幻想郷で唯一人間が安心して暮らしていける場所【人里】。
この里の中では妖怪が人間を襲うことは殆ど無いため、普通の奴には安心して暮らしていける場所なんだが、俺にとっては安心してとは言いがたい場所だった。
「零ちゃ~ん、何処に行ったの~? 今日こそ私と一緒にお家に帰ろうよ~。零ちゃ~ん」
「……ったく、あの馬鹿姉貴。何時まで俺を追いまわす気だ? ちったぁ自分の年齢を考えろ」
愚痴を零しながら路地に隠れている俺の視線の先にいるのは、俺の双子の姉【博麗竜華】その人だ。
なんで姉貴から隠れているのかというと、あの馬鹿姉貴に見つかると物凄く面倒臭いからだ。
俺は姉貴が〝博麗〟の名を継いだときに実家を出て一人暮らしを始めたんだが、事ある毎に俺を実家に連れ戻そうと押し掛けてきやがる。
その場で思い付いたような理由を言って来るんだが、俺としては実家に戻る心算は無いというか、あの姉貴と一緒にいると身の危険を感じるから居たくないってのが本音だ。
姉貴もいい年なんだし、何時までも弟を追い掛け回していないでさっさと結婚しろっての。
「はぁ~……。何時になったら姉貴は弟離れしてくれるんだろうか。これじゃ買い物も出来やしねぇ」
「確かに何時までも出来の悪い弟を追いかけていないで、いい加減結婚相手を探してもらわないと困るわね」
「全くだな。……でもな、出来の悪いってのは余計だぞ、八雲紫」
「あら、出来が悪いのは事実じゃないかしら? 竜崎零児くん」
姉貴から逃げ回っていた俺の目の前に忽然と姿を現したのは、スキマ妖怪こと八雲紫だった。
親父達の古くからの知り合いらしいんだが、胡散臭いと言う言葉が服を着て歩いているような奴だから、親父達からは信用されてないし、俺もこのババァは好きじゃない。
ガキの頃から俺と姉貴を比較してきやがったからな、どうせ今日も俺に嫌味でも言いに来たんだろ。
「貴方に嫌味を言うほど私も暇では無いわよ」
「悟り妖怪じゃねぇんだから俺の心を読むな。気色悪い」
「貴方が分かり易いだけの話じゃないの。……まぁいいわ。それよりも仕事の話があるの、受けてもらうわよ」
「拒否権なしかよ。ったく、これだからババァは面倒で困る」
挑発するようにわざとらしく吐き捨てると、頭上から何かが降ってくるような気配を感じた。
その降ってきた物を掴み、何が落ちてきたのか確認してみると、普段俺が愛用している大太刀だった。
昔親父が買ってくれたものなんだが、無茶な使い方を続けてきたからアチコチにガタがきているな。そろそろ買い替え時かもしれん。
「……で、これは何のつもりだ? まさかここで勝負しろなんていわねぇよな?」
「あら、私は弱い者虐めをするような趣味は無いわよ。……もっとも、言う事を聞かない子に折檻をするのはやぶさかでもないけどね」
「この性悪ババァが…………アダッ!?」
本音を口にした途端、またしても頭上に何かが降ってきた。
今度は受け止める事ができずに直撃してしまい、頭に硬い何かが当たってしまう。
ぶつかった箇所を擦りながら、地面に転がっている落ちてきたものを確認すると大きな荷物袋だと分かる。
恐らく袋の底に板か何かが入っていた所為で硬いモノと認識したんだろう。……まぁ、袋の中には荷物が沢山入っているから、板が無くても十分だと思うけどな。
「仏の顔も三度までって言うでしょ? 次は無いわよ?」
「へいへい。……そんでこんな荷物まで用意して、俺に何をさせたいんだ?」
「この星とは違う世界にでちょっと厄介そうなのが目覚めようとしているのよ。それが幻想郷に影響を与えないかどうかの調査ね。可能なら滅ぼしてきていいわよ」
「さらっと言うが、別にこの世界にいる訳じゃないなら調査する必要なんか無いだろ。他の世界にいるなら放っておいたって影響なんかでねぇよ」
「あら言うじゃない。でも、貴方のお父上が他の世界からやって来たって事を忘れてない?」
「……む」
「それに貴方が生まれる前に起こった大戦も他所から来た神が引き起こしたのよ? なら、異世界のモノでも警戒しておくに越した事は無いわ」
「なるほど、言いたい事は分かった。……で、本音はなんなんだ?」
「ここ最近暇だから貴方の足掻きを見て、暇を潰したいだけよ」
「………………」
そんな事だろうとは思っていたが、悪びれる様子もなくはっきり言われるとはな。まぁここまで来ると逆に清々しい様な気もするが。
「ほんっとにいい性格してるよな、アンタ」
「あら、褒めたって何も出さないわよ」
「褒めてねぇよ、皮肉だよ」
「その位知ってるわよ。ムキになっちゃっていやねぇ」
八雲の人をおちょくった様な態度に思わず拳を握り締めるが、このババァの性格が悪いのは今に始まった事じゃないし、真っ向から挑んでも勝ち目が薄いから喧嘩を売っても返り討ちに遭うだけだ。
拳を強く握り締めて湧き上がる怒りを必至に堪えていると―――
「零ちゃん、そこにいるの?」
―――馬鹿姉貴の奴に見つかってしまった。
八雲の奴とグダグダ喋っていた所為で逃げそびれてしまったようだ。このまま此処に居たら姉貴の奴に見つかっちまうが、八雲の奴が見逃してくれるとは思えない。
前門の虎後門の狼……とまでは言わないが、どっちに行っても碌な事にはならないだろうな。
だったら、幻想郷とは違う異世界とやらに行ってみるのも一興かも知れない。八雲の暇潰しの玩具にされるのは癪だが、姉貴に貞操を狙われるよりはマシだろ。
「覚悟は決まったみたいね。なら、私からの餞別よ」
そういって八雲は俺の耳と喉にいきなり触れてくる。
突然何をするのかと訝しんでいると、耳と喉の調子が急におかしくなった様な気がした。
喉が痛み出したわけでもないし、耳鳴りが聞こえているわけでもないが、ついさっきまでとは何かが違う。
「……はい、これでいいわよ」
「テメェ、いきなり何をしやがった」
「ちょっと貴方の言語の境界を弄ったのよ。これで貴方の発する言葉はどの世界でも通じるようになるし、どの世界の言葉も理解出来る。異世界に行っても言葉が通じないんじゃ困るでしょ?」
「そりゃお気遣いどうも。やる事やったんならさっさと道を開いてくれ、姉貴が来る前に向かうから」
「えぇ分かったわ。それじゃいってらっしゃい」
八雲の奴はそう言って俺を見送ろうとするが、異世界への道が出来る様子は無い。
俺をおちょくっているのかと問い質そうとした瞬間、急に足元の地面がなくなりそのままスキマ空間へと落とされた。
「言いそびれていたけど、道を前に作る気は無いわよ」
「八雲、テメェ!!」
「それじゃ頑張りなさい。光の見えるほうへ進んでいけば辿り着けるから」
「ふっざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「……精々足掻きなさい、零児。貴方が本当に彼に近付けるのかどうか見させてもらうわ」
………
……
…
「と、まあそんな事があって、俺はこの世界にやって来たって訳だ。理解したか」
「……あ~うん、とりあえずアンタも苦労してるんだなってことだけ伝わったよ」
「レイジも色々と大変なんだね」
森の中でティファニア達と出会った俺は、自己紹介の後情報交換などの意味もかねて昼食を頂く事になった。
出された昼食は質素としか言いようのないモノだが、味自体は良かったから結構満足している。
とりあえずこの世界の情報と、この土地……というよりこの国で起こっている内乱について話を聞かせてもらった。
なんでも一部の貴族が今の王政を廃し、共和制の国を作ろうとしているらしいんだが、俺の目的には特に関係が無さそうなんで無視しておこう。
それでこの世界の情報を提供してもらったお礼として、今度は俺がこの世界にやって来た理由を二人に話してやったって訳だ。
「しかし、厄介そうなものが目覚めるって随分と曖昧だね。もっと具体的な情報は無いのかい?」
「それがあれば苦労はしないんだけどな。あのババァの目的が俺が足掻く姿を見ることだし、さっさと仕事を終わられても困るんだろ。こっちはいい迷惑だが」
「でも、如何してそんなに意地悪をするんだろ。これじゃレイジが可哀相だよ」
「ティファニア、哀れんでくれるのはいいが、あのババァの行動について一々真剣に考えないほうがいいぞ。昔から付き従っている式神も理解出来ずにいるらしいからな、俺達じゃどうしたって理解できん」
「シキガミって?」
「あ~……そうだな、分かりやすく言えば使い魔みたいなもんだ。若干違う様な気もするが、大体は一緒だろ」
「アンタも随分と適当な説明をするねぇ……」
「あのババァよりはマシだ」
八雲の奴は重要な事をはぐらかしたり、隠したりするからな。アイツの言葉が何処まで真実なのか分かりやしない。あんな胡散臭い奴でも友人がいるんだから分からんモンだよな。
「えっと、ところでレイジは直ぐ旅に出ちゃうの? 折角お友達になれたんだし、もう少しゆっくりしていってくれても……」
「ん? いや、別に今すぐ旅立つつもりはないは無いぞ。さっきは腰を落ち着けられる宿場町を探しに行こうとしていただけだからな。何時終わるかも分からない旅になりそうだし、いきなりこの世界にきたんだから準備くらいはゆっくりさせてもらうさ」
「それじゃ暫くは一緒に居られるんだね!」
「ま、二人が此処に置いてくれるって言うんならな」
「そんなの全然いいよ! ね、マチルダ姉さん?」
「………………」
「…? 姉さん、どうかしたの?」
「あ、いや、アタシは学院に戻らないといけないから家を留守にするけど、そうしたらテファはレイジと二人っきりになるだろ? 何か間違いを犯さないかと今更ながら心配になって」
マチルダの思い掛けない発言に、俺は思わずテーブルに顔面をぶつけてしまいそうになる。
出会ったばっかりの相手をいきなり信用しろってのも難しい話だが、幾らなんでもそれはねぇよ。
「間違いを犯すんじゃないかってそこまで飢えてないっての……」
「本当だろうね? 見た限りだとアンタ女に縁が無さそうなんだが」
「そりゃ心外だな。こう見えても男の知り合いよりも女の知り合いの方が多いんだぞ、俺」
「え、そうなの? なんだか意外だな」
「ティファニアもか……。まぁ確かに、大体は親父達の友人であって俺個人の友人って訳でもないんだがな」
「やっぱり縁が無いんじゃないかい」
「うっせぇ」
図星とまでは言わないが、若干痛いところを突かれた所為で思わず悪態を付いてしまう。
確かに親父達の知り合いの方が多いが、女性の知り合いが全く居なかったわけじゃない。ただあの馬鹿姉貴の所為で仲良くなれる機会が少なすぎるだけだ、チクショー。
「大丈夫だよ姉さん。レイジはきっと信頼できる人だと思う」
「その根拠は?」
「ん~……なんとなく、かな」
「なんとなくって、随分と曖昧な答えじゃないか。はぁ、テファがこんなんだとやっぱり心配になってくるよ」
「そんなに心配なら一緒に連れて行けばいいだろ」
「それが出来れば苦労はしてないっての。……ま、テファがそう言うんなら一応信用するけど、もしこの子を泣かすような真似をしたらタダじゃおかないからね」
「やれやれ、物騒と言うか過保護というか……。そう為らない様に俺も気をつけるとするよ」
「分かればいいんだよ、分かれば」
中々の上から目線では在るが、マチルダはティファニアの保護者みたいなもんだから、多少の事は仕方が無いのかもしれないと思い込んでいこう。
折角タダで泊まらせてくれるんだ。下手な事を言って追い出されたりしたら堪ったもんじゃない。
よくよく考えたらこの世界の通貨だって持ってないんだし、折角の好意を無碍にする必要も無い。
何時までもこの家の世話になるわけもいかないが、少しの間なら彼女たちの世話になってもいいだろう。
オリ主のキャラ設定
【竜崎零児】:年齢17歳 身長175㎝
前作の主人公【リュウ】と【博麗霊夢】の間に生まれた双子の姉弟の弟。
母親は人間だったが、父親は竜神であるため零児は人と竜神の混血児になる。
強大な力を持つ父と博麗の巫女との間に生まれ、周囲からは期待されていたが、博麗の秘術を扱う才能が全くなく、幼い頃より才能溢れる姉と比較され周りからできそこないやおちこぼれと言われてきた。
その所為で性格は荒れてしまったが、両親と父の従者である【永江衣玖】だけは姉弟分け隔てなく接してきたため、両親たちとの仲は悪くない。
修行の合間に父親と釣りをしていたこともあり、実家を出た現在は人里で一人暮らしをしながら職漁師として生計を立てつつ、気ままな一人暮らしをしている。
神社の生まれではあるが、【博麗】を名乗る事ができるのは一人だけのため、苗字がない事を不憫と思った父親が零児に【竜崎】の姓を与えた。ちなみに【竜崎】と言う姓に深い意味は無い。