虚無のエルフと神殺しの竜   作:ベヘモス

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今回は前回の続きと言う事に為りますが、視点は変わって全編ティファニアの視点となります。


第十二話 ティファニアの思い

……空気が重い。初対面の人に帽子を脱いで耳を見せたのはこれが初めてかも。

レイジの時は帽子で隠していなかったけど、こうして自分から耳をさらけ出すなんて今まで無かった。

二人に無茶な事をさせないためにも帽子を脱いだけど、今になってこんな事しなければ良かったって後悔してる。……でも、こうしなかったら二人して無茶な事をするに決まってる。

コレで本当に良かったのか分からないけど、願わくば事態がいいほうに転びますように。

 

「……その尖がった耳。確かにエルフの身体的特徴じゃな。と言う事は、ミス・ロングビルもハーフエルフと言う事か」

「ち、違います! 姉さんと私は血の繋がった実の姉妹じゃなくて、昔から私の事を守ってくれている人で、私が彼女の事を慕ってそう呼んでいるだけです」

「ふむ、なるほど」

 

学院長さんは納得してくれたのか、一応頷いてくれるけど、あの人の視線が凄く怖い。

あの人が何を考えているのか分からないし、見定めるような鋭い目付きで私達の事を見ている。

これからどうなってしまうのか考えてしまうと、つい恐ろしい想像ばかりしてしまう。

 

「テファ! アンタ、一体何を考えてるのさ!」

「ご、ごめんなさい、姉さん。でも、こうしないと二人が無茶な事をしそうだったから」

「……テファを守る為だ。多少の無茶は仕方が無いさ」

「それで守られても私は嬉しくない。私を守る為に二人が傷付く所なんて見たくないの」

「テファ、あんた……」

 

私を守ろうとしてくる姉さんの気持ちは凄く嬉しいけど、その所為で自分の生活を犠牲にする様な事はして欲しくない。

姉さんにはずっと迷惑を掛けてきたんだもの。森を出て、レイジと一緒に旅をするって決めたんだから、何時までも姉さんに甘えている訳にもいかないよ。

 

「ティファニア君じゃったな。幾つか聞きたい事が有るのじゃが良いかね」

「あ、はい。なんでしょうか」

「ミス・ロングビルはメイジ、つまりは何処かの貴族の血を引いておる。そんな彼女と君は一体何処で知り合ったのじゃ?」

「えっと、姉さんは私の父に仕えていた方の娘さんで、私とお母さんが国に追われたときに匿ってくれたんです」

「父に仕えていた者の娘……と言う事は、お主は貴族の娘と言う事かの?」

「はい。父の名前はモードと言いまして―――」

「モード? まさか、アルビオンのモード大公の事か!?」

「は、はい! そのモード大公です」

 

私の父の名を聞いた途端、学院長さんは物凄く驚いたような顔をする。

トリステインのメイジの方が父の事を知ってるとは思わなかったけど、もしかしてお父さんって意外と有名人だったのかな?

 

「なんて事じゃ……。何年か前に急死したとは聞いておったが、まさかハーフエルフの娘が居ったとはのぉ……」

「おい、爺さん。そのモードってのはアンタが驚くほどの有名人なのか」

「あぁ有名じゃよ。この学院の子供等は知らぬ者も多いじゃろうが、モード大公はアルビオン王の実弟に当たる方じゃ。アルビオンの王位は兄であるジェームズ一世が継いだ時、弟のモード殿は大公となり、財務監査官となったと聞いておる」

「へぇ……。王の実弟ってことはティファニアは王家のお姫様ってことか」

「うむ。……しかし、アルビオン王家がエルフとの結婚を許したとは思えぬから、お主は妾の子か」

「はい、その通りです。でも、どうして父の事を知っているんですか? 学院長さんはトリステインの方ですよね?」

「なぁに別に大した事ではない。王家と言うのは自国の民だけではなく、他国からも関心を集め易いのじゃよ。しかし、モード大公にエルフの妾がおるとは知らなかった。……いや、この話が外に広がる前に処理したと言う事か」

「え、えっとそれは―――」

「―――その通りさ。アタシも父から聞いただけだが、テファたちの事を知った国王はモード大公に追放を命令したそうだが、大公はそれを拒否したそうだ。再三の追放命令を拒否したため、大公は投獄されて処断されたそうだ。残ったテファと母親を大公の直臣だったアタシの父が匿ったが、王国軍に隠れ家を見つけられてしまい、テファの母親は殺されたそうだ。二人を匿っていた事が国にバレてアタシの家は取り潰されたが、奇跡的に生き残ったテファを見つけて今まで匿っていたのさ」

 

私の説明できない部分を姉さんが代わりに説明してくれた。

私にとってあの日の出来事は何もかもが突然すぎて、なんて説明したら良いのか分からなかった。

ある日突然父がいなくなり、姉さんの父親に連れられてお母さんと共にお城を離れたとしか覚えていなかったから……。

 

「成る程、確かにソレは奇跡じゃな。アルビオンにエルフが居た痕跡を消したいのなら、ティファニア君も一緒に殺されていても不思議ではない」

「……分からねぇな。お前らなんだってそんなにエルフに過剰反応するんだ? エルフが聖地への道を閉ざしているからか? 何百年も昔の戦争で負けたからか? どっちにしろティファニア達が何かした訳じゃないだろ」

「レイジ……」

 

レイジの言葉の節々に怒りの様なものを感じ取った。

感情をむき出しにしている訳じゃないけど、私たち親子に起こった出来事に憤りを感じているのかな? ……うんん、そうじゃないよね。きっとレイジの事だから単純に気に入らないだけだよね。

もしそうだとしても、私達の為に怒ってくれるのはちょっとだけ嬉しい……かな。

 

「過剰反応……か。レイジ君、お主はブリミル教の事を何処まで知っておる?」

「……昨日マチルダが話してくれた程度の事しか知らない」

「そうか。では、覚えておくといい。ブリミル教と言うのはお主が思っている以上にハルケギニアの国々に多大な影響力を及ぼす。過去の因縁からブリミル教はエルフたちの事を良く思っておらぬ。その総本山であるロマリア連合皇国の教皇が、もしアルビオンは異教徒の国と断言すれば、アルビオンは孤立する事に為る。もしそうなればどうなるか、お主なら想像できるじゃろ」

「……他国との交易がなくなり、国の財政に多大な影響を与える。いや、それ以外の部分も成り立たなくなるな」

「うむ。自国の生産だけで何とかなるのであれば問題はないが、ソレが出来ぬのが国と言う物じゃ。最初の内は問題ないかも知れぬが、次第に多方面に影響を与え、内乱や暴動に発展しかねん。それにロマリアには聖堂騎士団(パラディン)が存在する。あの者達は異教徒に容赦せんから只では済まぬじゃろう」

「ぱらでぃん? 一体なんなんだそりゃ?」

「ロマリアの宗教騎士団の事じゃよ。ブリミル教と言っても幾つかの宗派に分かれておって、一口に聖堂騎士団と言っても色々とあるんじゃが、一つ共通して言えるのは、信仰の為なら死をも恐れぬ者達と言う事だけじゃ」

「死を恐れない騎士団ねぇ……。それは信仰が生み出してしまった怪物なのか、はたまた自分に酔っている愚か者なのか、分からん連中だな」

 

レイジは小さな声で聖堂騎士達の事を侮辱するけど、私の耳にはしっかりと聞こえてきた。

どうしてレイジが騎士達の事を侮辱したのかは分からないけど、蔑んでいると言うよりも哀れんでいる様に私には聞こえた。

 

「それで爺さんはテファの事を如何するつもりなんだ。もし、ブリミル教に突き出すってんなら……俺も色々と覚悟を決めさせてもらうぜ」

 

レイジが学院長さんを脅すように言った途端、彼の身体から青白い光が漏れ始めた。

何時も剣に纏わせていた光と同じ物。それがレイジの身体から漏れて薄暗い部屋の中で彼の存在を際立たせる。

あの光が身体から漏れる事が何を意味するのか分からないけど、きっとレイジの事だからまた無茶な事を仕出かすに決まっている。

姉さんもそうだけど、レイジにも無茶な事をして欲しくて私は正体を明かした訳じゃない!

 

「だ、駄目だよレイジ! 私はそんな事がして欲しくて話した訳じゃないよ!」

「そんな事は分かってる。……でもな、友人の危機を黙って見過ごせる訳ねぇだろ」

「ま、そう言うわけさ、学院長。テファを突き出そうってんなら、まずはアタシ等を倒してからにしてもらおうか」

「姉さんまで……どうして」

「どうしてもこうしてもないよ、テファ。アタシもレイジもアンタを守りたいから無茶をするのさ。テファにはそれが煩わしいのかも知れないけど、無茶をしてでも守りたいんだよ。……ま、レイジのはやり過ぎだけどね」

「おいコラ」

 

レイジは不機嫌そうに姉さんの事を睨みつけるけど、姉さんはそんな事気にも留めずに杖を取り出す。

二人とも本気なんだ。本気で学院長さんと戦ってでも私の事を守ろうとしているんだ。

私の事を守ろうとしてくれるのは凄く嬉しいけど、私だって二人の事を守りたいの。

私を守る為に無茶をして、もしもの事があったりでもしたら絶対に耐えられない。

ブリミル教の人に突き出されるのは怖いし、皆と離れ離れに為るのは嫌だけど、それ以上に二人に死んで欲しくない!

そう思っているのに、二人とも本気で戦う覚悟を決めているのか、部屋の中の空気が段々と冷たく張り詰めていく。

学院長さんもそれを感じ取ったのか、杖を手に取り、目付きも鋭く変わっていく。

 

「……お主ら、まさか本気でこのワシと戦うつもりか?」

「アンタがそのつもりならな。学院長って事は、魔法使いとして確かな実力を持っているんだろうが、この距離ならアンタを縊り殺すことも難しくは無い。せめてもの情けに苦しくない様一撃で仕留めてやる」

「ほぅ、大した物言いじゃな。……しかし、お主達は一つ大きな勘違いをしておるぞ」

「あん?」

「ワシは最初からティファニア君をブリミル教に突き出すつもりなどないぞ。周りから如何思われておるのか知らぬが、ワシはそこまで熱心なブリミル教徒ではない」

「「…………はあッ!?」」

「えっと、学院長さん?」

 

レイジと姉さんの驚きを他所に、学院長さんは戦う機はない事を示すかのように、ご自身の杖を私達の方に投げてきた。

それが切欠になったのか、何時戦いが始まってもおかしくなかった空気が一気に和らいだ様な気がする。

 

「最初に言ったと思うがワシは話を聞きたかっただけじゃよ。話は聞いておったから誰がエルフなのか察しはついておったし、ただエルフじゃと言うだけで目の敵にするつもりもない。もし本当にティファニア君を突き出すつもりなら、この部屋に何人かの教師を配置しておるよ。……もっとも、それで捕らえられるとは思っておらぬがの」

「た、確かに言われてみればその通りだけど、だったらなんで二人を呼びに行かせたのさ!?」

「他の部屋で何時誰が入って来るか分からぬからに決まっておろう。この部屋も絶対に来ないとは言い切れぬが、ワシが許さぬ限りは立ち入る事は出来ぬから、他の部屋よりは安全と判断したまでじゃ。お主達、その子を大切に思うのは良いが早とちりし過ぎじゃ」

「……なんも言い返せねぇ」

「アタシもさ。テファが帽子を取るなんて考えてなかったから、気が動転してたのかねぇ」

「え、私の所為なの!?」

「いや、そこまでは言わないけど、あの行動は間違いなくアタシの寿命を縮めたよ」

「ワシはレイジ君の殺気に驚いたがのぉ……。野生の獣でもあれ程の殺気は出せんぞ」

 

心臓に悪いと学院長さんは溜息を零すけど、殺気を放っていたレイジ本人は全く気にしていない様子だった。……少しくらいは反省した方がいいと思うんだけどな。

 

「それで結局爺さんは何が聞きたかったんだ? ティファニアの身の上話が聞きたい訳じゃないんだろ」

「話を聞きたかったというのは本当じゃよ。あのクールなミス・ロングビルが慌てふためく様な相手じゃ、余程の相手なのだろうと思ったのでな。直接会って話をしてみたくなったんじゃよ」

「そんな理由かよ……」

「そう肩を落とすでない、レイジ君。ワシとてこの様な事に為るとは思っておらんかったのじゃから」

「……さいですか」

 

心底楽しそうに笑う学院長さんとは対照的に、レイジは凄く疲れたみたいに溜息を吐く。

二人が無茶しないようにと思って帽子を取ったけど、結果的には空回りだった様な気がする。

私が帽子を取らなければこんな風には為らなかったと思うと、私のした事って何の意味があったんだろうって考えてしまいそうになる。

場を掻き乱すだけだったとしたら、なんだかやり切れない気持ちになるな。

 

「それでレイジ君たちはこれから如何するのじゃ? 家が壊れたと聞こえたが、行く当てはあるのか?」

「行く当ては無いが、知り合いにちょっとした頼まれごとをしているんだ。まずはそれを片付ける」

「ふむ、その頼まれ事とは?」

「この世界で厄介そうなのが目覚めようとしてるらしいから、それの調査と可能なら討伐しろと」

「……随分とアバウトじゃな。もう少し詳しく言えぬのか?」

「頼んできた奴がそう言ってきたから無理だ。それより爺さんは何か厄介そうな奴について知らないか」

「そう言われてものぉ……。城で聞いた話じゃが、海の方で大層強い化け物が現れたと言う話じゃ。近隣の海を荒らし回り、被害が拡大する前に空海軍を派遣したらしいが、返り討ちに遭ったと聞く」

「学院長、その話は本当かい? 空海軍っていや、空や海での戦いを専門とした軍隊じゃないか。そんな連中が負けたってのか」

 

驚いたように尋ねる姉さんに、学院長は静かに頷いて肯定した。

トリステインの軍隊がどの程度の規模なのか分からないけど、王国の軍隊を返り討ちにするほどの力を持った生物がいるなんて信じられない。

……でも、もしかしたら海に現れた怪物って言うのが、レイジが探している相手なのかも。

 

「空海軍の艦隊の一つらしいが確かな話じゃ。その為王室では魔法衛士隊を派遣するか如何か議論しておるが、結論が出るのは一体何時になるか分からんのが現状じゃ。レイジ君が探している相手か分からぬが、ワシの知っている話はこの位じゃよ」

「海に現れた化け物か……。他に情報もないし、当たってみるのも良いかもしれないな。恩に着るよ、爺さん」

「フォッフォッフォッフォッ。気にするでない。お主たちはこの学院の生徒たちを守ってくれたんじゃ。この程度なら安いものじゃ」

「へぇ……。だったらもうちょっと強請っても良い訳だな」

「あ、いや、え~っとじゃな…………て、ティファニア君はこれから如何するのかね?」

「え、私ですか?」

 

レイジの無茶振りから逃げたかったのか、学院長さんはいきなり私に話をふってきた。

 

「うむ。城の話を聞く限り、海に現れたモノはかなりの怪物らしい。その様なモノの所へレイジ君と共に行くのは危険じゃよ。此処には君の姉もおるし、ワシの力で転入生として受け入れる事もできるが……如何するかね?」

「え、えっと…………」

 

いきなり話を降られた上に、学院に転入しないかって言われて驚いたけど、自分でも驚くほどに動揺はしていなかった。

確かにレイジの旅に一緒について行けば危険な目にも遭うだろうし、この学院なら姉さんと一緒に暮らすことが出来る……けど、私の心はもう既に決まっているみたい。

頭の中を空っぽにして、自分の気持ちを見つめなおす必要なんて無い。私は―――

 

「―――私はレイジと一緒に旅を続けます。学院長さんのお誘いは嬉しいですけど、レイジと一緒に旅をしたいんです」

「ふむ……。今回の様な危険な目にも遭うかも知れぬのじゃよ? それでも行くのかね?」

「はい。危険な旅になるって分かるからこそ、レイジと一緒に行きたいんです。レイジなら私が居なくても大丈夫なんだろうし、私に出来る事なんて傍で叱って上げるくらいしかないけど、それでも一緒に居たいんです。だから、彼と一緒に行きます」

「そうか。ソレほどまでに意志が硬いのであればワシはもう引き止めぬよ。……しかし、若いのぉ~」

 

自分の気持ちを素直に伝えただけなのに、何故か学院長さんから生暖かい眼を向けられる。

それに若いって、私まだ十六歳だから十分若いと思うんだけど、そんなに大人っぽく見えるのかな?

 

「…? 一体何の話ですか?」

「別に恍ける必要も無いじゃろ。いや、本人が傍にいるから恥かしいのじゃな」

「だから一体何の話ですか」

「それはワシから言うべきではないのぉ。何はともあれ、色々と興味深い話を聞かせてもらった。これ以上他の教師達がやって来るかも知れぬのでな、もう下がってよいぞ」

「分かりました。ほら二人共、行くよ」

「……なんか釈然としないけど、分かった。それじゃ失礼します」

「俺としてはもうちょいお礼について話を―――」

「爺さんがくれる訳ないだろ。いい加減に諦めな」

「―――ちっ」

 

レイジが露骨な舌打ちをする中、私は脱いでいた帽子をもう一度深く被って、耳が他の人に見えないように隠してから学院長室を出た。

私の後に続いてレイジが部屋を出るのを確認すると、姉さんは学院長室の大きな扉を閉める。

扉の閉まる音を聴いた瞬間、今までの緊張が一気に解けてしまったのか、急に全身の力が抜けてその場に座り込んでしまいそうになる。

 

「っと、大丈夫かティファニア」

「う、うん。ありがとうレイジ」

 

廊下に座り込んでしまう前にレイジが私の腰を取って支えてくれた。

でも、全身の力が抜けたと思ったら今度は寒くも無いのに身体が震えてきて、心が凄く落ち着かない。

 

「ど、どうしたんだいテファ? もしかして風邪でも引いた?」

「う、うんん、多分大丈夫。……さっき帽子を脱いだとき、凄く怖かったからその所為かな」

「人前に出ること事態慣れてないくせに無茶するからだ。自分からバラす必要なんてなかっただろ」

「うん、そうだね。……本当はね、凄く不安だったの。学院長さんに知られてもし蔑まれたり、戦う事に為ったらどうしようって、不安で怖くて仕方が無かった。でも、二人に無茶な事をして欲しくなくて、他に方法も思いつかなくて……。あははは、これじゃレイジの事怒れないね。結局、わたしも同じ様に無茶してるんだもの」

「……全くだ。震えるくらいに怖かったんなら大人しく守られてろ」

「うん、そう…だね。ありがとう、レイジ。もう大丈夫だから」

 

支えてくれたレイジにお礼を言って、彼の手を離れてなんとか一人で立つ。

まだ心は落ち着いてくれないけど、さっきよりもだいぶ良くなったみたい。

 

「……本当にもう大丈夫なのか?」

「うん。心配してくれてありがとう、レイジ」

「いや、気にするな。……それじゃ俺はヒルダの様子を見てくる。お前は今の内にマチルダと話をしておけ。次に何時会えるか分からないからな」

「うん、分かった」

 

それだけ言うとレイジは私達に背を向けて廊下を歩いていき、私は彼の背中が見えなくなるまで見送る。

口や態度はあまり良いとは言えないけど、アレが彼なりの優しさなんだろうな。凄くぶっきら棒な優しさだけど、レイジの気配りは凄くありがたいな。

 

「行っちまったか。この学院は広いってのにあの火竜が何処にいるのか知ってるのかねぇ?」

「大丈夫だよ、マチルダ姉さん。レイジにはサイフィスがついてるもの。道に迷ったりしないよ」

「サイフィス? 此処にはアタシ等しか居なかったと思うが……」

「サイフィスは風の精霊さんだよ。私には姿も見えないし、声も聞こえないけど傍に居るのは分かる。レイジには声が聞こえているみたいだけど」

「成る程、さっきの独り言はそのサイフィスってのと話してたのか。余りにも大きな独り言だから、どうしたのかと思ったよ」

「それは私も思った。レイジには声が聞こえてるから会話が成立してるけど、聞こえない人からしたらかなり怪しいよね」

「本当にな。テファ、後でアイツに言っといてくれよ。怪しまれるから人前で精霊と会話するのは止めとけって」

「うん、伝えておく」

「頼んだよ。……さてっと、それじゃアタシ等も移動するか。此処だと落ち着いて話せないし、アタシの部屋に行こう。あそこなら大丈夫だろう」

「分かった。学院の姉さんの部屋に行くのは初めてだから、ちょっと楽しみだな」

「来たって面白いモノはなにもありゃしないけどね」

 

そういって笑い合いながら、私達は姉さんの部屋へと向かって歩き始める。

廊下を歩いている最中でも姉さんとの会話は弾み、途切れる事無くずっと続いていく。

レイジが言うように次に何時会えるか分からないから、今伝えられることは全部伝えておこう。

……もし、会えなくなってしまったときに絶対に後悔しないためにも。

 

「……ねぇ、マチルダ姉さん」

「ん? なんだいテファ」

「私はもう大丈夫だから、これからは姉さんは姉さんの為に生きて。私にはレイジが居てくれるから、もう無理をしなくてもいいんだよ」

「テファ……。ハッなんだいなんだい、男が出来たら姉さんは用済みかい。意外と薄情な子だよ、全く」

「別にそんなつもりで言った訳じゃ……ん? 男が出来たってどういう意味?」

「どうもこうもレイジの事だよ。アンタ等付き合ってるんだろ?」

「…………え、えぇぇぇぇぇぇッ?! わ、私たち別に付き合ってるわけじゃないよ!?」

 

余りにも突拍子も無い姉さんの発言に、場所も考えずに思わず大きな声が出てしまった。

一体何をどう見ればそうなるのか分からないけど、私とレイジは別に付き合っているわけじゃない。

ただ一緒に旅をしているだけで、怪我をしても気にも留めない彼が放っておけなくて、俺と一緒に来いってレイジに言われただけで、別に付き合っているわけじゃ……ないよね、多分。

 

「なんだ違うのかい。あんだけ熱烈に一緒に居たいって言ってたくせに」

「いや、だからアレはレイジの事が放っておけないって意味で、離れたくないって意味じゃ……ない、と思う」

「なんでそこで弱腰になるのさ。ハッキリしないね」

「……自分でも良く分からなくて。私、今まで森の中で生活してたから誰かを好きになった事がないし。でも、レイジの事が放っておけないって言うのは本当。彼、一人で駆けて行くじゃない? だから無茶な真似ばかりするのに怪我をしても気にしなくて、心配ばかりさせるから目が離せなくて……。隣りで一緒に戦えないのは分かってるけど、彼の為に何かしてあげたいって思ったの」

「なるほど、そう言う事かい。……これは中々に大変そうだ」

「姉さん、何一人で納得しているの?」

「いや、なんでもないよ。……でも、テファは相当苦労する事に為るだろうね」

「確かにレイジの旅は長くなりそうだし、これからが大変かも」

「そう言う事じゃないんだが……まぁいいか」

 

姉さんは一人で納得……というよりも呆れてしまうけど、私には何で呆れているのか分からない。

これからの旅を思えば苦労するのは目に見えているけど、もしかして姉さんは別の事を指して苦労するって言っていたのかな?

旅以外で苦労する事と言ったら、やっぱりご飯かな。同じ食事ばっかりじゃ飽きるし、色々と工夫していくしかないよね。レイジはそう言うのに無頓着そうだし、私が頑張らないと。

 

「でも、レイジの旅の目的を考えると、テファにも何か身を守る術が必要だね。……あ、そうだ。テファ、レイジを召喚したときに使った杖はまだ持ってるかい?」

「え、うん。鞄の中に入っていたと思うけど……それがどうかしたの?」

「いや、杖があるんなら魔法の教本をアンタにやろうと思ってさ。隣で戦うのは難しいと思うけど、魔法があれば援護くらいは出来る筈だよ」

「良いの姉さん。そんな事勝手に決めちゃって」

「学院の生徒が使っている教本なら大丈夫だって。学院長には一応話しておくけど、無くなった後なら文句も言えないさ」

「……姉さん、それはセコイと思う」

「そういう細かい事は気にしないの。多少は狡賢くならないとやってけないんだよ」

「本当に苦労ばかり掛けてごめんね」

「テファが気にする様な事じゃ無いさ。よし、そうと決まれば早速取りに行かないとね。こっからならアタシの部屋に行くよりも近いし」

 

そう言うと姉さんは目的地を急に変更して、どんどんと先へと進んでいってしまう。

私は姉さんを見失わないように必至に後を追いかけるけど、なんだか盗みを働いている様な気がして結構気が重いな。

レイジだったら何も気にせず付いて行くんだろうけど、私はまだそこまで図太くはなれないな。

……でも、魔法が使える様になればレイジの無茶も少しは減ってくれるのかな? もしそうなら、このくらいの事は目を瞑ってもいいよね。




ティファニアが学院長に正体を明かすのは唐突だったかなとも思うけど、こういう機会でもないと零児の奴、ティファニアの身の上話とか絶対に聞かなかったと思う。
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