零児Side
「……それで直りそうですか?」
「う~ん……直せることは直せるが、流石にこれを今日中に直すのは無理だ」
俺の武器を買い終わった後、ティファニアと共にこの町の楽器屋に足を運んだ。
ティファニアのハープを直せるのか見てもらっているが、店主の返事は予想通りの物だった。
「やっぱり時間が掛かりますか?」
「そうだな。弦を全て張り替えた上で音の調整もしないといけないから、数日は預からないと。今すぐ必要だって言うのなら買い直すのをオススメするが。この大きさのハープなら手頃な値段のも取り扱っているぞ」
「そのハープは昔から使っている物だから、出来れば直したいんですけど……」
「だったら暫くは預かるしかないな」
「……レイジ、どうしようか?」
自分では決められないのか、ティファニアが不安げな様子で俺の方を見てくる。
別に俺の旅は先を急ぐようなものじゃないが、今回ばかりは先を急がせてもらいたい。
海に出た化け物ってのが何時までこの国の近海に居るか分からないし、時間を掛けすぎて魔法衛士隊とやらが出張ってくるのは好ましくないな。
爺さんの口ぶりから察して、この国の軍隊の一つなんだろうが……化け物を巡って軍隊と対立するのは余りにも馬鹿らしい。
コッチは海の化け物について調べたいだけだし、調査の邪魔が入る前に海に向かった方がいいだろう。
「……ティファニアには悪いが、今回は先を急がせて貰う」
「そう……だよね。店主さん、ごめんなさい。今回は諦めます」
「そうかい。ま、お二人さんがそれで良いのならウチからは何も言わないさ」
「ごめんなさい」
「お嬢さんが気に病む事はない。今回は縁がなかった、ただそれだけの事だ」
そう言いながら店主は預かっていたハープをティファニアに返す。
ハープを受け取ったティファニアは鞄の中にハープをしまい、申し訳なさそうに店主に一礼する。
そこまで気にする必要はないと思うが、俺が口を出すような事でもないだろう。
俺達は持って来た荷物を手に取り、何も買う事無く楽器屋を後にする。
これでこの町でする事はもうなくなったか。後はヒルダと合流して海へと向かうだけ。
ま、折角大きな街に着いたのだからもう少しゆっくりして行きたい気持ちは有るが、この国が何時動き出すか分からない以上、あまりのんびりとしてらないだろう。
そんな中でティファニアは、ハープを直せなかった事をまだ気にしているのか、暗い顔をしている。
「あ~……その、ティファニア。今回は悪かったな、俺の都合を優先しちまって」
「そんな、レイジの所為じゃないよ。今回は偶々都合が合わなかっただけだもの」
「まぁそう言われるとその通りなんだが、お前が結構気にしているみたいだったからな」
「そりゃ……気にはするよね。子供の頃から使い続けているハープだから、何時までも壊れたままにしておくのは忍びなくて」
「思い入れのある楽器って訳か。……なら、今度大きな街に着いたらハープが直るまで滞在するか」
「いいの? 私としてはありがたいけど……レイジの旅って先を急ぐんじゃ」
「別にそんな事はねぇよ。あのババァからは何時までにこなせとは言われていないし、今回はトリステインの軍隊が動きそうだから、調査の邪魔をされる前に片付けたいってだけだ」
「そうなんだ。なら約束だよ、レイジ。今度街に着いたらハープを直す時間を取るって」
「あぁ、約束だ」
ハープを直す時間を取る、たったそれだけの約束でティファニアの顔が明るくなる。
他愛のない口約束ではあるけれど、元より果たす事の出来ない約束をするつもりなんてないし、この位の事でティファニアが笑顔になってくれるなら安いもんだろ。
ティファニアの顔に笑顔が戻った事に安堵しながら、この町を出ようと門の所へと向かっていると、前の方から青い髪の男性が歩いてくる。
青い髪ってだけで一瞬親父かと見間違えてしまったが、よく見てみると赤の他人だった。
ただ髪の色が似てるってだけで親父と見間違えるとか、お袋に知られたらなんて言われるか分かったもんじゃねぇな。
「……はぁ、なんだ只の勘違いか。良かった」
「ん? どうかしたのレイジ。今の男の人、知り合い?」
「いや、全然。ただ親父と髪の色が似てたってだけだ」
「へぇ~、レイジのお父さんって青い髪をしているんだ」
「まぁたま~に白くなったりはするが、基本的には青い髪だな。俺の髪の色はお袋譲りだ」
「そうなんだ。それじゃ、レイジのお母さんって凄く髪の綺麗な人だったりする?」
「髪か? そうだな…………確かに綺麗な髪をしてるな。あの親父が褒めるくらいだし。でも、どうしてそうだと思ったんだ?」
「だってレイジの髪って凄く綺麗な黒だから、母親譲りならお母さんもそうなのかなぁ~って」
「なるほど」
ティファニアに言われて改めて思い返してみると、確かにお袋の髪は綺麗な黒だった。
あの親父が惚気るくらいだからな、お袋の髪は相当なものなんだろう。
この世界では黒い髪ってのは珍しいのか、行き交う人々に眼を向けてみても黒髪の奴は殆どいない。
学院で働いていてメイドが黒髪だから、全くいないって訳じゃないだろうけど、この世界では黒髪ってのはかなり珍しい髪なんだろうな。
「レイジのご両親か……。一度でいいから会ってみたいな」
「俺の両親? 別に紹介してやっても良いが会っても面白くもないと思うぞ」
「面白いとか面白くないとかは別に良いの。とにかく会ってレイジのお父さんに文句を言いたい」
「一度も会ったことのない親父に文句を言ってどうするんだよ」
「だって、レイジが無茶をするようになったのってお父さんの所為でしょ? だったらその事について一言二言文句を言わせて貰わないと」
「あ~……確かに俺が無茶をするのは親父の所為だと思うが、言ったところで無駄だよ。どうせ聞き流されてお袋に諦めなさいって言われるのがオチだ」
「そんなの言ってみなければ分からないじゃない」
「言わなくても分かる。あの二人の子供の俺が言うんだからまず間違いない」
「……そう言われると納得するしかなくなるんだけど」
「俺が言わなくても納得してくれるとありがたいんだけどな」
どうやら親父の奴、知らず知らずの内にティファニアに恨まれていたらしい。
その原因が俺の無茶にあるらしいが、親父を恨むのはお門違いの様な、そうでない様な微妙な感じだ。
ま、親父の奴は神々から色々と恨まれているらしいし、今更一人や二人増えたところで大した問題じゃないな。きっと何時もの様に聞き流して、向かって来るようなら返り討ちにするだけだろう。
……もしティファニアが親父達を会う時がきたら、アイツが無茶しないように気をつけておこう。
そんな事を考えながら大通りを進んでいき、トリスタニアの正門を抜けて街道に出る。
街には行った時とは正反対の門。当然そこにヒルダの姿などある訳もなく、サイフィスにヒルダを呼んで来るように頼む。
後はアイツが来るまで待っていれば良いだけだが、流石に正門の傍で経ち続けていては衛兵に変な目で見られてしまう。
俺はティファニアをつれて正門から離れ、街道の直ぐ脇の草原に腰を下ろした。
町の中では人は多かったが、街道を行く人の数は疎らで、町と町の交流は少ないのだと感じさせる。
馬車を使った定期便ってのがあると思うが、それでも積極的に町の外に出ようとする奴は少ないだろう。
一般市民が町から町へと行き来するのは危険が伴うし、金も掛かるだろうから余程の理由が無い限りは出ることも無さそうだ。
こうして見ていると町の賑わいと大分差が有るように感じられるが、こんなんでも国として成り立つんだから不思議だよな。
「ふあぁ……。ヒルダの奴が来るまで暇だな」
「そうだね。草原だから町みたいに珍しいモノが在る訳でもないし」
「だよな。……って訳でティファニア。お前の膝を貸してくれ」
「膝を? 膝って貸せるようなものじゃないのに?」
「そう言う細かい事は気にするな。とりあえずお前は動かずに座っていればいい」
「よく分からないけど……とりあえず分かったよ」
本当に分かっているのだろうかと突っ込んでしまいそうになったが、俺が言った通りに座っていてくれるみたいだから気にしないでおこう。
俺は身体の向きを変えて、頭の位置を若干調整しながらティファニアの膝を枕にして、草原に寝転がる。
膝を枕にして首を痛めないか若干不安だったが、特にそう言う事もなく安心して眠れそうだ。
「れ、レイジ、突然何をしているの?」
「ちょっとお前の膝を枕にして眠ろうかと。俺の袋には薬が入ってるから枕代わりには出来ない。てな訳で、俺は寝るからヒルダ達が来たら起こしてくれ」
「あ、レイジ」
「そんじゃおやすみ」
言いたい事だけ言って、俺はティファニアの膝を枕に昼寝をする事にした。
旅をしていると寝ずの番をしないといけない時があるから、寝れる時に寝ておかないと身体が持たない。
ヒルダたちが何時頃やってくるのか分からないが、コッチに来るまでの間は寝させてもらおう。
そんな事を思いながら瞼を閉じ、風の音に耳を傾けていると直ぐに睡魔がやって来て、そこで俺の意識は途切れ始める。その最中に親父達の顔が脳裏を過ぎった。
ティファニアに親父達の事を話したからか、久し振りに見るその顔を思い浮かべながら眠りについた。
零児Side out
ティファニアSide
「……レイジ、寝ちゃったの?」
「……zzz」
「本当に眠っちゃったみたいだね」
レイジは私の膝に頭を乗っけて、小さな寝息を立て始めた。
無茶な事ばかりしているから疲れが溜まっているのか、本当に直ぐに眠り始めちゃった。
こうして眠っているレイジの寝顔を見るのは初めてだけど、レイジの寝顔って結構可愛いかも。
普段のレイジって大人びている様に見えるから、私よりも年上の人の様な気がしてしまう。
そんな事を本人に言ったらきっと「お前が子供っぽいだけだろ」って言い返されちゃうんだろうね。
私は年相応だと思うから、やっぱりレイジが大人っぽいだけだよ。きっと。
「う、う~ん……」
「…? どうしたんだろ?」
何か変な夢でも見ているのか、可愛かったレイジの寝顔が急に変わってうなされ出した。
眉間に皺がよっていて、何かを嫌がっているようにも見える。
「こっちにくるんじゃねぇ、姉貴。鬱陶しいんだよ……」
「……なんか、やけにはっきりとした寝言だね」
レイジは眉間に皺を寄せながら凄く忌々しげに寝言を呟く。
お姉さんとの仲があまり良くないって言うのは聞いてたけど、夢でうなされる程とは思わなかったな。
私は姉さんとの仲は良好だけど、レイジの場合はそうじゃないみたい。
家族は仲良くあるべきだと私は思うんだけど、レイジはそう思っていないのかな?
「マジで鬱陶しいから近付いてくるんじゃねぇ……。結婚なんて出来る訳ねぇだろうが馬鹿姉貴」
「……本当に二人って姉弟なんだよね?」
レイジの寝言を聞いている限りだと、レイジのお姉さんが本気でレイジに迫っている様に聞こえる。
流石に姉弟で結婚なんて出来る筈ないし、レイジも本当に嫌がっているみたいだから、それはないだろうけど……なんでだろう、レイジの寝言を聞いていると心が落ち着かない。
レイジとお姉さんには仲良くして欲しいって思うのに、レイジに迫るお姉さんがなんか気に入らない。
仲良くして欲しいのに、レイジに迫るお姉さんが気に入らないなんて自分でも変だって思うけど、心の底から何かが湧き上がって来る。
湧き上がる物の正体は分からないけど、レイジに迫るお姉さんの事が気に入らないって事は自覚できる。
「……胸を押し付けてくるんじゃねぇ。暑苦しいんだよ」
夢の中のお姉さんの行動は随分とエスカレートしているみたいだけど、レイジはソレを本気で嫌がっているみたい。
こんな重い物を押し付けられたって喜ぶ筈ないだろうけど、町の人たちは良く私の胸を見ていたっけ。
今まではなんでなのか分からなかったけど、トリスタニアの町を歩いてみて分かった。私の胸って他の人たちと比べて凄く大きいんだ。
他の人よりも大きいから周りからの視線を集めちゃうんだろうけど、レイジって胸の大きい子って嫌いなのかな? お姉さんに胸を押し付けられても全然喜んでないし、胸を切り落とすかって物騒な事を言っていたし、もしかしてレイジって小さい胸のこの方が好きなのかも。もしそうだったら……なんか嫌だな。
「って、やだ。私、一体何を考えているんだろう」
ふと我に返ってみると随分と変な事を考え込んでいた様な気がする。
レイジとは一緒に旅をする仲間で、私の初めてのお友達ってだけなんだから、別に彼の好みとか気にする事なんかないのに。
きっと学院で姉さんにおかしな事を言われたから……だと思う。
自分でもなんでこんな事を考えてしまったのか良く分からないけど、レイジがどんな子を好きに為っても私には関係の無い……筈だよね。
自分でそう言い聞かせているのに、心の何処かで引っ掛かるものを感じてしまい、はっきりと断言する事が出来ない。
今までにも自分自身で決断する事って出来なかったけど、今回のもそれらと同じなんだと思う。……でも、何に引っ掛かっているのかはっきりしない。
自分の気持ちの筈なのに、どうして自分の中ではっきりと答えを出す事が出来ないんだろう。
もしかしたら私、自分が思っている以上に優柔不断なのかもしれない。
長い旅に為りそうだってレイジが言っていたし、それまでに優柔不断なところは直して、自分の気持ちに答えを出せるようにしたいな。
そう思いながら空を見上げてみると、青い空の向こうに赤い竜の影が見える。
赤い竜が私達の元へと近付いてくるのが見えたから、私は膝を枕にして眠っているレイジに声を掛ける事にした。
ティファニアSide out
零児Side
「レイジ、起きて。ヒルダちゃん達がきたよ」
「……ん? もう来たのか。思ったより早かったな」
ティファニアに呼び起こされた俺は上体を起こし、頭を軽く振るって眠気を払う。
悪夢を見ていた所為で気分はあまり良くないが、少しすればこの嫌な気分も晴れてくれるだろう。
そう自分に言い聞かせながら荷物を持って立ち上がると、丁度良いタイミングでヒルダが俺達の元へと降り立った。
「兄様、迎えにきたよ。待った?」
「いや、寝てたからそんなに待ってない」
「こんな昼間から寝てたの? その割にはなんだか顔色が悪いような……」
「ちょっとした悪夢を見てたから、その所為だ」
「悪夢って一体どんな夢を見てたのさ」
「ウチの馬鹿姉貴が出てくる夢だ。ったく、夢にまで出てくるとか冗談じゃねぇぞ」
「レイジうなされてたもんね。眉間に皺が寄っていたし」
「思い出したくも無いからこの話は終わりだ。さっさと行くぞ」
「あ、ちょっと待って」
慌てて荷物を持って立ち上がるティファニアを待たず、俺は先にヒルダの背に乗る。
少し遅れてやってきたティファニアに手を差し出して、上手いこと後ろに乗せてやるとヒルダは徐に立ち上がり、大きな翼をはためかせて空へと飛翔する。
トリステインの王都を見下ろせる位の高さにまで飛び上がった後、ヒルダは海へと向かって飛び始めた。
「そう言えば次に行くのは海なんだよね? 私、海に行くのって初めてだから楽しみ」
「海に行ったって何もないよ。塩辛い巨大な水溜りみたいなものだし」
「え、ヒルダちゃんは海に行った事が有るの?」
「まぁね。行く宛もなく飛んでいた時に休憩で海辺に降り立ったの。……あの時の塩辛さは今でも忘れられない」
「そ、そうなんだ……。海の水を飲むのは止めておこう」
「……お前ら、海の水は飲み水じゃねぇって事をまず覚えろ」
海の水を口にしようとしていたティファニアに呆れて、俺は盛大な溜息を吐く。
海のない浮遊大陸で育ったんだから仕方がないが、海に関する知識が全くないんだな。
俺も海に詳しいって訳じゃないんだが、コイツ等と一緒に海に出た怪物の調査をして大丈夫なのか不安になって来た。……最悪の場合はサイフィスに交渉を頼んで、海にいる精霊に協力してもらおう。
それにしても、ティファニアの奴が妙にくっついて来ている様な気がするが……ま、気のせいだろう。
零児Side out
割とテキトーに書いたけど、なんとかなってくれて良かった。