「お~い、二人とも! 援軍を連れて来た……って、なんだこの大穴!?」
「ご無事ですかミス・ロングビル!」
学院に逃げたはずの黒髪が数人の魔法使いを連れて戻ってきた。
どうせならもっと早く援軍に来て欲しかったが、ここでグチグチ言っていても仕方がない。
「……マチルダ、悪いけど後始末は任せても良いか」
「ん? それは別に構わないが……って、レイジその手は如何したんだい!?」
「ただの火傷だから気にするな。それじゃ後の事は任せたからな」
「あ、ちょっと待ちなって!」
面倒な事に巻き込まれる前に、黒い竜の処理をマチルダと遅れてきた魔法使いたちに押し付け、俺はその場を離れて距離を取った。
移動する中で忘れ掛けていた背中の痛みがぶり返してきて、久々に歩くのも辛いと感じてしまう。
学院の塀にぶつかった時に血を吐いたから、臓器も多少なりと傷付いているんだろう。
ヒルダの火炎弾を掴んだ事で右手は大火傷をし、風と炎を組み合わせたときに左の掌も焼けてしまったのか熱を持っている。
特に右手は重症だが、右手の指が吹き飛んだわけでもないし、五本全部がくっ付いていて動かす事が出来るんだからまだマシだろ。
……親父の奴だったらこんな怪我なんてせずにアイツを仕留めているんだろうな。そう考えると俺もまだまだってことか。
「……全く、自分の未熟さが嫌になるな」
思わず自分に嫌気が差して俺は自重めいた笑みを浮かべてしまう。
俺と親父の実力差は天と地ほどの差があるって分かってはいるが、他に比べられる相手がいない所為でついつい自分と親父を比べてしまう。
比べた所で差が縮まるわけでもないんだが、昔からの癖ってのは中々抜けないもんだ。
自分の癖に呆れて溜息を零しながら、ティファニアがお節介を焼く前に怪我の手当てをしようと、自分の荷物を探し始める。
だが、辺りを見渡してみても俺の荷物は見つからず、目に付くのは黒い竜が叩き壊した地面だけ。
さっきの戦いに巻き込まれて吹き飛んだのか、どれだけ探しても見つからない。
無くなって困る様な物は入っていなかった筈だが、これからの旅を考えると荷物がなくなってしまったのはかなりの痛手だ。
同じ物をこの世界で揃えるとなると結構な出費になるし、なんとか見つけたいところだが……やっぱり見つからない。
さっさと手当てして休みたいところなんだが、見当たらないし如何したものかな。
荷物が何処にも見当たらずモタモタしていると、ティファニアとヒルダが傍に降りて来てしまった。
ティファニアが降りてくる前に見つけたかったんだが、降りてきてしまったものは仕方がないか。
今回は手当てをするつもりだし、ティファニアもお節介を焼く事はないだろが、なんだかティファニアの様子が何時もと違う。なんていうか、物凄く怒っているような感じがするな。
「……レイジ、また怪我したんでしょ。見せて」
「この程度大した事無いから気にするな。それよりも俺の荷物を見なかったか? あの中に包帯とか薬が入っていたと思ったんだが……」
「……ッ!」
夜の闇が辺りを包み込み始めた平原に乾いた音が響き渡る。
最初は何の音なのか分からなかったが、頬から伝わる痛みでティファニアが俺の頬を叩いた音なのだと分かった。
「この程度大した事無い? そんな訳ないでしょ! あんな無茶な戦い方をして大丈夫な訳ないじゃない!」
俺の言い方がよほど気に入らなかったのか、ティファニアは怒りを爆発させる。
彼女と知り合ってまだ一月も経ってないが、こんなに怒るティファニアは初めて見たな。
「いきなり何するんだよ、ティファニア。痛いだろ」
「それはコッチの台詞だよ! どうしてあんな無茶な戦い方をしたの!!」
「無茶……なのはまぁ認めるが、あの時はあぁするしか思いつかなかったんだよ。俺の太刀じゃ仕留めきるのは難しいし、マチルダの土人形は一撃の威力はあっても大振りだから当てるのに不安がある。アイツの動きを止める方法が他に思いつかなかったんだ」
「だからってヒルダちゃんの炎を受け止めた上に、どうやったのか知らないけど直ぐ近くで爆発させる必要なかったじゃない! 一歩間違えればレイジ死んでたかもしれないんだよ!?」
「俺の身体は丈夫に出来てるから、あの程度の爆発じゃ死なねぇよ」
「そんなの分からないじゃない! 黒い飛竜の時もヒルダちゃんを止める時も、今回もそうだった! どうしてレイジは無茶ばかりするの!? もっと自分の事を大切にしてよ!」
「いや、だから俺は大概の怪我は―――」
「一晩眠れば治る? だからってレイジが無茶をしていい理由にはならないよ! レイジはそうやって格好つけていれば良いかもしれないけど、見ている事しか出来ない私にはどんな怪我でも心配なの!」
「………………」
「命を賭けて戦っているんだもの。絶対に怪我をしないで勝ってなんて言えないけど、そんな風に自分の怪我を軽んずる様な事は言わないで! 私はもう目の前で大切な人が亡くなる所を見たくないの。お願いだからあんな無茶なたたかたはもうしないで……ッ」
ティファニアは堪えている事が出来なくなったのか、涙を流しながら俺に訴えかけてきた。
別に自分の怪我を軽んじていた訳じゃないが、ティファニアの事を泣かせるつもりもなかった。
黒い飛竜の時やヒルダを止めるとき、それに今回のことだってあの位の無茶をする必要があったから無茶をしたんだ。
その事を分かってもらいたいんだが、ティファニアからすれば只の言い訳でしかないんだろうな。
子供の頃に姉貴から〝零ちゃんは無茶ばかりするから放っておけない〟とか言われたっけか。あの時はただ、才能のない俺に嫌味でも言っているのかと思ったが、もしかしたらガキの頃から無茶ばかりしていたのかもしれないな。
「……悪い、ティファニア。どうやら俺はそう言う風に育ったみたいだから、無茶をするのは治せそうにない。きっとこれからもお前らを護る為に無茶をして、今回みたいに心配をかけて泣かせると思う。だから先に謝っておく。ごめん」
「なんで、そんなこと言うのよ。じかくしてるなら、直せばいいじゃない。レイジのばかッ」
「あぁ、そうだな。俺は間違いなく大馬鹿者だろうな」
そういって自嘲するように笑ってみるが、ティファニアが泣き止んでくれる筈なかった。
ここは嘘でも分かったと言って、ティファニアを安心させてやるべきだったのかも知れないが、その場しのぎの嘘を付いたところで直ぐにバレるのは目に見えてる。
こう言う時なんて言ってやるのが正解なのか分からなかったが、俺には自分の気持ちを正直に言う事しか出来なかった。
《……随分と酷い事を言うのね。そう言えば貴方の無茶が容認されると思っているの》
「別に思っちゃいないが、無茶せずに勝てるほど俺は強くないからな」
《貴方の中に眠る竜の力を解放すればいいでしょ。そうすれば無茶をする必要もなくなるわ》
「そしたら今度は加減ができなくなる。俺には力を制御しやすいこの姿の方がいいんだ」
《……難儀な子ね》
「言わないでくれ。自覚はしてる」
泣いているティファニアを見て、無茶な事をするのが自分の性分なんだと改めて自覚する。
我ながら嫌な性分ではあるが、治せる気もしないし、真剣に治そうとも思っていない辺り性質が悪い。
ティファニアを泣かせない為には強くなるしかないが、強くなる為に無茶をして彼女に心配を掛けてしまうんだろうな。
頭では分かっているんだが、心ではそれを容認してしまっている辺り、本当にどうしようもない奴だな、俺は。
………
……
…
黒い竜の騒動はマチルダが他の魔法使いを言い包めてくれたお陰で、俺達が面倒事に巻き込まれることはなかった。
元々ここの魔法使いたちは、魔法の使えない戦士に何の期待もしていないらしく、俺が黒い竜と戦ったなんて話しても信じようとはしないそうだ。
お陰で黒い竜はマチルダが倒したと言う事になり、俺達は他の魔法使いから注目される事はなかった。その代わり、マチルダの奴は他の魔法使い達に偉く持ち上げられていたな。
この混乱に乗じてさっさと学院を後にしようと考えたのだが、またティファニアに怪我が治るまで大人しくしていてと言われてしまう。
放っておけば治る怪我なんだから、大人しくするのは何処でも良い様な気もするんだが、ヒルダの背に乗って旅立つ前にマチルダに見つかってしまい、強制的に医務室に連行されてしまった。
まぁ、どの道怪我の手当てをしないといけなかった訳だから、医務室に行くだけなら良かったんだが、まさか医務室で一夜を明かすことになるとは思わなかった。
ティファニアの奴、今回の件を相当根に持っているのか、俺が無茶をしないようにとか言って治療中もずっと監視してやがったからな。
治療が終わってさっさと抜け出そうとしたら、動かないでって怒ってきたくらいだからな。かなり尾を引きそうだ。
サイフィスの奴も今回の事を怒っているのか、言葉の節々に棘が感じられるし、ヒルダの奴もきっと怒っているんだろうな。……これはかなり面倒くさい事になっていそうだ。
「……はぁ~。気が重い」
「ん? どうかしたの、レイジ?」
「いや、お前らの怒りを静めるには如何したら良いのかなぁ~と」
「レイジが無茶をしないって約束してくれるなら、私は許してあげるけど」
「だからそれは無理なんだって」
「じゃあまだ許してあげない」
「はぁ~……面倒臭いな、もう」
「め、面倒臭くないもん! 私はただレイジの事が心配で―――」
「はいはい、喧嘩はそこまでにしな。もうすぐ学院長室に着くんだから」
またティファニアと喧嘩になりそうに為ったところを、マチルダが俺達の会話に割り込んで止めてくれた。
「でも、姉さん!」
「だから喧嘩しないの。……まったく、あの爺さんが二人を呼び出しただけでも頭が痛いってのに」
「そういや、なんで俺達が呼ばれたんだ? アイツはマチルダが倒したんだぞ」
「アタシも知らないよ。朝、学院長室に行ったらいきなり呼んでくるように頼まれたんだから」
「……学院長さん、私達に一体何の用だろ?」
「さぁね。あの爺さんが何を考えているのか、秘書をやってるアタシにも分からないからね。ただ油断しないように注意しときな。あまり良い予感はしないからさ」
「それは秘書としての忠告か」
「いや、女の勘ってやつだよ」
「……そいつは頼もしいな」
呆れながら忠告を受け取っておくと、マチルダは大きな扉の前で足を止める。
扉の縁の上部には見た事もない文字で書かれた札が飾ってあるが、幻想郷から着た俺にはなんて書いてあるのか読むことは出来なかった。
言語の境界を弄るなら、この世界の文字も読めるようにして欲しかったが、今更言っても仕方がない。
―コンコンコンコン―
「オスマン学院長。例の二人をお連れしました」
「うむ、入りなさい」
「失礼します」
大きな扉を開けて中に入るマチルダに続き、俺とティファニアも部屋の中に入る。
学院の長の部屋と言うだけはあって、部屋の中は広々としていて十人くらいなら一度に部屋の中に入っても問題無さそうだ。
そんな部屋の奥。窓の傍にある大きな机の所に白くて長い髭を蓄えた老人が椅子に座っている。
あの老人以外に人の姿はなく、部屋の中には老人と昨日も感じた謎の視線だけだった。
他に隠れて俺達の事を監視しているようには感じないし、部屋の中にいるのはあの老人ともう一人だけと考えてよさそうだな。
「初めましてじゃな。ワシの名はオスマン。このトリステイン魔法学院の学院長をしておる。お主はレイジ……君と言ったかの。そんなに警戒せんでも大丈夫じゃよ」
「俺の名前を知っているのか。でも、警戒するなって言うなら机に隠している奴を出してくれてもいいんじゃないか」
「なんじゃ気付いておったのか」
「隠す気もなかったくせに何を言っているんだか」
「フォッフォッフォッフォッフォッ。出ておいで、モートソグニル」
老人が見えない誰かに声を掛けると、机の中から出て来たのは白くて小さなネズミだった。
なんでネズミが机の中から出て来たのか謎だが、俺達に向けられる視線は昨日感じた視線と同じだった。
どうやらあのネズミを使ってマチルダの事を見ていた様だが、なんでネズミなんだ?
「この子はワシの使い魔のモートソグニルじゃ。あ、ミス・ロングビル。済まぬがドアに鍵を掛けてくれぬか? 他の者が入って聞いても面倒なのでな」
「は、はぁ……分かりました」
マチルダが爺さんに言われた通りに鍵を掛けると、爺さんは小さな杖を取り出し、その場で軽く杖を振るうと背後のカーテンが閉じられる。
見えない誰かがカーテンを閉じた様には見えなかったし、恐らく今のも魔法の一種だと思うが、厚手のカーテンを閉じた所為で部屋の中が一気に薄暗くなる。
太陽が昇り日が差し込んでいるから、お互いの顔が全く見えないと言うほどでもないが、こう暗いと相手の出方が窺えないから困る。
こんな暗がりで何を仕掛けてくるのか警戒していると、爺さんはまた杖を振るい、部屋の壁に飾られていたランプに一斉に火が付き、部屋の中が明るくなる。
部屋の中を暗くしたかと思ったら、今度は自分で明るくしたりと、一体何を考えているのか分からない。
爺さんの思惑が推し量れずに困惑していると、爺さんは再度杖を振るう。
すると、さっきまでなんて事はなかった部屋の空気が一変し、空気が止まったかのような変な感覚を味わう。
《これは……サイレスとかいう系統魔法だったかしら》
「サイレス? 一体どういう魔法だ」
《端的に言えば一定空間の音を外に伝えない魔法よ。範囲はこの部屋の中だけみたいだから、この部屋の会話が外に漏れるのを防止したのでしょう》
「音を伝えない魔法か。音ってのは空気の振動で伝わるものだから、空気が止まった様に感じたのか」
サイフィスの話を聞いて一人納得していると、爺さんとマチルダが訝しむ様な視線で俺の事を見てくる。
別に怪しい事をしている訳じゃないんだが、一体俺の何を怪しんでいるって言うんだ?
「ワシ等ではない誰かと話す事が出来るか。もしかしてお主がエルフなのか?」
「あ? なんでそうなるんだよ」
「実は昨日の会話をモートソグニルを通して聞いておったのでな。お主たちがエルフやブリミル教について話していたのを聞いておる」
「学院長、アンタッ!」
「済まぬな、ミス・ロングビル。お主の驚き方が尋常ではなかったので、ちと気になってな」
「……チッ」
「もし俺がエルフだったとして、それが何か不味いってのか。コッチはあんた等と戦うつもりはないんだが?」
「戦う気が無いのはワシとて同じじゃ。しかし、この学院の中にも熱心なブリミル教徒がおる。その者達にお主等の事がバレれば……ただでは済まぬじゃろうな」
「クソッ。済まないレイジ、こいつはアタシのミスだ」
「いや、俺も視線に気付いていながら無視してた。お互い様だ」
そういって彼女の事をフォローするが、マチルダは自分のミスを悔んでいる。
あの時へんな態度を取らなければと後悔しているんだろうが、今更気にしていても仕方がない……が、この状況は些か不味いな。
この学院の最高責任者にあの時の会話が聞かれていたとは思わなかった。……でも、まだティファニアがハーフエルフだとバレた訳じゃない。此処は俺がエルフだって事にして、なんとか乗り切るか?
だが、俺がエルフだと爺さんに信じ込ませても、二人がエルフの知人が居たなんて話が広まるのもあまり良くない。二人が不利に為らない様に爺さんを丸め込むには如何すればいいんだ。
「……ねぇレイジ、もしかしてまた無茶な事をしようと考えてる?」
「昨日の今日だからあまりしたくはないが、状況次第ではまたするだろうな」
「そっか。……なら、偶には私の無茶に付き合ってもらうね」
「……ティファニア?」
俺が一体何をするつもりなのか尋ねる前に、ティファニアは一歩前に躍り出る。
後ろから見たその肩は小さく震えていて、これからしようとしている事があまり良い事ではないと俺とマチルダに予感させる。
俺はティファニアに手を伸ばし、止めようとしたのだが―――
「……あの、学院長さん!」
―――一手遅く、ティファニアは何かを決心したかのように口を開いてしまった。
「む? なんじゃね、ティファニア君」
「その……レイジはエルフじゃないです。レイジは普通の人間……とは言い難いですけど、でもエルフとは違うんです!」
「ふむ。……では何故あの様な会話をしておったのかね。人間であるのなら必要のない話であろう」
「確かにそうかもしれません。でも、あの場にエルフが居ましたから、必要な会話だったんです」
「ほぅ……。では、一体誰がエルフだと言うんじゃ? レイジ君ではないとすると、他に誰が」
「それは……―――」
「テファ、止めな!」
「―――……私です。私がハーフエルフなんです」
マチルダの制止も聞かず、ティファニアはずっと被っていた帽子を脱ぎ去り、今まで隠していた耳を爺さんに見せた。