「まったく、あの爺さんには参ったぜ」
《今回のは貴方達が早とちりしたのが原因でしょ。あの人間が悪いわけではないわ》
「そんな事は分かってるけど、あの爺さんの性格が八雲に似てるからどうもな」
《ヤクモ? 確か貴方をこの世界に送り込んだ人物だったかしら》
「あぁ。あのババァも飄々としてると言うか、胡散臭いって言葉が服を着ている様なもんだからな。真面目に相手にするとスンゲェ疲れる」
《……それだけ聞くとあの人間の方がまだマシに聞こえるわね》
「個人的には大差ないと思ってるけどな」
学院長室での出来事に愚痴を零しながら、俺とサイフィスはヒルダの元へと向かって歩いていた。
貴族のみが通う学院に俺みたいな奴が居るのが珍しいのか、大人も子供も関係なく擦れ違うやつ全員が変な目でコッチを見てくる。
平民を見るのが初めて……なんて馬鹿な話はないだろうし、俺がサイフィスと話しているからか。
サイフィスの声は他の奴には聞こえていないらしく、端から見ると俺が独り言を言っているようにしか見えないんだろう。
その所為であの爺さんに勘繰られた訳だし、人目があるところでサイフィスと話すのは止めた方が良いのかも知れないな。
「……周りに怪しまれずにサイフィスと話す方法って何かないか?」
《私たち精霊に発声器官と言う物はないわ。だから相手の聴覚に語りかけているわけではないの》
「聴覚に語り掛けないって事は、お前らってテレパシーか何かを使って話しかけてるのか」
《大体そんなところね。私の声が聞こえるのなら、発声せずに語りかける事も出来るんじゃない?》
「ふむ……なら試してみるか」―サイフィス、俺の声が聞こえるか―
《…………今、何か言ったのかしら?》
「聞こえてねぇじゃねぇか」
そんな感じの漫談をやりつつ、学院を囲う塀の内側―恐らくは中庭―を歩いていると―――
「お、いたいた。おい、そこの……えっと黒髪の人!」
―――後ろから何処かで聞いた事のあるような声の男に呼びかけられる。
足を止めて周囲を見渡し、他に黒髪の奴が居ないか確認するが、この中庭と思われる場所には俺以外の人影は無い。
どうやら呼びかけたのは俺で間違いないみたいだが、なんとなく声の主に関わるのが面倒な気がした。
俺は呼びかけてきた相手の方を振り返る事無く足を動かし、ヒルダの元へと向かって再び歩き出す。
「あ、おい! ちょっと待てって!」
再び声を掛けられるが聞こえないフリをして無視をする。
相手もその事に気が付いたのか、地面を蹴って俺の方へと走って来るような足音が聞こえる。
そうまでして俺に一体何の用かは知らないが、こっちとしては関わる気は一切ない。
走り寄ってくる相手を引き剥がす為に、俺も少し本気で走る事にした。
歩く速度を段々と速めていき、地面を蹴って走り出し、追いかけてきている相手を一気に引き離す。
「は、早ッ!? ちょっとまッ……」
引き止めようとする相手を無視し、曲がり角に入った所で更に速度を上げて相手を置き去りにした。
ある程度走った所でゆっくりと足を止めていって、後ろを振り返って後をつけて来ていないか確認する。
振り返って後ろを見ても人影は何処にも見えず、追いかけてきた奴を完全に振り切れた様だ。
相手の目的が一体なんだったのかは分からないが、こうして振り切れた以上気にしなくてもいいだろう。
面倒なのに付きまわされたと溜息を零しつつ、見つからない内にさっさとヒルダの元へと急ぐ。
サイフィスに案内して貰いながら歩いていくと、中庭の一角で多種多様な動物達が集って飯を食っているのが見えてくる。
普通の犬に大型の鳥、異様にデカイ土竜に尻尾に火が付いている赤い蜥蜴。故郷の幻想郷にも居そうな動物から、故郷では見た事のない動物まで様々だ。
そんな動物達が集っている一角に一際目立つ緋色の龍の姿が地面に寝そべっていた。
他の動物達はヒルダを怖がって誰も近寄ろうとはせず、ヒルダも動物達に興味が居ないのか、動物達の輪に入らずに少し離れた所で寝転んでいる。
誰も近寄ろうとはしない龍に飯を与えようとしているのか、メイド服を着た黒髪の少女が骨の付いた肉を持ったまま悪戦苦闘していた。
「お願いだからお肉を食べて。でないとわたしの仕事が片付かないの」
「……ふんッ」
「はぁ~……どうして食べてくれないんだろう? そんなに悪いお肉じゃないんだけど」
「おい、アンタ。そんな所で一体何してる」
「ひゃいッ!? あ、貴方は一体誰ですか!? 学院の関係者じゃないですよね、衛兵を呼びますよ!」
「俺はアンタが飯をやろうとしている龍の連れだ。そう言うアンタこそ何者だ」
「龍のお連れさん? し、失礼しました! わたしはこの学院でメイドをしている、シエスタと言う者です。今はメイジの方々の使い魔に食事を与えていました」
「その位見れば分かるが……まぁいいか。とりあえずアンタはもう下がっていいぞ。ソイツの面倒は俺が見るから」
「で、ですが、この位の事を手伝ってもらうわけには……」
「仕事が片付かないんだろ? なら、グダグダ言っていないでさっさと他の仕事を片付けて来い」
「……分かりました。それでは申し訳ありませんが、後の事は宜しくお願いします」
物凄く申し訳無さそうにしながら、シエスタと名乗った少女は、ヒルダの飯として用意した肉を置いてこの場から去って行った。
よっぽど仕事がたまっているのか、彼女は早足でこの場から去っていく。
仕事を最後までこなそうとしていたのか、はたまた仕事を途中で放棄する事に抵抗感があったのか分からないが、早足で行かなくちゃいけない程に仕事が溜まってるなら、グダグダ言わずに任せればよかっただろうに。
融通の利かない娘だと心の中で思いながら、ヒルダの前に座り込んで顔を見合わせようとするが、ヒルダの奴は俺の顔を見ようとしない。
やっぱり黒い竜との戦い事をまだ怒っているのか、口に出さなくても不機嫌なのが伝わってくる。
「……なぁヒルダ、機嫌はまだ直らないのか?」
「直らないし、あんな無茶をする兄様とは口も利きたくない」
「そうかそうか。でも、そうやって受け答えするのは口を利いているのとは違うのか?」
「………………」
「今更黙ってもおせぇっての」
やれやれと溜息を吐きながら、ご機嫌とりにヒルダの頭を優しく撫でてやる。
頭を撫でても不機嫌そうなのは変わりないが、俺の手を振り解こうとはしない。
体格はまだまだ小さい方だが、中身の方もまだまだ子供みたいだ。
「……そんな事をしてわたしの機嫌が直るとでも思っているの」
「なんだ嫌なのか。だったらこんな事をしても意味がないな」
「誰も嫌だとはいってない。だからもう少し続けて」
「なんだそりゃ。やっぱり子供だな、お前は」
「だって、わたしはまだ三百年しか生きていないもの。一人で生きていけるほど大人じゃない」
「三百年? それだけ聞くと俺よりも年上なんだが、人間の年齢にすると幾つくらいだ?」
《大体14・5歳と言ったところかしらね。二百年生きて漸く人間の十歳児くらいだから》
「なるほど。でも、俺の故郷だとその位で成人になるんだがな。……まぁ俺は十三の時に一人暮らしを始めたが」
《それは貴方が早過ぎるだけだと思うわよ》
サイフィスから冷静なツッコミが入るが、一人暮らしを始めるときに上白沢さんから同じ様なことを言われたのを思い出した。
あの時は驚かれたというよりも呆れられたって感じだったが、俺としてはあの時から一人暮らしを始めて正解だったと思っている。
姉貴が博麗の巫女を継いだからってのもあるが、あのまま実家に残っていたらどうなっていたか。
一瞬だが姉貴に襲われる所を想像してしまい、背筋が凍りつくような寒気に襲われる。
八雲の奴は嫌いだが、この世界に送ってくれた事には感謝しても良いのかも知れないな。
「……八雲の奴に感謝する日が来るなんて末期だよな」
「…? 一体何の話?」
「いや、馬鹿な身内がいると苦労するなって話だ」
「兄様は家族と仲が悪いの?」
「別にそんな事無いが一人だけ関わりたくない奴がいるんだよ。あいつ、本気で俺の貞操を狙ってきてるから……」
《一応聞いておくけど、本当に身内なのよね?》
「同じ血を分けた双子の姉だ。仕事も出来て凄く優秀なんだが、俺が絡むと駄目になる」
《……なんだか凄く残念なお姉さんね》
「本当にどうしてああなってしまったのか分からない位、残念な姉貴だよ」
今までの姉貴の奇行を思い出して、俺は肩を落として今日一番になるであろう大きな溜息を吐いた。
この世界に居る限り姉貴に会う事はないだろうが、この世界に長く留まれば留まるほど、再会した時が凄く怖くなる。
今まで溜め込んでいたモノを爆発させてくるだろうし、このまま一生会わない方がお互いの為な様な気がしてきた。
そこまでしないといけないのかと思うと気が重くなり、今日何度目になるかも分からない溜息が出る。
「兄様、溜息吐きすぎ」
「自覚はしてるよ」
「そんなに溜息を吐くくらいなら誰かと結婚すればいいじゃない。そうすれば相手から求められなくなるでしょ」
「結婚ねぇ~……。そういや、初恋の相手にフられて以来誰かを好きになった事無いな」
《あら、意外ね。貴方の事だからまだ初恋も知らないと思っていたわ》
「おいおい、幾らなんでもそれは馬鹿にしすぎだ。これでも17だ、初恋くらい経験済みだっての」
《だけど振られたのでしょ?》
「……それを言うな」
「ふ~ん……兄様、今相手が居ないんだ。それならわたしと結婚する? 同じ龍だし、問題はないでしょ」
「ハッ。そう言うのはもっと大人になってからいうもんだ。出直して来な、小娘」
「ムカッ! 折角わたしが気を利かせてあげたのに、兄様のバーカバーカ!」
俺の言い方がよほど気に入らなかったのか、ヒルダはまたしてもへそを曲げてしまった。
流石に今の言い方はなかったかなと反省はするが、俺はこの世界に彼女を作りに来たんじゃないし、姉貴から逃れたいって理由で誰かと結婚するのは間違ってる気がする。
彼女なんてその内に出来れば良いし、今は八雲に押し付けられた仕事を早く終わらせられる様に頑張ろう。あのババァの依頼だから一筋縄で行かない事は分かりきっているけど。
「……しかしティファニアの奴遅いな。マチルダと話し込んでいるのか?」
《そうなんじゃない? 次に何時会えるか分からないのだし、色々と伝えておきたい事があるのよ》
「ならもう暫く待つしかないが、さっさと海に出た怪物とやらを調べに行きたいんだがな」
「兄様、その口ぶりからすると次の目的地は海なの?」
「あぁそのつもりだ。この国の海域内に怪物が現れたって話だから、それを調べにいく」
「海か……。あそこの水って塩っ辛いからわたし嫌い」
「海の水は飲み水には適さないんだから飲むなよ……」
「でも、水龍たちは海の中でも平気で暮らしているけど?」
《貴女は火龍なのだから、水龍たちと比較しても意味はないでしょ》
ヒルダの天然ボケに呆れていると、誰かがこっちへと近付いてくる足音が聞こえてくる。
ティファニアがやって来たのかと思い、音のする方に顔を向けると、そこに居たのは物凄く疲れたような顔をしている黒髪の少年がいた。
少年の他にも桃髪の少女や赤髪の少女に、自身の身長よりも大きな杖を持った青髪の少女の姿もある。
三人の少女は同じ白のシャツに、丈の短いスカートを穿いて、同じ色のマントを羽織っている所を見るに、恐らくはこの学院の生徒だろう。
ただ赤髪の少女がボタンを外し胸元を露出させている所から察するに、服装を指定されていても着方までは口煩く指導されていないのだろう。……上白沢さんにあんなのが見つかったら、頭突きの上に説教一時間は間違いないだろう。
あんなに肌を露出させて恥かしくないのか疑問ではあるが、如何感じていようと俺には関係のない事だ。
ティファニアではなかったことに肩を落とし、また二人と話でもして時間を潰そうと顔を逸らすと―――
「や、やっと見つけた……」
―――黒髪の少年が疲れきった様な声で俺に話しかけてきた。
この声どっかで聞いたと思ったら、黒い竜と戦っているときにいた奴と同じ声だ。
あの時は相手の事なんて如何でもよかったから覚えなかったけど、そういえばこんな感じの声だったな。
相手が何処の誰か認識しつつも、面倒だからこのまま無視していようとするが、相手の方から俺の方に近付いてきやがった。
「あ、アンタ……どんだけ足速いんだよ。全然追いつけなかった」
「足が速い? ……あぁそうか、アンタ俺の事を追いかけてきた奴か」
「俺だって追いかけたくて追いかけたわけじゃないっての!」
「なら女の尻は追いかけるのか。見かけに拠らずスケベだな」
「だから違うって! それに俺はどちらかと言えば尻よりも胸の方が好きだ! ……ハッ!?」
黒髪の少年は自分でろくでもない事を言ったと自覚した様だが、自覚した所で失言は取り消せない。
少年と一緒に来た桃髪の少女は額に青筋を浮かべながら、全く目が笑っていない笑みを浮かべている。
「さ、サイト。今の発言は一体如何言う事なのか説明してもらいましょうか」
「お、落ち着けルイズ! 今のはその……言葉のあやというか」
「ハッ! 言い訳とは見苦しいわね! アンタ普段からメイドやキュルケの胸を見て、鼻の下を伸ばしてるじゃない!」
「ま、アンタのその貧相な胸より私の大きい胸に目が行っちゃうのは当然の事よね」
「なんですってッ!?」
「だって事実じゃないの。ね、ダーリン?」
「そこで俺に振るなよ!?」
黒髪の少年は火事場に踏み込んだ上に、赤髪の少女は見事なまでに火に油を注いだようだ。
桃髪の少女の怒りは面白いように燃え上がり、何時爆発してもおかしくないくらいだ。
……ま、少女がどれだけ怒り狂おうとも俺達には関係のない話だし、好きなだけやってくれと思う。
ただ巻き込まれるのだけは勘弁して欲しいから、ヒルダに合図を送って彼等に気付かれないようにこの場から去る事にする。
視線だけの合図でヒルダも理解してくれたのか、少女達に気付かれないように身体を起こし、俺はヒルダに近付いて何時でも背に乗れるようにしておく。
「あ、ちょっと待てって! アンタ今、逃げようとしてただろ!」
「……チッ。勘のいい奴だ」
「こんな状況で見捨てようとするなよ!」
「何言ってやがる、火種を撒いたのはお前だろう。なら自分で消化しろ」
「確かにその通りだけど……今はそんな事如何でもよくってだな。俺の話を聞いてくれ!」
「……強引に話を切り替えやがったな、コイツ」
「その辺りの事は気にしないでくれ。それよりも昨日はありがとうな、お陰で助かったよ」
「なんだそんな事か。だったら気にするな、アレは只の気紛れだ」
「気紛れで人を助けるのも中々出来る事じゃないと思うけど……。ところでアンタの言葉って日本語だよな? もしかしてアンタも日本人なのか?」
火事場から逃げる様に話を逸らした少年は、随分と不思議な事を俺に尋ねてきた。
なんでコイツが俺の言葉が日本語だと気付けたのか知らないが、少年の格好からしてこの世界の住人ではない事は確かだ。
首の後ろに帽子の付いた青い上着に、黒っぽいジーンズ……だと思う。何にせよ、この世界で作られた服じゃないのは確かだ。
八雲の奴が、この世界の怪物が幻想郷に影響を及ぼさないか危惧してたのを考えると、この世界と日本って案外近いところに在るのかもしれないな。……ただコイツの質問に答えるのは凄く面倒そうだ。
零児は性格こそ難ありだけど、顔はそんなに悪くないから里の娘達に密かな人気があったりする。ただ、あの姉貴の所為で誰も近寄れなくて、浮いた話一つないのが現状です。