「これは……!」
アイリスと約束を交わした翌日、ルシアンが領都の視察にでも行こうかと自分の執務室に入ると、
「……」
ルシアンは眉を顰めつつ懐から通信機を取り出すと手早く連絡を取った。
数分後、彼の執務室に現れたのは大型の機械を背負った白衣の男性、いや女性? だった。
「ひぃ! お、お待たせしました!」
「いや、後5分はかかると思っていたからな。早い到着だぞエリゼ」
その人物、エリゼ・ロランスの息を切らしながらも素早い到着にルシアンは軽く褒めるとすぐに本題に入る。
「で、エリゼ。お前に
「いえ、見えません。ですが確かな魔力の流れが感じられます。恐らくですが
「やはりか……」
サモン・サーヴァント。それは魔法を扱うメイジが生涯のパートナーとなる使い魔を呼び出す際に用いていた魔法だ。最盛期にはこれを用いて使い魔との契約を行っていたが現在ではほとんど使われる事はなくなった。というのも人類は世界の隅々にまで浸透し、その気になれば自分の好きな使い魔を呼び出すことができるからだ。
別にそれだけならサモン・サーヴァントが行われなくなる原因にはならない。それとは別に最大の原因があった。それはサモン・サーヴァントによって呼び出されたモンスターに飼い主がいる場合が多いからだ。かつては脅威であり、討伐の対象だった様々なモンスターも技術が進み、余裕が出てくるうちに人間に飼われる種族が出てくるようになった。それらは使い魔契約をしていない個体ばかりであり、それをサモン・サーヴァントで呼び出した場合は誘拐という事になりかねないからだ。
そして1500年前にはトリステイン王国の隣国ガリア王国のメイジがサモン・サーヴァントを行った結果アルビオン王国の国王が大事に育てていた猫型のモンスターを呼び出すという事態が発生した。当時のアルビオン国王の怒りは凄まじく王権同盟の瓦解どころか戦争寸前にまで発展したのだ。これ以降国際的にサモン・サーヴァントは禁止され行われなくなっていった。
「一体どこの馬鹿だ? サモン・サーヴァントなんて殺傷能力のない条約違反の魔法を使うなんて……」
「それはこれから解析します」
そういうとエリゼは背負っていた機械をおろしてアンテナやケーブルを取り出していく。準備を終えたエリゼは先ほどまでとは違い、真剣な表情で解析を始める。
現代戦における魔法とは
ゆえに魔法に求められるのは光源だったり武器なない場合に敵を殺したり気をそらすことができるものばかりである。兵士の傷をいやせる魔法こそ今もなお重宝されているが戦場のただなかでは主役となりえない脇役に落ち着いている。
しかし、戦場ではそのような扱いだがそれ以外では話が違ってくる。怪我や病気においては今もなお現役なうえに魔法による治癒を受ける前提とした薬も発明されているほどだ。
そして建築現場などではゴーレムなどが使われるし荷運びではレビテーションの魔法が重宝されている。そして、諜報の場では主力級の活躍を見せる。何しろ物音を消すサイレントや魔力を感知するディテクトマジック。鍵を簡単に開けてしまえるアンロックなどがある。それゆえに使われた魔法や魔力の残滓を計測して対象が何をしていたのか、現在どこにいるのか、詠唱者がどこから行ってきたのかを調べる機械も同様に発展していた。エリゼが用いている機械はそういった類のものであったが彼自身のオリジナルであり、他の機械よりも高性能なものであった。
「こ、これは……!」
「どうした? どこからだ? 神聖ゲルマニアか? ヒスパニア共和国か? いや、まさか連合王国やガリアか?」
「トリステイン王国の国立高等魔法学院です……」
「何? つまり生徒がこれをやったと?」
3000年以上の歴史を持つ国立高等魔法学院。改名や改革が幾度も行われたこの学院は現在の魔法の立ち位置から半ばスパイ養成学校と化していたがまさかそこで条約違反の魔法を行使する者がいるとはさすがのルシアンも予想外であった。
「いえ、正確には
「? どういう意味だ?」
「魔力の流れは時間を超えて遥か過去から行われています」
「過去からの干渉だと!? そんな事ができるはずが……!」
「ですが検査結果はそう出ています! 私もこれほどの現象は初めてです……!」
予想外からの予想外。ただただ混乱しか感じさせない出来事にルシアンは頭を抱えつつ、確かな興味を惹かれていた。
「……具体的には何年前かわかるか?」
「そこまでは……。ですがこの様子からおおよそ3000年前というのが分かります」
「3000年前、か。革命の時代からの招待状か……」
人類の技術と文化の大発展が始まった3000年前。ルシアンは気づけば口角を挙げて笑っていた。たまたまその笑顔を見たエリゼは凍り付く。それはルシアンが敵に攻撃を仕掛ける際に浮かべる狂気の笑みと同じだったからだ。
「……エリゼ。このサモン・サーヴァントを通じて過去と未来をつなげることは可能か?」
「え? あ、はい。ですがそれも紐程度の細い回廊程度ですが……」
「上出来だ。最終的に
「……まさかですが飛び込む気ですか?」
「当たり前だろ?」
エリゼはルシアンの行動を読み取り外れてくれと願いながら聞くが本人から帰ってきた言葉に絶句する。ルシアンがまさか飛び込もうとするとは流石に思えなかったからだ。そもそもサモン・サーヴァントは呼び出すだけの魔法である。遠い地なら帰ってくることも出来るが過去となれば帰ってこれる保証はない。それどころか最悪の場合過去に行ったことによるタイムパラドックスを発生させるかもしれないのだ。
「き、危険すぎます!」
「問題ない。武装はするつもりだ」
「そういう問題ではありません! 帰ってこれなくなるかもしれないんですよ!?」
「そこはお前の腕の見せ所だろう? ヴァリエール大公家いや、ハルケギニア一の科学者だろ?」
「……過去を変えればタイムパラドックスが……」
「俺の記憶している限り過去で未来から呼び出したという記述はない。魔法学院は創立時からの記録を多数保有している。それで記述がない以上すでにこの先の過去は別の未来を歩むいわば別世界と同じだ。むしろこれも過去に起きたことの一つならここで行かない選択肢をする方がタイムパラドックスを発生させるだろう」
エリゼの言葉にこたえつつ準備を進めていくルシアンの姿はどういっても行く気満々にしか見えなかった。
そしてエリゼの引き留めも空しくルシアンは準備を終えると鏡の前に立った。
「本当に行くのですか!? アイリス様はどうするのですか!?」
「……わかるだろう? 俺は
「ルシアン様……」
「大丈夫だ。別に今生の別れにするつもりはないし死ぬつもりもない。ただ、この興味が尽きたら必ず戻ってくるさ」
「あ! ルシアン様ちょっと……!」
エリゼが慌てて引き留めようとしたときにはルシアンは既に鏡へと飛び込んでいた。淡い緑のカーテンを抜けたルシアンは不思議な空間を抜けた。そして最初に感じたのがなつかしさすら覚える土煙のにおいだった。
「なんだ……?」
突如として土煙の中に現れたルシアンは周囲から野次のようなものが飛んでいることに気づき、風系統の魔法を発動し、土煙を吹き飛ばした。
「きゃっ!?」
いきなりすぎたためか、近くにいたらしい少女の悲鳴が聞こえる。ルシアンは自分を召喚した人物だろうとあたりを付け、いったいどんな人物が呼び出したのかとそちらを見て固まった。
「いたた……。いきなり何、よ……」
「(こいつは……!)」
ヴァリエール大公家の教育で幾度となく学んだ先祖の話。それに必ず登場し、一番最初に覚えさせられた人物。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの姿が目の前にあったのだから。