助けに…」
「お前には、関係ない」
「おいおい、なんだよこりゃ…せっかく平和だった町がほんの一瞬で…」
夜のフェンウェイシティにはモビルスーツや建物の残骸があふれ、ライトに照らされている袋詰めとなった死体とそれに涙する人々の姿もある。
周囲にはベネリットグループの治安維持部隊のモビルスーツの姿があり、それをおびえた様子で眺めている住民もいる。
その様子を見ている、ヨレヨレな青のネクタイに着崩したワイシャツとスラックスといった服装で、白髪交じりの黒い短く切った髪と無精ひげの男はせめて悲しんでいる人々の邪魔にならないように場所を決めて、写真を撮る。
自前の部隊のみで平和を維持し続けてきたフェンウェイシティがこうしてベネリットグループの助けを借りることとなったとなると、今後はベネリットグループからの干渉を受けることになる。
そうなると、復興を行ったとしてもフェンウェイシティが元には戻らないだろう。
「おい、何をやっている?」
車両で見回りをしていた治安維持部隊の兵士が男の存在に気づき、車両から降りて声をかけるとともに、彼の手に握られているカメラをにらむ。
今ではもっている人間が珍しい二眼レフカメラをこんな取材に使うような人間にこれまで会ったことがない。
だが、わずかに芽生えた好奇心を振り払うように視線を男に向ける。
「この一帯は撮影禁止だ。帰れ!」
「おいおい、問題があるのかよ?あんたらにとって、珍しい話でもないだろ」
「上からの命令だ。あとは…察してくれ」
「へいへい。あんたも、大変なことで」
最低限、必要な撮影はできていることからカメラをしまった男はヒラヒラと手を振り、いったん歩いて移動をする。
オンボロモビルスーツや戦闘車両の残骸に傷ついた人々。
地球における戦場ではありふれたものだ。
それを大きな資本を持つスペーシアン企業の傘下となる大手メディアが撮影し、報道する。
無論、スペーシアン側に立ったうえで。
アド・ステラにおいて、企業に属さずに活動するジャーナリストはまれで、この男、マーカス・オームがそのまれな人物に当たる。
メディアやスペーシアンの忖度しない記事を作ることから爪弾きされることの多い彼だが、それ故に一部のファンがいる。
彼らが自身の動画やネット記事を見ていて、書籍を買ってくれているから彼は生活できている。
そんな彼が気にしているのは、なぜ戦闘が起こったのかだ。
(ならず者連中でも手出しをためらう町だったのによぉ…だが、これだけ数が出てしまっちゃあなぁ)
最も、相手側のモビルスーツの残骸の数々を見たことで、ここからはいつもとは違う何かというのを感じずにはいられなくなった。
徒党を組んだわけではなく、単独でフェンウェイシティに大規模な攻撃を行うことを可能にした、山賊たちのスポンサー。
そこを探ることで、ここで戦闘が起こった本当の原因をつかむことができる。
「ま…見てろよ。俺が真実見つけて、きっちりと記事にしてやっからよ」
心当たりがマーカスには一つだけある。
あくまでも心当たりというだけで、何も確証がないもの。
あくまでもジャーナリストとしての勘だけのものだ。
地球と宇宙で都市伝説として語り継がれているもの。
「不死鳥の遺産…か」
かのベネリットグループをしのぐほどの莫大な金。
その存在をどこの大手メディアやそれに阿る連中も報道することのない謎の金。
一説では、ベネリットグループの御三家が戦争シェアリングの中で蓄積した裏金、もしくは宇宙議会連合が隠している政治的な裏金だとも言われている。
どういう金なのかは定かではないが、一つ言えるのはマーカスにとっては興味を引く存在だということだ。
「うん…」
翌朝になり、物音が気になったクレアが目を覚ます。
昨晩はジャックが外で、クレアはワーカーの中で寝ることとなり、着替えのないクレアはやむなく今着ている服のまま寝るしかなかった。
体を包む毛布をどかし、車外に出たクレアは物音が聞こえたワーカーの後部あたりへ向かう。
そこにはレグルスの整備をしているジャックの姿があった。
「起きたか」
「ジャック、おはよう。そのモビルスーツ…自分の整備しているの…?」
「ワーカーの上でも、簡単な整備や補給はできる。かなりのものになった場合は別だがな。知識はある」
クレアと話す間も寸分も狂いもなく作業を続けるジャック。
この調子でいけば、あと30分である程度の整備を終えることができる。
あくまでも、再度昨日のような戦闘を行うことになった場合の話ではあるが。
「あなたのモビルスーツ…」
「うん?」
「装甲って、多分…プロドロスとか、あと…ジェターク社の重装甲モビルスーツの装甲を使ってて、バイザーは形は違うけど、きっとグラスレーの…」
「分かるのか?」
「ええ、モビルスーツについては、勉強してたから」
「そうか…」
こぎれいな身なりにモビルスーツについても知識がありそうな少女。
アーシアンでそうした教育を受けられる場所となると、アスティカシア学園もしくはグラスレーが管理しているという孤児院くらいがジャックの頭に浮かぶ。
(あいつは…まさか、スペーシアンか…?)
機体名:レグルス
形式番号:不明(ハンドメイド)
製造:ハンドメイド
固定兵装:ビームサーベル
携行武器:ライフル、ビームサーベル、パイルバンカー内蔵シールド、
パイロット:ジャック・ドゥ
ジャックが使用するハンドメイドモビルスーツ。
ホバーワーカーなどと共に、2年前からジャックが所有することとなっている。
クレアの見立てでは、複数のモビルスーツのパーツが使われているとのことだが、ジャック自身は詳しい内容を本来の持ち主から聞くことができずに終わったため、詳細は不明。
整備性は良好で、多少の損傷ではホバーワーカー上で移動しながら整備することも可能なほど。
武装については撃破した機体などからサルベージしたものを改造して使用しており、ビームサーベルについては極力使用を控えている。