虚無のエルフと神殺しの竜   作:ベヘモス

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本当はこの回、前回の時にいれようと思ったんだけど、今は分けて良かったと思ってる。


第十四話 違う境遇の二人

レイジSide

 

「もしかしてアンタも日本人なのか?」

 

黒髪の少年が訪ねてきたのは俺の出身についてだった。

真剣な表情で何を聞いてくるのかと思えば、割と如何でも良い様な内容だな。

 

「……もし俺が日本人だったら如何だというんだ」

「別に如何もしねぇよ。ただ、この世界で同じ出身の奴に会えとは思ってなかったから嬉しくてさ」

「同じ出身ねぇ……」

 

黒髪の少年は嬉しそうに笑っているが、コイツの言っている日本と俺の知っている日本では大きな隔たりがある。

幻想と現。近くて遠い場所。例え同じ島国で生まれたのだとしても、俺とコイツの〝日本〟は全く違う世界だ。

俺の事を知らないところを見るに、コイツが言っている〝日本〟ってのは、幻想郷の外の世界の事だ。幻想郷出身なら俺の事を知らない筈が無いからな。

昔一度だけ親父に連れて行ってもらった鋼鉄の町。きっとあそこがコイツの故郷なんだろう。

 

「なぁアンタはどうしてこの世界に来たんだ? アンタは元の世界への帰り方を知っているのか?」

「………………」

「ちったぁ落ち着けよ、相棒。そんなに質問攻めにしたら兄ちゃんが戸惑っちまうだろ」

「だけど、元の世界に帰る方法が見つかるかもしれないんだ。悠長な事を言ってられるかよ」

「だ~か~ら落ち着けってんだよ。焦っても相棒の望みが叶う訳じゃないし、無理に聞き出そうとすれば逆に鬱陶しがられて、何も聞けなくなるかもしれないぜ」

「……喋る剣?」

 

興味が無かったから相手の事をしっかりと見ていなかったが、黒髪の少年は背中に剣を背負っていた。

その剣が独りでに動き出し、鍔元の金具がカタカタを動きながら声を発している。

よく分からん物が沢山ある幻想郷出身の俺だが、喋る剣を見るのはコレが初めてだ。

九十九神の類の様な気もするが、剣自体からは特別妖気も感じないし、完全に妖怪化しているわけでも無さそうだ。

 

《アレは……デルフリンガー。六千年ぶりだけど、まさかこんな所で出会うなんて思っても見なかったわ。彼を持っていると言うことはこの少年が当代のガンダールブ。そして少年を呼び出したのが最後の一人と言うわけね。……まさかこんな形で全員の所在を突き止められるとは思わなかったわ》

 

サイフィスの奴が何か一人で納得しているようだが、学院長室での事を考えるとこの場では何の話をしているのか聞き出すことは出来ない。

アイツ等がいなければ聞くんだが……さっさとどっかに行ってくれねぇかな。

 

「お、なんだ兄ちゃん、インテリジェンスソードを見るのは初めてか? まぁオレ達インテリジェンスソードは個体数が少ないから、あんまり目にする機会はないだろうな」

「確かに見るのは初めてだが、なんで武器に意志を持たせてるんだ? ぶっちゃけ無駄だろ」

「無駄ッ!? お、おい兄ちゃん、初対面の相手に向かって無駄とは如何言う事だい」

「どうもこうも、道具に意志を持たせるくらいなら何らかの能力を付与した方が強いだろ」

「ちっちっち、あめぇな兄ちゃん。こう見えてもオレは六千年を生きる伝説の魔剣よ。おめぇさんが使っていた剣にはない能力が幾つも在るんだぜ」

「へぇ~……。それならどんな能力が在るって言うんだ?」

「聞いて驚くなよ。なんとオレには……………………えっと、何が出来るんだっけ?」

「……使えねぇ武器」

「ガハッ!」

 

俺の辛辣な一言がよほど効いたのか、喋る剣は何かを吐き出すよう金具を開いた後、何も喋らずに鞘から出た状態で固まってしまう。

六千年も生きていれば色んな事を忘れるのは仕方のない事だが、自分の能力位ちゃんと把握しておけよ。

 

「デルフ? しっかりしろデルフ! おい、アンタ、いきなり何て事を言うんだよ!」

「はいはい、悪かったよ。……で、お前は一体何しに来たんだ? その喋るだけの剣を態々見せびらかしにでもきたのか?」

「すっげー口が悪いな。最初に会った時はそんなんじゃなかっただろ」

「ガラが悪いのは認めるが、生憎とこれが素なんだ。特に用が無いならとっとと失せろ。こっちはお前に構ってるほど暇じゃねぇんだ」

「ホンットに口が悪いな、アンタ! ……俺が聞きたいのは元の世界に帰る方法を知らないかって事だ」

「……なんだそんな話か」

「なんだってなんだよ! 俺は本当に元の世界に帰りたいんだ!」

 

黒髪の少年は必至の表情で俺に訪ねてくるが、俺にとっては本当に如何でも良い様なことだ。

 

「サイト、アンタまだ諦めてなかったの? いい加減に諦めなさいよ」

「そう簡単に諦められる訳ないだろ! いきなりこの世界に召喚されて、訳の分からないまま使い魔にされて、この世界で生きていこうなんて簡単に決めれる訳ないだろ! 俺にだって学校とか明日の予定だってあったし、家族や友人だっているんだ! 簡単に割り切れるかよ!」

「……サイト、とか言ったかお前」

「あ、あぁ。そういやまだ自己紹介もしてなかったっけか」

「別に名前を覚える気は無いから名乗らなくていい。それとはっきり言わせて貰うと、俺は元の世界に帰る方法なんて知らんし、帰るための方法も模索していない。だから俺に頼るだけ無駄だぞ」

「模索してないってなんでだよ?! アンタは元の世界に帰りたいとは思わないのか!?」

「いや、別に。俺は知り合いに仕事を押し付けられてこの世界に来たんだ。押し付けられたとは言え、仕事を終わらせていないのに元の世界に帰りたいとは思わねぇよ。……ま、あのババァは仕事を片付けたら迎えに来るなんて言ってなかったし、もしかしたらこの世界で骨を埋めることに為るかもしれないけどな」

 

そう言って笑いながら話す俺に対し、少年は信じらない者を見るような目で俺を見てくる。

恐らく向こうは、俺を自分と同じ境遇の仲間だと思い込んでいたんだろう。

自分と同じ様にこの世界に召喚されて、自分と同じ様に元の世界に帰れなくて困っていると。

それは勝手な思い込みな訳だが、普通の奴なら見ず知らずの世界に召喚されれば、元の世界に帰りたいと思うもんなんだろう。

 

「……アンタは心配じゃないのか。家族や友人の事とか」

「心配? 俺があの人たちを? ハッそんなもんするだけ無駄だ、無駄。俺があの人たちの心配をするなんざ千年はやい」

「なんでそんな風に笑ってられるんだよ。不安な事とか心配な事は全くないってのか」

「あ~……そうだな、不安を上げるとすれば、姉貴がちゃんと仕事をしているかどうかって位だ。姉貴の奴、俺が居なくなったのがショックで布団の中で不貞腐れているだろうからな。親父達も俺の心配よりも、仕事を放棄している姉貴に頭を悩ませているだろうよ」

「居なくなった息子よりも、不貞腐れている娘の心配かよ……。まさか親と仲が悪いって事はないよな」

「他人の心配されるほど親との仲は悪くねぇよ。ただ、この程度の事で弱音を吐くような奴に育てられた覚えがないだけだ」

「異世界に来たのにこの程度って……一体どういう家庭で育ったんだよ」

「かなり特殊な家庭にだよ。分かったら俺に頼るのは止めとけ。俺に頼ってもお前の望みは叶わない」

「………………」

 

手がかりに為ると思っていた俺が協力を断ったからか、黒髪の少年は肩を落とし意気消沈する。

よほど元の世界に帰りたいという思いが強いのか、少年の落胆ぶりはかなりのものだ。

少年と一緒に来た少女達も、アイツの落胆ぶりになんて声を掛ければ良いのか分からず戸惑っている。

故郷に何か大事なモノが有るのかもしれないが、俺にはコイツの望みをかなえてやることなんて出来ないし、叶えてやるつもりもない。

俺も俺でやらないといけない事があるのに、態々コイツの為に時間を割いてやる余裕なんて無い。

元の世界に帰りたいなら自分の力で何とかしてくれって言いたいが、そんな事を口に出して言おうものなら少年と一緒に来た少女達に何を言われるか。

とりあえず、用が済んだのならさっさと帰ってもらいたいところだが、黒髪の少年は動きそうにないし、コイツがどっかに行かないと他の連中も動かないだろうな。

全員が口を開かず黙り込んでいる所為で、この場には何とも言えない微妙な空気に包まれる。

誰かが口を開けばこの空気も変わりそうだが、少年の落胆に感化されている所為で誰も口を開かない。

こう言う時、声を出さずにサイフィスと会話が出来れば気も紛れるんだがな。……後で頑張って練習してみるか。

 

「あ、居たいた。レイジー!」

「……ん?」

 

突然呼びかけられて、声が聞こえてきた方に顔を向けると、ティファニアが俺に向かって手を振っているのが眼に入った。

ティファニアと一緒にマチルダもコッチへとやって来ていて、彼女の手には何故か俺の荷物が握られている。

何処で失くしたのかと疑問に思っていたが、マチルダの奴が預かっていてくれたのか。

無くなって困るものが入っているわけでもないが、旅の道具を一から買い集めるのも結構お金が掛かる。

そう言う意味では預かっていてくれたのは助かるんだが、一言くらい声を掛けて欲しかったな。

 

「お待たせ、レイジ。ごめんね、遅くなっちゃって」

「いや、気にするな。それよりもう良いのか」

「うん。言いたい事は言う事が出来たから、いつでも出発できるよ」

「そうか。ならさっさと行くか」

「うん! ところで……あの人たちどうかしたの?」

「あん?」

 

ティファニアが指差す方に眼を向けると、少年少女たちがティファニアの事を凝視していた。

なんで凝視しているのか分からないが、ティファニアを見て驚いている様に見える。

アイツ等の視線に耐えかねたティファニアは俺の後ろに隠れるが、アイツ等のティファニアを見る目は変わりはしなかった。

 

「ありえない……アレは本当に胸なの? あの美貌は百歩譲っていいとしても、あの胸はない。絶対に無い。アレはきっと胸の様な何かよ、そうに違いないわ」

「そんな、まさかこの私が胸の大きさで負けるだなんて。学院で負け無しだったのにッ」

「……大きい」

 

ティファニアの事を見る三人の少女は、彼女の胸を見てそれぞれ思い思いの感想を呟く。

感情の起伏が小さいのか、青髪の子は一言呟くだけだったが、赤髪の少女は胸の大きさで負けた事を嘆き、桃髪の少女はティファニアに嫉妬している。

すっかり見慣れたから何とも思っていなかったけど、ティファニアのスタイルって規格外なんだな。

 

「え、えっと……あの人たち一体どうしたんだろう」

「別に気にするな。アレは只の嫉妬だから」

「嫉妬? 別に嫉妬される様な事は何もないと思うんだけど……」

「ティファニア、それ以上は言うな。それ以上は火に油注ぐことになる」

「…? 言っている意味が良く分からないんだけど?」

 

ティファニアは本当に自覚していないのか、不思議そうに首を傾げる。

子供の頃から森で暮らしていたみたいだし、比較できる相手がマチルダしかいなかったからだと思うが、ティファニアは自分のスタイルが他の女性の嫉妬の的に為る事を自覚すべきだな。

 

「すげぇ……完璧(パーフェクト)だ。あんな美少女がこの世に存在していたのか」

「おいエロガキ。人の連れをいやらしい目でジロジロ見てるんじゃねぇよ」

「み、見てねぇよ! 仮に見てたとしても、男ならそのいけない果実に眼が行ってしまうのは仕方のない事だろ!! ……ハッそうか! アンタが元の世界に帰りたがらないのは、美少女の彼女が出来たからか!」

「何言ってるんだお前。ティファニアは旅の仲間だ、別に彼女とかじゃない」

「彼女じゃなくても羨ましい事に変わりはねぇよ!!」

 

ティファニアの傍にいる俺が羨ましいのか、黒髪の少年は嫉妬の炎で身を焦がさんばかりに憤っている。

さっきまで意気消沈していた奴とは思えないが、なんであろうと鬱陶しい事に変わりはない。

この程度の事で一々嫉妬しないで貰いたいもんだ。ただ胸が大きいだけだろうに。

コイツ等の相手をするのが面倒に感じ始め、頭に手を当てて盛大な溜息を零す。

今日何度目になるのか数えるのも馬鹿らしいが、こんなに何度も溜息なんて吐きたくはない。

さっさとヒルダの背に乗ってこんな所からオサラバしたいもんだ。

 

「テファのスタイルの良さは今に始まった事じゃないが、初めて目にすればこういう反応になるか」

「アンタでもそう言う時期があったのか?」

「まぁね。アタシも女だ、テファの胸に嫉妬したことは何度かあるよ」

「胸? ……もしかして、皆して私の胸の事を話していたの?!」

「そうだよ。……まさか気付いてなかったのかい?」

「気付いてなかったし、気付きたくもなかった! うぅ~……どうして皆、私の胸ばかり見るの。ロサイスの港町でも同じ様な眼に遭ったし」

「そりゃデカいからだろ。見られるのが嫌なら切り落とすか、周りの視線に慣れるしかない」

「それは分かってるけど……。うぅ、レイジが冷たい」

「切り落とすのは言い過ぎでも、実際に慣れるしか方法がないからね。頑張れとしか言えないさ」

「あぅ~……」

 

俺の後ろでティファニアが恥かしがっていると、マチルダがそっと近寄ってくる。

そして荷物を素振りを見せながら顔を俺の耳に近付けて、ティファニアに聞こえないように小さな声で呟く。

 

「……レイジ、テファの事宜しく頼むよ。テファは見ての通りだから、変な男が寄り付かないようにアンタが傍にいてやってくれ」

 

マチルダの頼みに俺は無言のまま頷いて返事をすると、彼女は小さく笑って俺の荷物を返してくれた。

彼女から荷物を返して貰ったのはいいが、荷物を受け取ってみると何故か前よりも重く感じる。

別に持てないほどの重さではないが、何故重くなったのか気になり、袋の口を開けて中を確認し始める。

すると、この世界に来た時にはなかったはずの薬が幾つも入っていて、袋の中を圧迫していた。

 

「……おい、マチルダ」

「なぁ~に気にする事はない。アンタみたいな危なっかしい奴には必要だと思ったまでさ」

「いや、そう言う事じゃなくてだな。いいのか、コレ」

「爺さんには後で了解を得とくからアンタは気にしなくてもいいよ。あの竜退治のお礼って事で押し通すから」

「そう言う事ならありがたく貰っておく。……本音を言えば金の方が嬉しかったが」

「そっちも用意してあるから安心しな」

「……随分と用意がいいな」

「アンタの武器が壊れるのを見てたからね。新しいのを欲しがるとは思ってたよ。……ただ一つ問題があってね」

「問題?」

「用意した金はアタシの懐から出したんだが、アンタが欲しがる様な大剣を買えるほどの大金は用意できなかったんだ。だから、もしかしたら買えないかもしれない」

「買えなかったら素手で戦うだけだから別に構わねぇよ。ありがとうな、マチルダ」

「このくらい安いもんさ。……それじゃ気をつけて行って来な」

「あぁ」

 

言葉短くマチルダに別れを告げ、開けていた袋の口を閉じてヒルダの背中に乗った。

ティファニアも俺に続いてヒルダの背に乗ると、ヒルダは自身の翼をはためかせて空へと浮き上がる。

 

「それじゃ姉さん、行って来るね!」

「あぁ、気をつけるんだよテファ」

「そんじゃ行くぞ。しっかり掴まってろよ」

「うん」

「ち、ちょっと待てよ! まだ俺の話は終わって―――」

「もうテメェと話すことなんかねぇよ。行け、ヒルダ」

 

引き止めようとする少年を無視し、ヒルダは翼を大きくはためかせて空へと飛び上がった。

学院を取り囲む塀よりも、敷地内に聳え立つ塔よりも高く飛び上がったところでヒルダは制止する。

空中から見て分かった事だが、この学院の周囲には視認出来る距離に町が無く、正門から真っ直ぐにあぜ道が伸びているだけだった。

右を見ても左を見ても草原が広がっているだけで、化け物が出たという海も見えやしない。

 

「それで兄様、まずは何処へ行くの?」

「真っ直ぐ海って言いたい所だが、まずは町に行って俺の武器とティファニアの服を買わないとな」

「私の服も? そういえばロサイスの町で買ってくれるって言ってたね」

《それならトリスタニアに行けばいいわ。ヒルダの翼なら直ぐに着けるでしょうし、この国の王都だからモノはそれなりにある筈よ》

「〝それなり〟ってのがちょっと引っ掛かるが、まずはそこを目指すか。ヒルダ頼む」

「うん、分かった」

 

元気よく返事をしたヒルダは、大きな翼をはためかせてトリスタニアへと向かって飛び始める。

王都までどの程度時間が掛かるのか分からないが、サイフィスの口ぶりからすると今日中には間違いなくつけるだろう。

剣の値段が一体幾らくらいなのか分からないが、先に時間の掛かりそうなティファニアの服を買いに行った方がいいだろうな。女の買い物って無駄に長いからな、待っている間は暇になりそうだ。

 

「ところでレイジ」

「あん? なんだ?」

「私は気にしないけど、人目があるところでサイフィスと会話しない方がいいと思う。サイフィスの声が聞こえないから、凄く怪しい人に見えちゃうよ」

「……言うな。俺も何とかしたいって思ってるから」

 

レイジSide out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マチルダSide

 

「……行っちまったか。来る時も唐突だったが、出て行くときもさっさと出て行っちまったね」

 

青い空に見える緋色の竜が去っていくのを見ながら、アタシは一抹の物悲しさを感じていた。

テファを匿うようになってから数年、まさかこんな日が来るなんて思ってもみなかった。

親を失って生きて行くために、テファを守る為に裏家業に手を出して、ヤバイ橋を渡って生きてきたけど、そいつももう終わり。今はアタシじゃなくてレイジの奴がテファを守ってくれる。

性格は……あまり良いとは言えないし、危なっかしいところもあるけど、信用はできる奴だ。

ハーフエルフであるテファを毛嫌いする事もないし、腕も立つからあの子の事を守ってくれるだろう。

なんだかんだでテファもアイツに心寄せているみたいだし、アタシがあれこれする必要もなさそうだ。

……でも、なんなんだろうね、この気持ちは。あの子の旅立ちは嬉しい事のはずなのに、哀しいって感じてしまうだなんて。

あの子がアタシの元から巣立っていく。そんな風に考えてしまうと不思議と頬に涙が伝う。

 

「ど、どうかしたのですか、ミス・ロングビル? 泣いておられるようですけど……」

「……いや、眼に砂が入っただけさ。気にしないでおくれ」

「は、はあ…………あれ? なんだか口調も普段と違う様な―――」

「きっと気のせいですわ、ミス・ヴァリエール。それよりも皆さん、こんなところに居て良いのですか? 今夜は舞踏会の筈ですが」

「いけない、そうだった! あの子のインパクトが強くてすっかり忘れてた!」

「でしたら早く準備をした方が宜しいのでは? 夜までまだ時間があるとはいえ、のんびりして遅れるのは貴族として如何なものかと」

「そ、そうですね。それでは私達はこれで失礼します。ほら、行くわよサイト」

「俺は別にいいよ。貴族じゃないから舞踏会なんて出られないし、シエスタのところで茶でも飲んでる」

「いいからさっさとついてくる! それとも明日の朝までご飯抜きにされたいのかしら」

「流石にそれは勘弁してくれ!!」

「だったら余計な事言ってないで私についてきなさい」

「へいへい」

 

なんとか喧しい連中を追い払い、一人に為れた所で再び空を見上げてみるけど、既に緋色の竜の姿は何処にもなかった。

大切な妹がアタシの元から巣立ち、一人で……いや、仲間達と共に旅立っていった。

苦労ばかりの人生だったけど、あの子が笑顔で旅立ってくれたのなら、少しはアタシの苦労も報われる。

大公様の忠臣だった両親の墓に顔が出せるし、レイジが相手なら大公ご夫妻も納得してくれるはず。

これからはこの空の下であの子の幸せを願いながら生きて行くとしようかね。

 

「……こうなると盗賊家業は廃業か。あの子が旅立った今、金を必至に集める必要も無くなったし」

 

そう考えると大分肩の荷が下りた様な気もするけど、あの爺さんのセクハラに耐えながら仕事をするのも何かと辛いものがある。

この学院に見切りを付け、新しい仕事を探した方が良いのかもしれない。

とりあえず爺さんに待遇改善を頼んでみて、それが駄目だったら何処かの町のウエイトレスでもして暮らすか。一時期そうやって暮らしていたこともあったしね。

 

マチルダSide out




学院での話が思ったよりも掛かったが、次回はやっと町で買い物(と言う名のデート)回だ。
ブラックコーヒーが甘くなるほどの話には為らないと思うけど、その手の話を書くのは久し振りだし、少し頑張ってみるか。
……でも次回で新しい太刀が買えるかはちょっと怪しいかな。
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